「大丈夫ですか!? 起きてますか!?」
         


 親不知。
 
 なんでこんなものが生えてくるのだろうか。

 特に現代人は顎が細くなっているので、生えると横の歯を圧迫して他の歯にも悪影響を及ぼすという。

 生えてくるだけでそうなのだから、それが横に生えた日にゃー、悲劇であろう。

 大学の4年生ごろ、私は、左の上が外(頬)に向かって生えた。その次点で歯医者にいけばいいものを、注射が嫌でいかなかった。それが悲劇だった。

 大きくならなくていいのに歯はどんどん大きくなり、頬の内側に突き刺さるように育ちに育った。ついでに歯茎が化膿して、腫れるは血はでるは膿はでるわ、しまいにゃ口が痛くて開かなくなった。

 ものも食べられないなんて始めてで、友人にあっさりと

 「歯医者いきなよ、きみ」

 といわれ、さすがに行った。

 歯医者の椅子で口を開けた瞬間、医者、 「うわ! ……あさって抜きますから」

 診察時間5分。即決。そして……明後日。




 3時間の死闘がはじまる。




 
 親不知の抜歯は「工事」であるという。ドッカンドッカンやるから。わたしの場合はさらに難工事だった。

 結論から言うと3時間で抜けなかった。

 かなり正確に覚えている。ハッキリいって自慢できる体験だろう。

 いきなり麻酔の注射を3本うった。もうどうにでもなれ、の心境とはこのことで、その効果はすさまじく、頬から耳の辺りから唇まですべてしびれた。

 後頭部も少し麻痺したほどだった。
 
 あまりに大きい歯はまず上の部分を砕いてしまい、それから「根」を抜くのだが、できれはそういうのはしない方がいい。

 ペンチみたいなのを用意する先生。

 ああ、あれで掴んで抜くんだな……と思った瞬間。

 口にヤットコみたいなのをつっこまれた。もしくはジャッキ

 「あ、あが、あがが……!!」

 ガキッ! と口が開いたまま固定される。

 マンガかオレは!!
 
 瞬間、オレを豪快にヘッドロックする先生!
 
 なんだなんだあー! おい、なんなんだよお!
 
 ペンチがつっこまれ、親不知が挟まれる。とたん、メシメシメシ! と内耳に響く音。

 口内にどっばーと流れる血の感触。
 
 眼鏡を外してと言ったのはこのせいかー!

 メシメシ! バキバキ! メギメギ!!
 
 「いやー、頑丈だなあ!」
 
 頑丈って、おい!

 なんかドリルが用意される。視力が弱いので(0.01)眼鏡がないとなんにも見えないから、目をつむる。

 ギューン! ガリガリガリ…………!!!!! 
                                  
 ガンガンガン!!
 
 ギーン!!

 ゴリッ、ゴリッ……!!

 ガガガガガガガガ……!!!!




 アア、ワタシノ口ノナカハ、イツタイダウナツテヰルノダラウ……。
 



 痛みが無いどころか精神的な感覚も麻痺してしまっていたので、ぼけーとしてたら、

 「大丈夫ですか!? 起きてますか!?」

 と先生に言われた。
    


 気絶したと思われたらしい。



 「痛くないですか? 麻酔、もう一回うちましょうか?」

 というので、遠慮なく、 「少し、痛いです」

 と言ったらもう3本うたれた。計6本。
                
 さらに脳天までしびれるわし。

 「いま、頭を砕きましたから、いまから根っこ抜きますから、もう少しの辛抱ですよ」

 「し、辛抱って……」

 「もうペンチが届きませんから、これでひっかけて一気に抜きますから」
 
 なんか魚を引っかける鉤のような器具を見せられる。



 気が遠くなった。



 先生はドリルをしばらく動かしていたが、何度かまた私をヘッドロックし、

 「よッ!!」

 豪快に器具を歯の根にひっかけてテコの原理で引き抜きにかかる。しかし抜けない!

 「よッ! ヨイショッ……!」

 というたびに私の頭が揺れる。しまいにガン! と器具が外れてわたしの口の中に当たる。

 それを繰り返すこと数度。



 「止血鉗子! 鉗子、早く!!
 



 歯科助手さんもなんかオロオロしてる。
               

 そして……。



 抜歯断念!」
 

 ……だ、断念!?


 「口をゆすいでください」

 ガラガラ、ぶくぶく……ぺっ。

 ぎャア!! 
 
 鮮血を吐くわし。

 唇の端も切れてた。口内は血まみれだった。
 
 時計を見ると3時間が経過していた。待合室の人たちも心配そう。

 「紹介状を書きましたから、S石病院の口腔外科に行ってください」

 外科!?
 
 しかして、舞台は口腔外科へ。





 数日後。

 口腔外科にいるわし。おそるおそる受付に歯医者からの紹介状をだす。すごい混んでいる病院だった。30分ぐらいで呼ばれ、口腔外科に入る。

 入って安心した。

 「なーんだ、大層なところかと思ってたけど、普通の歯医者と変わらないよ」

 「○○さーん、こちらへ」

 「へーい」

 しかし、行ったところは別室のようなところで、何故か椅子がひとつしかない。

 「……あれ?」

 座ったら周囲の緑のカーテンをしめられた。

 「おおッッ!?」

 いきなり隔離! 

 診察する先生。 「あー、ボロボロだねえ」

 そりゃそうだ……。

 「いま抜かないで、傷がある程度治ってから、根をぬきましょう」
 
 というわけで10日後に再び訪れる。

 「はい口あけてー」

 「あーん」

 瞬間、顔に何かかけられる。

 布。

 緑色で、口の周りだけ穴が空いていた。



 こ……これって手術の時に患部にかける布じゃねえのか!?



 結論から言うと、20分ぐらいで根が抜けた。根をさらに特殊な器具で四つに砕いて、1つずつ抜いたと説明された。一般の歯医者ではなかなかできない術式らしい。
 
 このガンジョーな歯根が、顎の骨にくいこんでいた。3時間に比べれば何程でもなかった。
 
 口の中を4針縫った。

 抜糸は1週間後で、それは難なくすんだ。

 「はあ……」

 ため息と共に病院を後にするわし。

 「次は早いうちに抜いてしまおう……」

 そう決心した。事実、右の上も生えてきたが、5分で抜ける段階で抜いてしまった。

 下は今だに生えてきていない。
 
 


 さて……。




 どうでもいいが最初の抜歯の時、痛み止めの薬を渡されたが、しばらく麻酔が効いていて、帰って来てそのまま冷蔵庫に入れておいた。次第に抜いたとこが痛くなってくる。しかし薬は食後に飲むのが基本だろう。

 メシ付の寮のような学生アパートにいたので、メシの時間まで我慢するわし。 

 「あー……痛え……」

 から 

 「イタイイタイ……いやー、いってえな、ちくしょう……!」

 になり、しまいには、

 「………………!!!!!」

 悶絶した。




 「ぬッッがあああーーッッ!! いてえよ!!」



 たまらず、薬の袋を見る。













 痛いときにすぐのんでください









 「早く言えよこのバガァ!!!」








 ……バカは私です、はい……。
 



 



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