魔神のうた

 九鬼 蛍


第1部

 
 降り立った地球圏は、夜であった。
                    
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 「上空より未確認飛行物体が急速接近」
 モニター要員の渇いた声。艦隊司令は静かに右手を上げた。
 「総員戦闘配置! 対空戦用意! ミノフスキー粒子散布!」
 艦内放送とレッドアラームへ、クルーの全員が驚くと共に、素早く緊張感に包まれる。
 地球連邦軍・第三九八輸送艦隊。
 巡洋艦一、護衛艦五、輸送艦十二からなる、大艦隊だ。
 モビルスーツ製造に関する大量の軍需製品を、エジプトよりアラブを経由してチベットへ運ぶ最中である。
 この時代、ここは地球連邦の制空権下であった。ゆえに、こんな大所帯で、真っ昼間から、のんびりと大量の補給物資を輸送できる。
 ビロフ艦隊司令は、当年五十八歳。あと二年で退職というところで、最後に、この輸送艦隊司令を拝命した。現場よりの叩き上げで、初めての司令官任務である。
 「接近に近づかなかったのか!!」
 「ミノフスキー粒子濃度が非常に濃く……おそらく成層圏付近からの急降下攻撃!!」
 「メガ粒子砲準備いそげ、弾幕張れ!!」
 怒鳴る艦長に、司令、
 「おちつけ。やけっぱちの特攻だ。……高射砲をやめさせろ」
 そうつぶやいて、拡大映像をのぞく。
 たちまち、青ざめた。
 「……なんだ、これは!?」
 そいつは、どうみても、巨大なモビルアーマーだった。おそらくミノフスキークラフト搭載型。でなくば大気圏内で高速飛行は不可能だ。それほど、巨大なのである。
 そして、さすがは、歴戦の勇者。すぐさま、敵の正体を見破った。
 (実験機……!!)
 この輸送艦隊は、試し斬りには手頃の獲物というわけだ。
 「……なめおって……!!」
 サラミス改級の旗艦グランドスが、高度を上げる。その脇に護衛艦がつく。輸送艦は高度を下げ、回避運動に入った。
 フォーメーション開始。
 全砲門が開かれ、上空を向く。
 「全問斉射! ちかづけるな!!」
 と、有効射程距離ぎりぎりで、モビルアーマーが急減速。変形した。
 「可変型か……!?」
 いや、ちがう。モビルアーマーのように見えたが、当初より、それは巨大モビルスーツであったのだ。
 太陽を背にするそのシルエットは、
 「まるで……」 堕天使であった。
 「射(て)ェ!!」
 メガ粒子砲が牙を向く。無数の超高熱プラズマ重粒子があらゆる物質を焼き、貫通する。
 しかし、天使の重そうな翼が、その身体の前で楯となり、すべてのメガ粒子をはね返してしまった。
 一同驚愕。
 声も無い。
 もう、その不気味な姿は、目の前である。
 草色の魔神。
 報告にあった〔サイコ・ガンダム〕が搭載していたのは、ビームシールドであった。高熱・高質量のプラズマ重粒子をはじき返すシステムを、少なくとも司令(かれ)は知らない。
 そして今度は魔神の胸部で、プラズマ塊(こん)が炸裂した。
 「……!!」
 旗艦グランドス、轟沈。
 護衛艦サーミル級一番艦、轟沈。
 同二番艦、轟沈。
 同三番艦、大破沈没。
 同四番艦、爆沈。
 同五番艦、轟沈。
 十二隻の輸送艦、全轟沈。
 「………」
 艦隊の全滅を確認し、浮遊状態の巨大モビルスーツは、ゆっくりと両肩のアクティヴ・バインダーを閉じた。閉じるといっても、可変機構ではない。ただ、体側へぴったりと垂直につけただけである。肩部ジョイントが自在に稼働し、そんな芸当も可能だ。バインダーは一体形成のように見えるが、実は複雑な多重構造になっており、最大に膨らんだ時と、この収納状態では、一回りほども大きさが異なる。さらに足首をおり、腕部及び脚部の関節を縮め、腰部テールスタビライザーを伸ばして直立不動の姿勢となるだけで、前方投影面積の非常に小さい、推進形態となるのである。
 「……作戦完了。帰還します」
 頭部コクピットへ響く少女の声。
 そのまま、魔神は蒼天に消えた。
                    
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 ネオ・ジオン軍の中東特殊部隊基地で、彼女は目覚めた。宇宙での試験は無事終了し、次は大気圏内というわけだ。まだ精神が完全に安定していないので、移動の際はコールド・スリープである。冷えきった身体を、熱いシャワーで蘇らせる。服をきて、無機的な食事をとった後、さっそく、作戦の説明が行われた。
 兵士の顔もよく見えない暗い部屋で、彼女は凝(ジッ)と参謀の説明を聞いた。最後に、某か問われ、彼女は無言で頷いた。
 もう、パイロットスーツに着がえ、格納庫へ向かう。
 出撃だ。
 通路を通ると、すれ違う基地職員の奇異と畏怖の眼が、全身を刺した。
 指先が震える。
 額に汗。
 「……オリジナルに……」
 「幾つめの……」
 「キュベレイまで……」
 歯が鳴った。
 「わたしはコピー」
 「四番め」
 「人形」
 「実験動物」
 「……存在・価値……」
 考えまいとして、考えまいとして、勝手に思考がうかんでくる。こんな状態では、あいつはまともに動いてはくれない。
 「あの……」
 専属のデータ収集官へ許可をとり、トイレへ行く。常備薬をとりだし、幾種もの錠剤を頬張って、かみくだき、一気に水で流しこんだ。
 「早くして」
 「はい……」
 もう、頭は真っ白。
 だいじょうぶ。
 ドアがあく。
 そこは、通常の三倍は天井のある、巨大な地下格納庫だ。基地を守備し、時にゲリラ戦も展開する砂漠用・陸戦用の薄汚れた重MSたちへまじって、ひときわ巨大に光り輝く、山のような試作MSが、片隅に立ちすくんでいた。

 開発ナンバー NZ―000 
 機体名 クイン・マンサ(予) 
 
 いまはアクシズの管理下にあるが、後にネオジオン・グレミー反乱艦隊の切り札として大戦末期に登場し、さしものガンダム部隊をも苦しめる悪魔の機体である。
 いまは、原型一番機として、極秘実戦テストを繰り返す日々だった。
 かつて存在した伝説の巨大MSサイコ・ガンダム……いや、八年前のジオングまで逆上る、その頭部コクピットシステム。これは脱出用ポットも兼ねている。未確認だが、その伝統を正しく引いているのならば、額部には小型のメガ粒子砲があるはずだ。
 コクピットオープン。
 オール・サイコミュ・システムにより、ファンネル等のサイコミュ兵器ばかりか、通常の火器管制や機体制御まで行う、完全ニュータイプ専用機独特の、この全身を覆うようなシート。脳波を伝える大きなヘルメット。それらより伸びる、血管や神経、そして戒めの鎖を連想させる、大小のコード類。
 彼女はそれをみるたび、恐怖におしつぶされそうになる。
 こわい。
 こわいこわいこわい。
 ズドーン、と、意識が沈む。精神へ、心へ、魂へ強制的にリンクされる。自己の全てが覗かれる。かすかに護られているはずの、その魂魄の底の底まで、覗きまくられる。真っ暗闇に寂しく浮遊する感覚。全身を舐め回され、異物を挿入される感覚。心の襞まで犯される感覚。
                    
 ダレカコロシテ 
                    
 「……ミノフスキー粒子、散布! クラフト作動、上部ハッチ開け!」
 大きなエレベーターで、地上へ出る魔神。
 両ふくらはぎとテールスタビライザー、さらにファンネルコンテナ先端部の、火山の噴火口がごとき推進スラスター。空気がゆらめき、白煙を吹いて、ゆっくりとクイン・マンサは上昇した。まるで、前世紀のロケットの発射だ。
 専属データ収集官である女性科学者の、いつ聞いても吐き気のする声。
 「目標は聞いているわね。連邦軍の輸送艦隊。かるくすまして、次の実験に移りましょう」
 「……はい」
 彼女が帰還するのは、たったの35分後であった。
                    
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 「火器管制がまだ甘いのです。もっと、命中率は上がるはずです。ファンネルの稼働率は、まあまあです。機体制御も、大気圏内での初戦闘にしては、よい数値です。全体的に、もっと、強い感情の爆発が……」
 アクシズ・ニュータイプ研究部隊より「四番め」と共に派遣されてきた、クイン・マンサ専属データ収集・分析官ルード少佐の報告を、基地の幹部連は黙って聞いていた。
 隅では、少女も凝とうつむいている。
 「何かご質問は」
 すかさず、基地参謀の一人が、
 「感情の起伏が、戦闘に何の関係があるのかね。熱くなったものから戦場では死ぬんだ。冷徹ならば冷徹なほど、モビルスーツはよく動く」
 「それは通常の概念です」
 「……あたりまえだ」
 「この子とあの怪物が、通常の?」
 「……まあ、そうだが……ね」
 「とにかく、日程はつまっている。試験は最終段階だ」
 「グレミー・トト少将より、矢のような催促だよ……」
 資料を広げて、ルード少佐、
 「では、最終試験の調整について……」
 その後、二時間ほど会議をして、少女は放免となった。
 うつむいて、無言のまま廊下を行く。
 その後ろから、
 「……まったく、オリジナルは強度の躁で、あんたは鬱。難しいわ。何か、性格決定遺伝子の配列が狂ったかしら……?」
 そこで少女が目を上げた。
 性格など、遺伝子情報よりも環境の方がその決定に影響を与える、とでも言いたげな目であったが、
 「……いいこと。あんたはただの四番めじゃないのよ。あのムラサメ研究所から、サイコ・ガンダムのパイロットの情報を入手し、組みこんであるんだから!」
 なるほど、たしかに、その瞳には、かつてカミーユ・ビダンを愛して散った、哀しい女性の面影がある。
 「……ナンバー……4……」
 再び目を伏せた少女のつぶやきを聞きもせずに、さっさと少佐は行ってしまった。
 「……プルフォウ……」
 それは、はたして名前と呼べるのだろうか。
                    
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 次の出撃は、二日後であった。かなりの強行軍だ。
 この中東特殊部隊基地は、連邦軍制空権下ギリギリの砂漠地帯にある。本来は旧ジオン軍までさかのぼる砂漠戦・ゲリラ戦用の部隊が所属する特殊基地だが、それとは別に一年ほど前より試作機の実験基地としても機能するようになった。それらニュータイプ研究機関員と、一般軍人とは、完全にブロックで分けられ、互いに干渉もしなかった。
 「今日の実験は……」
 ルード少佐は、けして、「任務」とは言わない。
 敵と戦うのが、任務ではなく実験なのだ。とすれば、彼女は軍人ではなく、実験職員扱いである。いや……職員ならどれだけマシだったろう。
 「……実験……動物……」
 プルフォウは、いつもそんなことばかりを考えていた。
 出撃。
 強度のミノフスキー粒子により、広域三次元レーダーは使い物にならない。堂々と空を行く。途中で高度を下げ、地上スレスレの超低空飛行実験も兼ねた。
 そのまま、某所で演習中の連邦軍後方射撃部隊を強襲するのだ。
 砂漠用ジムキャノン十五機、ガンタンク改九機を中核とし、指揮通信車輛五、支援用軽戦車六、そして脱着式の大レールガン一門を装備した陸戦用ガンダム改(砂漠仕様)三機を中隊長機とする、第702アラビア大隊。
 濛々と上がる砂塵。部隊は、午後の演習を終え、ちょうど早めの夕食をとっていた。隊員の一人が、まずそれを発見した。
 「くそッ……!」
 砂嵐警報が鳴らされる。急いで身の回りの物を整理する。
 が、
 「……敵だァ!!」
 警報はたちまち実戦アラームへと変わった。
 「強襲! 強襲! ガンダム前へ!」
 モビルスーツと車輛群が慌ただしくフォーメーションをとる。しかし、もう遅い。
 「げえッ……!!!」
 バインダーをひるがえし、低空を飛翔していた魔神は、風を切って砂丘に降り立った。
 さらに舞い上がるサハラの砂。
 そのまま、ホバー走行。
 速度はさらに増したようだ。
 「目視斉射、撃て、撃て、撃ちまくれ!!」
 ジム及びガンダムのレールキャノンが炸裂。轟音が砂漠に鳴る。運悪く後方に待機していたガンタンクは展開が間にあわない!
 「ちかづけるんじゃねえッ!!」
 しかし、灼熱の大気を裂いて飛ぶ火の玉は、一発も当たらなかった。
 「あッ、あんな、デカイのに……!?」
 目視では、そんなものだ。それに、いかんせん相対速度が速過ぎる。
 だが、大隊の一同は、その後、信じられない光景を目の当たりにし、パニックに拍車がかかった。
 巨大MSが、走り出したのだ。
 着地し、全力疾走である。
 砂を巻き上げ、地響きをたてて突進してくる、まるで太古の肉食恐竜がごとき異様な迫力に、全員が、うろたえてしまった。
 「な……何をしている、撃て……撃て!!」
 通信マイクに怒鳴る大隊指揮官は、しかし、(もうだめだ……) その場へくずれた。
 走る衝撃で、脚部に内蔵された推進ユニットの幾つかの部品が火を吹いたが、プルフォウは構わなかった。そしてその脚部やテールスタビライザーよりさらに火を吹いて、最後に数百mにもおよぶ大ジャンプ。編隊のど真ん中へ、天より降り立った。
 「……!!」
 見栄をきったように抜かれる、超ビームサーベル。
 ガンダムの身長ほどはあろう。
 もう、あとは語るまでもない。
 メガ粒子が炸裂し、ファンネルが展開され、二十七機からなる全MSは、3分で撃滅されたといわれる。
 車輛群も、難なく掃討された。
 大隊は全滅。
 これはもう、MS戦とかいうレベルではなかった。動く要塞が、人形の部隊をちょいと小突いたようなものだ。蟻とプロレスラーである。
 かろうじて生き残った数人は、戦闘後、死屍累々の真ん中で、砂漠の夕日を呆然と見つめるように立ちすくむ、魔神を、見た。
 震える手で、支給の小型カメラを構える。
 その時の画像が、奇跡的に残っているが、本当に、何事も無かったかのように、古代の神像が立ちすくんでいる観を与える。
 偉大で、威厳にあふれ、そしてそのデザインはあくまでも美しい。
 しかし敵にしてみれば、
 「デ……魔神(デーモン)……」
 に、他ならぬ。
 そのコクピットで、プルフォウは、魂が抜けたように、夕日を見つめていた。
 「きれい……」
 ただ、それだけだった。
 気がつけば、頬は、泪でべしょべしょだった。
                    
                    
                  終





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