魔神のうた

 九鬼 蛍


第2部
 
 
 
「キュベレイ……?」
 少女は、不思議そうにつぶやいた。
 与えられた資料と、微妙にそのフォルムが異なっている。
 ネオ・ジオン、アクシズ新兵器開発公社、その実験格納庫だ。
 「量産型キュベレイよ。試作型の」
 テストパイロットとしての少女を管理するルード少佐が、無表情に声を出した。
 (量産……わたしといっしょ……) 少女は、小さなため息をついた。
 少女の名はプルフォウ。かの強化人間「プル」の、四番目のコピーである。ルード少佐と彼女は本来ニュータイプ研究部隊の所属であるが、試作ニュータイプ専用MSの試験を行うのも、重要な任務だった。彼らしか試験できる人間はいないし、どうせ完成したなら、自分たちの部隊に届くからである。
 「量産がなったら、パイロットはみなあなたの妹になるから、そのつもりでデータをとるのよ。変な癖をつけないでね」
 (わたしの……? クローン管理法違反だわ。……いえ……わたし自身が……もう、違法コピーだものね……)
 このころの彼女は、まだそんな事を考える余裕があったようだ。
 この約二ヶ月の後、プルフォウはテストパイロットとして、ロールアウトしたばかり超MS「クイン・マンサ」の原型一号機に乗ることとなる。草色の魔神と、連邦軍を震えあがらせる悪魔の機体だ。
 ちなみに彼女のオリジナル「プル」は、いまキュベレイMkIIで演習中である。
 「来(きた)るべき決戦において、この量産型キュベレイと、それを率いるクイン・マンサは、重要な役割を担う。……ただのテストパイロットじゃないのよ、あんたは」
 「分かってます」
 プルフォウはハンガー内にて、無重力空間に固定されている、まだ塗装もすんでいない、地金の色がむき出しになった、そのMSをみた。炉に火はもう入っているので、時折、モノ・アイが鈍く光る。
 「……ジェネレーターの電圧がまだ、不安定みたいですね」
 「電圧どころか……まだ核融合炉そのものが不安定なのよ。……急ごしらえだから」
 ゾッとするような事を、少佐は呆気なく口にした。
 (そんなのに乗るの……)
 「サイコミュさえ動いてくれれば、なんとかなるわ。完全制御システムが、うまく作動すればの話だけれど」
 「プログラミングは、少佐でしたよね」
 「バグだらけで、よく決裁が通ったものよ。ようするに状況が圧迫してきている……」
 「………」
 プルフォウは考えるのを止めた。
 どう考えても、ロクな状況ではないからだ。
 「キュベレイ……量産型……こんな凶悪なモビルスーツまで量産できるなんて」
 一年戦争の当時から、それほどの技術力があってどうして戦争に勝てないのか、彼女は不思議でたまらなかった。
                    
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 ガンダムとジムの、最高に高名な例をとっても分かる通り、後の量産化を見込んだハイコストで高性能な実験試作機と、それで得られたデータによる量産機とでは、機体の性能そのものに雲泥の差がある。
 当たり前の話だ。
 ガンダムと量産型ガンダムでもよい。
 どちらにせよ、安く大量に仕上がる代わりに性能が落ちるのは、当然である。
 が、しかし、この「量産型キュベレイ」をみるに、どうもそのパターンは当てはまりそうにはない。
 「……」
 プルフォウは設計資料や操縦マニュアルへ目を通すほどに、そう感じた。
 「あの……少佐……質問しても、よろしいでしょうか……」
 「どうぞ」
 「余計な事なのでしょうけど……この……資料をみるかぎり……あの……どこが、コストダウンになっているのでしょうか」
 「なってないわよ」
 「……?」
 「スペック上はね」
 「それは……?」
 「書類のマジックよ。みて分かるでしょう、あんたがたったいま勘ちがいしているように……つまり、ファンネル数は倍。背部に遠距離攻撃用アクティヴ・レーザーキャノンが二門。……それらを養う融合炉やジェネレーターの出力だって、けして負けてはいない。いや、むしろ勝ってる」
 「……」
 「……分からない?」
 「は……」
 「結論から言うと、キュベレイ一機分の予算で、量産型が五機造れるの」
 「……!?」
 「……信じられる?」
 「い、いいえ……いや、は、はい」
 「材料費や設計費も、そこまでケチればなんとか量産できるってわけ」
 ルード少佐はそうして、再び論文集に目を移した。
 (つまり……紙の装甲……)
 かつて、旧日本軍の飛行機にそういうものがあった。スペック上は高性能だが、その実、造りが甘くて実戦ではトラブルだらけだったり、結果的に一撃で破壊される装甲しか有していなかったりした。
 (……軽くていいじゃない……。どうせ機体制御はサイコミュだし……そこいらの一般兵士なんかの弾に、当たるはずもない……そういうこと……)
 そこでちらりと少佐をみて、
 (バグだらけの……システムで……)
 しかも、 (……キュベレイ級の核融合炉で……材料費が五分の一……? ……炉心強度の心配なんか無用ってわけ。設計費も安いって……じゃ、組み上がりもあやしいものね。……なるほど……どだい予算が足りないのだから、製造費にはね返ってくるのは当たり前か……。そんなこと、正式書類に書けるはずもないし……いくら技術が優れていても、それじゃあ、ね……)
 プルフォウは、どうしてジオンが戦争に勝てないのか、分かったような気がした。   
                   
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 かの、ニュータイプ専用MAエルメスの流れをくみ、ネオ・ジオン総帥ハマーン・カーンの乗機として開発されたMSキュベレイ。流麗な機体デザインと、ジオン伝統のパーソナルカラーリングによる純白は、総帥機に相応しい威厳と華麗さを演出している。
 主武装は、新開発のファンネルが十四基。これは核融合炉搭載型であったエルメスのビットを、融合炉非搭載にして小型化したもので、その分エネルギーを随時ファンネル・コンテナより補充する形にしたため、使用時間は大幅に制限されたが、小型化により、MSへの搭載が可能となった。
 他にめぼしい武装が、両の手首に内蔵された、レーザー砲兼用のビームサーベルぐらいしか無いのだから、よほどファンネルという兵器に信頼を置いていたのだろう。
 そのハマーン・カーン専用機であったはずのキュベレイが、ビームサーベルの強化やジェネレーターの出力調製、サイコミュシステム・プログラミングの変更等の若干の改良を加えられ、キュベレイMkIIとして登場したのは、ハマーンの初陣より一年も経たぬころであった。
 パイロットは強化人間のエルピー・プル。カラーリングは濃いミッドナイトブルーとなり、凶悪さが増したようにも見える。
 そして、既にそのころには、かつてのシャア・アズナブルを連想させる真紅のキュベレイも用意されていた。同じキュベレイMkIIであるが、便宜上、MkII改となっている。
 パイロットは、エルピー・プルのコピー、プルツー(予定)。
 さらに、この量産型キュベレイだ。
 ファンネル数は倍増され、その分ジェネレーター出力もアップされた。頭部サイコミュ波発進機も大型化している。さらに、余剰エネルギーを背部二門のアクティヴ・レーザーキャノンへ回す事もできる。これはファンネルの弱点である遠距離攻撃用の、予備兵器だ。
 だが、大幅なコストダウンのため、全体の強度や、何より造りそのものが犠牲となっている。サイコミュシステムも簡易版。パイロットとて、いちいち養成などせぬ。これから行う試験データをフィードバックした、プルのさらなるクローンたちである。前記の通り、違法コピーの。
 つまり、何から何まで「急造品」ということだ。
 キュベレイMKIIの塗料が余っていたため、とりあえず同じ色に塗られた量産型試作機が、いま、テストに出た。
 初日は運動性能テスト。おきまりの小惑星帯飛行。
 特に問題は無かった。
 二日目、三日目も同じく飛行テストで、すべてのプログラムをオール・グリーンで通過した。
 四日目に、武装テスト。キュベレイの倍のファンネルを、いかに効率よく扱うかのテストだった。
 プルフォウは、じつに見事にファンネルたちを率いてみせた。
 特に、数基のファンネルを、武田の騎馬軍団よろしく波状攻撃させる戦法は、後にアクシズ本部作戦課の参謀たちもうなったものだ。
 六日目に、背中のキャノン砲のテスト。これはしかし急造品の悲しさか(サイコミュを用いても)まったく当たらず、改良の余地が残った。よほどの近距離でなくば命中は期待できず、当初の目的である遠距離用から、大きく外れる事となった。もっとも、「設計し直す余裕などあるものか。牽制に使え」 結局はそこに落ち着いたのだが。
 十日間の第一次テストが全て終わった時には、プルフォウは量産型キュベレイを手足のように操っていた。そのデータがそのまま、以降のコピーパイロットたちに受け継がれることとなる。
 テストは第四次まで用意されていた。
 テストデータを分析する数日間、プルフォウは放免となる。
 が、休日というわけではない。
 彼女自身、まだ精神や自律神経が安定していないため、コールド・スリープで調整を受ける必要がある。
 第二次テストは、主に簡易版キュベレイ・サイコミュ・システムの調整にあてられた。なにせまだまだバグだらけなのだ。これまでは機体制御と火器管制のシステムを別個に起動させ(さらにプルフォウのサイコミュ操縦の腕前もあって)なんとかなっていたが、それらを総合的に立ち上げると、たちまちシステムがダウンした。現実的には、ファンネルが狂ったり、動かなくなったりする。それはプルフォウのせいではない。ましてや、機体があらぬ方向につッこんで行ったり、止まったりされてはかなわない。
 「……あぶないッ!!」
 一回、いきなりキュベレイがくるくる回りだし、暴走して、危うく試験艦の横っ腹にぶつかりそうになったことがあって、プログラミング責任者のルード少佐は、さんざんに油をしぼられた。
 (……いい気味……)
 死にかけたプルフォウはしかし、いっそぶつかってくれたら……と思わざるを得なかった。自殺願望があるわけではないが、実験とコールドスリープを繰り返すだけの日々を送って生きている自分に、いったいどれほどの存在価値があのか、まったく見いだせないでいたからだ。
 (しょせんはコピー……お前も、わたしも……) ハンガーにて、はげた簡易塗装の量産型を、凝(ジッ)とみつめる。
 整備員は、誰一人話しかけぬ。黙々と、機体を整備するだけだ。
 先日のニアミスの際、後方へ待機していたガザCの部隊に、緊急ネットをもってなんとか取り押さえてもらったのだが、お互いに挨拶のひと言もない。またそれで良いとプルフォウは思っている。
 事故による障害の修理と、全システムの再インストール作業のため、試験は二日だけ延期となった。
 何もかもが突貫で、ルード少佐はシャワーを浴びる暇もなく働いている。
 プルフォウは、精神安定剤をのみながら、ひたすら宇宙の深淵をみつめていた。
 その後も試験の進行は芳しくなく、第四次試験が終わったのは、予定より二週間半も後であった。
                    
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 「……で、けっきょく使い物になるのか、ならないのか」
 実験結果報告会議で、新型モビルスーツ開発担当部署の幹部連を前に、すっかりやつれたルード少佐が、
 「は、どうにか……その、ラインに乗せる事が可能かと……」
 「予算は十五機ぶんしかない」
 「はい、それはもう……」
 「その代わり、例のものは、順調に仕上がっている」
 少佐の顔が、若干ながらも、明るくなった。
 「は……え」
 「こちらは予算は度外視だ。あらゆる装備、あらゆる物資をつぎこんでいる。……変な話だがな。こいつ一機で……量産型があと二十機は造れるというのにな……」
 「それは言いっこなしだよ、大佐」
 「どちらにせよ……局地戦用の重モービルスーツは必要なんだから……」
 「すべては決定した事だ」
 この、一度正式に決定した事はほぼ永遠に覆ることはないという、軍部そして行政府独特の伝統は、ジオンも連邦も関係なく、末端の者を困らせる最大の要因となっている。
 それはともかく、 「あ……『クイン・マンサ』が……」
 「基礎フレームが組みあがったそうだから、後は早いぞ。アクティヴバインダーやファンネルコンテナのテストも終わっている。新型のメガ粒子砲も上々。引き続き、コクピットルームの調整に戻ってくれたまえ」
 「あ……はい!」
 つまり、ルード少佐は当初クイン・マンサの調整を行っていたのだが、急遽、量産型キュベレイのテストに回されたのである。
 プルフォウと共に。
 苦痛的な臨時の仕事より開放され、少佐は久しぶりに恋人にでも会うような心持ちで、仕事場へ戻った。
 しかしプルフォウは、あの機体に会うのが、厭で厭でたまらなかった。まだ理由は分からないが、とてつもない恐怖と不安に襲われる。強化人間としての感覚が、それを鋭く捕らえていた。
 また彼女自信は若干の操縦テストが残っていたので、あと数日は量産型と共にある。
 (わたしは……この子のほうが好き……だって、わたしと同じなんだもの……)
 テストは、アクシズの周囲で行われる。
 だいぶん、地球圏に近づいてきている。
 ティターンズとエゥーゴの争いに介入するためだ。
 その、テストの初日である。
 プルフォウの「知覚」が、闇にひそむ気配を察知した。
 たちまちサイコミュが反応し、ファンネルが放出される。
 オペレーター、 「……どうした、何をしている! ファンネルテストは後だぞ!」
 「敵です! 約七時の方向、小惑星の影……!」
 「なんだと……」
 こんな近くまで連邦……いや、ティターンズの接近を許したとあっては、大問題だ。
 何せアクシズが視認できる距離である。
 「特殊部隊か……!!」
 試験艦はただちに敵発見の報を作戦本部へ伝達し、ガ・ゾウムとズサによるアクシズ直掩部隊が出動した。
 率いるのはアーベントロート中尉。乗機は夕日色のリゲルグである。
 しかし、そのころには、連邦=ティターンズの特殊偵察部隊は、プルフォウによるファンネルの猛攻を受けていた。
 強行偵察型に改造された、灰色の機体に黒炎の描かれたハンブラビが五機。
 特に広域三次元レーダーと通信・偵察装備、ミノフスキー粒子散布装置、それになんといっても逃げ足を確保するために大型のブースターがついている。
 変形し、本気で逃亡したら、とても通常のMSが追いつける速度ではない。
 しかし、三十基にもよるファンネルの波状攻撃は、歴戦の忍者たちに脱出の機会すら与えなかった。
 プルフォウは通常戦闘距離外で、悠然とサイコミュに集中している。
 (……なるほど、キュベレイに装甲なんかいらないのか。離れて戦うんだものね……)
 しかし、ファンネル群をかいくぐり、キュベレイ本体に肉薄する程の強者がいたら、どうするのか。
 (……どうしようもない。諦めるしかない……)
 その時、
 「そこの試験機のパイロット!!」
 「!?」
 「パイロット!!」
 「……あッ……は、はいッ!」
 「忍者どもはまかせてくれ! 一機、きみが撃破し、一機は被弾している! きみはこの忍者どもの母艦をつぶしてくれ! データをもう送っている可能性が!」
 「え……え、あ、は、はい! りょ、了解……しました……!」
 実はプルフォウは初陣であった。アーベントロート中尉の生き生きとした指示が、妙に嬉しかった。さっきまでの冷静さとはうって変わって頬が紅潮し、心臓が高鳴る。
 「ぼ……母艦って、でも……」
 しかしさすがは「強化人間」だった。
 「……こっち!」
 考える間もない。分かるのである。理屈ではない。
 もうキュベレイが動いている。サイコミュとは、そういうものだ。プルフォウの操作は、ごく微細なものでしかない。
 ファンネルも自動回収。すぐさまエネルギー補充。
 特殊部隊の母艦は部隊を見捨て、戦域をとっくに離脱してした。ということはつまり、データを入手しているにちがいない。
 (アクシズの位置や装備がばれる!)
 送信するにはまだ距離が遠い。つぶすのなら今だ。
 (高速母艦に追いつけるか……)
 追いついた。
 「紙の装甲」とやらが、こんな所で役に立つとは。つまり、軽いぶん速いのだった。
 あまりの呆気なさに、プルフォウは可笑しくなったほどである。
 牽制のアクティヴ・キャノン。もちろん当たらない。しかし、母艦は回避運動に入った。
 (これも……こんなところで役にたったわ……)
 大きく迂回する母艦。
 回り込み、ファンネル放出。
 特殊偵察母艦の貧弱な対空砲に当たるプルフォウではない。
 プルフォウは、艦橋で右往左往する乗務員たちの姿を、ハッキリと見ることができた。
 高速移動するファンネルを視認するのは、通常の人間ではもはや不可能だ。
 怒り狂ったスズメバチのように群がるファンネルの攻撃をうけ、母艦は轟沈した。
                    
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 この予想外の戦果に作戦本部は狂喜し、ニュータイプ研究部隊の当年度予算は急遽倍増された
 が……キュベレイ量産型の機数が増えたという事実はない。もっともプルのコピーたちの培養がすでに始まっており、パイロットの数と合わせなくては意味がない事だった。その量産型キュベレイたちの末路は、あえて言うまでもない。
 プルフォウは、しばらく戦闘の興奮と勝利の快感に浸っていたが、クイン・マンサのテストがはじまると、そんな気分もたちまち吹きとんだ。
 何が彼女を不快にさせるのか。
 コクピットルームのテストから、機体テストに移るちょうどそのころ、プルフォウはそれが分かった。
 それは、ルード少佐の執念の結晶ともいえる、専用サイコミュシステムのプログラミングであった。
 彼女の心の奥底そのままに、このクイン・マンサは傲慢だった。
 小さなパイロットをあざ笑い、精神に容赦なく土足で踏み込んだ。容易に動かず、史上最強最悪のMSであると、常にプルフォウを脅した。このプログラムは、気の強い後のプルツーにとってはちょうど良い物だったのかもしれないが、プルフォウにとっては、悪夢そのものであった。
 心を閉ざそうにも、その心の開放によって動くシステムであるから、どうしようもない。
 魂の強制開放。
 こんな恐ろしいことがあろうか。
 狂おうにも、人格を分裂させようにも、薬と精神調整がそれを許さない。強度のストレスでたちまち変調をきたす自律神経も、より強い薬物で調整される。
 副作用を抑えるさらなる薬も投与され、ナノマシンによる遺伝子治療まで行われた。精神も肉体も限界をとっくに超え、冗談ではなく、突然死か突発的自殺行動のギリギリで、プルフォウは踏みとどまっていた。ますます自分で人形と化してゆく自分をみつめながら。
 そんなある日、「……よう、きみが、あの試験機のパイロットだったんだって?」
 偶然、通路ですれ違った下士官が、声をかけてきた。三十代前半であろうか。
 「……」
 「この声を忘れたか? ……アーベントロートだ」
 しかし、プルフォウはもはや挨拶を返せるような精神状況ではない。
 「……」
 氷というより、まるで虚無のように陰鬱で無機的な瞳をちらりと向け、そのまま、去ってゆく。
 アーベントロート中尉はため息まじりに、
 「……強化人間……か……」
 そして、通信でのやりとりを思い出し、(あの初々しげな返事は、なんだったんだろう……)
 それは、プルフォウの真の声であった。
 いまではけして聞こえる事の無い。
                    
 「魔神」が地球に降りるのは、三ヶ月後のことである。
 


       終


 魔神のうた