魔神のうた 

 九鬼 蛍


 第3部

                    
          1
                    
 「これをみてくれ……」
 アクシズ・ティターンズ・エゥーゴによる三つ巴の戦いが終了してより、丸三年が経過していた。
 地球連邦軍某宇宙基地の作戦本部。
 ティターンズなきいま、反地球連邦軍エゥーゴは主力としてそっくり連邦に吸収された。
 ネオ・ジオンも、グレミー反乱艦隊と総帥ハマーンの同士討ちという形でほぼ崩壊。連邦本部は丸儲けの形である。シャア・アズナブルによるアクシズの再来はまだ少し先の話で、この時期の連邦は全面戦争で疲弊した経済の再生が急務で、各サイド間の交易もようやく戦争前の水準に戻りつつあった。
 時折、その交易路に出る「海賊」が、ティターンズやネオ・ジオンの残党である事以外、特に目立った戦闘行為も無い。戦争で活躍した新型のガンダムたちも、最後のアクシズ攻防戦でみな破壊され、放棄された。唯一残った百式だけが、後に改良され、量産もされている。Zガンダムの戦闘データは、幾つかの試作の後、リ・ガズィに応用される。もっともリ・ガズィも量産は見送られており、Zガンガムがいかに特殊な構造と性質をもった単発MSであったかが窺い知れる。
 さて……。
 海賊たちの操るMSは、ティターンズやジオンのそれであったが、その中に、
 「奇妙な噂があってね……」
 「噂?」
 数人の特殊作戦参謀たちが、密談会議中である。連邦軍海賊対策室のトップ連もいる。
 「この画(え)を……」
 「……なんだい、こいつは」
 「見た事も無い……モビルスーツだ。でかいな。……実験機か?」
 「私は知っている……。アクシズの……いや、グレミー反乱艦隊の悪魔だよ。よく画像が残っていたね」
 「うん……こっちは、地球で演習中の後方射撃部隊がとらえたもの……こっちは、破壊されたラビアン・ローズのメモリーデータにかろうじて残っていたものだよ」
 「ふうん……」
 「撃破されたのでしょう? ガンダムチームが……私は、そう聞いてますが」
 「回収はしなかったのですか?」
 「回収前に、ジオンの特殊工作部隊に処分されたんだ。特にメガ粒子偏向器を備えたアクティヴ・バインダーと新型メガ粒子砲、それにファンネル……」
 「もったいないね」
 「過去の話じゃないか。終わった話だ」
 「……で、これが?」
 「いや、まあ、こっちもみてくれ……」
 「……?」
 「これは……!!」
 「日付をみろ。……つい先日の画像だ。贋物じゃないぞ……本当に先日なんだ」
 「こいつは……」
 「うん……。シルエットだけだが……どうみても同型なんだよ
 「………!」
 「ち……ちょっとまて」
 「そうだ、ア、アクシズのモビルスーツ生産ラインは、ストップしているじゃないか」
 「それは関係ないよ、きみ」
 「そうだ。こいつはどこで……」
 「例の、小惑星帯だよ」
 「……『海賊の巣』ですか……しかし、どうやって……?」
 「こっちの資料をみてくれ」
 「いいから、説明しろ」
 「……アクシズのニュータイプ戦闘部隊の予算がな……開戦寸前に、倍増されているんだ。……理由は知らないが……」
 「……つ、つまり……」
 「こいつは二番機だよ」
 「そんなものが……!!
 「重大事だ。みなさんに集まってもらったのは他でもない。早急に対策を……」
 「た……しかし、きみ、た、対策といったって……ガンダムなきいま……こんなバケモノにかなう機体は……」
 「アムロ・レイをぶつけては」
 「だから、モビルスーツがない……!」
 「いや、ここだけの話ですが、開発中の新型ガンダムが……」
 「まにあわんだろう!」
 「いや、ま、まて、まて……こ、こんなニュータイプ専用モビルスーツは、誰でもかれでも動かせるという訳ではない。……い、いったい……誰が……」
 「分からん……分からないが……未確認情報によると、テストパイロットがいたそうだ。プルツーと同じく、エルピー・プルのコピーのね……」
 「……まさか……!!」
 「分からんがね……」
 参謀連は、一様に押し黙った。
                    
          2
 
 「次の獲物はこいつだ……」
 小惑星帯にある某秘密基地。その中でも、プルフォウが所属しているのは最大規模のところで、さらに彼女とクイン・マンサは部隊の切り札であった。
 ネオ・ジオン復興部隊である。
 このような復興ゲリラ部隊は複数あり、互いに連携をとったりとらなかったりだ。主に連邦軍や大手交易商社の輸送部隊を襲い、生きる糧としている。前述したように、ネオ・ジオン系の他にも、旧ティターンズの残党もいて、海賊行為を行っている。彼らは、ティターンズであったというだけで正職につけず、食うためにやむを得ず海賊になった者達だ。もっとも、正職といってもせいぜい裏のジャンク屋か、交易商社の雇われMS乗りが関の山で、それだって、就職活動に連邦軍の妨害行為が無いわけではない。
 さて、プルフォウであるが、彼女とクイン・マンサ(二番機)がどのような経緯で戦後、ここにいるのかは触れぬ。触れても意味が無いからだ。
 なにより、この基地以外ではクイン・マンサの整備は不可能だった。旧ニュータイプ部隊の生き残りも多少おり、なんとかなっている。
 「………」
 しかし、プルフォウは分かっていた。
 クイン・マンサはもう限界である。
 やはり、何といっても整備不良なのだ。
 特に、ルード少佐亡きいま、サイコミュ・システムは日がたつにつれ、バグが増え、どうにもならなくなってきていた。クイン・マンサのような完全ニュータイプ専用機は、機体の全てをサイコミュ制御に頼っているため、その肝心要のサイコミュがおかしくなれば、とたんにガタがくる。またハード面においても高性能機ゆえの高性能メンテナンスが必要不可欠なのだが、敗残部隊では全ての部分でお話にならぬ。技術、そして物資の欠乏が、重くのしかかっている。
 「……ガマンしてくれ。あのシャア・アズナブル大佐が……ネオ・ジオン本部と接触されたという噂もある……そうなれば……」
 「シャア……?」
 赤い彗星とやらの伝説は、彼女も聞いていた。
 「本部では、復興後を想定して、極秘裏に新型のモビルスーツも開発しているようだ」
 「本当か……我々も早く合流しなくては」
 「次なる総帥は、アズナブル大佐か……」
 「……」
 プルフォウは黙って席を立ち、整備工場へ向かった。
 小惑星をくり抜いて、なんとか居住スペースとMS整備ブロックを確保していた。
 「……出撃は八時間後だぞ!」
 プルフォウは振り返らなかった。
 出撃の度に、クイン・マンサの寿命が縮んでゆく。かつては憎くて憎くてしょうがなかったこの機体であったが、二番機はルード少佐の余計な手が入っておらず、基本プログラムだけであったので、まるで仔犬のように従順だった。愛機が出撃の度に育ってゆくのは、パイロットとしては素直に嬉しい。
 そんなクイン・マンサが、もう動かなくなる寸前なのである。
 ハンガーでは、この巨体の他にも、ズサやらガザシリーズやらドライセンやらの量産機の他に、隊長機のリゲルグ、さらにはドーベンウルフまでいる。もうグレミー軍もハマーン軍も関係ない。
 整備状況はどれも限界であったが、特にクイン・マンサは大食らいで、重水素も在庫が乏しいし、細かな専門パーツは手作りだ。通常整備部品も他MSの三倍はかかった。
 「アナハイムと裏取引ができないのか……一回でも、あそこの工場になんとか……」
 「無理だよ。この間、アナハイムの子会社の運送部隊を襲ったからね」
 「…ちッ……マジか。なんだよ、それ。何も考えてねえな、上のやつらは……」
 「キレイ事ばかりでよ。士官学校出はよ、これだからよ……」
 「シッ……『お嬢様』がきた」
 プルフォウは部隊の要であるため、士官待遇だった。しかし現場にしてみれば、ただの強化人間の生き残りだ。理解不可能な、不気味な存在である。
 もっとも上官には変わりない。
 頭部コクピットへ向かうと、すぐに整備員がきて、
 「少佐……出撃ですか」
 「はい……」
 「コクピット……きつくないですか」
 「少し……」
 クローンより生じた強化人間とて年はとる。彼女は覚醒時の設定年齢より数えて、今では十五歳。背も伸び、意外と肉感的になっていた。コクピットシートが十一歳時の物なので、けっこう窮屈である。
 「これで最大限広げてるんですが……。噂では、一番機にグレミー・トト閣下が乗ったとか……そうなら、もっと広がるはずなんですが……」
 「……存じません」
 「……サイコミュ、どうですか」
 「雑音が……増えています。反応も……遅いです」
 「……すみません、専門の技術者がいないもので……少佐にばかり……」
 と、プルフォウがその副整備班長に向けて瞳をあげ、 「……いつまで……私とこの子は出撃しなくてはなりませんか」
 「えっ?」
 副班長、正直、面食らい、 「いや……その……それは、やはり偉大なるジオンの復興……」
 お題目をそう言いかけて、やめた。
 「………」
 プルフォウの瞳は、副班長の心を動揺させた。
 「……しょ、少佐が、もう休みたいのでしたら……私どもはいっこうに……」
 「………」
 まじまじと自分をみつめる瞳に、副班長、急激に何かを述懐しつつ、 「……少佐、私には、別れた女房に、ちょうど少佐と同い年の娘がいましてね……いまはどこかのコロニーで、新しい父親と暮らしてるんでしょうが……まあ、真面目にやってれば、いま9年生なんですよ」
 「……学校……」
 「……普通の生活がしてみたいですか、少佐……」
 「ふ、普通の生活……!?」
 プルフォウの驚愕は、副班長の予想を超えて、大きな物だった。
 「それって……どんな生活!?」
 「………」
 こんどは逆に、副班長がまじまじとプルフォウをみつめた。
 (可哀相に……想像もできないのか……) 無理も無い話だ。戦争をするためだけに生まれてきたのだから。
 (おれたちは……こんな女の子をモビルスーツに乗せて……いったい、何をやっているんだろう……)
 副班長は思わず目を閉じ、(……強化人間も『人間』か……) 目を開くと、泪が丸い粒となって無重力に浮かんだ。
 「ど……どうしました……」
 「少佐……もう、いつでも、この機体を降りてください。故郷が復興するのは嬉しいですが……別にザビ家や総帥の元でなくたって、できるはずなんです。……こんな海賊まがいの……こんな事のために、少佐みたいな、将来ある若者が……」
 しかし、プルフォウの答えは、意外にも、「わたしはクイン・マンサを降りません」
 「え……」
 「だって……わたしが降りたら、この子はひとりぽっちなんです」
 「……!」
 このとき、エッセン副整備班長は、確かにクイン・マンサへの愛情が芽生えた。
 戦中は、ニュータイプ専用MSなど触った事も無かったし、アクシズでもキュベレイやゲーマルク等と同様に専門のエリート整備員のみが手を触れる事を許されていた。それが逆に今では嫌でも自分らがやる以外になく、通常MSとまったく構造の異なる部分もあってこの数年間は四苦八苦。整備状況も最悪で、かといって上からはプルフォウを超えて無茶な指示が降りてくる時もあり、正直、心底いやいやで、命令でなくば今にも手放したい気持ちで整備にあたり、重要な部分はプルフォウに任せっぱなしだったのである。
 「………」
 そして愛情が芽生えると同時に、これまでの行いを恥じ、悔いた。
 MSに変わりは無いではないか。
 整備員が心をこめて整備をせずに、機体が長持ちなどするはずが無いではないか。
 ブルフォウはこの三年間、一人でこの巨大MSを支えていたようなものだ。
 もう、いたたまれなくなり、今更ながらに、 「しょ……少佐……あの……あとは、少しでもお休み下さい……私どもで……」
 「いえ、サイコミュの調整をします……。正直に言います。……もう、いつ暴走してもおかしくありません。……いちおう、システム本体と火器管制・機体制御を切りますけど……離れていてください。危険ですから。……いきなり、腕やら足やらが動いても知りません」
 その淡々とした物言いに、かつては辟易したものだが、「いえ、少佐。整備員が離れていて、何の整備でしょうか。私どもも手伝います。……ご指示を!!」
 「……」
 ハトが豆鉄砲をくらったように目を丸くするプルフォウに、 「……少佐、ジオンが復興なって……本当の平和がきて……こんな海賊なんかやめて……いつか、こいつを博物館にでも飾れるといいですね。それとも、人知れず、休ませますか……。どっちが……この巨大兵器に相応しいでしょうか……」
 しかし、プルフォウの答えは、ここでも意外であった。
 「撃破されるのが……いちばんこの子に相応しいと思います」
 「……なんですって……!」
 「だって……こんな……悪魔のような機体……」
 「そ、そうですか。……でも、こいつを落とす機体なんか、もう連邦にもジオンにもいませんよ」
 「それは、メンテがよくできていた時代の話です……」
 エッセン、息をのみ、 「まさか……いけません、少佐……こいつといっしょに……なんて……」
 プルフォウは、微かに笑い、 「……そんなつもりはありません」
 エッセンは安心して息をついた。
 「よかった。……少佐」
 「はい」
 「いつか、我々の戦争が終われば……」
 そう。
 ジオンの戦争はいまだ終わらず。
 あの一年戦争より、いまだ終わらず。
 「………」
 多少の言葉を交わして、エッセンは、持ち場へ戻った。プルフォウの笑顔を見たのも始めてであったが、こんなに会話をしたのも始めてであった。触れば消えてしまいそうに儚くも美しい笑顔が、脳裏について離れなかった。
 そして、プルフォウの姿を見たもの、声を聞いたのも、これが最後であった。
                    
          3
                    
 プルフォウは分かっていた。
 クイン・マンサがあと数回の出撃で動かなくなる事を。いや、動かないならまだしも、暴走するか、自爆するか、もう予断を許さない状況である事を。
 なにより、自分の身体が、もう限界である事を。
 クイン・マンサ開発の後期段階において、プルフォウへ投与された薬物の量は、常軌を逸していた。それだけ開発が急ピッチであったのだ。プルツーがいきなりの操縦で、あれだけ動けたのも、グレミー付の科学者が、クイン・マンサのサイコミュは完璧です、などと図々しくも口にできたのも、全てはこのプルフォウとルード少佐のお蔭である。
 その代償が、プルフォウの肉体と精神だった。
 精神は、とりあえず戦いが終わって、少しは休らいだ。何よりこの二番機のサイコミュは、一番機とはうってかわって不思議な安らぎを彼女に与えてくれた。
 問題は、身体である。
 一種の薬物中毒で、いまでも、常備薬を離す事ができない。
 その薬も、三年間でのみつくした。
 もうあとは、いつでも心臓が止まるのを待つだけなのだ。
 医者に言わせれば、九十代の老人のような心臓が。
 全身のあらゆる筋肉も伸びきったゴムのよう。ちょっと無理をすれば、たちまち目眩と激しい動悸に襲われる。逆をいえば、よくいままで成長したものだ。
 「十五で……寿命……」
 悲しいを通り越して、もう早く楽になりたかった。
 人生に疑問など無い。疑問をもったところで、解答などあろうはずもない。
 悔いなどない。
 悔いる必要など無いではないか。クイン・マンサを開発するために生まれてきて、立派に使命を果たしたのだから。
 「……ふふ……まだ初潮もないし……やっぱりどこかオカシイのね……」
 最近はよく目もかすむ。食欲が無くなり、骨も脆くなってきた。肌もまったくハリがない。物覚えも異様に悪くなった。
 老化現象だ。
 急激に肉体が衰えているのだ。
 脳裏に浮かぶのは、これも不思議と、ルード少佐の冷たい顔だった。
 しかし声は浮かんでこない。完全に記憶から消去した。
 「……プルフォウ……クイン・マンサ。……でます……」
 弱々しく光を放ち、秘密基地より出撃する。
 狙うは連邦軍の軍物資輸送部隊。
 輸送部隊を襲うのは、因縁であった。
 かつて地球で、実戦試験で強襲をかけた事を思い出す。あの泪に濡れて感動した夕日のお蔭で、彼女は生き長らえたと言っても過言ではない。現実的な話、あの後、体調がすこぶる良くなったのだ。
 「……」
 小惑星帯を出て、ミノフスキー粒子の海の中、目標へ近づく。情報屋より仕入れる「正確な目標の位置」とて、けして安くはない。
 が、輸送部隊の護衛MSとはいっても良くてリック・ディアスやネモ、マラサイで、たいていはジム゙やらハイザックやら、バーザムやらで、ティターンズ系海賊の操るハンブラビ等には手も足も出ない。ハンブラビは運動性能、火器、耐久性共に優秀な機体で、かつて同性能を有していたが高コストなギャプランや構造の複雑なガブスレイとちがって量産や改造もきき、ガンダムや各種のニュータイプ専用機無きいま、ハンブラビにかなうMSはもはや同じハンブラビしかなかった。
 そんな状況に、クイン・マンサである。
 まさに、現れるだけで逃げる護衛部隊もあるほどで、じっさい戦ったってとても勝てる相手ではない。
 確認されている中でも、現在残っている唯一の現役ニュータイプ専用機といえた。
 大口径拡散メガ粒子砲だの、ファンネルだの、覚めたばかりの悪夢から出てきた亡霊のごときものだ。
 噂が噂をよび、ここの半年ほどは戦闘らしい戦闘が無く物資を強奪できているのは、せめてもの救いだった。
 この日も、
 「……かけます!」
 後方部隊へそう通信し、プルフォウは一気にブースター出力を上げた。重質量のクイン・マンサが、逆落としに艦隊へ強襲をかける。
 と……。
 「!!」
 知覚が、まさに数年ぶりに働いた。
 「な……こ、この……!!」 プレッシャーは。
 艦隊は囮だった。
 空っぽの輸送艦はたちまち散会し、護衛部隊も逃げの一手。その代わり、一機のMSが急接近。
 「……ガンダム!!」
 まさか。
 しかし、まちがいない。
 新型ガンダムの、試作機だ。
 「後方部隊、逃げて、ガンダムです!」
 ファンネル展開。
 と、ガンガムも、背中の板上の物体を放出した。紛れもない、あれは、 「ファ、ファ……ファンネル!?」
 フィン・ファンネルである。
 「なんて大きい……」
 「少佐、少佐、後退してください! ガンダムが相手では……」
 「いえ、基地の場所がばれます……操縦しているのは、どうやらアムロ・レイでも、カミーユ・ビダンでも……ジュドー・アーシタでも……」
 なさそうだが、この動きは!
 「……!」
 たちまち接近し、フィン・ファンネルの攻撃。
 なんと、メガ粒子砲である。
 豪快な閃光群が、クイン・マンサを襲う。
 が、クイン・マンサにメガ粒子砲は効かぬ。バインダーが楯となり、内蔵されたメガ粒子偏向器によりすべての攻撃をはじいた。
 そして、二十数基ものファンネルと、胸部拡散メガ粒子砲の一斉射。並の一個大隊を殲滅できる攻撃である。
 が……。
 「!?」
 プルフォウはわが眼を疑った。なんと、即座にフィン・ファンネルが集まってガンダムを四面体に囲み、メガ粒子により電磁フィールドを形成、クイン・マンサの猛攻を全て防御したではないか。
 これには、さしものプルフォウも驚きを隠し得なかった。
 「こ……こんなことが……!!」
 その一瞬の油断をついて、ビームライフルが一閃。クイン・マンサの左肩部を直撃。
 火を吹いて、クイン・マンサは真空に転がった。
 たちまちシステム・ダウン。オール・レッド。アラームと共にジェネレーター出力が落ち、逆に核融合炉内温度が急上昇。
 「……こ、こんな……こんな……お願い、お願い動いて……」
 プルフォウはありとあらゆる回復操作をしたが、まったくムダだった。ブースターが暴走し、痙攣するような細かい動きのまま、すごい速度でクイン・マンサは旋回しながら小惑星帯へ落ちていった。
 「少佐、少佐、脱出を!!」
 しかし、動かない。
 「こんな……たった一撃で……クイン・マンサが……」
 撃破されるのを望んでいたとはいえ、やはりショックだった。もうクイン・マンサの戦法は通用しない。巨大ニュータイプ専用機など、時代後れのMSなのだ。
 「あの……ガンダム……」
 追ってきてはいない。試作機ゆえ、無理はしないのだろう。
 「………」
 敵にも味方にも草色の魔神(デーモン)と畏怖されたクイン・マンサを落としたのは、何よりの勲章といえよう。
 しかし、正直、 (……メンテが最高だったら……こんな……ライフルの一撃でなんか……)
 その時、「少佐、どこです、少……うわあッ!!」 遠くでMS戦闘光。クイン・マンサが落ちた事で、一旦は下がった護衛部隊が海賊へ攻撃に転じたのだ。
 多勢に無勢だ。 「い……行かなく……ちゃ……!」
 だが動かない。ファンネルも出ない。
 瞬間、
 「……!!」
 クイン・マンサは、豪快にとある小惑星へ激突した。
 その衝撃で、完全にジェネレーターが吹き飛んだ。コクピット内の電気が消え、非常電源も作動せず、まったくの静寂と闇が訪れた。幸いは、融合炉の非常事態シャットダウンが働いて、たちまちに火が消えた事か。
 そして、ついにプルフォウの心臓が悲鳴をあげた。
 「ッ……うああッ……あぐうッ……!!」
 苦しい。
 「ああッ……!!」
 なんという苦しさか。
 暗闇と無音の中、恐怖が襲ってきた。
 突然の、しかもまったく意識していなかった恐怖だ。
 「………」
 息がつまり、全身が震えた。
 「……助けて、助けて、誰か助けて!! 死ぬのはいや……いや!! 助けて誰か!!」
 叫んだが、声が本当に出ていたかは分からぬ。
 ただ、泪は溢れた。
 「たす……け……!!」
 泪でかすむ目と、遠くなる意識な中で、プルフォウは、目の前に、自分を落とした試作型のガンダムがいるような気がした。
                    
          ○
                    
 その後、二千年の時が流れ、∀の舞台となっても……首の無い巨大な草色の魔神は、まるで皇帝のように、宇宙へ浮かぶ無数の小惑星の一つに、鎮座しているのである。


                  





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