第11回 「寒帯林、プロメテの火、自作新作など」


 聴き手 九鬼 蛍(以下「九」という。) 
 語り手 堀井友徳(以下「堀」という。)

 日時 2011年7月17日午後3時ころ 
 場所 北海道某所


寒帯林

 九「伊福部昭の交響詩、あるいは交響詩的と云えるものは、『音詩 寒帯林』と『交響的音画 釧路湿原』のみでしょうか。両方とも、交響詩にしては長いですね。30分ほどもあります」

 堀「長いですね。しかし、『釧路湿原』は最初から映像に音楽をつける作品ですので、音楽としては『寒帯林』のみではないでしょうか。映像ではないですけど、シベリアの心象というか、そういうものを表して作曲をしてくれという依頼だそうです。音詩となっています。1楽章が長いです。15分ですか。コンサートでただ聴くにしては、変化に乏しく、フラットというか、まっ平らなので、コンサートホールで座って純粋に聴いているとやや物足りないかな、という印象を持った人は多いと思います」

 九「しかし、北海道に住んでいる我々としては」

 堀「そうなんですよね、あの白樺の、延々と続く地平線の森というか、本当に寒帯林を知っている身が聴くと、『シンフォニア・タプカーラ』の2楽章じゃないですけど、実にああいうランドスケープを思い浮かべる。本当に何も無い。ただ、平原や森が拡がっている。あ、なるほどな、と思いました。もう線しかない。まさに何というか、緩急が無いのが当然。本当にああいう風景がある。純粋に聴覚で音楽として聴くと物足りないけど、まさにああいう風景そのものです」

 九「しかし、その風景描写が凄すぎて、音楽になってない面もありますね。メロディーも、あるんですけど、冷たい霧にむせぶ感じで、茫洋として聴きとれない」
 
 堀「それは伊福部先生も云っていました。あの曲(寒帯林)にはそういう部分がある、と。『シンフォニア・タプカーラ』は音楽的にそういうものをちゃんと考えて、最初からそういう意図で作られましたが、『寒帯林』は満州のオーケストラの技巧にも合わせて、そういうふうになっちゃった、というべきか。だから、ちょっと出すのを渋っていたのかもしれません。作曲料を2倍もらったという話は?(笑)」
 
 九「以前、聴きましたね(笑) もういちどその話をお願いします」
 
 堀「その話はよく云ってましたよ。ギャラだけではなく、待遇も凄まじく良かった。満州国の委嘱ですよ。他にもいたんですよ。紙恭輔さんとか、高木東六さんとか。とにかく、飛行機に乗って満州の平原を遊覧して、どんなに遊んでもいいから、帰りまでに満州のために曲を1つ書いてくれって。ホテルも最高級で食事もふんだんに出て。キャバレーで飲み放題だったとか(笑) 他にも紙恭輔さんと一緒にお風呂入ったとか云ってましたね」

 九「いいとこのホテルったら、新京のヤマトホテルじゃないですか?(笑)」

 堀「いや、分かりませんけど(笑) もうとにかく、遊んで飲んで、当時は中国とかもなかなか行く機会がなかったし、それは有り難かったと云ってました」

 九「いいなあ、李香蘭の映画とか観たんでしょうね(笑) 皇帝の溥儀に会わなかったのかなあ」

 堀「流石にそれは分かりません(笑) で、『寒帯林』を書いて、帰国後にけっこうな額の作曲料が送られてきて、領収書を書かないでいたら、もう1回送ってきて、今度は流石に書かないといけないな、と思っていたら、戦争が終わって満州国がつぶれちゃったという(笑)」

 九「それ、何回聴いてもすごい話ですね(笑)」

 堀「しかもけっこう高額だったというんですよ。具体的には教えてくれませんでしたけど(笑) 当時の事だから、現金で送ってきたんでしょうね。まあ、それで政治的なしがらみもあって、戦後はあまり語られる事は無かったんですけど、『寒帯林』といえば、私はそのエピソードが印象に残っています。で、楽譜が見つかったのは、けっこう前だったんですよ。北京でね。それを演奏したいですね、なんて話が出ていたのがキングレコードの『伊福部昭の芸術』シリーズの選曲の時だったんですけど、事情があってダメになって、結局『兵士の序楽』になった」

 九「まあ、日本でも譜面が見つかって良かったですね。3楽章にはゴジラも出てきますし、私は2楽章が好きです」

 堀「杣(そま)の歌、ですね。杣というのは、今はあまりこういう云い方はしませんが木こりの事です」

 九「(あれはソマって読むんだ……キコリの歌だと思っていた。)」

 堀「この曲は、ずっと伊福部ファンのあいだでは『まぼろし』だったので、今回、こういう形で演奏され、CDになったのは本当に良かったと思います。メモリアルですね。いや、本当にCDになっただけでもすごいと思います」

 九「ま、好き嫌いはあるにしても、この曲は1楽章ですよね。白眉は1楽章」

 堀「私もそう思います。1楽章。1楽章がすごい。他にああいう曲は無い。茫漠というか。スコアだけだと変化が無いな、と思うのでしょうし、コンサートで聴いても、本州の人は『うーん』と思ったと思うんですけど、我々が聴くと、見えるものがある」

 九「本州以南の人は、何も見えないでしょうねえ(笑)」

 堀「見えないかもね(笑) ただ、例によって伊福部5度の音で支えているだけですから。何も無い。オーボエの寂しい旋律が鳴っているだけ。あれは、逆にCDになって良かったでしょう。何回も繰り返して聴くと、見えてくるかもしれません。コンサートだと1回聴いておしまいですから。そういう意味では、録音物というのは必要だと思います。媒体としてCDかどうかは、分かりませんが、生演奏と録音物と」

 九「コンサートのほうが音がいいのは当たり前なんですけど、集客の面でレア曲とかやはり何度も演奏できるものではありませんし、録音が残っていると資料としても有り難いですね」

 堀「これで、戦前の伊福部作品はほぼ網羅されましたね」


プロメテの火

 九「では『プロメテの火』に話を移しまして。2台のピアノ版が残っていたというのは」

 堀「先生から話は聞いた事はありました。オケは、見つかっていないようです。バレー団か、オーケストラにあるかもしれませんが、(オーケストラからは)『サロメ』は出てきたけど『プロメテ』は出てこなかったというのですから、無いのかもしれません。曲は凄く良いですね。2台のピアノ版は地方公演用のもので実用版ですから、鑑賞用として捕える場合、伊福部音楽はピアノだけだと音色の変化が少なく、ちょっとのっぺりしちゃうところもあります。構成というより、響きやオーケストラの量感で攻めるところがありますから。コンサートホールでピアノだけで50分をいきなり聴くと、ちょっと重かったようです。これもバレー(舞台)といっしょだったり、CDで何回も聴いていると、良さが出てくるでしょう。バレーの場合、どうしても踊りに付随しますので、響きが厚くなります。フルートだけで行きたいのに足音が入ってきて聴こえないためどうしても絃を重ねる、あるいは絃だけで行きたいと思っても響きが薄いからフルートを重ねたり、どうしても混合音色になってしまう。だから『サロメ』も演奏会用にリダクションされてます。たしか(サロメは)2管から3管に変わってます。プロメテも、いまオーケストラの楽譜が見つかってもそのまま演奏はできないでしょう。変則2管だそうですから。昔は、オーケストラの使用料か安かったためか生オケで踊って、今考えれば贅沢な時代でしたね。伊福部先生はバレー音楽がたくさんあります」

 九「CDのブックレートで、伊福部先生は『バレーは純音楽扱い』と書いてますね。バレーの音楽は管絃楽組曲とかでも、コンサートピースとして充分に耐えられます。それだけ、音楽的な質も高い。映画音楽よりも純粋な鑑賞用に向いていますでしょうか。映画音楽組曲も、そのうちバレー組曲のようにコンサートピースとして定着すると思っているんですが、いまいち、なんというか、まだキワモノ扱いですね」

 堀「そうですね。伊福部先生は、映画音楽は純音楽扱いにあまりしていませんでした。どうしても映像やセリフ、効果音が優先になって、音楽は完全にウラのものですから。本当にバックグラウンドで副次的です」

 九「バレーは、視覚は踊りが、聴覚は音楽が独占しますから、それだけ音楽も重要な要素を持っている。映画やアニメなどの音楽は、どうしても二次的になる、という特徴があるのでしょう」

 堀「私は伊福部先生にこの『プロメテ』も演奏会用にしないのかと、ずいぶん尋ねたんですけど、どうも歯切れが悪かったです。ううん、あれはねえ、ちょっとねえ、譜面が無いんだよねえ、といった具合です。どうも、『プロメテ』は音楽だけでやるには何かが足りないと思っていたようです。『サロメ』はそんな事は無かった。ちゃんと演奏会用にしましたし、箏にも編曲しましたしね。あれは愛着を持っていたようですよ」

 九「『サロメ』の方が確かに、主題の扱いや展開も深く、渋く変化に富んでいると思います。『プロメテ』は分かりやすくて面白いけど、単純といや単純でしょうか」
 
 堀「先生によるとやはりバレー音楽の『ファーシャンジャルボー』も、けっこうちゃんとしていて、演奏しようと思ったら改訂すればすぐできるようですよ。バレー音楽は、今後の伊福部の穴場かもしれません」

 九「プロメテは、今井(重幸)先生の編曲した組曲版を聴いてみたいですね」


天地創造

 九「話題を変えまして、黛敏郎の天地創造の全曲版サントラが出ましたが」

 堀「あれは、公開当時、さいしょにLPがありまして、それとおんなじ内容のステレオがCDになって。それもけっこう短期間で廃盤になっちゃって、レアものになりました。全曲ステレオの音源は某会社が版権を持っているのですが、今回のレーベルがそれを使って完全版のCDを作ろうと思ったけど、版権料がバカ高くて、版権の無いモノラルのコピーから残りの曲を入れたそうです。これも、黛さんがすごい待遇で作曲したとか。ローマの高級ホテルに滞在して、仕事はきつかったようですけど。全曲ステレオだったらなあ、と思いますね」

 九「モノラルの部分も良い曲がたくさんありましたね」

 堀「全世界で1500枚限定だそうですが、タワーレコードのサントラ部門で注文1位でしたね」

 九「ほとんど日本人が買ってるんじゃないですか?(笑)」

 堀「テーマも独特で、私は好きですね。お金も時間も、日本の映画音楽じゃ考えられないくらいかけて作った。録音だけで1日2〜3曲とか。日本だったら何時間でぜんぶ、とかでしょう(笑)」


自作新作と現代音楽

 九「次に、堀井さんの新作の合唱曲『北方譚詩第2番』を」
 
 堀「自分的には前作より良かったです。演奏も良かったですよ。前作は女声だけでしたが、男声が入って厚みが増しました。曲調としては、前作より保守的になってしまったと思います。1曲目の『運河の町』は、あれで良かったのですが、2曲目『森と海への頌歌』をぜんぜん違うけっこう現代的な曲調にしようと思っていたのですが、いざやってみるとなかなかうまく進まず、締め切りが迫ってきて、結局ああなってしまいました(笑) 今のところ合唱で無調は難しいと思いますね。器楽曲は無調でやれるんですが、歌は難しいです。そんなわけで、2曲目が1曲目と似てしまって、拍子も同じ6/8 拍子だし、キーも同じような感じだったので、1曲目と2曲目に変化が無く、一 本調子に聴こえたかもしれません。次は器楽曲で、朗読と木管4重奏をしようと思います。その次に、また合唱で、6人くらいで北方譚詩第3番をやろうかと思います。器楽曲は、木管だけを実演でやる機会が今まで無かったので、よい機会かと思いまして。次も合唱をと思っていましたら、演奏者がそろわなくて、木管の方が演奏者がそろったそうですので、器楽をやることにしました。いま、書いていますよ」

 九「現代音楽では、作曲家が書いていて面白い曲と、聴衆が聴いて面白い曲と、乖離が激しい場合が多いですね」

 堀「12音や音列なども、自分で自由に規則を作れるので、書いていると意外に面白いし、演奏してもけっこう面白いんですよね。ただ、聴く方はどうかなあ、という(笑) でも、自分も変わってきたな、と思います。昔は無調とか全く興味が無かったのに」

 九「現代音楽で数字・数学にこだわって作曲する人も多いですが、作曲する方は一所懸命考えてピッタリ合って面白いのでしょうが、聴いている分にはどーでもいいですからね(笑) ナントカ係数がどうとか、リズムの不可逆性がどうとか、聴いて分かるのかっていう。けっきょく解説が無くば分からない。あっても分かりませんが。作曲家の自己満足にすぎない。副次的な面白さで、音楽が面白くて、さらにそういうウラの意味があって面白いというのでは良いのですが、音楽がつまんなくてさらに意味が分からないと、これは最悪ですね(笑)」

 堀「自分に話が戻りますけど、私はさいしょにド調性を書いて、伊福部先生の影響があまりに大きかったのだと自分で分析していますが、その影響がここまで自分のイメージを固定化すると思いませんでした。今は作風も変わってきて、音列・12音のド無調というわけではありませんが、けっこう自由に無調と向き合えるようになった。作風というより、イメージを変えるというのは勇気がいりますね。それまでのイメージが好きだった人を裏切るような形になってしまいます」

 九「でも、それは仕方がないですよね」

 堀「実は、前から、合唱は普通のメロディアスな調性で、器楽は無調をからめたシリアスな作風で、と考えていましたが、合唱をやる機会が無かったので、器楽で調性をやっていました。今後は、分けてやってみたいと思います。調性ものはニーズがあるんですけどね。次第に、興味が移ってきたというか。あと、編曲は勉強になるので、吹奏楽の編曲の仕事も有り難いですね」

 九「堀井さんの無調は聴いてみたいですね」

 堀「無調といっても、メロディー、リズム、ハーモニーは放棄しません。そこまではしませんね。完全なセリー主義ではないですよ。合唱と器楽、調性と無調的なものと、両方で表現してみたいです。西村朗先生が、パレットを増やすって云い方をしていて、私もその云い方が良いと思いました。やり方の問題で、良い悪いではなくて、パレットが増えるというのは面白いと思います」

 九「創造的な部分の問題ですから、外からああこう云う問題ではないですね。無調も面白いものは面白いし、調性回帰が完全に良いわけでもない。ペンデレツキなんか私は調性になってからまるで魅力が無くなったと思っていますが、それは人それぞれですし」

 堀「そうですね、無調だから、調性だからという話ではないですね」

 九「今後の目標としては、合唱作品で調性を追求し、器楽作品で無調も含めたシリアスな部分に挑戦するという事ですね」

 堀「とりあえず、次回は、無調っぽいテイストで。自分も初めてなんで、挑戦です」

 九「次の対談インタビューは、伊福部先生の作品も一段落しましたので、堀井さんの音楽観の変遷や今後の展開、ちょっといいニュースが少ないですけど、音楽界全体の展望などをやりましょう」



 以上








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