第12回 「最近の創作状況について」


 聴き手 九鬼 蛍(以下「九」という。) 
 語り手 堀井友徳(以下「堀」という。)

 日時 2012年6月3日午後3時ころ 
 場所 北海道某所


 最近の捜索状況について


 九「では、1年ぶりの対談になりますが。今日は、今井(重幸)先生の『カスタネット協奏曲』を堪能したあとで(笑)」

 堀「良い演奏でしたね。天気もよく(笑) いつも、対談の日は天気が悪いですからね。1年ぶりになりますか」

 九「年末年始は堀井さんの作曲のお仕事が忙しく、流れました。前回の続きですので、『蝶の記憶』から」


朗読と室内楽のためのポエジー 蝶の記憶

 九「昨年2011年、トロッタの会14で演奏された『蝶の記憶』ですが、これはもう YouTube に演奏の動画がアップされていますが、初めてこのような抽象的な、シリアスなコンテンポラリーな作風を書いたのですか?」

 堀「そうですね。ずっとやってみたかったのですが、今回ようやく、実現しました。(伴奏は)木管四重奏なのですが、木管の仕事もずっとやってみたくて、本来は前回のトロッタの会で木管をやろうと思っていたのですが、その前の合唱曲(北方譚詩)の評判が良かったので、次も合唱でやらないかというお話があったので『北方譚詩2番』を書きました。それで、また木部さんの詩を活かすという形で、今回は朗読と木管四重奏にしました。朗読と合わせるのは初めてでしたが、詩だけの部分と、音楽だけの部分と、詩と音楽の部分とがあって、書きやすかったですね。詩に合わせてストーリーの展開が追えましたから。この蝶の記憶という詩は、最初は『北方譚詩1番』のために用意された詩だったのですが、その時はボツになりまして、惜しいので今回朗読という形で採用しました。ですからこれも北の街を舞台にしたものですね。内容もミステリアスだし、じゃ、無調でやってみたいと。今まで無調はやりたくてもできなかったので、良かったです」

 九「しかし、無調と言っても、完全なセリー主義ではなく、聴きやすいですね」
 
 堀「それは要するに、(ウェーベルン風の)点描風な音楽ではないからですね。僕は、点描音楽はあまり得意ではないので。無調でも旋律や律動はちゃんとあるのがいいですね」

 九「近代フランス風の響きが面白いです」

 堀「僕がフランスものが好きだから、そういう影響はあるかもしれませんね。初演の時のお客さんで、メシアン的だとおっしゃっていた方がいました。楽器法とか、曲想とか」
 
 九「私は、やはり伊福部昭の室内楽『土俗的三連画』のような楽器の使い方だと思いましたね。音楽が似ているというのではなく、楽器の使い方が」

 堀「いずれにせよ、今までこういうタイプの曲を本当に書いたことが無かったので、実際に自分で聴いたときは、これ本当におれの曲なのかなあ、って思いました(笑) でも、こういうのがやりたかったんだよなあ、と実感しましたよ」
 
 九「いつごろからそういう思いを?」
 
 堀「実は、もう10年以上前からです。『ヴァイオリンとチェンバロのためのロマンツァ』っていう曲がありまして、それが終わったころから、いつまでもこういう調子の音楽でいいのかなあ、って葛藤があったんですが、周囲からはそういう調性・メロディーものを期待され続けたので、流れで行ってしまった。僕が作曲を始めた90年代末って世紀末叙情主義みたいな、なんだか調性でメロディに回帰しようみたいな風潮があったんです。ただあれから10年たって、今の若い学生たちは現代音楽もあまり抵抗なくこなしてるみたいでした。これは大変良いことだと思います。自分の学生時代の当初は無調とかまったく興味が無かったのも確かなんですが、自分の音楽感もかなり変わっていきましたし、何人かには話した事があるのですが、信じてもらえなかった(笑)」

 九「えっ、堀井さんが? みたいな(笑)」

 堀「そうそうそう(笑) 反対されたりして。やめたほうがいいって。実は『ロマンツァ』以降の委嘱作品は、さいしょに無調で書いてもいいですかって聞いているのです。でも、ぜんぶ断られた(笑) ですから、今までそう思っていたのですが、書くチャンスがなかった。今回『蝶の記憶』で、ようやく書けましたので、本当に自分が書きたかったカラーのものがようやく出せたということで、今後の自分の作曲のビジョンが見えてきたような気がする」

 九「かなり面白かったですよ。無味乾燥でも無いし」

 堀「無味乾燥ではないと思います。けっこう評判良かったんですよ。演奏メンバーにも。ドライすぎるものは良くない。ある程度のドライさは出しましたけど」

 九「堀井さんの曲としては珍しくアレグロもなく」

 堀「いえ、実はあるんですよ。当日、急遽ファゴットの方が来られなくてチェロになったのですが、チェロのピチカートの部分、あれ実はアレグロなんですけど、ピチカートだとあまり速くできなかったんです。残念でしたけど、あれはあれで、怪我の功名というか、独特の音色になって良かったです。時間もない中で本当にあのチェロの方はよくやってくれました。助かりましたよ。あと朗読とやる際に楽譜の書き方を参考にしたのは、プロコフィエフの『ピーターと狼』です。セリフのみの部分に、全休符のフェルマータがついていて、そこにセリフが書いてある。そういう書き方にしました。で、次の曲の話にもなりますが、木管四重奏をここでやっておいて良かったです。これがなくては、次の木管五重奏はかなり違っていました。これで心の余裕ができたというか」


木管五重奏のためのディヴェルティメント

 九「これは、私の知り合いのフルートの方にたまたま堀井さんを紹介したら、ぜひお願いしたいという話になりました」

 堀「あとで話しますけど、この木管五重奏のお話が来た前日に、奏楽堂4での札幌オリンピックの話が決まりまして、焦りました。札幌オリンピックも当初はやる予定ではなかったので、間に合うかな、と思っていた次の日に木管五重奏の依頼ですから、これはどうなるか、と思いました。締め切りがほとんど同じですから。それで次のトロッタの会をやむをえずキャンセルしました。木管五重奏は前からやりたかったし、なんとかやってみようと思いました。木管五重奏は、作曲を始めたころからずっといつかは書いてみたいと思っていた作品なんですよ」

 九「それはまた、どうしてですか?」

 堀「木管好きになったのは、芥川也寸志さんの影響です。芥川さんの『交響三章』って曲がありますでしょ。あれの1楽章がけっこう木管が活躍して、あれを聴いて木管って面白いなあ、と思って。学生のときは、習作で木管ばかり書いていました。でも提出作品は音にならないから。しかも、ディヴェルティメントを書きたいと思っていた。あとはまあ、委嘱でくればいいな、と思っていましたが、待てど暮らせど来なくて(笑) 15年くらいたってしまった。ようやくここで理想通りの展開になりました。木管五重奏だというので、いよいよディヴェルティメントを出すときが来たかな、と」

 九「2楽章制というのは?」

 堀「これは、委嘱者の方と打ち合わせをしまして、プログラムの構成とか、難易度とか考えまして8分くらいが良いのではないかと。1楽章制だと長いので2楽章。第1楽章は調性で、第2楽章は無調のアレグロ。これでいきましょうかと話をしたら、いいですよ、となりました。タイトルは、ただの木管五重奏曲か、ディヴェルティメントかぎりぎりまで悩んでいましたが、なかなか面白い曲ができたので、嬉遊曲だし、木管五重奏のためのディヴェルティメントにしました。こういう曲に仕上がるとは思いませんでしたけど(笑)」

 九「フルートの知人はかなり喜んで、感動していましたよ」

 堀「そうですね、皆さんとても曲を気に入ってくれて、最初の音だしの時から好評だったそうです。その集大成が本番で出たという気がしましたね。リハーサルから会場に行きましたけど、時間をかけてやってくださって。アマチュアの奏者といっても、けっこうみなさん無調とか平気でしたし、技術的にも充分でした。ぼくも、自分の中にこういう曲があったんだ、と再認識しました。木管は絃と違って持続音に限界がありますが、そのぶん敏捷性がある。この五重奏は良かったです。いまだから書けました。10年前の自分だったら書けていませんでした。いまこの年齢になったから書けたと思う。ですからある意味必然性があったのでしょうね。ディヴェルティメント自体も、書いたのは10年ぶりです。前は『トランペットと3台のマリンバのためのディヴェルティメント』です(笑)」

 九「木管五重奏というのは、邦人作品ではそもそも珍しいですよね」

 堀「まず少ないですね。絃楽四重奏曲は同じ作者でも2番、3番と書く人もいるほど多いですけど、木管五重奏というのは、なぜかあまり連作されないです。難しいのですよ。全部の楽器が音色違いますし。プログラムの最後にやったダンツィはクラシックで木管五重奏では高名です。近代ではイベールやプーランクなどフランスの作曲家が、木管の作品が多いですよ」

 九「フランスはやはり木管が盛んなのでしょうね。奏者や名人が多かったのでしょうか」

 堀「歴史的な楽器のメーカーもありますしね。フランスは管楽器が高名だと思います。演奏会は奏楽堂4と日付が近かったし、これは演奏会に行けて良かったです。たまたま日取りが近かったですので。当日も大きな地震があって心配しましたが、なんとかできました。ディヴェルティメントの2日後が奏楽堂4でした。締め切りも演奏日も近かった(笑)」

 ※木管五重奏の初演が2012年5月4日、奏楽堂4の演奏会が5月6日だった。

 ※初演の音源ファイルをアップします。木管五重奏のためのディヴェルティメント 第1楽章 第2楽章 


交響組曲「東京オリンピック」の再演、交響組曲「札幌オリンピック」他

 九「奏楽堂は、3に続いて4も参加されて」
 
 堀「そうですね。機会を頂いています。話はさかのぼって、12月に東北大学で東京オリンピックを再演した話をしましょう。札幌オリンピックとリンクしてきますので。奏楽堂3で編曲した『交響組曲 東京オリンピック』がCDに入りまして、けっこう好評でした。で、それを聴いたという東北大学の吹奏楽部の方が、ホームページを通して連絡してきてくれまして。昨年の2月だったんですけど、それで3月に地震がおきまして。その年の定期演奏会はできないかもしれないということでしたが、半年ほどたって連絡がきまして、なんとか年末にやれるようになりましたと。それから話が進みまして。仙台にも行きましたけど、ぼくが行ったときはもう仙台空港もきれいに復興してまして。驚きました。演奏が決まってからは色々とやりとりをしまして、演奏会に来てトークして頂けますかというので、せっかくの機会ですから行ってきました。行ったのは当日でしたから、前日に天候が荒れまして、行けるか行けないか直前まで分かりませんでした。演奏会は流石にメンバー数が多くて、驚きました。奏楽堂より大編成で、ハープはいませんでしたけど、それ以外はとても良かったです。ハープはピアノで代用できましたから問題ありませんでした。演奏会の第1部で、オリンピック特集という企画でした。とてもいい演奏でしたよ。これも全楽章YouTube に上がっています」

 ※東北大学の演奏はこちらからどうぞ。

 九「やはり人数がいると違いますか」

 堀「迫力がありますよね。みんな頑張ってやってくれましたし、ビデオ係がいて、映像もきれいでした」

 九「で、今回の奏楽堂4ですが」

 堀「はい。当初は別の佐藤勝さんの曲を吹奏楽に編曲して演奏する予定でしたが、いろいろありまして、では佐藤勝さんの札幌オリンピックがどうかという話になったのですが、これが決まるのが遅かった。先ほども話しましたが、11月の末くらいに決まりまして、それも木管五重奏の前の日に。締め切りがいっしょなので迷いましたが、なんとかやり通そうと思いまして、札幌オリンピックを年末年始かけて12月、1月で一気にやりました。ちょうどオリンピックつながりですし。譜面も、探してもらったら全曲分がみつかりまして(笑) 急遽、交響組曲化しました。佐藤さんのスコア、スケッチのコピーを見させていただいて、とても良かった。音源が無いので、札幌オリンピックの映画DVD を見ながらどの曲がどのシーンか 調べまして、どの曲が吹奏楽に合うか考え、構成しました。大変な作業でしたけど、あっと言う間に終わりました。きっと東京オリンピックの時の経験が活きたのでしょうね。正月と2日に休んだ以外、冬はずっとこの作業に没頭していました。東京オリンピックもそうでしたが、黛さん、佐藤さんと作曲家の直筆の譜面を見られたことが勉強になりました。オーケストレーションの勉強になりますから。どういう楽器を組み合わせがあるか、とか。貴重な体験でした。東京と札幌と両方見て、面白かったのは聖火リレーの音楽が、ぜんぜん違うんですよ。東京は洗練されて都会的だし、札幌はやはり田舎風の牧歌的な、五音音階の音楽がついている。5楽章で12分ですから、1曲1曲が短いです。スコアの量は多いのですが、それはアレグロやらプレストで速いから(笑) スキーとかボブスレーとかスピードを競うものが多いからなんです」

 九「あと、黛さんの曲を編曲したんですね」

 堀「そうです。映画『栄光への5000キロ』のテーマと、『NNN ニューステーマ』です。これは、札幌オリンピックよりずっと前からやるのが決まっていたものです。栄光への5000キロはソフト化がされておらず半ばまぼろしの映画なので、珍しいですね。3月にようやくNHKBSで放送されましたが。ステージで演奏されるのも初めてだし、音楽的にも吹奏楽向きでした。自分としては、この数年で東京オリンピックと札幌オリンピックと、両方のオリンピックができたのは良かった。ただ映画は有名ですが、音楽はあまり有名じゃない。記録映画ですから、アニメや他の劇映画とちがってBGM といっても本当にスルーされて意識されない のかなと思います。今までこれほど高名なオリンピック映画の音楽を組曲にしようという試みも無かったでしょう。NNNニュースは、YouTubeでもアクセス数の多い人気曲ですね(笑)」


以下雑談

 堀「最近は本格的な記録映画も国策で作られなくなっています。東京オリンピックと札幌オリンピック、万博では大阪万博と沖縄海洋博。その4つじゃないですかね、日本で本格的に劇場大作用の35ミリフィルムで作られた記録映画というのは。それ以降の万博はもうビデオどりの1時間くらいのドキュメント番組並みの仕上がりになっていて」

 九「そういえば、沖縄海洋博のDVD 見ましたよ。きんきんと中村メイコのナレーションがちょっと特殊でしたけども(笑) あと、三菱海洋未来館でしたっけ、それの伊福部先生の音楽がちょっとだけ流れましたが、静かな曲でしたねえ。合唱が入ったりして。深海をイメージしたのでしょうか」

 堀「あれは、先生はけっこう真面目に書いているはずなんですけど、覚えていないっておっしゃってました。楽譜はあるのかなあ。あと黛さんが住友館の音楽を書いたんですが、それの楽譜は残っているみたいですよ。沖縄海洋博の映画DVDはレアですよ。全くといってよいほど再放送がされてませんから。長いですけどね。3時間ありまして、当時は映画館でやってましたから。途中で『休憩』って出てましたでしょう(笑) 東京オリンピックなんかも、学校の巡回で上映してたようで、子供の頃に学校で見たという人が多い」

 九「最近はサントラも売れなくなっていますね」

 堀「そうですね、それ以前に昨今はテレビ、特に地上波を見る人が少なくなっている。だからドラマもアニメも視聴率は当然悪くなる。スポンサーも減って、サントラも制作予算が厳しくなるわ作曲家も当然知られないわというのが現状です。もはやテレビ自体のステイタスも低下してきていると思いますよ。現代音楽畑では吉松(隆)さんはけっこう(サントラも純音楽も)頑張っていますが、どちらかというと孤高の人になっていると思います。来年の大河は坂本(龍一)さんなんですってね」

 九「坂本さんも、藝大時代は純音楽も書いていたと思いますが、今はサントラ専門になってますね。そのうち、大河に久石(譲)さんも出るような気がします(笑) 最近は、久石さんや大島(ミチル)さんも純音楽に力を入れています。サントラと純音どちらでも、力作を残してほしいですね。では、次回作の予定や抱負などを」

 堀「年末に初演予定の無伴奏の合唱曲『北方譚詩第三番』を今、書いています。アカペラは初挑戦です。あと絃のアレンジもやる予定なんですが、本名名義の時代は箏やギター、ヴァイオリンなど絃楽器の仕事ばかりだったのですが、こっちにきてから絃の仕事が途切れてしまいまして(笑) 来年は絃の作品もまた書いていきたいと考えています」




 以上





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