第4回 「伊福部作品を語る」(歌曲集編)
聴き手 九鬼 蛍(以下「九」という。)
語り手 堀井友徳(以下「堀」という。)
日時 2008年12月14日午後1時ころ
場所 北海道某所
ギリヤーク族の古き吟誦歌(1946)
サハリン島先住民の三つの揺籃歌(1949)
アイヌの叙事詩に依る対話体牧歌(1956)
オホーツクの海(1958/1988)※
シレトコ半島の漁夫の歌(1960)
摩周湖(1992)※
因幡万葉の歌五首(1994)※
蒼鷺(2000)※
聖なる泉(1964/2000)※
※未出版
九「またまた半年ぶりのインタビューですが、今回は伊福部作品の中で、歌曲を特集したいと思います。出版されている4曲を優先してやり、余裕があれば、未出版のものをやる、という形で行います。ではさっそくギリヤーク族から」
堀「まず、ギリヤークから、サハリン、アイヌ、ここまでで線引きができるということ。北方諸民族の伝承等を題材にしたということが云えます。それ以降は、創作詩に曲をつけたということになります。ギリヤークは戦前、戦中の作曲ですね。サハリンへも取材に行ったようです。いま、ギリヤークとはいわずに、ニブフというみたいです。次のサハリンも、出版譜はサハリン島土蛮という書き方になっていますが、今は先住民というふうになっています。土蛮という表現が差別的であるとの指摘があったためですが、先生としては、この蛮という字は、敬意を表してわざとつけた。けして野蛮人という意味で卑下してつけたわけでは無いのです。従って、差別的であるという指摘は、先生は不本意だったようです」
九「いつから先住民に変わったのですか?」
堀「カメラータで、藍川さんの全集が出たとき(摩周湖の風景が表紙の、蒼鷺と聖なる泉が入っていないほう。1995年発売)に先住民になりました。しかし、出版譜は土蛮のままなので、たまに、このタイトルで演奏会が行われることもあるようです。どちらがどっちとは、明言されておりません。先ほども云いましたように、伊福部先生は土民とか土蛮という云い方はむしろ敬意をもって云っていたため、複雑な想いだったようです」
九「そういう差別的な云いかたというのは、難しい問題ですね」
堀「難しい問題です」
九「音楽の話に戻りますが、これはメロディー的には、じっさいに採譜したのですか?」
堀「サハリンで取材したようですね。ギリヤークは、作詞が伊福部昭になっていますが、じっさいにこういうエピソードが伝承としてあったというものを、伊福部先生が歌詞としてまとめたということです。アイアイゴムテイラは、それはそれは困ったね、というほどの意味で、じっさいにそういう、お嫁さんを探しにきた若者をやじったというエピソードがあって、それを歌詞にした。この曲は、本来は一絃琴(トンコリという絃が1本しかない民族楽器)でやる曲だったようです。トンコリで、このアイアイゴムテイラのフレーズをずっと弾きながら歌うようです。伊福部先生がラジオ番組で、じっさいにトンコリを演奏したことがあります。しかし、こういう民族調のものや民謡を歌曲として舞台に上げてしまうと、とたんに品が悪くなる問題があって、先生はもちろんそれを承知だったのですが、あえて、いまそれをやらないとこのすばらしい音楽が永久に消えてしまうと思って、やったということです」
九「時期的には、戦前戦中の、民族的な音楽への反動がくる直前になりますね」
堀「先生が面白い例えを話していました。コンブとか、海藻がありますでしょう、それは海の中では波に揺られてきれいですが、陸に上げちゃうと、ベローンとだらしなくなってしまう(笑) 日本民謡なんかコンブみたいなもので、陸に上げてはいけないのだと。しかし、(これらの歌曲では)あえてそれをやったと」
九「それは面白い例えですね。ですがそうは云いましても、このギリヤークの曲は洗練されていると思いますが」
堀「しかし、音楽自体にも、批判があったようです。先住民の民謡に西洋音楽のコードなんかつけて、とか。先生としては、1の和音がどうのとか、関係ない。確かに1の和音のAs-durですが、そういうことでは、ぜんぜん無いのです」
九「どうでもいいクレームですね(笑)」
堀「でも、そういう厳しい評論があったそうです。しかし、山田耕筰は評価した。先生が、山田耕筰の家に招かれて、曲を先につけたのか、後につけたのかとか、イントネーションのこととか、色々質問されたと云っていました。山田耕筰は交響譚詩もとても買っていた」
九「ギリヤークは4曲ということで」
堀「4曲です。これはそれで、ずっと後に、伊福部先生の古希のお祝いのときに管弦楽に編曲されました。私は、ピアノ伴奏のほうが良いと思いますが。1曲めが芥川さん、2曲目が松村先生、3曲めが黛さんで、4曲目が池野先生。みんなそれぞれ適任の曲だっておっしゃってました。これは出版も古かったので、代表曲として、昔からいろいろな人に歌われていました」
九「2曲と3曲目が渋いです」
堀「エレジーですね、これは。歌詞の読みが面白いですね。河(かわ)び、氷(つらら)ゐる、とか。ソプラノが高い音で響いて、北国の情感が出ています。苔桃などは、胡弓でメロディーをとるとよさそうな感じです(笑) いちばんパワフルなのは熊祭りですね」
九「松村先生が藍川さんのCDの解説で書いていますが、彼方の河びはソプラノのFの音が続くのが難しいのですって?」
堀「そう、Fはソプラノでいちばん高い音です。だいたい、移調するか、低いFで歌っています。ソプラノという指定はありませんので、誰でも歌えます。テノールで歌った人もいます。テノールだと、ちょうど五線譜の下の段です。とにかく、Fに音が集中していますので、大変です。藍川さんはそれをそのまま歌ったのが、凄いと思います。また、こぶしのような節回しが特徴的です。熊祭りもテンポが難しいですね。なかなか、普通の人には歌えないと思います。背景を知らないと」
九「情景が大事ですよね。(こういう曲をやる時は)情景が大事だと思います」
堀「サハリン島の子守唄は、作曲年が少し後になります。3曲ありますが、それぞれ先生の3人のお子さんに捧げられたものということです。私は3曲目が好きで、先生らしいなと思う。これは子どもをあやす時のリズムで、ふつう揺籃歌というのは4拍子が多いのですが、北方民族系の人たちは、奇数のリズムが多いと云っていました」
九「書いてあるのは向こうの言語ですか?」
堀「そうですね、ギリヤークと違って、これは向こうの、現地の言葉のようですね。発音とかも難しいと思います。ンでも、ng の音もある。ウムプリヤーヤーも本当はウンプリに近いですね。mu じゃなく、m の音です。揺籃歌は、3曲の中でも渋い、良い曲だと思います。アイヌは、また少し(作曲年代が)飛んでいますね。この、ティンパニが伴奏という」
九「私は、アマチュアの打楽器奏者として、このソプラノの伴奏がティンパニというのは、本当に驚き、かつ感動しました。誰が考えつきますか」
堀「さいしょは、コンガ1個でやるつもりだったのです。でもそれではさすがに4つの音程の叩き分けは無理なので、ティンパニ4個になりました。コンガ1個はちょっと……トーキングドラムならなんとかなったかもしれませんが(笑) 初演は小森宗太郎さんですよ、歌はベルトラメリ能子さんです。ベルトラメリさんは、映画のコタンの口笛でも、同じ曲で、歌っています」
九「私はその、ヤイシャマネナの歌が好きでして……しみじみとして。北海道に似合いますね」
堀「ティンパニの用法も、当時としては前衛的と云って良いと思います。アンチ前衛の伊福部先生が、こういうことをやっていることが意外だという人もいます。伊福部先生は必然性があって、前衛的な手法を使ったのです。1曲はマレットを持ち替えたり。これはティンパニのリサイタルでも、けっこう取り上げられているようです」
九「これは、ティンパニスト冥利に尽きる曲だと思います。現代的にただ闇雲に特殊奏法で叩くのではなく、ちゃんと音楽になっているのが凄い」
堀「歌と合わさっているのが凄いですね。また伊福部歌曲で難しいのが発声です。西洋のベルカント発声では似合わない。アイヌは、海外でもうけるようです。日本旋律っぽいのだけど、どこかちがう。どちらかというとロシアっぽい。ロシアっぽいといえば、シレトコの旋律がロシアっぽいと思います。内容も暗い歌だからかもしれませんが」
九「更科歌曲になりますと、後でとりあげますが、私はオホーツクの海も大好きでして(笑) やはりこれは原典版が良いです」
堀「合唱頌詩ですね。でもこれは、ヴァイオリンとヴィオラを欠くのでなかなか演奏されません」
九「(ストラヴィンスキーの)詩篇交響曲と同編成ですね。詩篇はさらにクラリネットを欠くようですが。しかし詩篇はたまにプログラムに乗るのに、これは乗らない。いっしょにやれば良いと思いますが。まあ、話は戻りますが、アイヌの3曲目は、マラカスでティンパニを叩きますが、これは叩きづらい上に、ティンパニのリム(枠)を下手に叩くとマラカスが割れて中身がヘッドの上に飛び散るということです」
堀「これも、ただ珍しくて使ったのではなく、必然性があるということです。山姥が化けて、そういうノイジーな音を表現するのに、マラカスでティンパニを叩いたのです。歌詞も面白い。トーランというのがきれいな音の表現で、リンというのが、ドタリとかバタリとか汚い音」
九「リンというのは私のイメージではきれいな音なのですが(笑) ドタリというのは」
堀「ま、バタリというか(笑) ノイジーな音です。だんだん正体がばれてくるという。アイヌ語なんでしょうね。擬声音です。土俗的な表現ですね。2曲目は手で叩きますが、これは完全にコンガの踏襲です。爪で叩くところもあって、これはなかなか難しいです。ま、ここまでで、辺境民族を題材にしたもの、ということで線引きされます」
九「この3曲は3部作という感じですね。これ以降は、更科さんの曲と、和歌ものです。それから蒼鷺と、まあ聖なる泉はアンコールピースのようなものでしょうか」
九「では次はオホーツクから。これは混声合唱ですか?」
堀「混声ですね。(原典版の)楽譜を見てみたいのですが。これは演奏会にも乗らないし、レコーディングもされない。レコードになっているものも、あれはライヴですね。この曲は、自分は合唱団の一員でもいいから歌いたいというほど、藍川さんが惚れこんでいたようです。それで先生が藍川さん用に室内楽版を作ったのです」
九「私は合唱版のほうが好きですね」
堀「先生も、合唱のほうがスケールが出ると云っていました」
九「歌曲というか、合唱用の歌の詩ではなく純粋詩、ポエムですので、無駄なリフレインが無く、滔々と歌ってゆくという感じがたまりません」
堀「この曲は、先生も北を題材にした記録映画とかで、このオホーツクの主題を使ったりしています。更科さんの詩は暗いという次元ではなく、エレジーというよりも、もう、怒りというか、嘆きを表現しています。すばらしい詩です」
九「蟹工船の世界に通じる、憤りですね。シレトコなども、昔の、海獣を鉄砲で撃つとか(笑) 今の世界遺産のシレトコを見たらなんというでしょうね。シレトコといえば、中間部に子守唄のようなものが」
堀「そうです、これは伊福部先生の案で入れたのです。現地の言葉でね。じっさいにはありません。原詩のほうには。オホーツクとシンクロしますね。同じ海ですし、荒々しさというか。都会でしゃれた生活をしている人には理解できない世界なのではないでしょうか(笑)」
九「これは発表当時は生々しい世界だったと思います。オホーツクは、いきなり暗澹たるで始まりますからね(笑)」
堀「絶望の民が(笑) 凄い世界です。それに比べると、摩周湖はそんなに暗くない。これはエレジーです。ピアノ版とハープ版があります。さいしょがピアノだったかな。摩周湖は叙情的ですね。これもじっさいにあるお話で、おばあさんが孫を摩周湖のほとりで待っていたら岩になっちゃったという、アイヌ神話ですね。アイヌの人はすぐなんにでも歌にして伝えたそうです」
九「文字が無かったからでしょうか。前3曲に比べると、更科曲はシリアスというか、難解ですね。私もなかなか分かりませんでしたが、分かると渋い。グサっとくる。歌詞カードを読みながらじっくり聴くと良いですね」
堀「サハリンなどは、歌の意味が分からなくても、音楽で分かる。外国の歌を聴いているようなイメージです。こちらはダイレクトで、伝わってくる。内容も物語とかではなく、現代的な。こういうのだったら、曲をつけても良いと思ったと。たとえば、恋愛詩などには、自分は作曲したいと思わないと云っていました。しかし伊福部先生の歌曲はなかなか演奏されません。オケは変則編成ですし、リダクション版もファゴットとコントラバスです。先生はチェロを使いたがらなかった。蒼鷺もコントラです。チェロだと音色が甘くなると云っていました」
九「摩周湖は、私はピアノ版のほうが好きです。楽譜は一緒なのですか?」
堀「楽譜はちがうはずです。ピアノとハープでは、ペダリングが異なりますから。ハープ版の初演は聴きました。音程的には、ハープのほうが向いていると思います。オホーツクも、室内楽版のほうが、冒頭のピアノの響きはオケより波の打ち寄せる風景に合っていると思います。オケのほうが悠揚で迫力がありますが。それと、私はシレトコが好きなのです。これはもともとバス・バリトンの曲です。それを藍川さんがソプラノで歌ってしまったので、それが凄い。藍川さんは声の力強さに伊福部曲がとても合ってると思います」
九「藍川さんは別格なのだと思います。では因幡にいきますか。因幡が実は、(歌曲では)いちばん長いですね」
堀「因幡万葉はまた、筝とアルトフルートという(笑) 筝も、二十五絃筝です。これもまた、再演が難しい(笑)」
九「ちょっと全体的に特殊編成が多いですね。これは、題材が因幡万葉なので、そういう効果を狙ったのでしょうけども。和歌に良く合う音色です」
堀「しかも、大伴家持という、先生のご先祖とお隣同士というね。因幡万葉は先生の中ではちょっと特殊ですね。再演を考えると二十五絃というのはあれなんですが、先生は最初から二十五絃を想定していました。しかし先生は尺八が嫌いだったので、似たような音色、音域となると、アルトフルートしか無かったのです」
九「伊福部先生は三味線と尺八が苦手だったようですね(笑) 鬢多々良にも入っていません。理由が、自分が若いときにお座敷遊びで聴きすぎて、どうも純音楽には抵抗がある、というのがまたなんとも(笑)」
堀「伊福部先生は好みがハッキリしておりますから。作品リストを見ると分かるのですが。再演されづらいというか、先生は純音楽に関しては商業的観念が無いと思います」
九「蒼鷺はどうですか。私はこの曲も好きです。良い曲ですね」
堀「蒼鷺は良いですね。先生の最晩年の境地がよく出ています。このときはもう、楽譜の筆圧が弱くて、藍川さんもちょっと読みにくかったようです。字も震えていてね。これは枯淡の極みです。シンプルです。この詩を選んだのも先生らしいです。曰く、蒼鷺という鳥は、白鷺と違って群れを成さない孤高の鳥だといって、だから共感したのだそうです。これは先生が作曲する前にすでにもう、違う作曲家によって合唱曲になっていますが」
九「Youtubeに出ていましたね。いわゆる普通の合唱曲、でしたが」
堀「伊福部先生の蒼鷺も合唱にできないことは無い。男声だけでやるとか」
九「不気味社みたいですね(笑)」
堀「不気味社にはぜひ純粋音楽をやってもらいたい。あの人たちならできると思います」
九「ボイスパーカッションで日本狂詩曲をぜんぶやったのは感動しました。話は戻りまして、蒼鷺はオーボエが難しいとか」
堀「息が長くて、音程も高く、シンプルだからだと思います。けっこう長い詩ですね。これもエレジーです。先生は晩年はこういう曲が多かったと思います。摩周湖とかも。ちょうどこういう作品を作曲中に私は大学生だった。因幡も藍川さんや野坂さんたちがきてリハーサルしていたのを覚えています。他の筝曲とか。また、伊福部昭のイメージというとどうしても、オーケストラの激しい曲になってしまいますが、これら晩年の物を含めて歌曲の存在は、オーケストラに匹敵する存在感があると考えています」
九「聖なる泉は、まあオマケといいますか。私は古関さんのモスラの歌より、マハラモスラとか、この聖なる泉の方が好きです。ですから、SF交響ファンタジーも2番が良い。キングギドラも好きなので」
堀「聖なる泉はストーリーに関係するというか、モスラを慰める歌ですね。このメロディーはすごい良いですね。(筝曲の)胡哦にも使われています。SF雑誌の宇宙船では、これは聖なる泉にかけて湖哦でもいいと書いてありました(笑) これは歌詞まで作っちゃったという。何語なんでしょうかね、これは」
九「これは……先生が作ったインファント語なのでは?(笑)」
堀「そうそう。先生が現地の言葉を調べて、それらの韻律や音律を参考に作ったようです。キングコング対ゴジラとか。まじめに作ってしまうところがすごい。普通は作らないですよね」
九「ざっと歌曲を走ってきましたが」
堀「因幡は野坂さんのお弟子さんが取り上げたりして、演奏機会が増えているほうだそうですが、他の(後期)曲は、ファゴットやオーボエが入っていたり、摩周湖なども、これはヴィオラとピアノ、あるいはハープなので、なかなか取り上げられませんね。藍川さんは、日本にはこういう室内楽伴奏の歌曲が少ないとおっしゃっているようですが。摩周湖と蒼鷺は静かで雰囲気が似ていますね。シレトコとオホーツクは荒々しいです。作曲に時間がかかっているためか、先生の歌曲は基本的に長いですね。けっきょく蒼鷺が最後の作品だったのかな?」
九「どうでしょう……ラプソディ・シャアンルルーというのが構想中だったそうですが」
堀「筝曲ですね。それは聴いてみたかったです」
九「最後のオケ作品というのは?」
堀「なんだと思いますか? 釧路湿原です。わんぱく王子がそうだという人もいますが……ちょっと微妙ですね(笑) でも釧路湿原も映像音楽なので、純音楽ではエグログが最後だという人もいます。晩年はあまり新しい曲を書きたがらなかったのかもしれません。歌曲に戻りますと、後期の中ではオホーツクがちょっと異色ですね。これは元々カンタータですから、やはり室内楽版でもカンタータ的です」
九「曲のつくりがそうですね」
堀「しかし、歌曲も含め、先生の作品は室内楽が少ないので、演奏会でどうしても同じ曲が並んでしまうのが残念です」
以上
前のページ
伊福部昭のページ
後の祭