クラウス・テンシュテット（1926−1998）
　

　テンシュテットの名を初めて見たのは、よく利用していた地元CD屋をいつも通りに何気なく訪れたさい、真っ赤なコーナーがあって、まずそれが目を引いた。それは赤が基調のEMIレーベルの特設コーナーで、指揮者テンシュテット逝去にともなう、追悼盤のコーナーだった。
　
　しかし私はまだマーラーといってもテンシュテットとは出会っておらず、バーンスタインやワルターを好んで聴いており、テンシュテットをマイナー指揮者だときめつけ、さらにいまさら全集を買う金銭的余裕もその気もなく、そのときは、ハッキリ言って無視状態だった。
　
　あとで猛烈に後悔したのは、云うまでもない。なぜならマーラー以外にも貴重な録音があったのだが、その後、なかなか入手は難しくなってしまったからだ。
　
　しばらくし、クラシックに関する書物なども鑑賞の手助けにするようになってから、マーラーは絶対テンシュテットだ、という文章を見ることになった。

　「へへえ、なるほど、ここまで文章の面白い人がそこまで云うのなら、ためしに聴いてみる価値はあるなあ……」
　
　そう思って買ったのが運のツキ。マーラー第６交響曲1991年ライヴ録音。CDがその最初の１音をアンプを通した瞬間、私の脳天は爆裂してしまった。
　
　「な、な、な、な、な……なんじゃこりゃあああ！！！」
　
　ああ、わたしが今まで聴いていた演奏はいったいなんだったのだろう。この迫力、この凄絶さ、この音力！

　それまで嫌いではなかったが、うるさいしクドイし長い６番交響曲が、いっぺん理解できてしまった。いや……理解というのは語弊がある。共感してしまった。マーラーに心底共感してしまった。

　そうなるともうダメだ。　

　マーラーファンはその瞬間にマーレリアーナーとなってしまった。

　そうして、いままで聴いていたCDも、あらためて聴くと、いろんな発見をする事になった。有り難いハナシであるが、もう抜け出すことのできない道に入り込んでしまった。買っても買ってもマーラーはまだ聴き足りない。

　テンシュテット先生は、我がマーレリアーナー道の重要な指標であるばかりか、その道に引きずり込んだメフィストフェレスであり、マーラー教における私の洗礼者なのである。

　ただし、微細な動きながらも全体的に塊をとらえてどんどん持ってゆくので、特にライヴ録音はマーラーのポリフォニックな魅力からは遠い。

　そして、テンシュテットの演奏を、マーラー以外にも、チラリホラリと集めるようになった。テンシュテットはEMIレーベルの専属であったが、かなりの気まぐれ屋さんだったようで、あんまり録音が残っていない。つまり、スケジュールに従って録音を開始しても、途中で気が変わって中止になってしまうというのである。
　
　なんともはや。
　
　なんとかかんとか録音が済んだものが、いまでも買うことができるが、東ドイツ出身のドイツ音楽の正統たる後継者の１人……のはずなのに、ベートーヴェンもブラームスもブルックナーも、ついに交響曲全集は未完。唯一、マーラーのみが、本当に貴重な遺産となっている。ちゃんと「大地の歌」も入ってるのがミソ。大地は、なんと大地大好きな日本からのリクエストだったそうである。未完の10番は全集版に従って１楽章のみ。

　そして、この人は典型的な「ライヴ燃焼型」ということができ、スタジオ録音も悪くないがライヴ演奏のライヴ録音ではなんというか人がちがったというか鬼というか、とにかく驚天動地なまでに多弁な音楽で、ファンを熱狂させている。

　テンシュテットを知った書籍にも書いてあったが、どういうわけか音が微細に蠢いている。微生物の繊毛のように常に生きたパワーを発している。

　それを生命力という。

　オーケストラがどうやったらそんな音を発するのか本当に不思議なのだ。
　
　また、特にマーラーの演奏でそう感じるが、この人の打楽器は独特の「タメ」をもった、実にパウカー・パーカッショニストのムネを打つ響きがする。ティンパニだけではなく、ドラやシンバルがスゴイ。刹那の瞬間に、コンマ秒のタメがあって、次の瞬間、一気に崩れ落ちるような音を出す。市オケでヘタなティンパニを叩いている私は、本当にその瞬間だけで感動する。

　この人の指揮でイチバン無敵なのはやはりベルリンフィルだろう。「黄金の音」といっても過言ではない強烈な輝きを放っている。カラヤンを人工水晶とすると、まさにオリハルコンの輝き。特にワーグナーの管弦楽集がすごく濃い音楽になっていて、ゲルマン魂炸裂！　の演奏。しかもありがたいことに正規盤。ブルックナーの４番もぎらぎらしたスゴイ音の演奏である。（ブルックナーのファンには暑苦しいと評判が悪いようだが。）

　もちろん、主兵ロンドンフィルも負けてはいない。時に音楽の鬼か魔でも憑依したかのような集中力でキメている。マーラー６、７番。ベトーヴェンの３番。正規盤に刻まれた魂の刻印。CD-R盤では意外とミネソタ管弦楽団とかもすごい音を出す。録音が悪いのが難点だが。当時の南西ドイツ放送響も棄て難い。←噂に高い北ドイツ放送響より好き。

　だがベルリンフィルが同じ集中力を発揮したとき、奇跡はおきる。ベルリンフィルとのマーラーの６番、なんとかならんものか。

　また意外にも他の作曲家では、モーツァルトやハイドンも良い。ザッハリヒではなく、活き活きとした当時そのままのような生々しい音楽として。コダーイのハーリ・ヤーノシュや、プロコのキージェ中尉、またはヤナーチェクのシンフォニエッタなどの有名曲も、集中力に満ち、緊張感に溢れ、かつ、ドラマティックな演出にも長けていて良い。流していない。ドボ８の４楽章も、最高のノリ。

　地味に最も録音が多いと思われるベートーヴェンも、まずハズレがないばかりか、ナンバーによってはある意味究極の出来を示している。第九なのだが。あり得ないほど凶暴的な第九がある。あと運命か。

　さて、そんな豪快・強靭を絵に描いたような音楽をする人だったが、その実はとてもナイーヴだったようで、指揮の緊張を少しでも和らげるためか、酒豪（？）のチェインスモーカーで、70少しで咽頭ガンで死んでしまった。

　運命を感じざるを得ない。なぜならそのナイーヴさゆえの音楽的遺産であり、ナイーヴさゆえの凄絶なる闘病生活だったのだろうから。

2007/1/7

　昔、LDで出ていたテンシュテットによるマーラー１番と８番のDVDを観て、演奏はもちろんすばらしいのだが、なにより、テンシュテットの指揮姿に非常に感銘をうけた。

　以下、箇条書きにしてみたい。

　まず、驚いたのは、テンシュテットの指揮は非常に分かりづらい！

　あんなクネクネ、コッテリ、ネットリ、ブラブラ指揮は、拍をとるのを目的とした指揮ではないです。

　そしてあの指示の細かさ！！　マーラーの１番の、どんな小さなフレーズにも必ず左手でチラチラ指示が入る。

　つまりテンシュテットの指揮は、全てのフレーズ、全ての音、音符を完全に把握し手中にしている人でないと、あんなネットリした指揮にはならない！　そして、拍をとるためではなく、音楽を導き、練り、揺り動かし、彫刻し、鳴らす指揮です。

　リハーサルを想像して怖くなりました。どんだけ鬼のようにダメだしすればあそこまでオーケストラが自在に動くのだろうか。

　まさにプロの音楽家（ムジクス）の指揮。

　「現代の棒ふり機械に敢然と戦いを挑む」指揮。（byラトル）

　そして、これが最も感銘をうけたのだが、あくまで冷静！

　あんな燃え上がる音楽が、あんなクールな指揮から生まれていようとは！！！

　いや、汗はかくし、動きも凄いんですが、なんというか、バーンスタインやコバケンなどのような、没入型ではけしてなかったんですよ！

　どんな盛り上がるシーンでも、凄く冷静に適格に確実に指示を出して行きます。

　それがなにより発見だったし、凄かった。いや、本当にスゴイとしか云いようが無い。唸った。あの炭化してしまうような燃え上がりは、巨匠の職人芸としか例えようが無い理詰め、あるいは指示詰めから生まれていた演出だったとは！！

　土下座。

2007/9/12

　サントリーホールにおける日本ライヴワーグナーの管弦楽集のDVDも鑑賞しました。ワーグナーいいですねえ、この人の。指揮も、マーラーほどは大降りではなかったです。会場で聴いた人は、一生の想い出でしょうね！

　マイスタージンガーのみ、手振りでした。この人の手振りの、なんというしなやかさ！

　そして確信。テンシュテットが最も音楽の中で気にしていることは、いかにドラマティックにやるかか、とかそういうのではなく、とにかく音楽の流れを断ち切らないこと、だったように感じます。

　フレージングというやつに入ると思うのですが、ワーグナーとか、マーラーとか、ベートーヴェンとか、超１流の作曲家の音楽は、よほどの機会音楽とか、注文音楽とか以外は、まず、無駄な音符がない。つまり、どの音符も、どっっっかと、関連している。いわゆる構成音楽とでもいうべきものなんですが、リズムよりむしろ、ドイツ音楽は、フレーズが、どんな細かい動機でも、どっっっかと、関連してるんですよ。そういう芸術なんですね。

　それがロマン派の音楽ですから、必ずフレーズとして、現れて、生きてくる。それを、分かって分からずか、ボヤーンとすると、音楽がただ流れて、生きて来ない。つまんない。惰性というか。時間の無駄。

　そして、そんな理詰めばっかりじゃ、もちろん、面白くない。音楽の講義の実習を聴いてるんじゃないんです。音楽を楽しんでるんです。オカネを払って！

　各フレーズを、把握しつつ、いかにして歌いあげるか。それを学者的な理論構築ではなく、職人的感覚でとらえるのも、また大事なんです。

　テンシュテット・ディスコグラフィーです。CD-R盤が多く情報は不正確です。

　（曲によってはCDが重複しています。作曲家はABC順です。ライヴ録音は曲名の後ろに Ｌ がついてます。数字は録音年代です。
　　また音源が同じですが盤のちがう場合もあります。その際に評価がちがうのは録音状態です。
　　評価は★＝死亡　★★＝ダメ　★★★＝普通　★★★★＝スゴイ　★★★★★＝超スゴイ　☆＝気絶　です。）