「(空港)警察がくる前に自己破棄して下さい」
それは1998年(平成10年)11月の、緒方恵美ファンクラブ香港ツアーの帰りであった。
太極剣(たいきょくつるぎ)とは、太極拳の形のひとつで、剣(つるぎ)を使う太極拳のこと。太極拳は通背拳と共に、剣の技がよく発展していると言われる。
香港のスタンレー・マーケットで、それは売っていた。刀剣好きで居合愛好者の私は、せっかく香港に行くのだからして、たとえみやげ物でも、本格的な中国剣が欲しいなあ、などと画策して、自由時間に必死になって探したのだった。
それは、壺に、無造作につっこんであった。長さもマチマチで、いかにも土産物という風で、いちばん長いのが180香港ドルだった。ニコニコして、店主のばあさん登場。
「ディスカウント・オーケー?」
「オーケー、オーケー」
ばあさん160ドルを提示。別に「ディスカウント・オーケー?」は挨拶みたいなものであるからして、160ドルで交渉成立。
「なんか呆気なく手に入ったなあ」
喜ぶわし。旅の目的の半分はこれで果たした。
と、私の頭に不安がよぎった。そういやコレ空港だいじょうぶなのか!?
ばあさんに、
「あー、ディス・ソード・イズ……あー、エアポート・オーケー?」
「オーケー、オーケー、ノープローブレーム!」
ばあさん剣を抜く。「ノー・エッジ、ノー・エッジ!」
ははあ、なるほど。刃が無いといいのね。
笑顔でわし、
「センキュー、センキュー」
笑顔でばあさん、
「センキュー、センキュー」
ツアーには360人ぐらい参加していたが、カンフー服を買った人はいても剣を買った人はわしだけだった。
そして香港の空港にて。
預け物に、剣を出すわし。
係員「ホワッディース?」
「あー、イッツァ・イミテーション・ソードね!」
「オー、マイ……オー……オー……」
係員、困惑した顔で、預け物の書類に、何回も書きなぐる。どうも、荷物が何かを書いているようなのだが、なんて書いていいのか分からないようなのだ。
ということは、長い空港管理生活で、こんなものを持ち出す観光客は初てめだということである! けっきょく「デコレーション・ナイフ」と書かれた。
まあはそれは良い。預けて、成田で返してもらう。無事、成田で返してもらった。ツアーで一人、箱に入った長いものをブラブラさせている。
めだった。
視線を無視した。
ツアーで知り合った友人たちは笑っていた。
事件はおきた。
「上で待ってるから」 と、先に税関を通る友人。わしの番。オーケーだと思っているから、とうぜん、堂々と税関を通す。
X線装置を覗き、
「…………!!??」
凍りつく税関職員。あわてて、 「あ、あ、あ、あのすいまんせ……あの、これは……!?」
「……はあ? あの、おみやげですよ」
「すいません、ちょっと待ってくださ……」
たちまち、3人の係員さんが、集まって、「見せてもらえます?」
というので箱を破って中身を出す。
「ええと、刃はついてません。刃がついてなければ大丈夫だって言われました」
「そうは言ってもねえ……」
コンコンと剣身を叩いたりして、
「ダーメだよ、これ」
「ええッッ!?」
食い下がるわし。
とたん、後ろのゲートに柵がおろされる。「恐れ入りますが、隣のゲートへ行ってください」という柵だ。
「ゲッ……」
さらに人が増える。5人ぐらい応援がきて、珍しいそうに剣を見る。
しかし、悪意が無いのは分かってもらえたようで、楽しそうに剣を眺めつつ、職員の人、
「いやあ、やぱりこれはダメだろう。というか初めてだよ、こんなの堂々と税関通す人」
「いや、はあ、その、大丈夫だと思い込んでまして」
「とんがってるもの」
「本当にダメなんですか?」
「ダメですって」
「どんな理由で? なんか法的根拠があるんですか?」
「おい、磁石もってきて」
「磁石……?」
「鉄はダメなんですよ。銃刀法違反でね」
「な、なんで鉄はダメなんですか?」
「研いだら刃がつくでしょ」
「……あ、ああー……なるほど」
刃物はそれなりにくわしいので、呆気なく納得するわし。
「そりゃそうだ」
日本刀だって鉄の固まりである。だから模擬刀は合金なのだな。磁石がくっつかない。模擬刀は磁石がくっつかないから、所持に許可がいらない。(ただしケースから出して抜き身での携帯は不可)
「さあー、くっつくかどうか……」
はたして、磁石はカチン、と剣についた。
笑いながら係員、「残念でした〜」
「あ……ダメですね……ホントだ……」
あまりに落胆したためか、「鞘と、この柄だけでも、持っていく? 剣だけこっちに渡してもらえれば」
「あ、そうですね、できれば」
「おーい……」
と、こんどはトンカチとペンチが登場。
あの税関で、トンテンカンがはじまる。
それがまたすげー音。
ガンガンガン!
「よいしょ! あー、この柄、とれないなー!」
「どれどれ?」
「そっちひっぱって!」
「よーいしょッッ!」
「とれないねー!」
………遊んでるだろお前ら!!
あーもー、恐ろしくて、周囲も見れぬ。視線なんかもう感じすぎて麻痺。
「いやあー、とれないね。ボンドでくっついてるよ」
正直、もうどうでもよくなってた。
「……じゃー、柄はいいです……」
「鞘だけもってく?」
「はい……」
「じゃこれ書いて」
「……?」
「自己破棄証明書。警察がくる前に、破棄してもらうから」
は、破棄……っていうか警察!?
住所氏名電話番号を書く、わし。そして指紋捺印。
「おおう! し、指紋か……」
「じゃ、どうも、おつかれさまー」
笑いながら手を振ってくれる係員さんたち。
「あ、どうもー、どうも……はーーあ」
税関抜けるのに40分。
友人たちはとっくに帰っていた。
あとから聞いたが、ツアー参加者でこのことは伝説と化していたらしい。
そんな伝説はイヤだ〜。
ついでに、成田で乗り換えた国内線でも、同じ事件が起きたのはいうまでもない。(もう中身が没収済だから、笑ってすぐに通してくれたけどね)
みなさまも、剣を税関にもちこむ時は、注意しましょう。
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