時に映画より音楽の方がいい日本映画

 映画音楽の話です。


その1

 日本の映画音楽において、ふだんコンサート音楽を書いていて、しかも日本クラシック界の重要な位置にいる人が素晴らしい音楽を映画につける、というのはもう早坂文雄と伊福部昭からの伝統とすら思えてくる。それほど、今までも、そして今でも、たくさんの重鎮が映画音楽を書いている。

 早坂と伊福部の二人はたまたま食えなかったから、映画音楽を始めたのかもしれない。が、早坂は、戦後すぐに、

 「映画なんて……」 と、しぶる伊福部を、 「映画音楽も、コンサート音楽も、重要な表現方法だ」 と、説得したフシがある。

 しかも二人とも元来実力ある作曲家だったから、できた音楽は珠玉の逸品。しかも伊福部に到ってはその数が半端ではない。360本だかの映画に音楽をつけている。

 その二人に大きな影響を受けた、武満、芥川、黛、松村なども、映画音楽を創作活動の重要なジャンルとして位置づけている。他にもそんな人はたくさんいる。

 すごいことだろう。

 特に武満徹は自らが映画好き……いや、映画魔(年に300本も観たという)だっただけあって、たくさんの映画に音楽をつけており、しかも傑作ときた。

 と、ようやく話は本題へ到るが、武満はティンパニが嫌いだった。これは、96年の六月に札幌で行われた岩城/札響の武満徹追悼演奏会において、指揮者の故・岩城宏之さんがお話ししていた事である。

 武満の曲は、曲によって編成が大きく異なるため、オール武満プログラムを組むと、一曲終わるたびにステージは位置替えでおおわらわとなる。その間を埋めるために、岩城が自らマイクを持ち、某題名のない音楽番組よろしく、武満との思い出や曲の解説(予算の都合か、日程の関係か、紙キレ一枚のプログラムになんと曲解説がまったく無かった!)をするという趣向だった。そして、急遽、順番が逆となったプログラムによりまず一発目に演奏された映画〔乱・組曲〕の話となった。参考資料

 乱といえば、かの黒沢明。黒沢という監督は、自分の頭の中に画ができている時すでにもう、音楽も鳴り響いており、 「こんな感じでやってくれ」 と、時には作曲家に、直にラヴェルのボレロだとかなんだとかを渡して曲を注文する場合まであった。そして乱のとき、撮影現場にはマーラーの交響曲1番の三楽章が、ラジカセにより延々と鳴らされていたという。

 武満はそれがイヤでイヤで、しょうがなかった。

 どうも、武満が抱いていた「打楽器」という物の音のイメージと、ティンパニの出す音が、あまりにもかけ離れていたためのようだ。また同じような理由で武満はマリンバも嫌いだったが、これは高橋美智子という優れたマリンバ奏者との出会いによって、マリンバ嫌いは解消されている。

 マーラー1番の三楽章は冒頭より暗い音でティンパニが鳴るシニカルでもの悲しい葬送音楽なのだが、武満はずっと気分が悪かったと邂逅していた由。

 と、黒沢は自分から武満に、「こうやってくれ」 とは言わなかったようだが、師匠みたいな存在の早坂文雄とずっと組んで映画をとっていた黒沢からの、無言のプレシャーを、さしもの武満も感じ続けていて、否応なく(これでも)ティンパニが大活躍する乱のテーマが出来あがった。

 武満作品でティンパニ大活躍は、後にも先にも乱のテーマだけだろう。他の作品にはティンパニなどまったく使われていない。時に楽器編成に名前があっても、どこで鳴っているのか私の稚拙な耳では分からない。いや、もしかしたら、ティンパニの上に逆さにした吊りシンバルを置いて、ペダルでティンパニの音程を変えながらシンバルをトレモロでショワン……ショワワ〜ン……と叩くという特殊奏法があり、武満も使っていて、それかもしれない。たった1個だけ、ポツンと置いてあるし。

 乱の音楽は映像によくマッチしたしぶい音楽であり、他の高名なジャジーな映画音楽とも異なっているので、聴いてみると面白い。よーく聴くと、やっぱりマーラーの影もみえる。シャンドスに尾高/札響(キタラホール録音)の秀演がある。

 ちなみに、伊福部はいちばん最初の映画の仕事である「銀嶺の果て」からして、「ここの音楽はこうでなくてはならん!!」 と監督と大いにやりあったというから、黒沢なんかと相性が合うはずもなかった。一本だけ仕事をして、その後二度と組んでいない。(あの黒沢から 「もうけっこう」 と云われたとか。さすがだww)

 ちなみに外国人においても、ショスタコーヴィチやプロコフィエフ、オネゲルなど、映画音楽を重要な創作分野と位置づけた人は多い。


その2

 さて、そうなると、私は思うのである。交響曲、協奏曲と共にオーケストラの重要なレパートリーとなっている管弦楽曲。重要も何も、コンサートオーケストラのレパートリーはほぼ全てその3つが占めている。たまにオペラの演奏会形式とか、管弦楽伴奏付歌曲とかある程度だろう。そして、その中で組曲というのもまた重要な地位を占めているだろう。序曲、幻想曲、等の他に。

 組曲は純粋なバッハ時代の管弦楽組曲より、現代ではバレー音楽の組曲が一般的だろうが、今後は、映画音楽組曲が重要になってくると思う。なんといっても古典としてプロコフィエフのキージェ中尉があるが、あれは実はバレーやオペラではなく映画音楽だと云うのは、意外と、分かって無い人もいるように思える。プロコフィエフは他にイワン雷帝やアレクサンドル=ネフスキーなど、映画音楽から編まれた組曲形式のコンサート音楽が非常に充実している。ショスタコーヴィチも数としてはたくさんあるがイマイチ演奏効果に欠け、メジャーになっていないのが残念なところ。

 RVWの第7交響曲も南極探検を題材にしたスコットの映画音楽から編まれたものだが、こちらは組曲ではなく交響曲。これもアリかもしれない。

 それらも良いのだが、日本人としてやはり日本の映画音楽から組曲が編まれ、メジャーになってゆくと純粋に嬉しいし、なにより、日本の映画音楽はたいへんに充実しているのは、邦人ファンはよくお分かりの事と思う。

 武満もそうだが、伊福部昭はなんといっても特撮シリーズからSF交響ファンタジーがあるし、わんぱく王子の大蛇退治も映画音楽からの交響組曲。盟友の早坂による羅生門、七人の侍も、もっと演奏会で取り上げられても良いと思う。七人の侍は池辺晋一郎などが正式に組曲に編んでいる。このように腕の立つ後輩の手による名編曲というのも、楽しいものだと思う。

 伊福部と早坂の影響で、日本の作曲家はクラッシックのジャンルの人々も、好んで映画音楽をつけているのもファンとしては嬉しいところ。何十本どころか、何百本という単位で音楽をつけている人もいるから、心強いというかなんというか。サントラ盤として映画音楽集が多々があるのも良い。私家盤だが池野成の映画音楽集はなかなか面白い音楽だった。

 あとは、サントラ盤から、その良さに気づき、本格的なコンサート組曲に編まれるのを待つばかりである。譜面が残っていない場合も多いと思うのが残念だが。ただし、本当に良い音楽というか、やはりコンサートで聴ける曲というのは限られてくるだろうが、それでも、埋もれている名曲はたくさんたくさんあると思う。特に往年の日本映画の。


2015/1/26 追記

その3

 私は上記の部分をもう10年位前、このサイト立ち上げのころより書いて改稿し続けているが、コンサートピースに映画音楽組曲が増えている実感はまるで無い(笑)

 しかし、映画音楽や、ゲーム音楽の単発オーケストラコンサートが増えている実感はある。お客さんもけっこう入っているようだ。

 私が思うのは、そういうのを足がかりとして、普通の定期演奏会で映画音楽組曲が増えると面白いのではないか、ということ。

 なかなか定期演奏会で映画音楽組曲が定着しないのは、まず、「定期には相応しくない」 とかいう聴き手がまだ多いからだろうが、そんなものにかまっていてプログラム改革は進められない。毎月やるわけでもあるまいし、年に1、2回のプログラムに、しかも(おそらく高い確率で)前座でやるものに相応しくないも何もあったものか。

 そもそも定期演奏会に映画音楽は相応しくないとは、どういう感覚なのだろうか?

 映画は娯楽で、バレエは藝術だから、映画音楽は娯楽音楽で定期には相応しくなく、バレエ音楽は藝術音楽だから定期には相応しいのだろうか。

 その論では、藝術映画(文藝映画)を否定しているし、バレエではないが喜歌劇の序曲なども否定している。しかし当時の娯楽(コミックオペラ)である「こうもり」序曲は藝術音楽扱いで、矛盾している。娯楽だから藝術だから、という話ではない。映画は藝術でも映画音楽は娯楽だというのも理屈に合わない。

 さすがに、私も、例えば「古賀政男メドレー」を定期演奏会でやれとは言わない。

 そういうのと、よくできた映画音楽組曲は同列には絶対にならない。特撮のような本当に娯楽映画であっても、バレエ音楽や劇付随音楽と、質的にほとんど変わらない映画音楽組曲は定期に相応しくないなどという単なる「思い込み」「感情論」「見下し」「思い上がり」を捨ててほしい。新しい音楽の世界が必ず待っているはずだろうから。

 2014年8月の札幌交響楽団の定期で、私もひっくり返るプログラムがあった。前座でジョン・ウィリアムスの「スターウォーズ組曲」メインで早坂文雄(生誕100年)の「交響組曲ユーカラ」をやってのけた。指揮は下野竜也だ。日本人曲であるユーカラがメインなのも驚いたが、前プロのスターウォーズがまず驚いた。こっちのほうが驚いた。よくやったもんだ。映画音楽でも娯楽も娯楽、天下の世界的大娯楽映画。

 これは羅生門や七人の侍の音楽を手がけた早坂との映画音楽つながりなのと、恐らく、ユーカラがシュールな無調音楽(しかも長い)であり、私のような邦人曲マニア以外にはまるで知られていないのを気遣い、集客も含めて、思い切ってスターウォーズをもってきたのだろうが、英断も英断、日本オーケストラ史上に残る大英断だろう。

 意外や、札響のお客さんは、おおむね好評だったように思えた。むしろ、スターウォーズ目当ての単発客もいたようだ。スターウォーズが終わったら帰った客もいたほどである(苦笑)
 
 全国のオーケストラで、バレエ音楽と同列に、ちょくちょく映画音楽組曲が定期に乗る日も、遠くないような気がしてきている。





 前のページ

 後の祭