六方剣撃録

 
九鬼 蛍


 1 退治屋


 ここ、自由都市カルパスでなくとも、昨今、異常なほど人住の地へ〔魔物〕が現れはじめているというのは、一体いかなる状況によるものだろうか。特にこの十年ほどでその数がおよそ三倍というのだから、どれだけの魔物が姿を変え、あるいは堂々と巷を跋扈し、人々を困らせているかが知れよう。
 もっとも、そういった状況があるからこそ、〔魔物〕や〔魔導士〕を専門に退治する特殊な職業が発生するのは当然であり、彼らの数が多ければ多いほど、その〔退治屋〕たちも儲かるという仕組みになっている。
 「………」
 中原最大の自由都市・カルパス。その四番街は現在進行中の第三次都市整備計画によって建物の大半が既に移築または破棄され、人も住まず、いわゆるゴーストタウンと化していた。そしてここがこぎれいな新興住宅地として生まれ変わるのに(市の予算の関係で)あと十年はかかるという。
 今は、軽犯罪者どもの溜まり場だ。 
 閑散と廃墟が建ち並び、砂漠の風が無常に砂をとばす。
 その廃墟の影へ、砂よけのフード付マントを深くはおった、二人の人物の姿があった。
 一人は背が低く、細く、少年か女性のよう。事実、
 「……ベーム、どのへんに?」
 その声は、まったく若い女性のものだ。
 また、その背後へ控えている長身の者が、そのフードの奥より、落ち着いた、教養ある雰囲気の、初老の男性の声で、
 「はい。先ほど、二丁目の角を曲がったあたりです。……おっと、来ましたぞ……」
 二人は素早く身を隠した。
 「……フルト様、そっちへ行きました!」
 風へ乗り、まずそんな声がした。少年の声だ。同時に、不気味な怪鳥音。実際それは、鳥の魔物が放つ金きり声だった。
 「フルト様!!」
 物陰へ潜む二人のすぐ前の広い通りへ、這う這うの態で飛んで逃げてきた鳥の魔物と、それを追う眼鏡の少年が出現する。
 「……あれは?」
 女性の問いに、初老の男性はフードの奥より鋭い視線を魔物へ向け、
 「お嬢様……あれが〈ファルセット〉です。強力な魔物ですぞ。何年か前、さる高名な司祭により封印されたのですが……」
 「……やられてるわ」
 魔物は、既に負傷していた。
 緑の血液をまき散らし、その角も折れ、片目は飛び出て顔よりぶら下がっている。
 「あの少年が……?」 
 「いいえ、あれは、助手のセルジュ・チェリビダッケでしょう……」
 「フルトヴェングラーはどこ?」
 「……きました」
 少年が、手にしていた〔鏡〕を魔物へ向け、威圧しつつ、叫ぶ。
 「フルト様、ここですよ!」
 「ああ」
 おびえる魔物を挟み討つかっこうで、角より若い戦士が登場した。
 「………」
 物陰より女性が見入る。
 背丈は六フィール(180cm)ほど。特段に大男というわけでもないが、筋肉質で、実際より大きく見える。茶色がかった金髪を短くそろえ、精悍な顔つきと、戦士のくせに……といっては語弊があるかもしれないが、少なくともその女性がふだん目にしている傭兵たちとは一線を描くその姿に、女性は軽い動揺と深い興味をおぼえた。魔物退治だというのに、重そうな甲冑は一切身につけていない。かといって、肉体を誇示するような半裸でもない。折り目正しいこの地方の正装へ身を包み、まるで非番で外出している都市の護衛騎士か、政庁の役人のようだ。
 傷つき、やっとの思いでここまで逃れてきた魔物は、少年の持つ鏡と、大柄な男の持つ巨大で異形な剣へ挟まれ、成す術なく地面へ下りた。
 その少年の鏡に女性が、
 「……あの鏡……ひょっとして、ジギ・タリスじゃゃない?」
 「……そのようですな」
 初老の男性もうなずく。なるほど〔霊石〕テトラ・ジギ・タリスの加工品であれば、その霊力をもって魔物へダメージを与え、追い詰めることも可能だ。
 「だけど……彼のあの剣は、ジギ・タリスじゃないみたい」
 「そうです……な。どうやらあれは、普通の、鋼の剣です。異様な大きさと形態ですが、確かに、鋼の剣です」
 「魔物相手に、通常装備!?」
 常識では考えられぬ。
 と、おもむろに、男が〔呪文〕を唱え始めた。それは、
 「……神聖呪文!!」
 「神官戦士です」
 神官戦士。神官の資格と位を有している、特殊な戦士のことだ。神殿へ所属し、通常はチームを組んで魔物を退治する。単独行動が許されるにはよほどの実力が必要だが、どちらにせよ、神官戦士は必ず神殿へ所属し、その配下にあらねばならぬ。すなわち、魔物退治に〔神聖力〕を使うのは、神殿組織に限られている。
 ところが、
 「あれは〈ただの退治屋〉でしょう!?」
 「はい……。彼は、この街のどの神殿にも神官戦士として登録されてはおりません。通常の退治屋が神聖力を有しているはずはなく……つまり、お嬢様、あの男、無資格……すなわち、無免許神官かと……」
 「……!?」
 女性は瞠目した。
 その男、大剣を左手のみで支え、右手の人さし指と中指二本を剣身へあて聖典の文句を唱え続けた。
 すると魔物も最期の力をふりしぼり、奇妙な音塊を咽の奥より発生させる。
 超音波だ。
 そして、魔物が口より可視領域まで周波数を上げた〔音波光線〕を発射するのと、まさに光り輝く〔聖剣〕へと姿を変えた大剣を振りかざし、雄叫びを上げて男が走り出したのは、まったく同時であった。
 「ぬッ…!!」
 走りこんで男、寸分たがわぬ見切をもって光線を剣で受ける。
 火花が散り、拡散した音波は周囲の建物や地面を容赦なく切り裂いた。
 「……おりぁああッ!!」
 男は完全に光線をはじき返し、気合と共に剣を燕返しで魔物へ叩きつけた。
 剣には件の〔神聖力〕が宿っている。
 「……!」
 剣より光がほとばしり、それが炎となって魔物を襲った。魔物はすごい勢いで爆裂し、翼と脚の一部を残して蒸発してしまった。
 「……や、やった!」
 すかさず、離れていた少年が走ってきて、男と手を打ち合う。
 そして魔物を倒した証拠に燃え残った脚の一部を拾って袋へ入れ、二人は悠然とその場より立ち去った。
 驚いたのは、物影の人物たち。
 しばし言葉もなく、わずかに残った魔物の屍骸……いや、残骸と、二人が消えた先を見やっていたが、
 「……ちょ、ちょっと、いまの、見た?」
 「……はい」
 「まるで……あの威力はまるで、ジギ・タリス剣……それも銘入りの国宝級だわ……そ、それを……じゅ……呪文だけで……?」
 「ヴィルヘルム・フルトヴェングラー……。噂どおりの……いや、噂以上で……」
 「……ふふ、気に入ったわ。べらぼうな退治料をとる、凄腕の退治屋。それがモグリの神官戦士とは……。きまり。あの男にしましょう」
 「はい、ミネラルお嬢様」
 「あの男なら、きっと見つけられる。魔導士がどんな魔術を使おうと、どんな魔物が襲いかかろうと……」
 「……はい」
 「お金なんて、いくらかかってもかまやしないわ。あとは……どう近づくか……。何かよい考えはあって? ベーム」
 「は……では、あやつを使いましょう」
 「……?」
 「もうすぐ〈変化〉します。変化してしまった者の玉は、もう使えませぬゆえ……」
 「なるほど……そうね、許可します」
 「はい」
 ミネラルは不敵に笑い、
 「おもしろくなりそうじゃない……」

                              1

 〔カルパス〕は中原最大の自由都市、そして最大の交易中継都市である。大量の物資がここを起点に北から南へ、西から東へ、さらに各方面へと旅立ってゆく。そしてそれは、人間も同じであった。
 人口・約四十万人。
 都市国家として、そこらの王国など比較にならぬほどの経済力と影響力、そして政治力を有している。
 雑多な人種と言語が入り混じり、一体化し、独特の文化を形成。南方の〔亜人〕すらも多く見うけられた。
 都市は古王国時代の古い城壁跡におおわれ、一番街から七番街に分かれている。
 簡単に説明すると、
 一番街……官庁街であり、都市評議員会館、総督宮、裁判所、行政所、各国公使館などがある。
 二番街……大商家や各国公使の私邸、カルパス貴族の屋敷、外国貴族の別荘などがある、いわゆる高級住宅街。広大な敷地と設備を誇る大邸宅が、ズラリと並ぶ。
 三、五、六番街……一般庶民の住宅街。大小さまざまな通りが交錯し、無数の集合住宅とそこへ住む人々の生活を支える商店がひしめき合い、街の中央広場に公営劇場、カルパス大学、市立図書館、サーランシャ大神殿、歓楽街などがある。カルパスというと、まずここいらの情景を思い浮かべる者は多い。
 四番街……再開発予定地区。空き地と廃墟で構成され、浮浪者と街のチンピラ、ごろつきどもの溜まり場。市民はあまり近寄らぬ。
 七番街……古くからの貧民窟。そして暗黒街。各種、裏の娼婦館、カジノ、密売館、闘技場などがたち並ぶ。
 神官戦士〔フルト〕ことヴィルヘルム・フルトヴェングラーの事務所は、その五番街、カトル通りの片隅にあった。
 退治屋の事務所だ。
 魔導関連の一切合切を引き受けている。
 魔物・魔導士退治のほか、悪霊や盗賊も退治する。その他、用心棒、屋台の売り子、人探し、通りの清掃もする。ようするに探偵、何でも屋、拝み屋、そして傭兵。
 フルトがこの街に流れてきてより、はや一年ががすぎようとしている。
 その時より無免許であった。
 秘書兼助手として事務所をきりもみするセルジュ少年は、満で十二歳。
 フルトは二十四にならんとしている。
 「………」
 そのフルト、狭い事務所で丹念に愛剣の手入れをしていた。砥ぎ石で刃を削り、椿油をひいて木綿の布で磨く。彼の愛剣は特注の大剣で、その剣身幅は半フィール(約15cm)、寸法は軽く五フィール(約150cm)を越え、肉厚で両刃、特に切っ先がイチョウの葉っぱのように形成されており、斧と剣の両方の特性を兼ね備え、長い柄と巨大なカウンター・ウェイトもあって重量も相当。まさに彼でなくては扱えぬ、特大級で異形の獲物だ。鞘などなく、常にむき身のまま所持される。
 ちなみに天井の梁には、うっかり剣を突き刺した傷がいたる所についている。
 その奥の部屋では、セルジュが算盤片手で熱心に帳簿をつけていた。
 冷えたコーヒーをすすりながら、
 「フルト様……このままいけば、今月は二百セレムの赤字になりますが」
 同じくコーヒーを片手に、ジッと磨きあがった大剣をみつめるフルト。
 「……フルト様」
 「聞いてるよ」
 フルトはコーヒーを一口、
 「……赤字って?」
 「フルト様
 「な、なんだ、急に」
 セルジュ、眉をひそめ、眼鏡へ指をやり、
 「また初めから説明しなければならないようですね……」
 「う……」
 フルトは口がすべった事を後悔した。
 眉をひそめ、胃をおさえる。
 この自由都市へ流れてきてより十ヶ月余。フルトはいまだにその〔市場経済〕とやらがよく理解できぬ。故国・神聖国家ウガマールでは、魔物を退治するのは神官戦士の当然の務めであり、それへ報酬が出るという事はいっさい無い。御布施はまた、別なものだ。
 すなわち、
 「……よろしいですか、フルト様。ウガマールでも、庶民は物を買うにはお金を使っていましたよね。そう、商売です。ここ〈カルパス〉では、魔物退治でさえ、商売になるのです。お客様の依頼で魔物を退治して、代金をいただくのです」
 高位の貴族階級であったため、故郷においてさえ自ら買物などしたこともなく、この世界一の自由都市に移ってよりずっと、あまりのカルチャー・ギャップにすっかり胃の調子を崩しているフルト、
 「そ……それは何度も聞いた。ファルセットを退治して、五百セレムも貰ったろう」
 五百セレムは、銀貨でちょうど百枚であり、金貨では二十五枚に相当する。
 それは、神殿へ依頼した〔通常の〕魔物退治にかかる費用のおよそ十倍。金貨一枚=二十セレムであり、一般庶民は年に金貨二〜三枚で生活に事足りるから、それがどれだけ高額なのか、お分かりいただけよう。
 ちなみに依頼主は某国の公使で、裏の事情により、フルトへ依頼が回った。〈ファルセット〉ほどの魔物となれば、正直、神聖力ぬきにその退治は難しい。
 〔裏の事情〕とはようするに表沙汰にはできぬ事情だ。ベームの言のとおり、魔物ファルセットは十年前にさる司祭により封印されており、依頼主が誤って封印を解いてしまったとセルジュは看ている。神殿へ依頼すればその事が明るみになり、個人が罰せられる他、公使という立場上本国にも迷惑がかかろう。
 無免許神官たるフルト、この街でそういう商売をしていた。ただ、唯一問題なのが、
 「……五百セレムは、どこ行ったんだ?」
 セルジュは軽いため息と共に、
 「……では、申し上げます。情報屋への情報料、仕掛け屋への罠の仕掛け代、見張り屋への代金支払い、その他、破損物の弁償金、慰謝料、これまでのツケの未払い分、そして税金……」
 「……税金?」
 「所得税が上がったんですよ」
 フルトはおし黙った。
 ぜんぜん分からぬ。
 「……稼いだ額と、もうけは〈ちがう〉んです。必要経費をさっぴいて、残った額がもうけになります。たくさんもうけるには、たくさん稼ぐのも重要ですが、いかにこの必要経費を少なくするかという……」
 たまらずフルト、
 「あー、もういい、もういい!」
 「フルト様……」
 「……オレは、ただ金を持ってくりゃ、それでいいんだろう? そこから先は、お前の仕事だ」
 「………」
 「頼りにしている」
 「……はっ」
 セルジュは主人に対する騎士礼をとった。そして顔をあげ、
 「では、遠慮なく申し上げます。先ほど申し上げました通り、このままでは今月は二百セレムの赤字でございます。赤字とは、つまり、もうけより必要経費の方が多いのです。ようするにそれだけ貧乏なんです。この私の経理術をもってしても、目標額の十分の一もたまっておりません。これは……」
 「も……もういい……許してくれ」
 フルトは立ちあがった。台所へ行き、常備の粉薬を瓶の水でのんだ。
 その特製の胃薬とて、安くはない。
 「フルト様……胃はまだ治りませんか」
 「ああ。……そうそう治ってたまるか」
 「ですが、この街で暮らしていくのに、最低限の経済観念は……」
 「わかった……わかってる。……営業に出ればいいんだろう?」
 セルジュはうって変わってニコリと微笑み、
 「はい。フルト様が来ると、天井に手が届いて大助かりと、先日のレストランからまた掃除の依頼が来ているのは知ってます?」
 セルジュを横目に胃をおさえながらフルト、
 「……いってくる……」
 「いってらっしゃいまし」
 「見送りはいらん」
 「いきません。書類が残ってますから」
 「……あー、そーかい」
 と、ふてくされて事務所を出たばかりのフルトへ、ちょうど角を曲がってきた一人の少女がぶつかって、まさに壁にでも当たったかのごとくはね返されて尻餅をついた。
 「おっと……大丈夫か?」
 「あ、ご、ごめんなさい、フルト様……」
 「セルジュなら、中にいるぞ」
 「あ、はい」
 少女はフルトに手を貸りて立ち上がり、
 「本当にすみませんでした」
 そしてセルジュの代わりにフルトを見送って、勢い良く事務所の中へ駆けこんだ。

 「チェリくーん」
 その声が聞こえるや、はちきれんばかりの笑顔をうかべ、セルジュ、
 「ナージャ」
 「チェリくん、今日はね、この前、言ってた、例のものを持ってきたの」
 ナージャは大事そうに、それを飾り袋よりとってみせた。
 セルジュが見入る。
 それは、不思議な色彩を放ち、乳白色へ鈍く輝く玉であった。大きさはちょうど掌へおさまるほどで、
 「……これは?」
 「お守り」
 半年ほど前、街の占い師より安価で手に入れたという。
 「これへむかって念じると、なんでも……なんでも願い事がかなうの。なんでもよ。でも、努力を忘れてはだめ。願うだけではだめなの。これを手に入れてから、本当に、あたし、まったく自分の願い通りに事が進んでるの……」
 もとよりおしゃべり好きのナージャ、興奮して話を続けた。セルジュは、そのナージャの嬉しそうな笑顔をみて、楽しそうな話し声を聞くだけで、もう溶けてしまいそうなほど幸せなのであった。

                              2

 ナージャは、セルジュより一つ年上で、街のカルパス公営劇場で踊り子の見習をしている。この公営劇場は出し物の質の高さもさることながら、入団試験と行儀作法がきびしいことで有名で、ステイタスもあり、両家の子女が先を争うように所属していた。ナージャのような平民出身者が入るには、そうとうの運と実力がなくてはダメだ。
 二月ほど前、劇場の地下にある古い坑道跡より出没した古代の悪霊を退治した縁でナージャとセルジュは知り合い、以来、とても仲がよい。
 最近は特に休みを利用してせっせとナージャが通ってくる。
 〔通い妻〕というわけだ。
 どうやら、セルジュが劇場へ行くと年上の踊り子たちに冷やかされるので、二人ともそれが嫌であるらしい。
 さて……。
 フルト、カトル通りより角を曲がって小路へ入り、人込へまぎれ、屋台の建ち並ぶコラム通りへ向かった。そこで羊肉を炭火で焼き、トマトや玉ねぎの薄切りを添え、たっぷりの香辛料とともに小麦粉の薄焼きパンへ巻いて食べる中原名物〔カバルブ〕を買って、少し早い昼食とした。かつては羊独特の臭いがだめで食べられなかったこの料理も、いまや大好物。
 ただし、胃弱には少々つらい。
 突き刺さるような陽光。ごったがえす人種と言語。熱い空気。活気あふるる街の情景。
 「………」
 感慨ぶかく目を細め、フルトはその情景へ見入った。
 そのフルトへ、
 「……退治屋どの」
 振り返ってフルト、その華奢な女性を凝視した。フード付マントに隠れた闇の奥より、その上品な声はした。
 女性はフードをとった。
 まず、短くまとめた、炎のごとき赤毛が目にとびこんだ。
 続いて、頑固そうな立派な眉、そしてぱっちりと見開かれた、夜の砂漠猫のごとき瞳。鞣革の鎧と絹糸の服に包まれたしなやかな肢体に腰の小剣。
 その風貌だけであったなら、快活な女傭兵といった印象であった。
 しかし、その女性の小生意気そうな唇より発せられた言葉は、
 「……不躾ながら、貴方様をお雇い致したく存じ、かような街中で声をかけさせていただきました。……どうか、お話を聞いて下さりますよう」
 「え、う……は……」
 フルトは柄にもなく言葉をつまらせ、
 「オ、オレ……い、いや、私を〈退治屋フルト〉と知っての、ご依頼で……?」
 「もちろん」
 「……こちらへ」
 フルトは陽射よけのテントが張られた野外カフェへ席を取り、井戸水でよく冷やされた水出しコーヒーを頼んだ。
 「わたしはミネラル」
 「よろしく。……で、何を退治して……」
 そう、さっそく仕事の話を切り出したとたん、
 「!!」
 人々の悲鳴。そして、聞きたくもない魔物の咆哮。破壊音。
 フルトは立ち上がり、
 「……なんだ、あいつは?」
 突如として現れたそれは、彼の知らない魔物であった。最近、そういった〔新種〕の魔物が特に多い。
 魔物は、ひと言でいえば蟹の怪物で、カルパスの脇を流れる大河メルコンサには大きな河蟹がたくさん住んでおり、カルパス人の好物の一つであるが、その化物蟹は大きさはなんとカバルブの屋台の三倍ほど、奇妙な藻のようなものがびっしりと生えたどす黒い甲殻が悪臭を放ち、丸太のごとき脚がわらわらと腹の脇からのびている。そのうちの三本が、歪で巨大な鋏脚だ。
 しかも、蟹の眼の合間に天地逆さまにひっくり返った人の顔があり、それが苦悶と絶望に哭き叫んでいる。
 だが、フルト、
 「………!?」
 逃げまどう人々や、もう果敢にも魔物へ立ち向かう巡回中の都市警護騎士ではなく、その魔物の背後に光る、玉のような物体へ視線をそそいでいた。
 「……あ、あれ……」
 「あれは魔力玉
 「!?」
 「〈マジック・オーブ〉とよばれるものです。……神官戦士ならば、ご存知のはず」
 フルトは驚愕し、ミネラルをかえりみて、
 「し、しか……それは伝説の……」
 「伝説を復活させた者がいるとしたら?」
 「なあッ……」
 「フルト殿。私の依頼は、まさにそれ。この自由都市へはびこる魔力玉をすべて回収し、古の禁呪を復活させた魔導士を発見・退治してほしいのです……」
 「……に!?」
 フルトは目をむいた。
 「正気か?」
 「ええ……もちろん」
 「……あ、あの魔法が復活した? だとしたら、そんな事が可能なのは大魔道だ! だ、大魔導を……倒す!?」
 「引き受けます? 断ります?」 
 「……な……何物か……きさま……」
 「わたしの質問にお答えなさい!」
 「……!!」
 二人はしばし、にらみあった。
 だがフルト、鼻をならし、
 「……そのまえに、やつを片づけるのが先だろう。こいつは貸しにしておく。そうだな……金貨で四十、八百セレムきっかり」
 「いいわ」
 そしてミネラル、(なんとも頼もしいことに)すぐそばで腰を抜かしている見知らぬ傭兵より剣をひったくると、丸腰のフルトへ、
 「これを使って」
 「ふざけるな。そんな棒っきれが使えるか。……オレはこいつでいい」
 なんとフルト、グッと拳を握ってみせた。
 さすがに呆れてミネラル、
 「……素手で!?」
 「まあ、みていろ……」
 フルトは悠然と歩き出した。
 そしてもう、聖典の文句、神聖呪文を唱えている。常に身体の中で〔練って〕いる神聖力が、そのたくましい両腕を伝って、拳へ集中した。
 「………」
 気配を感じ、万力のごとき鋏で人を襲い、引きちぎり、かみ砕いていた魔物が、ゆっくりと対峙する。
 「うあ……た……助けて……」
 逆さまの男の顔が、上目でそう懇願した。フルトはその哀れな表情をにらみつけ、
 「……それは自業自得だ。貴様は……こうなることを知ってて玉を使ったはずだ……」
 「ちが……ちがう……しら……知らなかった……」
 「……?」
 「なんでも……願いのかなう……お守りと……ただ……それ……だけ……」
 それを聞いたフルトは少しのあいだ、目をつむり、
 「そう……か。そうだな。無理も無い。……すでに古の伝承を知る者はなく、魔力玉もまたしかり……」
 「助け……助けて……」
 「……神の名のもとに……」
 たちまちフルト、雄叫びをあげ、踊りかかった。魔物もすかさず反応し、鋏をふりかざす。フルトは拳で、その鋏の一撃を殴り止めた。神聖力がはじける時に特有の、分厚い錆びた鉄板を無理やりハンマーか何かでぶッ叩いたような音が鳴り渡り、みるみるその鋏にヒビが入って、鋏は爆裂した。
 「げゃあああ!!」
 それは蟹男の悲鳴だ。
 「その痛み……魔に魅了された者への罰だ。……残念だが、そこまで〈変化〉した者を救う手だてはない……」
 「い、いや、いやだ、助けてくれ!」
 「………」
 フルトは短く祈ると、魔物の腹へ、パンチの連打を放った。そのすべてに強大な神聖力がこめられており、
 「……うおりぁああ!!」
 最後の一撃で、魔物はあぶくのように膨れあがり、まさに断末魔の悲鳴と共に破裂して、跡形もなく日光に蒸発した。
 その様子を、ミネラルと、いつの間に現れたのか、初老の男が観ていて、
 「……すさまじいですな……素手で魔物を……」
 「退治屋フルト……いいえ、元聖戦士フルトヴェングラー……か。いいじゃない」
 「それより、お嬢様……魔物の出かたはいかがでした?」
 「そうね。疑っている様子もなさそう」
 「……そう、見せかけているだけという事もありますゆえ……」
 「わかってるわ」
 「……おっと、では私めはこれで……」
 フルトが戻ってくるそぶりを見せたので、執事ベームはすぐに人込へと消えた。その鮮やかさは、フルトにまったくその存在を気づかせない。
 そのフルト、自信満々、不敵に笑い、
 「……どうだ」
 「さすがだわ。……でも、これで私の話を信じてもらえたでしょう?」
 「……そうだな、魔力玉の捜索は、こちらとしても願ったりゆえな……」
 「……」
 ミネラルは聞きのがさぬ。
 「依頼をひきうけよう」
 「かたじけなく」
 「玉ひとつ、一万セレム」
 「………」
 「(えーと)……ひ、必要経費のほか、捜索に関する戦闘行為……魔物一匹退治につき、報酬は五百セレム。魔導士は一千。……現金以外の取引はしない!」
 「いいわ」
 「……へえ」
 「あとで、事務所の方に契約書を」
 「ああ」
 フルトはそして、平然とその場を後にした。
 「……どちらへ? よろしければ、違うところでお茶の続きを……」
 振り返ってフルト、
 「いや、これから、掃除のバイトなんだ」

                              3 

 数日後。
 その契約内容をみて、セルジュは狂喜した。契約はひと月単位で更新し、そのたびに必要経費として百セレムが支払われる。
 破格の待遇だ。
 「どこのどなかた知りませんけど、奇特な人がいますね、フルト様!」
 「あ、ああ、そうだな……」
 実はフルト、ミネラルとかいう依頼主の正体をよく知らない。
 「どこかの、大店のお嬢さんなのでは?」
 「そんな雰囲気じゃなかったがね……」
 「まあ僕は、お金さえ払ってもらえれば、何だっていいですけどね」
 「………」
 現金なセルジュは良いとして、何の立場と理由があって、魔力玉などという物騒なものを集めようというのだろうか。いや、そもそも魔力玉の存在を知っていること自体、よほどの古代神聖文献通である。
 「……かつて、この〈六方〉世界を統一していたとされるグロス=ガルマス聖導皇朝……その崩壊の根源とされたのが魔力玉。以来、神聖国家を筆頭に六方十国がねこそぎ玉を駆逐して、五百年前にはその製造魔法が失われた」
 契約書を手ずから持って事務所を訪れたミネラル、そうフルトへささやいた。
 ちなみに〔六方十国〕とは、むかし、聖導皇朝へ仕えて世界統一を補佐した十ヶ国のことで、現在では尊称の意も含めて〔世界主要十ヶ国〕とでも思えばよい。
 「……だが、その玉を復活させた者がいる……この……カルパスで……」
 「そのとおり」
 「………」
 ミネラルが帰って後、夕食をとったフルトは、自室でじっくりと考え事をはじめた。
 しばらくして、セルジュが茶を持って部屋を訪れた。
 「……フルト様……」
 「うん……とうとう、きた」
 「本当に復活しましたね、魔力玉……」
 「そのようだな」
 「……退治しますか……」
 「もちろんだ」
 「で、でも……まだお金が……」
 「……ばか、この機会を逃す気か。……たとえあれを使えなくとも……いざとなれば、この身にかえても……」
 「そッ、そんな、だめです、フルト様、しっ、死んでしまいます!」
 「……そ、そうときまったわけじゃない……泣くなよ」
 「……で、でも……でも……」
 「大丈夫だ。まだ始まったばかりだ。……始まったな……」
 「……はい……」
 「さあ、もう寝ろ。今回は、おまえはしばらく事務所で留守番だ。ただの魔物退治とは、わけが違うからな、わけが」
 「……はい」
 セルジュは静かに退室した。
 「……大魔導……ヴェーベルン……」
 フルトの声が、うめくように部屋へ響いた。憎悪と、憤りと、怒りと、そしてどこか懐かしさと愛おしさの混じった、とても複雑なうめき声だった。
 胃がいたい。

 その夜も、ナージャは〔お守り〕へ祈りをささげていた。
 実家が公営劇場へ出入りする仕立屋であり、物心ついた時より踊り子へ憧れていた。十ではじめて入団試験を受け、二浪の末、なんとか合格した。
 〔お守り〕を入手したのは、それから半年ほどたったころである。
 とたん、成績がのびだした。けっして良い成績で合格したわけではなかったが、努力が確実に実り、いまや将来の花形を専門に養成する特別クラスへ所属する事を許されている。
 幼い時分より劇場の〔裏側〕をみてきたナージャである。
 「努力さえすれば……」
 なんとかなる、などという〔幻想〕を抱くほど夢想主義者ではなかった。特に、こういった種類の職業は努力もさる事ながら、なんといっても天性の感覚、それに〔運〕が必要なのである。
 ナージャは、実は音楽的な感性はともかく、運動神経があまり良くなかった。ようするに踊りが下手だった。
 そんなナージャが仮にも〔優等生〕の仲間入りをしていのは、〔お守り〕がチャンスとそれを確実にものにする度胸をくれたからだと信じていた。技術を表現力でカバーできる度胸である。彼女の演技力は、同世代はおろか現役の役者たちも一目おいていた。
 そう……この〔お守り〕は、ナージャへ運と勇気を与えた。
 内気な彼女がセルジュへ〔告白〕できたのも、〔お守り〕のおかげだ。
 一時期、酒へ溺れた父親を叱る勇気も〔お守り〕がくれた。父親はよほどにショックだったのか、すぐに改心した。
 まったく、まるで嘘みたいに、何もかもが〔お守り〕の導くとおりに進んでいる。幸運の……いや、文字通り魔法の玉だった。
 半透明で、微妙な光彩を放ち、鈍く自ら脈うつように乳白色へ輝く〔お守り〕……ナージャが祈りで語りかけると、発光がそれに応え、まるで無言の会話をしているようだ。
 「ああ……神様……」
 ナージャは陶酔した自分を抑えられずに、寝巻きのボタンをそっと外すと、そのふくらみはじめた可憐な胸へ玉をあて……開け放った寮の窓より星の魂群をいつまでもみつめ続けた。
 玉は、ただの水晶玉では無い。
 無論、そのことをセルジュもフルトも、知るよしは無い。

                              4

 「ところで……ミネラル」
 「なに?」
 カルパスにたくさんある野外カフェで、フルトとミネラルは連絡を密にとりあっていた。
 「きみの方では、その……玉の存在を、どこまでつかんでいるんだ? それぐらいの情報提供は、あってもいいと思うがね」
 玉の捜索には、セルジュの代わりにミネラルが助手として同行する。聞いた所によると、歳は十七であるが、小剣を使い、魔物退治もそれなりに経験があるらしい。
 ただし、ミネラル本人についての、それ以上の余計な詮索は無用事項であった。
 契約書にも、抜け目なくそのように記されている。
 たんまりと必要経費をはずんでくれる手前、フルトはそのことを追求できないでいた。
 「それが、よくは……」
 ミネラルは嘘をついた。
 「……そうか。じゃ、一から探せと?」
 「残念ながら、それに近いわ。あなた、何か退治屋の情報網は?」
 「あるには、あるが……」
 「経費はちゃんと払っているのだから、ケチケチしないで、たくさん情報屋を使ってちょうだいな」
 「む……」
 毎月の必要経費・百セレムの内、なるべく浮かせて貯金するようにとセルジュから言われていたフルト、憮然としつつも、その通りなので、
 「わかった。二刻後に、またここで落ち合おう。それまでそっちも、情報収集を……」
 「了解」
 フルトは席を立ち、人込へ消えた。
 「魔力玉……か」
 ミネラルはまったく雑味の無い、最高級の水出しコーヒーを傾けつつ、フルトの後姿をみつめ、
 「……ベーム」
 「お嬢さま、承知しております。すでに、人を……」
 ミネラルは満足げにうなずいた。

 フルトは、カルパスで唯一のウガマール宗派の神殿、サーランシャ大神殿を訪れた。神官戦士であるフルトはとうぜん神官の資格をもっている……はずなのだが、どういうわけか持っておらず、いわば〔モグリ〕であって、このような立派な場所へ顔出しできるような立場ではない。事実、大神殿よりの再三の通告を無視し続けている。魔物退治に神聖力を使ってはならないという、通告だ。
 もちろんそんなもの、フルトにとっては何の意味も無い。
 フルトは堂々と神殿の正門より中へ入った。
 後を尾けていた執事ベームの配下が、驚いてその場を去った。
 すぐに、数人の司祭がとんできて、ひそやかに、しかし確実に、
 「……き、貴様、何の用か。ここは貴様のようなロクデナシが来ていい場所じゃあないんだぞ、ええッ、元〈聖戦士〉様!」
 「………」
 フルトは鼻で笑い、無視した。
 「な、なにがおかしい!?」
 「こやつ、破門された分際で……」
 「神聖国家の面汚しが!!」
 フルトはふんぞり返り、
 「クレンペラー神官長に話がある」
 「なッ……」
 「とりついでもらいましょう」
 「ふッ、ふざッ、ふざ……ふざけるな!! 貴様なんぞに誰が……」
 「わたしなら、ここだ」
 司祭たちが振り向く。いつも険しい表情で厳しく弟子たちを指導するクレンペラー神官長が、いつになく楽しげな顔でそこにいた。
 あわてふためいて司祭の一人、
 「し……神官長、このような恥さらしと口をおききになるなど……」
 「かまわん。わたしの部屋へこい、ヴィルヘルム」
 にやり、勝ち誇ったように笑ってフルトは神官長の後に続いた。司祭の一人がすかさず、
 「……神官長、この事は、本国に報告せざるをえませんからな。あまり……立場をお悪くせんほうがよろしいのでは……」
 「いらぬ世話だ。そんな事より、きみ、今朝の聖典の朗読はなんだ。あんな心のこもっていない、空虚で無意味な朗読は初めて聞いたよ。見習神官からやりなおすかね?」
 「……ぬ……」
 司祭らの燃えるような視線を背に受け、二人は悠然と神殿の奥へと消えた。

 「まったく……人のあげ足をとる事ばかり考えおる……嘆かわしい……」
 クレンペラー神官長はとっておきのウガマール産のチーズとワインをだし、
 「どうだ、久しぶりに故国の味を……」
 フルトは丁寧に礼をとり、
 「有り難うございます。しかし、ご迷惑でしたか。神官長さまのお立場が……」
 「ばかな。放っておけ。……この街においての、きみの仕事にはまったく感心している。……実にりっぱだ」
 「そ……うでしょうか……。わ、私は魔物を退治し……その……ご存じのとおり、法外な料金を……」
 「ばかな。……いのちをかけた魔物退治に、妥当な料金ではないか。きみの退治する魔物は……ここの神官戦士なぞでは太刀打ちできない、強力な物ばかり……それは他の退治屋でも同じことよ」
 「………」
 「……で、今日は何の用かね? わざわざこんな所に足を運ぶほどの……」
 「は……実は……」
 神官長とフルトの密談は一刻(約八十分)にもわたった。
 「……また来たまえ。遠慮なくな」
 「は。かたじけのうございました」
 「ヴィルヘルム」
 「……は」
 「事を焦るな。お前がいま何故にこのカルパスにいるのか……それをよく思い出せ」
 「………」
 無言でうなずくフルト。
 「では、また……」
 「気をつけてな」
 神官長クレンペラーはフルトの後姿をじっとみつめ、その武運を祈った。

 その日の夕刻。
 フルトとミネラルは、ちょうど五番街と四番街の境にある、いまはもう使われていない小さなホテルを監視すべく、通りを挟んで斜め向かいの建物の一室にいた。
 その廃屋は、廃墟の四番街を支配下におきつつある某新興犯罪組織の〔城〕であるのだ。
 その〔新興犯罪組織〕は七番街のマフィアたち旧勢力へ対抗するべく、最近、特に力をつけているという。
 しかしまだまだ影響力は小さく、当の七番・暗黒街からは黙殺されていた。
 都市警護騎士団の犯罪組織リストでも、監視レベル2と、重要視されていない。
 それでも、若干二十歳の組織のリーダーは、相当のキレ者で、若さと野望を武器に虎視眈々と、自由都市の犯罪界を牛耳るべく深く静かに行動を開始していた。
 「……そんなチンピラ軍団と魔力玉と、いったい何の関係が?」
 協力を受けた小さな日曜雑貨の修繕屋の二階より、窓をのぞき見るようにして、ミネラルがささやく。
 その奥で悠然と椅子へ腰かけ、大剣を磨きつつフルト、
 「チンピラだなんて、きみらしくもない、はしたない言い方じゃないか」
 楽しげにミネラル、
 「あら……わたし、こうみえても、意外と〈お下品〉なのですよ?」
 フルトは驚いて、
 「げ、下品なのか……」
 あわてて、ミネラル、
 「バ、バカ、冗談よ!」
 「……なんだ、冗談か……」
 ミネラルは対応に困ったが、
 「そ、それより、説明をしてちょうだい」
 「ああ……。その前に、これはオレが特別な筋より仕入れた情報だから、他言は無用」
 うなずくミネラル。
 「……その組織が発足して丸一年。すでに四番街へたむろする無頼漢たちの大部分を掌握し、組織へ組みこんでる。すごいカリスマ、そして実行力だ。非常識なほどのね」
 「……魔力玉を使っていると?」
 「らしい」
 「単純な発想だわ」
 「そこが素人の浅はかさ」
 「……失敬な物言いね」
 「まあ、聞け。……チンピラどもは、まだ組織が浅くてたいした報酬もないのに、まるで何かに憑かれたように、リーダーと組織へ忠誠を誓っている。眼の色がちがうんだ。これは、魔導の素人には分からぬことさ。オレも実際、今日、きみと会う前にちょいと雑魚を一匹捕まえて、情報の提供を願ったのだが……あれは、間ちがいない。魔導に魅入られた者の眼だ……」
 「……赤とか、青くなっているの?」
 「ちがう、魔力で澱み、光ってるんだ。神聖力を身につけていなくば分からない。……オレもうっかりしていた。よもや、四番街の大半が、すでに魔導へ片足をつっこんでいたとは……」
 「……モグリとはいえ、神官として、やはり魔導の傾向は気になるところかしら」
 「………」
 フルトは答えなかった。
 「でも、そんな大掛かりな〈魔導組織〉を相手にするのに、二人だけで大丈夫?」
 「ぬかりはない。神殿兵の出動を要請してきた。ちょうど……サーランシャでも、近いうちに討伐する予定だったらしい」
 「なんだ、特別な筋って……サーランシャ大神殿だったのね。モグリなのに」
 フルトは立ちあがり、
 「……どうも、きみはひと言多いね」
 ミネラル、口をおさえ、
 「そ、そうかしら」
 「余計な言葉は身を滅ぼすぞ……」
 「あ、経験あるんだ」
 じろりとにらまれ、ミネラルはあわてて口をつぐんだ。
 「……さて、時もころあい。オレときみで、裏口から斬りこむ。騒動がおき、人が集まる。そのうち、敵がたった二人と気づき、油断しよう。それを見計らって、正面から神殿兵が突入する。魔導事件に限っては、都市警護騎士の承認がなくとも、独自の機動力と判断で彼らは動けるからな……」
 「……そう、うまくいくかしら」
 「いくさ。もう、周囲に神官戦士たちは集まっている」
 「え、ほんと?」
 ミネラルは窓からそっとのぞいてみた。確かに、いつのまにか、それらしい人影がちらほらと確認できる。
 フルトはむきだしの大剣を肩へかつぎ、鎧もつけず、相変わらずの正装のまま靴音も高らかに、
 「いこう」
 「その剣を使うの? 室内で?」
 「そうだよ」
 「……まあ、いいけど」
 二人は、そろって建物をでた。
 夕闇にまぎれ、小さく灯りのともっためざす廃屋へ向かう。
 「……だれだ!?」
 と、言った見張りのチンピラは、もうフルトの豪腕でひっくり返っている。
 そのフルト、そこだけやたらと新しい頑丈そうなドアを豪快に蹴り開けた。
 「……!?」
 ドアからすぐに通じている詰所のような場所へ待機していた数人の〔番兵〕たちが、一度に立ちあがる。手にしているのは、みなナイフや短剣だ。
 あたりまえだが、室内で最も有効な手持ち武器が、それである。
 ミネラルの使う小剣ですら、場所によっては狭くて機能しない。
 それが、 
 「……おおりぁあ!」
 フルト、右の脇構えから大きく踏みこみつつ、横なぎに大剣をふりかざした。剣先がレンガと漆喰の壁を破り、椅子からテーブルからなぎ倒し、一挙に三人が小枝のように倒れ伏す。
 そして背後より襲ってきた一人へは歩を変えて豪快な下段蹴りを叩きこみ、その隙に接近を許したもう一人には剣尻についている巨大なカウンター・ウェイトを強烈に顔面へおみまいした。
 「ミネラル! 歯向かう者は容赦するな、叩きのめせ!!」
 「………」
 しかし、その勢いはまさに暴走した重戦車、気のちがった暴れ牛であり、危なくてミネラルも近よれない。
 なにせ、その大剣を時に片手で振り回し、鉄球のごとき拳打、丸太のごとき蹴りが見境もなく出されるのだ。
 その度に、人間を含めて何かが破壊される。
 「冗談じゃないわ……」
 ミネラルは逃げるように先に通路へ出た。
 ちょうど、騒ぎを聞きつけた数人のチンピラが押し寄せていた。
 チンピラども、この場に似合わぬ美しい少女をみるや、奇声をあげ、喜び勇んでとびかかった。
 しかしそれこそミネラルの思うつぼ。
 小剣が舞い、まず小手を正確に切りつけた。
 もう敵は獲物を持てぬ。
 続いてミネラル、細い肢体を弓より放たれた矢のごとく移動させ、男どもへ鋭く砥がれた剣先を次々とくいこませる。
 運悪く咽を突かれた者は即死。肩や腹の者は悲鳴をあげて転がった。
 「フルトッ」
 「ああ」
 瞬く間にすべての番兵を退治し、通路へ入ってきたフルト、苦悶するチンピラどもを楽しげに一瞥して、
 「ふふん……やるじゃないか。次いくぞ」
 「いばらないでよ」
 二人は通路を進み、階段をのぼり、倒した者から情報を得つつ、先を進んだ。
 そして最上階まであがった時、ふと、ミネラルが窓より外を見下ろしたのだが、
 「……ちょっと、フルト、みて、逃げるやつがいるわ!」
 「なに……どこだ」
 「ほらあそこ……地面に扉が……」 
 隠し扉である。
 「………」
 フルトも窓より覗く。闇の中だが、二人とも夜目がきくのだ。確かに地面へ両開きのドアが出現しており、何物かがその扉を閉めるのも忘れるほどあわてて、逃げ出した様子だ。
 「……のがさんッ」
 いきなりフルト、そう叫ぶや、大剣をふりかぶった。
 ミネラルがあわてて屈んだその上を唸りをあげて剣が走って、壁に大穴があく。
 「よッしぁあ!」
 フルトはそう気合を入れると、穴より踊りでた。四階からとび降りたのだ。
 「……ちょっと、信じられない!!」
 まだ動悸のおさまらぬミネラル、憤慨しつつも、急いでいま来た道をひき返す。途中、機をみて突入してきた神殿兵らと合流し、フルトの後を追った。

 フルトは呪文を唱えた。四階からとび下りるなど、彼にとっては何ほどのものでもない。なにより、このように退治業で暴れるのが、唯一のストレス解消なのだ。
 「こっちか……」
 走りこんで塀を越え、
 「……ウ、ウッ……」
 一発で、逃げだした組織の若い頭目の行く先へ回りこんだ。そして大剣をかざして牽制しながら、
 「聞きたいことがある」
 頭目は歯軋りし、
 「!!」
 フルト、まさに間一髪というところでその攻撃を避けた。冷や汗がドッと流れ出る。
 「真空光環……魔導士!!」
 頭目はその姿を変えていた。若く、眉目秀麗なその容姿は、中年の、禿頭で頬のこけた痩身の男となっている。
 「魔法……か。魔法で姿を変え、盗賊になりすましていたか。と、なると……チンピラどもを掌握していた力は、貴様の魔術であったか……」
 魔導士は無言のまま、両手に次の光環を造りだし、フルトを牽制した。
 「……」
 「……」
 魔導士が先に動く。 
 しかしその手より光環が放たれることはなく、いきなり月に照らされたフルトの影より無数の刃がつき出た。
 「!!」
 その刃は魔物の触手であり、闇より出現した異生物はフルトをくし刺にしたまま、月へ咆えた。
 「よくやった、バルグ!」
 それは魔物の名だ。
 すると、通りの奥より隠れていた本物の頭目がハンサムな顔を陽気にくずして、
 「やったぜ、ええ、すげえ魔獣だ!」
 魔導士はいきなりその若い頭目を張り倒し、
 「この、バカが! どこまで私に迷惑をかければ気がすむのだ!」
 「……わ、わるかったよ、叔父貴……」
 「今度、こんな不始末をしでかしたら、お前とは縁を切るからな!」
 「……!!」
 若頭目、顔を恐怖に引きつらせ、無我夢中で地面へ伏せた。
 「!?」
 もう、魔導士は胴斬りにされ、臓物をぶちまけて転がっている。
 魔獣バルグにいたっては、神聖力の網で動きを封じられ、
 「うおらぁああ!!」
 呪文により炎をまとった大剣のひと振りで爆裂し、塵となって消滅した。
 「ひ、ひいいッ……」
 頭目はフルトのひと睨みで震えあがり、立てなかった。時よく神殿兵が現れて、若頭目を捕縛し、たちまち連行する。
 魔導士と手を組んで悪事を働く……〔魔導共犯〕の罪である。
 死罪はまぬがれまい。
 それを見送り、上半身だけで魔導士、
 「や……野郎……いつのまに呪文を……」 フルトはその頭を踏みにじり、
 「ばかめ、あんな〈分身〉を見抜けぬようでは、たいした魔導位ではないのだな……」
 「い、言ってろ……クズが……」
 「……なにィ?」
 「く、くくッ……こ、こうみえても、おれはウガマールの元神官でね……あ、あんたの事も、し、知ってるぜ……せ、聖導騎士・フルトヴェングラー……い、妹殺し……腐った偽善野郎……色狂いのガキめが……く、国を追われ……こんなところで退治屋なぞをしていたとは……な……だ、大神官が知ったら……くくっ……くひひひひッ……」
 「……言いたいことはそれだけか!!」
 フルトは迷わず、魔導士の頭を踏みつぶした。そして顔をしかめ、
 「……靴が汚れた。ミネラル!」
 「なに」
 首謀者を捕らえ、引き上げる神殿兵と入れ違いで、やっと現場に到着したミネラル、魔獣や魔導士の屍骸にも眉ひとつ動かさずに、
 「魔力玉はなかったのね。残念ね」
 「……代金は払ってもらう。魔物が一匹に、魔導士が一人。しめて……千五百セレム」
 「……いいわよ」
 フルトは何も言わぬ。ミネラルは確かに、
 「妹殺し
 ということばを聞いた。
 「………」
 二人はまったく沈黙し、神殿兵から提灯を受け取った。
 そのとき、指揮をとった司祭が、
 「……この、恥知らずの守銭奴めが。これで貸しを作ったと思ったのなら……大間ちがいだ!!」
 フルトは豪快にその司祭を睨みたおし、無言でミネラルと共にカルパスの闇へと消えた。

                              5

 「おめでとうございまーす!!」
 大金収入に、いちばん上機嫌なのはセルジュであった。税金や必要経費、借金などをさっぴいても、かなり残る。
 とりあえず打ち上げだ。
 ナージャが来て、母親ゆずりの手料理をふるまってくれた。出前もとった。ミネラルも呼ばれた。それにフルトの四人で、ささやかな宴が催された。
 フルトはふだん、滅多に酒を嗜まぬのだが、それはこの地方独特の羊の乳より作る蒸留酒が口に合わないためであったが、この日ばかりは機嫌もよく、杯を重ねた。
 ミネラルもいける口だ。
 「セルジュくんは、この街の生まれ? どうしてフルトの事務所に?」
 「はい、経理と秘書の募集がありまして……ぼく、計算が得意なのもですから……」
 もちろん嘘だ。
 彼は生粋のウガマール人で、フルトヴェングラー家へ四歳より仕えている。
 ところで、こんな楽しい雰囲気は生まれて初めてのナージャ、興奮と感動で、泪がでそうだった。
 顔を真っ赤にして、飾り袋を出し、口をあけ、玉をとりだし、
 「これも……これもみんなこのお守りのおかげ……神様、ありがとうございます」
 「……」
 フルトとミネラル、凍りつく。
 「そッ、それは! ナージャ!!」
 「え……?」
 呆けるナージャの横で、ミネラルはもう玉を奪う体制に入っていた。
 しかし、
 「!!」
 一同を衝撃が襲う。
 テーブルもグラスもひっくり返り、三人は悲鳴をあげて転がった。
 「……あ、あッ……ぐ……」
 ナージャは空間に磔にされ、金縛りにあったまま、白目をむいてひきつった。その背後で、光り輝く〔お守り〕……。
 「ナージャーッ!!」
 立ちあがり、絶叫するセルジュ。その横で、呆然とミネラル、
 「ま……魔力玉の……副作用……」
 人の全ての願いを叶えるといわれる魔力玉。
 その魔力を使った者は、魔物と化す。
 古代の神聖文献によれば、単純に、
 「欲望のために魔導を利用した罪への、罰……」
 として書かれているが、そんな単純なものであるはずがない。くわしいメカニズムはまるで分からず、研究しようにもそれに関するあらゆる魔導書がウガマールによって焼き捨てられて久しい。
 「わあ、わあっ、わあーッ!!」
 セルジュは半狂乱。
 ナージャは、何か蛾と人間が混じったような異生物へ〈変化〉しかけていた。
 「チィ……」
 フルトは一瞬迷った後、呪文を唱え、ナージャへ神聖力の網をかけた。
 ナージャの悲鳴。
 セルジュが何事か叫びながらフルトへ踊りかかった。
 「ひっこんでろ!!」
 セルジュを殴りつけ、網を引き絞り、
 「ミネラル!」
 これ幸いとミネラル、光る玉へ手をのばす。 しかし全身に衝撃が走り、もんどりうった。
 舌をうち、フルトは強引に玉を掴んだ。
 「うわおおお!!」
 腕がちぎれそうだった。
 雄叫びをあげて気合を入れ、さらに聖典の文句を唱え、神へ祈る。
 そして一気に、玉をナージャよりひき剥がした。

 その轟音は、カルパス中央広場でも風にのって聞こえたという。
 とんでもない勢いの衝撃波によって、事務所は完全に倒壊した。屋根を支える巨大な梁は一撃で折れ、窓もドアもみなふきとび、レンガと漆喰の壁すら粉々だ。
 「………」
 フルトはゆっくりとおきあがった。とっさに唱えた〔聖壁〕の神聖呪文は、無事にミネラルやセルジュをとらえただろうか。
 「……ミネラル……ミネラル!」
 「こ、ここよ……無事だわ……」
 「ふ、二人を頼む……」
 「あなたは玉を……」
 フルトは魔力玉を探した。爆発の威力で、どこかへいってしまった。
 「……おおッ」
 玉はまだ淡く明滅しており、灯りが消えて暗くなっていたので、瓦礫の中、運良く見つけることができた。
 手を伸ばす。
 しかし、
 「!?」
 サッと、玉がかき消えた。
 すぐに眼を移す。
 淡い光が軌跡を残して、通りの奥へと消えていった。何か……何か長い自在な鞭……いや、触手のようなものに捕まれて、もってゆかれたのをフルトは確かに観た。
 「………」
 しばし呆然。そして、
 「……なにィい!?」
 だがその憤りも興奮も、ミネラルのよぶ声に、すぐ我へ返る。
 騒ぎを聞いてやってきた近所の者に借りた灯で、ミネラルはナージャを診ていたのだが、
 「フ……フルト……ど、どうしたら……」
 ナージャは完全に首が折れていたうえ、左の顔面から胸と腹、左腕にかけてひどい裂傷と火傷で、すでに虫の息だった。
 「……!」
 フルトは蒼白となりながらも、グッと息をのみこみ、応急処置用の薬一式を借りてきて、医者、そしてクレンペラー神官長を呼んでくるよう、二人へ指示した。
 「……泣いている暇があったら走れ、動け、さっさとしろ!!」
 セルジュはもう、無我夢中で走り出した。

                              ○

 結局、ナージャは(本当になんとか)一命はとりとめたものの、もう踊り子としては再起不能となった。
 いまは養生も兼ねて、実家に戻っているという。
 セルジュは見舞いにもいけないでいた。
 無理もない。
 二十日後。
 やっと再建なった事務所をミネラルが訪れた。〔退治屋・フルト&セルジュの事務所〕である。事務所は五番街のカトル通りより、三番街のパドゥ通りへと移っていた。建物を破壊したというのでたっぷりと慰謝料をとられたうえ、家主より追い出されたのだ。
 この新しい事務所開設費用とあわせ、ミネラルよりの報酬など、瞬く間にふっとんだ。
 ちなみに新事務所は、ミネラルが用意してくれた。この機会にフルトをつぶしてしまおうと、大神殿が圧力をかけてきたのだ。誰も建物や部屋を貸してくれなかったのを、彼女の口利きで借りることができた。
 フルトは、ますますこの得体の知れぬ依頼人に頭が上がらなくなってしまったというわけだ。
 そのミネラル、まるで自分が家主といわんばかりに真新しいソファへふんぞり返り、
 「……なかなか、よい物件じゃなくて?」 慣れぬ手つきで紅茶を入れたフルト、盆にのせ、
 「そ、その説は世話になった……」
 「恩に感じる必要はないのよ。ただ、モグリの神官戦士がこんな一等地に堂々と事務所を構えられるのは、いったい誰のお陰か……それをきっちりとわきまえてもらえればね」
 と、フルト、ようやく紅茶をテーブルに置きおえたところで、
 「あ……何か、言ったか」
 「……なんでもないわよ」
 「……そうか。どうも、こんな事はしたことがなくて……」
 ミネラルは精一杯の厭味をこめ、
 「でしょうね
 だがフルトには通じぬ。満足げに生まれて初めて入れた茶を傾け、
 「しかし……ナージャとセルジュには、本当に悪いことをした。……反省しなくては」
 ミネラルは憮然と、
 「命があっただけ、ましというものだわ」
 「しかし、いざ事がおきるまで、まるで気がつかなかったなど……いい笑いものだよ」
 「……だけど、あなたがいなければ、あの娘は魔物になっていたわ。ナージャはあなたに感謝すべきよ」
 「それは結果論というやつだ」
 「どうして?」
 「……どうしてって……」
 「とにかく、恐ろしい代物よ。魔力玉は。……絶対、すべて回収しなければ……」
 「………」
 「それを、いったい何物が……?」
 「……さあな」
 それから二人はしばし互いに沈思しながらティーカップを傾けていたが、ふと、ミネラルが思い出したように、
 「セルジュは?」
 「……ああ、ナージャの見舞いへ行った」
 「やっと?」
 「察してやれ」
 「そういえば、親御さんには、なんと?」
 「……魔物に襲われた、とだけ……」
 「ふうん……真実は関係者のみぞ知る……か。ナージャ、これからどうするのかしら」
 「そのことなんだけど……」
 事務所にいるときは、いつも具合悪そうに胃をおさえているフルトが、珍しく明るい積極的な表情をみせた。何か良い顛末があると看たミネラル、ことばの続きを待った。はたして、
 「傷跡も残り……軽い運動障害もあって踊りはダメになったんだが、楽器をやることになった。公営劇場付属楽団の見習にね。……劇場に残れるとさ
 「……本当に!?」
 「ああ。もともと踊りより音楽の感性に優れた娘だ。きっといい奏者になる。今度は……あんな魔法の玉なんかなくたって、成功する。きっと……いや、絶対、だ」
 ミネラルは、笑顔でそれに答えた。




 六方剣撃録