シバの女王ベルキス


 我が祖国に続き曲紹介シリーズ第2弾。レスピーギ作曲、バレエ組曲「シバの女王ベルキス」!

 しかしスメタナと違い、レスピーギ(1879−1936)はかの高名なるローマ3部作があるのだが、それ以外はまるでマイナー氏なので、やっぱり同じ扱いでいいのかなと(笑) マニアックついでにレスピーギの交響曲のページはこちら

 私は吹奏楽出身のクラシック聴きなので、やはりこの曲はローマより馴染みがあるし、ハデハデで純粋にエンタメ曲として推薦できるので、他のベルキスファンと同じく、宣伝活動にいそしむことにしたい。


バレー組曲

 レスピーギは何曲かバレー音楽を書いているらしいが、ベルキスは最後の作品かつ彼の作品中最大規模の音楽で、1932年にバレーとして初演。80分もの大曲で、合唱、バンダ、大管弦楽に加え民族楽器に独唱、ナレーターまで要するもの。公演は成功したようだが、その規模の問題で再演は難しく、バレーのレパートリーとしては定着していない。

 そうなると作曲家としては組曲を作って少しでも儲けようと思うのは批判の対象にはならない。むしろファンにとっての福音となる。

 レスピーギは4曲25分程度からなる組曲を1934年に作成した。最晩年の仕事のひとつで、当初、第2組曲まで作られる予定だったのが、病気で断念したというのも彼の没年を考えるとうなずける。

 ストーリーは旧約聖書に由来し、紀元前9世紀ころ、シバ国(イエメンかエチオピアのあたり、とのこと)を統治していた女王ベルキスが、イスラエルのソロモン王を訪問し、大量の貢物を贈って歓待され長期滞在、ついでにソロモン王とのあいだに子供まで儲けてしまった。その子は初代エチオピア皇帝メネリク1世となったとされる。

 バレエはその来訪の様子を描いたもので、組曲も忠実にそれを流れとして再現する。

第1曲「ソロモン王の夢」 

 蟲惑的で物憂げな、弦楽の調べが灯明の中、夢うつつのソロモン王を表す。それへフルート、コーラングレが異国情緒たっぷりの旋律を吹き鳴らし、遠来する女王への想いと王の孤独を表すという趣向。

 やがて音楽は一転し、光り輝くソロモン王の堂々たる入場を表す。重厚な低弦に高音の金管が乗り、特にトランペットとホルンがカッチョイイ。

 次は、ハープに導かれたやや思い悩むようなチェロの独白が弦楽器群に引き継がれ愛のテーマを奏でた後、コーダとして第4曲のテーマが静かに流れ、統一感を出す。
 
 第1曲はこのように3部形式でわかりやすく、物語の導入を見事に演出している。

第2曲「ベルキスの暁の踊り」

 こちらは、ソロモン王の想いに答えたかのように朝方目覚めたベルキスが、薄いベールをまとい、素足で暁に踊る様子の音楽。アラビアン的なリズムにのって木管が旋律を奏で、金属鍵盤打楽器(ヴィブラフォーン)やチェレスタ(?)が彩りを添え、なんともエキゾチックで、艶っぽい。エロティックな響きにレスピーギの筆が冴えまくり、見事な詩情を歌っている。不協和音が引き延ばされて終わる効果も面白い。
 
第3曲「戦いの踊り」

 2分ほどの短い音楽で、第4曲の序奏の役割がある。ベルキス女王を歓待する宴の余興で、戦士や競技選手たちの勇壮な踊り。ティンパニの特徴ある連打と低音金管の雄たけびにより幕が開き、選手が登場すると、一瞬の静寂の後、2種類の音程がある戦闘太鼓がおもむろに叩かれ、E♭調の小クラリネットが戦闘のテーマをキャラキャラと吹き鳴らす。ここまでが「半裸の若い競技選手たちによる太鼓の踊り」

 それからテンポが上がり、小クラリネットやホルンが熱狂的な掛け合いを演じる。そのまま、ホルンの吹流しで、奴隷たちが舞台袖に去っていたかのように曲は静かに終わる。これが「ソロモン王の槍を持った黒人戦士の踊り」である。

第4曲「狂宴の踊り」

 どうも酒が進んで、みんな楽しく踊り狂う大宴会になったらしい。バレーのフィナーレで、若い男女、戦士、奴隷、みな無礼講で呑み、笑い、躍り狂う。ファンファーレの後、打楽器が連打される中、特徴ある旋律が執拗に続く。途中で恍惚としたテノールのヴォカリーズ、あるいはトランペットのソロによる代用が歌われ、束の間の休みとなるが、最後に、緊張感のある打楽器に導かれ、王と女王が黄金に光輝きながら彫像のように威風堂々と登場して、人々の熱狂的な歓迎をうけ、大団円となる。


 組曲全編にわたってホモフォニックな旋律の面白さにあふれ、とても分かりやすい。また打楽器もハデで金管の響きもカッコよく、たいへん初心者向けな1曲となっており、お勧めできる。ここからローマ3部作に進んでもいいし、他の作曲家のバレー音楽に進むのもよいだろう。

 ただし、クラシックを聴き進めるうちに、特に交響曲などを聴けるようになってポリフォニックな面白さに目覚めると、こういう音楽はえらく単純に聴こえて、聴けなくなってしまうかもしれない。

 だが、そこすら通り越していろいろな曲を聴きまくっているうちに、懐かしさを感じ、あるいはこの明快さとエンタメ性の凄さに気づき、再びこの曲に帰ってくる。これはそういう音楽だと思う。

 ※演奏効果を鑑み、第2曲と3曲を入れ替えて演奏する場合もあって、吹奏楽版の演奏はたいていそれなのではないか。個人的にはどっちでも良いが、3曲めが戦いの踊りだと、狂宴の踊りの序奏みたいになり、大きな3曲の組曲みたいになるが、ベルキスの暁の踊りだと、シンフォニックな構成が目立って交響組曲のようになるので、前者のほうがバレー組曲っぽいか……。


吹奏楽曲として

 初めて聴いたのはいつぞやのコンクール全国大会のCDだったような。やはり戦いの踊りの打楽器が面白くて。実演では札幌白石高校のコンクール演奏と、実家の高校の定期演奏会での全曲を聴いたことがある。もちろん白石のほうが格段に上手かったが(笑)
 
 思うところあり吹奏楽版を集めずオケ版を愛聴したが、やはり吹奏楽は(悪くはないが)ただ編曲しただけでそこに再創造はなく、1回聴けばもういい。オケ版の豪華絢爛たるオーケストレーションを聴いてしまっては、吹奏楽版には 「アマチュアでも演奏できる」 「たまに実演で聴ける」 という以外に魅力はない。


オケ版のCD

 いちおう私が所持して聴いているものである。いまのところ6種類ある。
 録音年代の古い順に並べた。
 星は、★★=ダメ ★★★=フツウ ★★★★=スゴイ ★★★★★=超スゴイ ☆=気絶 としたい。


サイモン/フィルハーモニア管 Chandos CHAN 8405 1985年録音

 記念すべき世界初録音のオケ版ベルキス。しかも10年以上もこれしかなかったため、ひたすらこれを聴いていた。サイモンの指揮はかなりアメリカンなハリウッド調エンタメ演奏で、楽しいが、爆演デーハーに過ぎる嫌いもある。教会ホールを使って録音したためか、かなりエコーの効いた音質でそれにごまかされがちだが、他の演奏と比べると意外に大雑把な合奏。

 しかし初録音の意義は大きい。また打楽器を聴くならこれがもっとも豪快に鳴っている。と思う。 2楽章が戦いの踊り。4楽章はトランペット。

 ★★★★

 併録にこれも珍しいレスピーギの「変容」という交響作品が入っている。ちなみにこのコンビによる別の盤の「教会のステンドグラス」もかなり良い。


大植英次/ミネソタ管 REFERENCE RECORDINGS RR-95CD 2001年の録音

 録音年代的には2番めに古い。入手しづらいが、聴いてびっくり。これがすばらしい。スタジオ録音だが音響も良い。なにより大植の指揮が、緻密で、細部までよくアナリーゼしてあり、かゆいところに手が届くとはこのこと。ラストの盛り上がりや、1楽章のソロモン王の行進などもこれぞという重厚さでカッコイイ響き。個人的に惜しかったのは4楽章のバスドラの連打がもっと戦闘太鼓を意識してハッキリ ドドド・ドンドン! と聴こえてほしかった。なんか甲高い音の太鼓も他の盤にはなく面白い。

 スコア通り。4楽章はテノール。

 ★★★★★

 併録は「ローマの松」(これも良い)と、聴いたことがない「ノームの踊り」という組曲があり、ノームとは「展覧会の絵」にも出てくる大地の妖精で、なんの由来の音楽かは分からないが、まあまあの佳品。


飯森範親/ロイトリンゲン・ヴュルテンベルク管弦楽団  GENUIN GEN 04047 2004年録音

 実質2番めに聴いたベルキスだが、期待したほどではなかった。演奏も大真面目で、録音はカタク窮屈、ちっとも楽しくない。交響曲を聴いているのではない。バレー音楽、しかもハリウッド映画も真っ青の一大スペキュタクルな音楽なのになんだこのドイツ音楽みたいな堅さは。……と思ったら、マニアックなドイツの楽団だった(笑) 演奏自体は丁寧で、細かい音も忠実に再現しており、その観点では悪くない。

 2楽章が戦いの踊り。4楽章はテノール。

 ★★★

 併録は師匠のR=コルサコフによる交響組曲「シェヘラザード」だが、私がシェヘラザードが大して好きではないだけでなく、こっちも同じような堅苦しい印象。


アシュケナージ/オランダ放送響 EXTON OVCL-00216 SACDハイブリッド 2004年録音(発売は2006年)

 こちらは記念すべきSACD&国内盤による初録音。しかしアシュケナージよ……。

 アシュケナージは嫌いな指揮者だが、ここでもなんの期待も裏切らず、「なんでそーーーーなるのッッ!!」 という表現を連発。合奏は適当で、盛り上がりや進行に真剣みがなく、注意散漫な 「のへっ」 とした演奏。特に吹き出したのは1楽章のソロモン王の入場。テンポが倍! とまではゆかずとも、冗談みたいに速い!! ノリノリで競歩になった王様か!? ディズニー映画の見すぎだ! 

 曲順はスコア通り。4楽章はトランペット。

 ダメといえばそれまでだが、これはトンデモ盤の部類に入るのかもしれない。聴けなくはないし……。

 ★★半

 併録の「ベルファゴール」序曲「教会のステンドグラス」もなんかヘン。


ゲッツェル/ボルサン・イスタンブールフィルハーモニー管弦楽団 onyx ONYX4048(東京エムプラス輸入) 2009年録音

 ひさびさに出たベルキスの新譜。しかもなんともマニアックな演奏。

 本場のオリエンタルムードがムンムンムンで迫力も上等だが、アンサンブルが荒い。しかも録音がかなり変。やたらとエコーがかかっているわりに音色はエライビビッドで、かつ金管はでかいし絃は小さい。音響バランスが悪い。1・3楽章の雰囲気は最高で、特に3楽章の打楽器が本場の民族楽器のような音で最高。しかし2・4楽章はバラバラに聴こえる。惜しい。

 2楽章が戦いの踊り。4楽章はトランペット。

 ★★★半

 併録はヒンデミットの「ヴェーバーの主題による変容」とフローラン・シュミットのバレー音楽「サロメの悲劇」というマニアックさ。


ネシュリング/リネージュ・フィルハーモニー管弦楽団 BIS BIS-2130 SACDハイブリッド 2014年録音

 またまた久々に現れた録音は、SACD! BISはえらい!

 しかし、贅沢な悩みだが、あまりに音色と分離が良すぎて、まるで指揮者のとなりに立って聴いているかのごとき錯覚を覚えて、渾然一体となった客席で聴く上質な音とはまた異なる印象がある。

 全体にゆったりとしたテンポをとり、特に1楽章は趣がある。ベルキスの暁の踊りもかなりよい。しかし、戦いの踊りは優雅さや流麗さを優先してか、やや物足りない。しかも戦闘太鼓は、やたらと小さいもの(笑) これは、スコアにはどういう指定があるものか、録音によって和太鼓みたいなドドン! というものから、こういうトントコトントコという絞め太鼓みたいなものまで、バラバラである。個人的には、勇壮な戦闘奴隷が上半身裸で汗いっぱいにダンダンダン! と叩くイメージがあるので、大きな音(大きく深い太鼓)がよろしいのだが。

 4楽章も迫力もあるが流麗さが優先されている印象。大植盤に出てくる甲高い音の太鼓もある。これも良く分からないが、音色を聴くに、この音は戦いの踊りの太鼓と同じものを叩いていると思う。予算の都合だろうか。金管もよく鳴っており、木管のソロも美しい。とにかく全体に丁寧な演奏という印象であった。

 スコア通り。4楽章はトランペット。

 ★★★★半

 併録は「変容」と「ノームのバラータ」(ノームの踊り)で、これらもよい。




 前のページ

 後の祭