入野義朗(1921−1980)


 入野という人は、柴田南雄と並び、戦後日本の12音技法の紹介者であり大家であるという。交響楽的作品には解説によると以下の通りある。

 1948年 交響曲第1番
 1953年 シンフォニエッタ
 1959年 シンフォニア
 1964年 交響曲第2番

 私は日本人の厳格な12音、あるいはセリー主義作家はあまりくわしくは無いのだが、柴田と、松平と、この入野は古さからいっても大御所の部類に入るだろう。こういう12音技法の音楽を聴くとき、メロディーが現れないぶん、何をどう聴いて良いのか聴衆は分からなくなる。専門的に勉強していれば、ああここはあの音列のあの部分のどういう展開だ云々と理解もできようが、フツーはわからねー。したがって、少なくとも私は、耳に飛び込んでくる音楽というよりむしろ「音」そのものをそのまま楽しむことにしている。現実世界の全ての音がそのまま曲となったような時代の産物だ。いわば音色音楽とでも言おうか。数的理解に乏しいものの悲しさよ。音符の1つ1つが精緻に計算されて組み合わされている構造を脳内で瞬時に把握できる人は、幸せだ。12音、セリー主義の楽曲を「音楽」として聴けるのだから。(それって、一種の才能だとすら思っている。)

 21世紀になり、20世紀を駆け抜けた12音技法は、これからどこへゆくのだろう。


シンフォニエッタ(1953)

 1953年の、小管絃楽のためのシンフォニエッタである。

 5分ほどの楽章が3つあり、15分ほどの小交響曲を形作っている。

 1楽章は序奏とフーガという古典的なもの。だが、これは純粋な12音技法音楽である。ただし、シンフォニアにも通じているのだが、思ったより旋律っぽく聴こえる。調性というわけではないが、調性のように響くのは、やはり音列を完全な無調ではなく、それっぽく組み合わせているようだ。5分という短さだが中身は濃く、小太鼓のソロで主要リズムが提示され、それから序奏部でピアノと木管により短く音列(動機)が提示される。提示されても、音列なんて把握できないが……。小フーガではその展開で、リズムが工夫されている。なかなか無調のフーガは無表情でシュール。

 2楽章は主題と変奏という、これまた古風な作曲発想が使われている。が、その主題が無調であって、これもシュールかつシリアス。トゥッティが冒頭、なにやらズーズーと動くがそれが主題とのこと。それから弦楽四重奏が短く出てきて変奏し、また総奏。それから木管四重奏で、これも変奏。また総奏で分けられて、打楽器とトランペット、ピアノによる無調行進曲。これは、ちょっと楽しい。総奏が現れて、木管による変奏でおしまい。アタッカで続く。

 3楽章はインヴェンション。作者によるとロンドっぽい作りだそうで、リズムが激しく入れ分かる。ピアノやシロフォン、ティンパニがリズムを強調し、管楽器が音列の展開を奏でる。無窮道的だが、気がつくと終わってる。

 YouTubeに音源をアップした。入野義朗:小管弦楽のためのシンフォニエッタ 


シンフォニア(1959)

 1959年の日フィルシリーズの委嘱。当曲の解説には、作者の弁で、これは交響曲形式からかなり逸脱しているため、あえてシンフォニアとしたとあるが、その後、第2交響曲を書いたので、実質、シンフォニアが第1でもいい、となっている。それでいて、主要作品一覧にはちゃんと交響曲第1番があるのだから、ちょっと事情が分からない。

 さてこれはレントとヴィバーチェによる2楽章構成の音楽で、とうぜん12音技法であるのだが、そのわりに聴きやすい。作者も云っているのだが、音列をかなり自由に扱っているのだそうだ。だから、旋律っぽい部分もあるし、響きはクリアーで、ベルクのシンプルバージョンに思えた。レントが11分、ヴィバーチェが7分ほどの、18分ほどの曲。

 透明な、クリスタル的な構造の中で、各楽器が複雑に絡み合う様子は、なかなか圧巻だ。響き的にも耳に入ってきやすい。20世紀作品にありがちなカオスとか咆哮とかいうものも、多少ながらやはり取り入れられている。
 
 管楽器の合いの手をもらいながら、レントの冒頭に奏でられるバイオリンの12音旋律が、主要動機。しかし、べつにそれは古典形式でいう「展開」はせず、ただ派生するのみ。だから主題というわけではないらしい。各種の動機による響きが次々に提示され、それらが関連し合いつつも独立して並行的に存在を誇示し、うねりながら深刻に激しく頂点を迎え、楽章を閉じる。レント楽章という割には、動きが激しい。
 
 ヴィバーチェは、後半よりピアノがソロイスティックにいい味を出している。弦楽の鋭い不協和音や点描的金属打楽器、狂乱ティンパニ、不可思議木管、あるいは発狂金管がアップテンポで盛り上がり、最後は叩きつけるように終わる。

 YouTubeに音源をアップした。 入野義朗:シンフォニア   


第2交響曲(1964)

 東京オリンピック協賛の「芸術展示」にて初演された、入野の最後の交響曲。5楽章制で、演奏時間は20分ほど。もちろん、無調12音技法に依る。

 1楽章、ヴィーボ・マノントロッポ。低い音から、音列主題の提示。それを弦楽が動機として展開し、他の楽器もそれを派生させて行く。弦楽を主体にして展開は進み、金管や打楽器の面白い動機も加わる。最後の方は木管の動きのみとなり、終結部の無い終結となる。
 
 2楽章、アンダンテ。調性っぽい動きをする、面白い楽章。どこなく日本の伝統音階のような、もしくは日本的な音調っぽいもので動いてゆくので、武満のように聴こえる部分も。もちろん、これは狙った音列で構成されているから、そのように聴こえるだけであって、日本音階ではない。後半は、早坂文雄の映画音楽のような部分すら。

 3楽章、アレグロ。弦楽の激しい無調アレグロ。ここも、かなり調性感があるのですごく聴きやすいうえに、無味乾燥ではなく音が生きておりすごく面白い。Wikipediaによると、入野は12音技法の大家だが、けしてセリー主義の曲は書かなかった。無調、12音のうち特にセリー主義は、音が複雑怪奇、奇天烈なあまりデジタル音みたいな無味乾燥なものになり、特殊な性癖が無いと聴いていられない。しかし、この楽章のような入野の音作りは、面白い12音技法曲というのを提示してくれる。中間部では木管のアンサンブルとなって、ピチカートやヴィブラフォンも面白い響きを生む。アレグロへ戻って、やはり曲の途中に何処かへ眼前から消え去るように終わる。


 4楽章、レント。ソロイスティックな響きに徹する、室内楽的な緩徐楽章。ときおり激しい音調を挟みつつ、様々な楽器が、一瞬の音を切りとって、短い動機を重ねて行く。短い楽章。

 5楽章、アタッカでフィナーレ。早いアレグロ楽章。めくるめく音色、移り行く楽器群。この無調アレグロは圧巻。調性感を残す緩徐部も合間合間に挟みながら、音響がうねり、突き進む。終結は弦楽器の緊張感のある張りが響き、切りとるようにして、終わる。

 クラシックの迷宮にて放送された初演の録音を、YouTubeにアップした。入野義朗:第2交響曲


 ちなみに、昭和40年大河ドラマ「太平記」の音楽は、あたりまえかもしれないが、調性。




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