交響曲(日) symphony(英) Symphonie(独) sinfonia(伊)
     
 かたよった交響曲の世界


 学生時代に、クラシックにいよいよ本格的にめざめて楽しんでいたら、友人から、

 「交響曲ってナニよ?」 といわれ、うまく答えられなかった。
  
 まあーそのー、なんなんでしょうね。交響曲っていう名前の曲? それともジャンル?
 
 作曲家の吉松隆がいうには、現代における交響曲の定義は、作曲家がそう名付けた曲、としているが、まあそうなると 「曲の名前」 にでもなるのだろうか。

 わたしは交響曲が大好きで、クラシックには他に協奏曲、管弦楽曲、器楽曲、奏鳴曲、組曲、序曲、歌曲、歌劇、などなど、いろいろなジャンルの音楽があって、交響曲もそんな音楽ジャンルのひとつだということになるのだが、そのわりにはあまりにいろいろな形態の「交響曲」がありすぎて、うやむやのうちになんでもかんでも交響曲になっているフシもある。

 しかし100年前のマーラーが云うにはすでに交響曲には 「すべてが含まれている」 とのことであるからして、あらゆるジャンルの音楽の要素から自然描写、さらには人生模様まで、

 すべてを内在する希有の音楽存在 だと思うわけであります。

 だから交響曲って楽しいのだなあ、と。

 そのようなわけで、わたしはいろいろな人の交響曲を聴いて楽しんでいるのですが、交響曲なる音楽がどのようにして希有の音楽存在になってきたかを適当におさらいした後、わたしが好き好んで楽しんでいる交響曲の数々を紹介して、みなさまに同調あるいは嫌悪の感情を抱いてもらおうという企画です。

 交響曲の歴史 ドイツ・オーストリア系 ロシア・ソ連系 中欧・東欧・北欧 フランス系 イギリス系 アメリカ その他 日本人

 ※あとものすごくたまに、私を 「どこの音大を出たか知らないけど、ぜんぜん分かってない」 的な勘違いをされる方がいらっしゃるんですが、音大どころかピアノも弾けないただの 「聴き手」 です。純粋に聴いた感じの文藝的表現による 「曲紹介」 です。楽曲分析ではありません。「ちょっとピアノで弾けば分かるのに」 とか云われましても、弾けません。あとピアノで弾かなきゃ分からないような専門的な事は、分からないので触れません。悪しからずお願いします。


交響曲の歴史
 
 むかーしむかし、16世紀末ごろ(といっても日本では戦国時代)クラシック発祥の地ともいえるイタリアで、オペラの導入部としての独立した音楽曲が登場。17世紀中期にはフランスにおいて緩−急−緩形式の序曲が発達。長くヨーロッパで好まれた。

 しかし17世紀末のイタリアにおいて、それとはまったく逆に急−緩−急の形式が発達。それはシンフォニアと呼ばれる、早い形式の1楽章、ゆっくりな性格の2楽章、舞曲風の3楽章から成っていた……。

 この、古式オペラの序曲であるシンフォニアが、いわゆるシンフォニーの根っこである。

 そもそもシンフォニーはギリシャ語のsym (ともに)-phonia (響き)に由来する。
 
 だが、このころは、序曲を単にシンフォニアと云ったと同じ用例で、単にいろいろな種類の音楽そのものを「音楽」という意味でシンフォニアと言っていたという。声と器楽の音楽も「シンフォニア」というわけ。

 それが日本語でいう「交響曲」としてある音楽形態を限定で示すようになってきた背景には、先輩である協奏曲の存在がある。

 バロック時代の協奏曲はビバルディの四季に代表されるように、例えばヴァイオリンの名手が1人いて、その人を中心にみんなでアンサンブルを楽しむものだった。いわゆる合奏協奏曲というやつだろうが、名手がいなくても、また、より規模の小さい楽団でも演奏できる曲種が必要となってきたときに「楽団のための協奏曲」として新しい形態の音楽が生じてきた。

 それが交響曲の元祖といえる。

 その元祖・交響曲は、イタリアとならんで、18世紀ごろよりバイオリン楽団を有するようになったドイツの宮廷でも大はやり。ここに交響曲はドイツで大きく発展する。

 しかし、どうにも、本場のイタリアとちがい、アルプスを挟んだ北のドイツ地方にはまだ輸入楽器であるバイオリンの楽器や演奏家の数も少なかった。それで、地元のローカルな管楽器を弦楽合奏に加えるようになった。
 
 ここに、現代のオーケストラの典型が完成する!

 18世紀はまだ管楽器もオーボエとホルンしか無かったが、それらを弦楽合奏へ2本づつ加えた編成がいわゆる「2管編成」として完成し、交響曲はすさまじい勢いで発展してヨーロッパにおけるもっとも一般的な音楽ジャンルとなった。なんと、資料によると、18世紀の全ヨーロッパ対象楽譜調査では、16,558曲にも達していた。

 まあそのころの交響曲はいまでいうふつうの娯楽音楽に等しく、いわゆる宮廷文化の華でしかなかったわけだが、ハイドン先生の登場により、交響曲の未来が決定づけられるというわけだ。ハイドンの100余曲にものぼる交響曲の数々は、その半分が宮廷楽団用の10数人規模の小編成で、残りの半分の内の1/4がその倍ほど。さらに1/4が60人規模の(当時の)大管弦楽団用であったという。つまりそれは交響曲が宮廷を飛び出して、市民コンサートの演目にものぼっていたことを意味している。

 ハイドンが「交響曲の父」と呼ばれるのは、なにもその作曲数が多いというだけではない。交響曲のいわゆる「典型」を完成させた功績が大きい。また素晴らしく実験的なアイデアが満載されている。告別のようなシアターピースまである。

 1楽章は管弦楽によるソナタ形式をとることが多い。

 ソナタ形式は話すと長いし、専門的でわたしもよく分かってないし、くわしい事は割愛。序奏があって、主題が2つ(以上)あって、それからが展開して、最初に戻って、最後に完結する、という音楽的物語。

 それは定められた形式主義であり、予定調和でもある。たいていテンポが速い。(アレグロ)
 
 2楽章は気分を変えてゆっくりした音楽。アダージョやアダージェットの速さが多い。

 3楽章は舞曲風のメヌエット。後年、ベートーヴェンがこれをスケルツォへと進化させた。

 2楽章と3楽章はアダージョとスケルツォの順番が入れ代わる場合も多い。

 ベルリオーズがスケルツォの代わりにワルツを導入するという発明をした。チャイコフスキーやマーラーもそれへ習っている。
 
 4楽章はまたソナタ形式をとることもあるが、ロンドとか、自由形式とかの、にぎやかなフィナーレで締める。

 以後は、モーツァルト、ベートーヴェンの両先生から一気に交響曲はヨーロッパ・ドイツ地方の伝統音楽より羽ばたいて、グローバル化し、19世紀に最高の栄華を勝ち誇った。
 
 20世紀になりその音楽シーンにおける地位は少なからず落ちて行ったが、それでも、ソ連やイギリス、日本、アメリカで交響曲は造られ続けた。本場ドイツでは飽きられたジャンルが、第3国ではいまが盛りとなったのは興味深い。
 
 そして現代は。

 21世紀。交響曲の未来は、まだまだ余談をゆるさぬ。

 交響曲あるかぎり、クラシック音楽は無くならない。だろう。きっと。たぶん。


作曲家別名交響曲ライヴラリー

 完全にワタクシ的「毒断と変見」ですので、どうぞご了承ください。基本的に曲紹介の企画なので、演奏よりも曲の内容に注目してあります。

 有名どころ、無名どころ、とりまざっております。また、私が聴いている交響曲のたぶん100倍はいろいろな交響曲が世の中にはありまして、その全てを極めるのはちょっと一般人には無理です。こんな音楽も面白いのでぜひお試しを……というお便りお待ちしております。なんでコレがないんだ、というご叱責のお便りは待ってません(笑)


ドイッチュラント・エースターライヒ系

 やはり交響曲の本場中の本場。有名人だけで、以下の通り。他にもたくさんいるんですが、これだけ聴いてりゃ他はいりません。多少、マイナーな人がまじってますが私の趣味です。

 ハイドン先生は重要なのですが、わたしはあんまり得意ではありません。←最近、ようやくザロモンセットとか聴けるようになりました。99番がお気に入り。

 モーツァルト先生は曲の内容的に25番だけ好んで聴きます。35番もたまに。古典派は重要ですが苦手なので(笑)ちょっと割愛させて下さい。
 
 その後、ロマン派で交響曲はすばらしく飛躍し、ブルックナーとマーラーで交響曲というジャンルは完結した。発生系の交響詩はリヒャルト・シュトラウスで完成。ドイツ・オーストリア音楽が至高無敵に輝いていた時期といってよい。

 ところがその後、音楽語法そのものが行き詰まり、打開をねらったのが新ヴィーン楽派。

 シェーンベルクの室内交響曲と、ヴェーベルンの交響曲で、この地域における特有の交響曲は、事実上、終わってしまった。

 その後に登場する人たちの「交響曲」は、すでにドイツ的なものを有しておらず、有していても残骸というありさまです。それを聴くのもまた、善き哉。。。

ベートーヴェン シューマン ブルックナー R.シュトラウス ヴェーベルン ヒンデミット
シューベルト リスト ロット ツェムリンスキー クレンペラー ハルトマン
メンデルスゾーン ブラームス マーラー シュミット,フランツ フルトヴェングラー

ロシア・ソ連系
 
 ロシアは西欧(ドイツ・イタリア)に比べるとクラシックの発展は遅かった。日本よりはそりゃ早かったが、とにかくそれがロシア人作曲家のコンプレックスだった。

 けっきょくいろいろな人たちが努力と創意工夫をもって、いま世界中で立派に「ロシアもの」というジャンルが確立しているのはすばらしい事でしょう。ロシア音楽ではバレーとオペラがすばらしいが、交響曲も見逃せぬ。

 チャイコーフスキィの自由な交響曲形式はしかし、当時にあっては西洋的ごとか折衷だとか中途半端だとか、いろいろ云われたのですが、いまでは名曲中の名曲として、燦然と輝いております。

ボロディーン タネーエフ スクリャービン ミャスコーフスキィ ハチャトゥーリアン タクタキシヴィリ
バラーキレフ グラズノーフ ラフマーニノフ チェレープニン カバレーフスキィ スヴェトラーノフ
チャイコーフスキィ カリーンニコフ シテインベルク プロコーフィエフ ショスタコーヴィチ シニートケ

※交響曲の項のロシア人作曲家表記について
 
 日本語表記のロシア人の名前は、実はほとんどが 「英語読み」 からとられており、キリル文字の発音からかなり離れてしまっている場合も多い。それはロシア人に限ったことではなく、ドヴォルザークも、チェコ語ではドヴォジャークに近いというし、それを云ったら全部の言語による名前表記が、日本語表記にするうえで発音表記に問題があってしまう。

 したがって、日本語として定着している場合、無理に現地語に近づける必要もないのだが、書き物として本場っぽい雰囲気を演出するのに、それなりに現地発音へ近づけるというのは、「あり」だと思う。

 この交響曲の項のロシア人作曲家の場合も、ロシア語のアクセント表記(伸ばし)でそうしているが、発音がぜんぜん間違って定着してる場合も多い。しかし読みづらさというのも考慮して、折衷にしている場合もある。

 たとえば、ボロディンは、原語では Бородин であり、これをラテン語に転化すると Borodin となって、これを日本語でボロディンとしているわけだが、キリル文字を正確に日本語へ転化すると、バラヂーン に近くなる。これは ボロディーン とした。

 交響曲の項には無いが、シチェドリンという作曲家は、Щедрин がラテン語では Shchedrin となって、日本語も シチェドリン となるが、ロシア語をそのまま読むと シドリーン である。(表記上のきまりでは シシドリーン だが、シシは強く発音するシを意味する) これはシシがなんでシチェとなるものか、昔のペテルブルク方言に従っているようである。例:борщ ボールシィ→ボルシチ

 驚くのは日本で高名なムソルグスキーで、同じく Мусоргский が Mussorgsky と転化され、ムソルグスキーと日本語になっているが、Мусоргский は ムーサルクスキィ が近い発音である。現代ロシア語のきまりの1つで、アクセントの来ない母音に音が変化するものがあり、バラヂーン と同じく、ムソルグスキーもアクセントがムーにあるため、оは ア に、г(G)グ は濁らずに к(K)ク になるためだ。

 同じく、日本で最も高名なロシア人作曲家チャイコフスキーも、結論から云うと、チャイコフスキーなどと云ってもロシア人には通じない。「お茶(チャイ)とコーヒー(コーフィ)がなんだって?(笑)」とでも返されるかもしれない。

 これも、ロシア語の表記と発音を無視した英語読みの転化であって、Чайковский は チィコーフスキィ に近い。Чайковский をラテン語にそのまま転化し、Tchaikovsky をそのまま読むと確かに チャイコフスキー になるのだが、これも真ん中の ков コーフ にアクセントが来るので、冒頭のチャイは、チィに変化し(ここは、アクセントのないа=ア は ァ だが、Чаで発音は チァ ではなく チャ=Чя なため、アクセントのないя=ヤ は ィ になるという変化のようです) チィコーフスキィ(正確に転化すると チィィコーフスキィ だが ィィ はくっついて発音されている) が通じる発音であろう。しかし、 チャイコフスキー はあまりにも高名で日本語として定着してしまっているので、折衷で チャイコーフスキィ とした。

 同じく、プラコーフィエフはプロコーフィエフ、ラフマーニナフはラフマーニノフ、シャスタコーヴィチはショスタコーヴィチ、ミィャスコーフスキィはミャスコーフスキィ、スヴィェトラーナフはスヴェトラーノフ、等とした。


中欧・東欧・北欧
 
 ロシアよりもさらに遅れて交響曲の歴史がはじまった北欧や東欧は、ドイツ・イタリアの西洋音楽圏からしておれば、辺境も甚だしかったことだろう。しかし、そこでも確実に、交響曲は生まれ続けた。

 北欧ではシベリウス、東欧ではやはりドヴォルザークが、日本でも高名なところでしょう。

 シベリウスも長く苦手でしたが、ようやくわかってきました。

 そ、そしてペッテションを……。他にも、マニアック交響曲作家の宝庫です。あまりにもいるので、ぜんぜん把握しきれてません。

スメタナ
ドヴォルザーク
フィビヒ
ヤナーチェク
フェルステル
コダーイ
スク
カラビス
マタチッチ
シマノフスキィ
ルトスワフスキィ
ペンデレツキィ
グレツキィ
スヴェンセン
シベリウス
ニールセン
トゥビン
ペッテション

フランス系
 
 フランスでは、バロック期には宮廷音楽が流行ったようなのだが、クラシック2大巨頭ともいえるドイツ音楽とイタリア音楽の2柱に挟まれて、自らのアイデンティティーへ根ざしたフランス音楽というものが発揚してきたのはずっと後になってだったため、そういう意味ではロシアにも似ている。

 フランス音楽の復権と新興をめざす作曲家たちは、しかし、同時によくドイツ音楽を勉強した。フワフワしたようなフランスものの根っこにある、ドイツ式の堅牢な構築性を見逃してはならない。

 ドビュッシーの「海」なんか、だから、意外とドイツ指揮者系のゴッツイ演奏を、生粋の(昔の)フランス人指揮者がやって、いわゆる(俗に云う)印象主義的なムニャムニャしたエッチクサイ演奏は、アメリカ人だったりなんだったりしている。どちらを好むかはまた別の問題でしょう。

 そして、これまた意外と本来の意味での構成と形式の権化たる交響曲がたくさんあって、独自の進化を遂げ、面白いのも多い。 

ベルリオーズ サン=サーンス ショソン マニャール イベール プーランク デュティユー
フランク ビゼー ロパルツ ルーセル オネゲル ジョリヴェ  
ラロ ダンディ デュカ シュミット,フロラン ミヨー メシアン  

イギリス系

 イギリスの交響曲といやあ、なんてったってエルガーでしょうねえ。

 この人のシンフォニーは昔からドイツとかでも評価が高かったとのことだが、確かに、かなりカタイ。カタイです。構成的です。ブラームスチックです。ヴォーンウィリアムスという人物も、イギリスを代表するシンフォニストとして高名です。これも、描写的な音楽もあるが、やはり書法がカタイ。

 この人たちはイギリス人に云わせると、とてもイギリス的だがそれはしかし、同時にとてもイングランド的である、となるらしい。

 意味が分からなかったのだが、バントックとかバックスとか、同時代の人のシンフォニーを聴くと、なんとなく分かる。それらは(云うなれば)とてもスコットランド的。

 イギリスったって、狭いようで実は広いんだよということか。なんたって「連合王国」ですからねえ!

エルガー ホルスト ブリテン ポッター
バントック バックス ラップラ グレグソン 
ヴォーンウィリアムズ ウォルトン アーノルド  

アメリカ
  
 アメリカ人のシンフォニーで真にアメリカくさいのは、バーンスタインとアイヴズぐらいか。そこらへんは移民の国の悲しさか。自己の音楽的アイディンティティーを求めるときに、自分や先祖の故国の音楽というものを探してしまう。むかしはそれでマルチヌーとかドボルザークとか、いまだったらホヴァネス? 良かったですが、そうなるともうアメリカものではないと思いますし、移民も2世3世になると、なにをして良いものやら。その意味で、真にアメリカンなのはアイヴズでしょう。マーラーも褒めたという3番なんか、いいものです。

 もっと若い世代になると、アメリカを意識するよりもっといわゆる世界グローバル化的な意識の元に創られている(私に云わせれば)つまらないものになっています。けっこう量もあるし。聴ききれんです。アメちゃんの作曲家、20世紀からこちら、意外と交響曲を量産している。何曲か試して、気に入ったら追求してみるのも、良いでしょう。私にとってそれは日本人作家なのですが。

 南アメリカの作曲家も、チャベスとかヴィラ=ロボスとか、注目すべきものがあります。交響曲以外ではヒナステラにレブエルタスも。

アイヴズ バーバー リード コリリアーノ ダウニング ヴィラ=ロボス
ハンソン W.シューマン ベンソン マスランカ ティケリ チャベス
コープランド バーンスタイン チャンス バーンズ マッキー  イバーラ

その他

 その他っていうのは、これら以外の国の人。または亡命その他で出国した人。ストラヴィンスキーは何国人でもありませんよあの人は。まったく。

ストラヴィンスキー(ロシア〜フランス〜アメリカ)
シェーンベルク(オーストリア〜アメリカ)
ワイル(ドイツ〜アメリカ)
ワルター(オーストリア〜アメリカ)
コルンゴルト(チェコ〜アメリカ)
フサ(チェコ〜アメリカ)
譚盾 タン・ドゥン(中国〜アメリカ)
レスピーギ(イタリア)
マルトゥッチ(イタリア)
カゼッラ(イタリア)
チェザリーニ(イタリア)
マルタン(スイス)
丁善徳 ディン・シャンデ(中国)
デメイ(オランダ)
コミタス(オランダ)
レイエラント(ベルギー)
尹伊桑 ユン・イサン(韓国〜旧西ドイツ)
プリエト(スペイン〜メキシコ)
パヌフニク(ポーランド〜イギリス)
カンチェリ(グルジア〜オランダ)
エネスコ(ルーマニア〜フランス)
マルチヌー(チェコ〜フランス〜アメリカ〜スイス)

日本人

 フランスやイギリスやロシアやフィンランドがクラシック音楽の第三国なら、日本なんてのは地球の裏側ですよ。いったいどうすりゃいいの?

 近衛秀麿なんかのおかげで、指揮者や演奏家としての地位は、早くから意外と高かったように思いますが、作曲家はなあ。ロシアものやフランスものと同じく日本ものが、世界市場で普通にレパートリーとして通用する日は、まだまだ遠い。というか本当に来るのだろうか。やっとタケミツじゃねえ……。

 日本人なら好き嫌いは別にして、話のネタとしても邦人は最低限でも聴いておくべきだとは、常々思うのだが。
 
 自分の国の作曲家ですよ。
 
 さて、日本産の交響曲は、マジメな曲ばかりです。アメリカ産よりずっとマジメです。日本人だからマジメなのかマジメだから日本人なのかはわかりません。

 日本人が(いまさら)交響曲をどのように書けば良いのか。民族主義か。厳格なドイツスタイルの継承か。フランスのパクリか。それらをふまえ、まったく新しい日本人による日本人にしか発想しえない音楽形式か。(1元ソナタ形式とか)それ以前に(いまさら)交響曲なんて本当に書かなきゃならないのか。交響曲と作家が名付けりゃそれは交響曲なのか。
 
 その努力と創意工夫と苦悩のすばらしい産物を味わえる幸福。日本人の交響曲。もっともっと聴きたいです!

〜1910 1911〜 1921〜 1931〜 1941〜 1951〜 1961〜 1971〜 1981〜
山田耕筰
菅原明朗
宮原禎次
大木正夫
諸井三郎
橋本國彦
金井喜久子
大澤壽人
貴志康一
安部幸明
尾高尚忠
伊福部昭
早坂文雄
石桁真礼生
小倉朗
柴田南雄
大栗裕
入野義朗
塚原哲夫
別宮貞雄
松下眞一
團伊玖磨

芥川也寸志
小川寛興
山内正
矢代秋雄
宍戸睦郎
松村禎三
黛敏郎
石井歓
三木稔
外山雄三
林光
すぎやまこういち
冨田勲
有馬礼子
一柳慧
原博
水野修孝
南弘明
兼田敏
保科洋
佐藤眞
野田暉行
肥後一郎
池辺晋一郎
新実徳英
多田栄一
藤掛廣幸
中村滋延

高橋裕
西村朗
吉松隆
野沢秀通
細川俊夫
天野正道
山本純ノ介
伊藤康英
千住明
大島ミチル
佐村河内守(新垣隆)
栗山和樹
長生淳
新垣隆

関泰久
岸田繁
菅野祐悟
清水大輔
木山光
稲熊匠

参考 邦人作家録音希望コーナー!!
    日本人のチェロ協奏曲
    20世紀の交響曲作家ベスト5&日本人の交響曲作家ベスト5
    これだけは残したい日本の交響曲10曲!


※いちおう、各地域別ジャンルに1人以上ずつページをたちあげた時点からスタートします。あとは、おいおい、補充していきたいと思います。しかし、こりゃけっこう途方もないハナシだぞ。名前あげたはいいが、まだ聴いていな人もじつはいますし……(笑)

 自分でも楽しみながら増やしていきたいと思います。

 

前のページ

表紙へ