木山 光(1983- )
木山はオランダあたりで高く評価されている日本の若手作曲家で、ブーレーズ、クセナキス、シュトックハウゼン等の響きを継承する「非常に分かりやすい無調としての無調」を21世紀に鳴らし続ける。その響きはいかにも日本的な精神的狭窄としての空間と静寂を弄ぶものではなく、あくまでアグレッシヴでマッチョ。作曲のための作曲、知識のための作曲のような理論的なものという印象は無く(そのように作曲しているのかもしれないが)本能と生命力が激しく燃え盛りながら聴く者の心と耳を攻撃する。前衛というよりただただ先鋭。
今後、もはや古典的なまでに形而上アヴァンギャルドな響きが今後どこまで変質するのか、いつまでもこのままなのか、若いだけに興味深い。
まだCDには恵まれていないが、You Tube などに個人演奏が上がっているからその「騒音楽」「狂騒楽」とでもいえる独特の世界を垣間見える。(検索は Hikaru
Kiyama とアルファベットですると良い。)
さて、2009年、奏楽堂演奏会シリーズで吹奏楽ファン、邦人ファンに評判の高いリベラ・ウィンドオーケストラの演奏会に木山の委嘱新作が出た。それが数分の小曲ながらシンフォニーというのだからうれしびっくりである。
Black Symphony(2008)
残念ながら収録された初演の模様のCDでは収録時間の関係で作者による5分ほどのカット版なのだそうだが……どこをどうカットしたのやら(^^; (最後の方?)
騒音を追求する木山が吹奏楽のために書き下ろしたもので、主要主題は晩夏に狂った死にかけのセミみたいである。今のところ唯一のCD演奏がちょっとパワー不足な感があって魅力を充分に伝えていないのだが、とにかく強烈なリズムと単音が聴く者を叩きつける。管楽器と打楽器が強力に、強烈に疾走するのだが、スマートさの欠片も無くまったく戦車が最高速度で建物を破壊しながら進んで行く。
その中からベルリオーズの幻想交響曲の5楽章のように低音がテーマを奏する。
冒頭の主題が再び鳴って、木管による鋭い導きの後、調性でカッコイイテーマが繰り返される。ここは中間部だろうが、なかなか聴かせる。
それから曲はめぐるましく展開して行く。楽想が交錯し、複雑だがブロック構造で難解な物ではない。
冒頭の狂ったセミが回帰して、唐突に終息する。(たぶんここでカット)
全曲版を激しく聴きたい。初演の模様のCDには他にどうでもいいような曲がある事を思うと、とても残念である。またこれは他の木山の室内楽の作品に比べると非常に聴きやすく、むしろネオロマン風の曲に近いので、いかにもゲンダイ調のものに辟易している人にもお勧めできる。
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