松村禎三(1929−2007)
池内友次郎や伊福部昭の弟子には、横綱級の作曲家が非常に多い。松村もその内の重要な1人だ。彼らに特徴なのは、特に伊福部の影響からか、まず頑に自己のスタイルを変えない。世界的な時代の流行とかなんだとかはおそらく眼中にない。己の信念のみを芸術の源としている。そこがまずイカス。
次に、非常に寡作家。勢いと才能にまかせてホイホイと作曲するようなはしたないマネは断じてせぬ。そこもまたイカス。
松村の音楽は、特に純然たるセリー技法ではないと思われるが、無調のような様式ではある。しかし、メロディアスな部分が無いわけではない。どちらかというと調性音楽の部類に入ると思う。一貫して耳をおおうのは、内在するエネルギーがいまにもこぼれてきそうな程の密度の濃さと、それを推進する強力なエンジンの馬力。そしていつでもシリアスな、内面に苦悩する人間の姿をそのままさらけ出したような、真に暗黒の美しい音響が最大の魅力で、それは室内楽でも管弦楽でも、大差は無い。
交響曲は現在2曲あり、1965年の交響曲と1998年の第2交響曲。
2007/8/6 伊福部先生の後を追うようにして、お亡くなりになった。
交響曲(第1番)(1965)
松村36歳の作で、初期の大作であるばかりでなく……松村の作品は全てが「大作」といえるが……いまでも代表作といえるだろう。3楽章からなる、まさに有機的な生命エネルギーが爆発するおそるべき音楽で、ここでいう生命エネルギーとは明るい響きの生命讃歌ではなく、むしろ暗く地の底から何者かが無数に発生してくるような、無数の魂魄が群体をもって一個の生命として動いているような、もっともっと、ある種の一心不乱さとおぞましさと美しさと破壊が同居した、まったく独特のものだ。
我々は、その地震のような音楽が終わったとき、瓦礫の山より、芽吹く新しい命を観ることになる。アスファルトを割って出現する芽のように。
交響曲は3楽章制で、アンダンテ、アダージョ、アレグロという古典的な形式ではあるが、中身はそうではない。1楽章は松村お得意の打楽器群による執拗なオスティナートで、それを中心軸とするABA形式の音響楽章。冒頭より火山の噴火。もしくは天地開闢の大音響。その衝撃さめやらぬまま、悠久の進化の歴史をたどるように、各種の楽器が複雑に絡み合ってゆく。解説には細胞が分割するように音楽が微細に分割してゆくとあるが、云い得て妙。作者がいうには、これはアジア的発想であり、非ヨーロッパ語族の文化圏の中に脈々と受け継がれている、一種の宗教的行事のトランス状態が、音楽化されている!
中間部のバイオリンによる緊張感ある旋律から、また音楽は増殖を始める。
2楽章はそのまま幽体離脱でもしたような、一転して静謐なもの。ここにも、無音を神聖化した武満にも通じる、神道や禅のような、静寂を美とする精神がある。アダージョだが、時間配分的には最も短く4分ほどしかない。、しかしだんだんと緊張してきて、ついに破裂すると、アタッカで3楽章。
3楽章において、打楽器に導かれて再び増殖をはじめる音楽。これはいったん進行を止めた癌細胞や猛悪ウィルスが再び活動しだしたような衝撃がある。
そして膨大な打楽器群がついにエンジン始動! 全管弦楽が凄まじい迫力で前進する。静と道が複雑に入れ代わり、ざわざわと静まり、ガタガタと騒ぎ立てる。これは本能の音楽なのかもしれない。
最後に、次第に鎮まってゆき、荒ぶる神は再び眠りに就く。しかし、それは「終わり」ではないのだろう。
第2交響曲(1998/1999/2006)
儚く優しい、武満をも想起させるファンファーレより2番は始まる。ひっそりとピアノが奏でられ、またファンファーレ。緊張感があり、張りつめたように深刻な趣。静謐としか云いようのない響きが続く。悲しみの音楽である。荒ぶる魂は、流石に老年と病と戦う松村の心より、粗暴さを奪われたかのような印象すら与える。ただ、最後は光り輝き、燦然とした希望を浮かび上がらせる。その後のピアノ独奏は、やはり切なく美しい。発想表記は無いようだが、全体にアダージョ〜アレグロ〜アダージョであろう。
2楽章も規模が大きい。ここもアダージョ〜レント楽章に思える。ピアノ独奏が変わらずひたひたと聴く者の心に浸透してくる。いや、染み入ってくる。ピアノは旋律としては西洋音楽的ではないが、和音としてはまったく西洋の音を奏で続ける。司伴楽ふうのオーケストラは、軋みを主張してはいるが。分厚い雄叫び、嘆きがクライマックスを作る。1楽章と同じくピアノのソロに戻り、フルートのソロが締める。
1楽章、2楽章とも9分ほどだが、3楽章は3分という短さ。冒頭の金管の音形そのままに木管のファンファーレで始まり、けっこう明るく開放的な響きを持つ。内容としては完全にフィナーレを担うが、如何せん短すぎてしり切れとんぼだ。構成としては失敗している。が、松村が何を狙ったのか。2楽章のコーダか。全体のエピローグか。分からない。ファンファーレ、ピアノソロから1番の3楽章のようなアジア的雰囲気で一気に盛り上がって、アレグロとなり、怒濤の音響的奔流が聴く者を襲う。が、その頂点で主題のファンファーレが高らかに鳴ったと思うと、もうけっこうと云わんばかりにそのままストン! と終わってしまう。
せめてあと2分。このあっけなさは、逆に衝撃だ。その意味で、ここに来てアヴァンギャルド健在である。
2番はピアノ協奏曲風の外観、松村にしては大胆な調性回帰、そして短すぎる3楽章によるバランスの悪さ、などにより、初演はあまり評判が良くなかったようだ。松村はそれを気にして、すぐさま改訂している。私は2006改訂版の録音のみで、初演も1999改訂版も知らないので、なんとも云えないが、弟子の吉松隆も初演を聴いて戸惑い、師に「声をかけられなかった」そうである。ちなみに彼はオペラ「沈黙」にも疑問を持っている。彼にとって、初期のアジア的な反西洋主義のような松村が、晩年になりキリスト教的な調和の世界に至ったのは、どうも解せなく、かつ許せなかったようだ。
最晩年の松村の心境を味わう、静謐かつ芯の強い抽象的な作品といえる。いや……むしろこの短すぎる3楽章は、全体のコーダと考えると、そう悪くもない。つまり、たまたま3つに区切られているが、これを彼の「オーケストラのための前奏曲」と同じく単一楽章の交響曲と考えると、ちょうど良いコーダにはなりはしまいか。
オマケ
松村禎三 ディスコグラフィー
(ディスク別になっています。ライヴ録音は曲名の後ろに L がついてます。数字は録音年代です。
評価は★=死亡 ★★=ダメ ★★★=普通 ★★★★=スゴイ ★★★★★=超スゴイ ☆=気絶 です。)
岩城宏之/NHK交響楽団 | オーケストラのための「前奏曲」 L1970 | デンオン | COCO78443 | ★★★★★ |
山田一男/東京都交響楽団/野島稔Pf | ピアノ協奏曲第1番 | ビクター | VICC23018 | ★★★★★ |
外山雄三/東京都交響楽団/野島稔Pf | ピアノ協奏曲第2番 | ★★★★★ | ||
若杉弘/読売日本交響楽団 | 交響曲 | ビクター | VICC23017 | ★★★★★ |
管弦楽のための前奏曲 | ★★★★★ | |||
田中信昭/東京混声合唱団 他 | 暁の讃歌 | ビクター | VZCC48 | ★★★★★ |
岩城宏之/東京都交響楽団/野島稔Pf | 管弦楽のための前奏曲 L1992 | カメラータ | 30CM261 | ★★★★★ |
ピアノ協奏曲第2番 L1992 | ★★★★★ | |||
交響曲 L1992 | ★★★★★ | |||
沢井忠夫(箏)吉村七重(箏)他 | 詩曲1番〜尺八と箏のための | カメラータ | 30CM428 | ★★★★ |
詩曲2番〜尺八のための | ★★★★ | |||
篠笛と琵琶のための詩曲 | ★★★★ | |||
幻想曲〜箏のための | ★★★★ | |||
祈祷歌〜17弦箏のための | ★★★★ | |||
ラヴェル・カルテット 他 | 弦楽四重奏とピアノのための音楽 L1996 | カメラータ | 29CM617 | ★★★★ |
アプサラスの庭 | ★★★★★ | |||
ピアノ三重奏曲 | ★★★★ | |||
弦楽四重奏曲 L1999 | ★★★★ | |||
藍川由美Sp 松村禎三Pf 吉原すみれPerc 他 | 「阿知女」〜ソプラノ、打楽器と11人の奏者のための L1991 | カメラータ | CMCD28031 | ★★★★★ |
ギリシャによせる2つの子守歌 | ★★★★★ | |||
軽太子のうたえる2つの歌 | ★★★★ | |||
歌曲集「貧しき信徒」 | ★★★★★ | |||
巡礼−ピアノのためのI,II | ★★★★ | |||
下野達也/東京都交響楽団/野平一郎Pf | ピアノ協奏曲第1番 L2007 | カメラータ | CMCD-25036 | ★★★★★ |
外山雄三/NHK交響楽団/上村昇Vc | チェロ協奏曲 L1987 | ★★★★★ | ||
外山雄三/NHK交響楽団/上村昇Vc | チェロ協奏曲 L1987 | カメラータ | 30CM87 | ★★★★★ |
沢井忠夫(箏) | 幻想曲 | カメラータ | 30CM92 | ★★★★ |
東京コンサーツ 他 | 「深い河」サントラ | カメラータ | 25CM362 | ★★★★ |
東京コンサーツ | 「海は見ていた」サントラ | カメラータ | CMCD-25001 | ★★★★★ |
若杉弘/新星日本交響楽団 他 | オペラ「沈黙」 L1993 | カメラータ | CMCD-500009-10 | ★★★★ |
詳細不明 | 映画音楽集 朝やけの詩 地の群れ 忍ぶ川 とべない沈黙 キューバの恋人 わが愛・北海道 祭りの準備 ぼくのなかの夜と朝 ラス・メニナス 道成寺 月山 暗室 息子 ダウンタウン・ヒーローズ 深い河 千利休本覺坊遺文 浪人街 TOMORROW明日 |
ポリスター | PSCR5876 | ★★★★★ |
荒谷俊治/日本フィルハーモニー室内楽団 | クリプトガム | キングレコード | KICC2012 | ★★★★ |
岩城宏之/NHK交響楽団 | オーケストラのための「前奏曲」 L1979 | キングレコード | KICC2014 | ★★★★★ |
森正/NHK交響楽団 | オーケストラのための「前奏曲」 | キングレコード | KICC3024 | ★★★★★ |
尾高忠明/読売日本交響楽団/野島稔Pf | ピアノ協奏曲第2番 | ASV | CD DCA1021 | ★★★★ |
石井真木/新星日本交響楽団 | Homage to Akira IFUKUBE L1988 | 東芝EMI | LD32-5077 | ★★★★★ |
松村禎三/新星日本交響楽団 | Homage to Akira IFUKUBE L1991 | 東芝EMI | TYCY-5217-18 | ★★★★★ |
岩城宏之/オーケストラアンサンブル金沢 | ゲッセマネの夜に(初演版) L2002 | ワーナー | WPCS11880 | ★★★★ |
長野裕之/池野成メモリアルオーケストラ | ゲッセマネの夜に より(追悼による一部演奏) L2006 | Sowbun record | SOWE1003 | ★★半 |
湯浅卓雄/アイルランド国立交響楽団/神谷郁代Pf | 第1交響曲 | ナクソス | 8.570337J | ★★★★半 |
第2交響曲 | ★★★★半 | |||
ゲッセマネの夜に(2005改訂版) | ★★★★★ | |||
室内楽´70 | アプサラスの庭 | BMG(TOWER RECORDS) | TWCL3028 | ★★★★★ |
若杉弘/読売日本交響楽団 | 飛天(アプサラス) | BMG(TOWER RECORDS) | NCS589-590 | ★★★★★ |
祖霊祈祷 | ★★★★★ | |||
青木静夫(尺八)野坂恵子(箏) | 詩曲(1番〜尺八と箏のための) | ★★★★ | ||
若杉弘/読売日本交響楽団 | 交響曲 | ★★★★★ | ||
管弦楽のための前奏曲 | ★★★★★ | |||
坪田昭三Pf 巌本真理弦楽四重奏団 | 弦楽四重奏とピアノのための音楽 | ★★★★ | ||
小泉浩Fl 小林健次Vn 一柳慧Pf | アプサラスの庭 | ★★★★ | ||
遠藤郁子Pf | ギリシャによせる2つの子守歌 | ★★★★★ | ||
田中信昭/常森寿子Sop他 | 「阿知女」〜ソプラノ、打楽器と11人の奏者のための | ★★★★ | ||
福田滋/リベラ・ウィンドシンフォニー | 交響曲より第3楽章(吹奏楽編曲:宗形義浩) L2008 | THREE SHELLS | 3SCD-0008 | ★★★ |
齊藤一郎/セントラル愛知交響楽団 | ゲッセマネの夜に L2012 | THREE SHELLS | 3SCD-0013 | ★★★★ |