小川寛興(1925-2017)


 日本のクラシック事情に詳しい人でも、この小川寛興なる作曲家は耳慣れないのではないだろうか。それもそのはず、この人はどちらかというとポピュラー畑の作家であり、代表作はと言われれば、月光仮面のテーマ(月光仮面は誰でしょう)を挙げる事ができる。

 他にちょいと調べてみたところ、わたしが名前だけでもよく知っているものでは、仮面の忍者赤影、隠密剣士の歌、怪傑ハリマオの歌、なんともマニアックなテレビ実写版忍者ハットリくん(1966)の音楽、などがある。あと、映画、劇、ラジオ、等で幅広く活躍しているようだ。

 またNHKのみんなの歌にも、すごい数の歌がある。アルプス一万尺や線路は続くよどこまでもの編曲もしている。みんなの歌にはアッと驚くクラシックの音楽家の名前がけっこうあるので、興味のある方はチェックしてみると面白い。
    
 日本歌謡芸術協会の名誉会長、日本作曲家協会の幹事等を歴任していたが、2017年7月に亡くなった。
 
 そんな小川であるが、いわゆるクラシック音楽にも、何曲かあって、CDの解説によると、交響組曲「カラーによる幻想」バレー音楽「砂の城」がある。
 
 そして、1968年・昭和43年に、明治100年を記念して、ビクターより委嘱を受け、交響曲「日本の城」が作られた。


交響曲「日本の城」(1968)  

 当時発売されたLPの復刻CDが1998年に発売されたのだけれど、再販も2000年までだし、たぶんいまはオークションか中古屋以外では入手は難しいと思われる。

 作曲当時の68年などというと、日本楽壇はセリー主義の嵐!! その中にあり、ビクターがあえてポピュラー畑の小川にたのんだという事は、そういう作品ではなく、調性のハッキリした、かつ、日本独特の伝統を形にしたようなもの、ということだった。

 小川とビクターのプロデューサーが考えたのは、邦楽器を動員した、日本独特の城の情景を音楽化できないかということだった。そして、当曲「日本の城」においては、2管オーケストラのバックにアジアン・オーケストラも真っ青の邦楽器軍団が陣どる事となった。ちなみにそれを統率したのは若き日の外山雄三。だから指揮はもうバッチリ。

 動員された邦楽器は

 龍笛 7(独奏1 合奏6)
 雅楽琵琶 1
 薩摩琵琶 1
 尺八 1
 箏 2
 十七弦箏 1
 小鼓 1
 大鼓 1
 ほら貝(!) 1
 胡弓 1
 
 と、すごいことになっている。ついでに合唱も入る。各楽章には副題がついている。
 
 1楽章 築城 
 2楽章 天守の城
 3楽章 戦いの城
 4楽章 炎の城
 5楽章 不滅の城

 これらは具体的な描写音楽であるが、各主題がソナタ形式によって発展するといったような純音楽的な構造も使われている。

 雅楽以外の邦楽器においては、数種類の楽器を合わせて楽団を組む事を前提としていないので、合わせたときに音のゆがみが甚だしい。また、邦楽器で西洋音符を弾くと、それだけで無理な音階によるゆがみが生じる。それらを調節するのも骨がおれるだろうが、オーケストラと組ませるのはさらに難しい。たいてい、邦楽とオーケストラというと、協奏曲形式になるのがオチなのはそのためだ。ここでも各楽章で、それぞれ1楽章=箏 2楽章=尺八 3楽章=龍笛 4楽章=琵琶・胡弓 が、協奏的な扱いをされる。

 そんなわけで、人によってはゲラゲラ笑ってしまうかもしれないほどに、見事なまでに「時代劇」なのだなあ!
 
 1楽章は龍笛の幽玄なソロからはじまるが、すぐに管弦楽がアレグロで活劇のテーマみたいな部分を奏し、箏がカデンツァを弾く。妙に浮かれた気分が、バカ殿みたいだよ。

 2楽章はアレグロに続きアダージョ楽章であり、マリンバに導かれた尺八が深淵なソロを奏でる。天守への祈りだそうだ。なんか妙に、導入とか伴奏に当時の前衛っぽい響きがあって、なんか時代に少しは合わせてあるのだなあ、と感じ入る。

 3楽章はモロ、戦国絵巻ですよ。大河ドラマですよ。そのまんまです。4/6によるヴィバーチェで、2つの主題が互いに寄せては引き、引いては寄せの攻防を繰り広げる。そして、笑ってはいけないのだが、もう、鼓が ポンポコポンポン! 法螺貝が ぶお〜〜ッ ぶお〜〜ッ! っていう様には、腰が砕けます。

 また、龍笛のアンサンブルは自然に音がみよーんってうわずって、不気味。
 
 4楽章は落城の憂き目にあった悲哀さ、儚さを書く。築城にあれだけの費用と歳月をかけた城が、炎へくるまれ、滅ぶときは一瞬。昔の日本人は、滅ぶ事によって人々の心へ永遠に残るという崇高な思考があったのかもしれない。ということを現しているそうです。話と胡弓の音色が、そういう悲哀さによくマッチしているなあ。合唱も入って、映画音楽です。
 
 5楽章はそうして現代へ残った名城が、さらに未来へ向けて永遠に残る事を願った、全オーケストラ、邦楽器、合唱が展開する壮大華麗な終楽章。ラストは、龍笛のソロがまた回帰して、深淵に終わります。
 
 あー、すごい。すごい交響曲です。デッカとかがライセンス生産して、国外でもけっこう売れたそうですよ。

 それは、当時の外国の聴衆が日本のクラシックに求めていたものは、単なる伝統音楽でも前衛音楽でもない、日本の美しい和声と旋律に彩られたものであったことと関係しており、小川も、その話を聞いて、自分の考えと同じだったので、揚々と作曲したそうです。


 編成が編成だけに、再演や新録はされないだろう。YouTubeに音源をアップしたので、興味のある人は耳にしていただきたい。

 1楽章「築城」
 2楽章「天守の城」
 3楽章「戦いの城」
 4楽章「炎の城」
 5楽章「不滅の城」







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