荻久保和明(1953− )
サイトのDMで匿名氏よりご紹介いただいた。荻久保は、合唱で高名な作曲家である。東京藝術大学及び同大学院の作曲科を経て、1976年に「2つのオーケストラのためのレインダンス」において第45回毎日音楽コンクール作曲部門1位を受賞している。その後は合唱指揮者、また教育者としても活躍。作品は、とうぜん合唱曲や歌曲の比重が多い。
その荻久保が、交響曲を1曲作曲している。
交響曲(1982)
紹介者によるとN響委嘱であるという。1楽章制で、演奏時間は30分少々。
警鐘を思わせるホルンの鋭く連続したパッセージから、アレグロで曲は始まる。弦楽の刻みにホルンと木管が不規則に合いの手を入れてゆく。無調だが調性感を残している。パッセージはトランペットなどに受け継がれ、弦楽や木管は背後でのうねりへ変化する。
とたん、第2主題めいた木管のパッセーがそれへ取って代わり、テンポは変わらないが、曲調が変化する。やがてまた音調が代わり、パッセージは金管へも浸食してゆく。激しい金管のつんざきに弦楽と木管が応え、オスティナートでパッセージが増殖してゆく。ホルンのパッセージが大きくなって、場を支配してゆくが、トランペットがそれを奪ったり、木管が奪ったりと次から次へと音色が移ろい、飽きさせない。しかしテンポは激しいアレグロのままで変わらない。
やがてティンパニも登場し、ようやくテンポが落ちてアンダンテとなる。1楽章制とのことだが、ゲネラルパウゼが入るので第2楽章といっても良い。ここから一気に「春の祭典」っぽくなる。木管の茫洋とした響きが延々と無機的に続き、沼地を彷徨うような弦楽や、低音の木管の動きもまさにハルサイだ。これは、とうぜん狙ってやっていると考えられる。サックスも恐らく入っている。
その揺らぎ空間めいた世界が、唐突に突破される。テンポが上がって、弦楽とトロンボーンの不思議な掛け合い。ホルンとトランペットも異なる無調旋律を同時に吹き鳴らし、様々な音響がカオス的に広がってゆくが、調性的な響きが残る。
それと、アンダンテとが交錯してゆく。弦楽はバッハめいた旋律の断片も奏ではじめる。そしてドラの無常な一撃から、またアレグロとなる。弦楽の不気味なピチカートに、それへ合わせたゴリゴリとした不気味なパッセージが連続して起こり、ピアノも極低音を効果音めいて鳴らす。ざわざわとした高弦、ザムザムとした低弦。パッセージはまたもハルサイっぽい部分を奏で、テンポが少し上がってギアをチェンジし、盛り上がって、突き進んでゆく。緊迫感はいや増し、ホルンは吼え、バスドラも砲撃めいて叩かれ、ショスタコーヴィチにも通ずる行進はさらに集中力を増す。
そこへまたもハルサイ風アンダンテ。そしてまたも進撃開始。各種のパッセージが重なって音響的カオスを作ってゆくが、頂点を迎えず、次から次へと新しい動機が出現してくる。テンポが落ちてからは、オーボエとシロフォン、さらにはそれを派生させたチンドン屋めいた世界まで登場する。そしてお次は打楽器ソリによる原始的な世界が登場。ここから、原始主義が繰り広げられる。
打楽器ズンドコにホルン、トランペット、オーボエがシャーマンの祈りのような不思議なパッセージを鳴らし続け、一気に調性感が強くなる。ここらの打楽器の響きは、池野成も想起させる。打楽器ソリがまた登場し、ピッコロの警鐘から嵐となる。一定のリズムの上でオーケストラの様々な楽器が音色旋律を奏で続ける。打楽器ソリは執拗にパッセージの合間に鳴り響き、次第に興奮してゆく。まさにトランス状態へ向かってゆく祭典の響きだ。ただしこっちはジャングルだが。
その頂点で響きがかき消え、ホルンの叫びが残って、弦楽がゆったりとした旋律を奏でて、初めて完全な調性となる。クラリネットが動機を再現して、様々な楽器でそれをエコーしているうちに、そこへ打楽器がリズムを戻す。弦楽が夜の主題を引き継いで、打楽器のリズムに乗ってしばし歌う。そして最後も、ハルサイ風に終わる。
現代的な響きの中にも原始主義的なイディオムが心地よく混じっており、面白みをくわえている。これは、作者の合唱においての「縄文」シリーズにも通じている。
荻久保は、合唱曲であればYouTubeに動画がけっこうあるのでチェックしてみていただきたい。
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