石井 歓(1921−2009)

 
 伊福部昭が尊敬した舞踊家、石井漠の長男で、伊福部の弟子の石井真木は実弟であるが、本人は特に伊福部と接点があるわけではないようである。中学のときには既に呉泰次郎に師事し、武蔵野音大でピアノを修めた後、池内友次郎に師事。尾高尚忠には指揮を習い、戦後、西ドイツに留学して、カール・オルフに決定的な影響を受けている。

 全体では合唱曲が多いが、室内楽、管絃楽曲、そして吹奏楽にも作品がある。明朗快活な音楽は特にオルフの影響が強い。

 そして、交響曲が1曲ある。


シンフォニア・アイヌ(1959)

 解説によると、元は交響的組曲「アイヌによせて」という一種の組曲もののカンタータだったが、翌年、若干の手を入れて、交響曲として発表した。3楽章制で、1、2楽章はオーケストラのみ、3楽章に、オーケストラに合唱とソプラノ独唱が加わる。全体で20分ほどの短い曲。

 もともと組曲だっただけあって、形式は自由(だいたい単純な三部形式)で、特にソナタ形式というものでも無い。オルフ流に、ほとんど主題展開も無く、ひたすら単旋律がパワフルに鳴り続ける。

 レント−アニマートの第1楽章。ピアノの強打と共に重々しく和音が低音で鳴り、それが序奏となって、休止を一拍置いて、やおらアレグロで明朗かつ緊迫感のある旋律がオスティナートで現れる。対旋律っぽいものも現れるが、一瞬で、主旋律はその後、絃楽でおもむろに登場する。中間部はその派生のアンダンテ。絃楽と金管のかけあいで、ここはユーモラスな音楽が楽しい。打楽器も活躍する。唐突に第1部分に戻って心地よいアレグロになる。

 特にアイヌの音楽的語法がどうのではないと思われるが、執拗な繰り返しはアイヌの音楽の特徴なので、そういうのを書法として採用しているのだろう。

 ソステヌートの第2楽章は、本来ならば緩徐楽章であろうが、あまり速度としては遅くない。とはいっても、両端楽章に比べたら充分に緩徐楽章であり、一定のリズムパターンの伴奏に乗って木管や絃楽がこれも牧歌的な旋律を繰り返して行く。主題AとBが現れるが、伴奏のリズムが同じなので、際立った変化には聴こえない。アイヌにおいては、この繰り返し(繰り返すこと)そのものにこそ意味があると、伊福部は自分の音楽でも実践しており、共通するものがあると思う。

 最も演奏時間の長い第3楽章は純然たるアレグロだが、前半はレント。1楽章に似た序奏の後、ソプラノ独唱がここは無調っぽいヴォカリーズから「ヤイシャマネナ」を歌う。伊福部にも同じヤイシャマネナをあつかった歌曲があるが、まるで異なるアプローチで、それも面白い。「ヤイシャマネナ」を何度か繰り返した後、そろそろと合唱がヴォカリーズで入ってくる。合唱も一定の旋律を延々と繰り返す。ここはまるで風の唸り声だが、やがてアイヌ語で歌い始める。

 そして、やおら、アレグロに突入。男声と女声が呪文かお経のように同じ旋律でアイヌ語を繰り返して行く。この倒錯感と高揚は、まさにトランス状態で躍り狂うアイヌの儀式。変拍子を加えて、金管が颯爽と変則旋律を吹きまくり、絃楽がそれを補佐して、かなりかっこいい。

 そこに合唱が加わって大いに盛り上がって、なんという超オルフ(笑)

 経過部も何も無くいきなりスイッチが切りかわってコーダになり、終結。




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