小杉太一郎(1927−1976)


 東京音楽学校における池内、伊福部門下の1人、小杉太一郎は肝癌で早世(享年49)したためもあって、あまり作品数が多くなく、長くサントラ作品しか残されていないとされていたが、後年、関係者により遺品を整理したらこれまで忘れられていた、あるいは棺に入れられて一緒に燃やされたとすら云われてずっと行方不明だった純音楽の楽譜が多数見つかって、一部が復刻録音された。

 その中に幻とされていた交響曲のスコアもあった。


交響楽(1953)

 小杉がデビュー間もないころに書かれた大作で、カンタータを含めた自身のコンサート作品でも最大規模のもの。また純粋音楽として書かれた唯一のオーケストラ作品とのことである。

 3管編成にハープ2台、3楽章制で演奏時間は約35分。発見されたスコアは表紙が失われており、なんという作品なのか楽譜を発見した関係者で同定を進めていたが、最終項の作者による完成年月日【June 9.1953. Tokio Japan】の記載及び、作者死去に伴う葬儀における師・伊福部の弔辞内の「ブラジルのために『交響曲』を書き上げられましたが、その構成などについて語り合ったのも、つい昨日のようです。」の言葉などにより、作者唯一の「交響曲」であると断定された。

 しかし作品名にあっては、自身のカンタータ「大いなる故郷石巻」の初演プログラムにおける作者作成のプロフィールに「交響楽第1番」とあって、それからとって交響楽となった。

 この若書きというにはかなりしっかりしている「交響楽」は、小杉の父である俳優・映画監督の小杉勇が映画のロケでブラジルを訪れた際に、自分の息子が作曲家であると現地でふれ、ブラジルでの作品演奏を独断で決めて来たので作曲することになったというから面白い。師・伊福部にも似たような話があったのを思い出す。

 また通常小杉は作品の清書をペンで書いており、今回発見された楽譜は鉛筆書きのため、清書の写しであると考えられている。

 さらに今曲の特徴でもう1つ特筆すべきことは、先に作曲された「弦楽三重奏のための二つのレジェンド」という作品の第1楽章、第2楽章を改訂、オーケストレーションし、順序を入れ替えたものが今曲の1楽章と2楽章になっている。

 これら経緯他は、楽譜発見者(Salida)による研究報告を参照願いたい。特にレジェンドと交響楽はどちらも音源になっているので、聴き比べるのも面白い。

 「ブラジル連邦共和国による日本移民受け入れ60周年を祝う交響曲」である。

 1楽章アンダンテ。演奏時間は9分ほど。元は弦楽三重奏のための2つのレジェンドの第2楽章であり、それを拡大、オーケストラ化した。ゆったりとした序奏からアレグロへ到る。民族的な旋律が魅力的だが、あくまで民謡風であって、特定の民謡から引用はしていない。打楽器の彩りも日本的な色彩を醸しだす。冒頭の旋律を展開というより変奏ふうに扱って、音楽は進行する。テンポが落ちついても変奏は続く。伸びやかな金管やハープなども爽やかだ。弦楽三重奏には無い素晴らしい味わいが、小杉の伊福部直伝のオーケストレーションの確かさを伝えてくれる。後半は打楽器も盆踊り的なリズムを刻んで、日本風の世界を演出する。ストレートに喜びが伝わってくる良い音楽。

 2楽章レント。演奏時間が6分ほどと短いが、緩徐楽章の役割をになう。三部形式。ショスタコーヴィチ的ドラマの濃厚な冒頭からほぼ弦楽合奏で、2つのレジェンドの雰囲気を伝えてくる。やがて中間部に東北南部地方の子守歌の旋律が現れる。遠い異国の地より鄙びた世界を夢のように見て、やがて厳格な世界の冒頭へ戻る。

 3楽章アレグロ・コンブリオ〜ラルゴ・アッサイ。これは新曲。最も演奏時間が長く、15分ほどある。景気の良い序奏からパッパカ駆ける騎馬めいたまさに軽快なアレグロへ移り、ややしばし伊福部門下らしい旋律とリズムの面白さを全開にしたそのアレグロが続く。トロンボーンのグリッサンドも特徴的で、効果的。木管に旋律が移って、弦楽、金管と目まぐるしく移行しながら展開する。やがてテンポが落ちついて、ラルゴとなる。ピアノソロも現れ、オーボエなどが第2主題とも云えるしっとりとした和風旋律をオスティナートで奏ではじめる。このへんの技法も伊福部流と云えるだろう。トロンボーンのソロからさらに世界が広がり、楽想はたっぷりとした郷愁に満ちる。続いてトランペットソロが導きとなってファゴットソリが始まり、その旋律を弦楽が受けてかっぽれ的なアレグレットほどとなる。またもトロンボーンがグリッサンドで吼え、ハープの分散和音から一気にテンポが上がってアレグロへ戻る。ミュート付トランペットのソロを木管や弦楽が受け、オーケストラ全体が次第にテンポアップし、ヒートして行く。が、再び一気に静かになって、しっとりと郷愁に主題を味わう場面へ変化する。様々な楽器で主題を繰り返しながらしっとりとした場面は続き、主題のオスティナートがじわじわと盛り上がって、突然のゲネラルパウゼ。無音。そして……呆気なく夢が醒めたかのように、平和裡に終結する。





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