長生 淳(1964− )
         

 60年代生まれより、交響曲の項の日本人作曲家がガックリと減る。海外でも少ないだろうが、北欧あたりでは意外と書かれているのだが。

 また邦人でも、昔の人は20代でも平気で交響曲にチャレンジしているので、いまの日本の若い作曲家が、いかに交響曲というジャンルに魅力を感じていないかが如実に分かる。ファンに云わせてもらえば、現代だろうが古典だろうが、交響曲は、永遠に輝いている。挑戦のし甲斐あるジャンルであり、書かない手は無いと思う。たしかに、カネにはならんと思われるが。それとも交響曲という名前の持つプレッシャーに立ち向かうだけの度胸と能力が無いのか。しかし、この交響曲の項にもある通り、けっこう気楽に作曲しても悪くない音楽ジャンルだと思う。少なくとも、外国人より、日本人は交響曲というジャンルを良くも悪くも大マジメにとらえている。漢字の「交響曲」という字面が堅苦しくて悪いのかな? 私は凄い好きだけども。

 長生はゲームの「三国志IV」やアニメの「八雲立つ」、そして大河ドラマ「琉球の風」なども担当している。編曲も多く、和田薫のような活躍の仕方か。室内楽に純音楽も多く、けっこう楽譜も出版されている。

 長生の唯一の交響曲は、吹奏楽のためのものになる。このジャンルのものとしては30分に近い大作で、作家の力量が現れている。特にポリフォニックな書法とオーケストレーションはかの三善晃も褒めているもので、偶然の産物ではない。
 
 急−緩−急の伝統的な3楽章制で、各楽章と交響曲全体に作者の想う所があるようなので引用しつつ、紹介したい。なお、詳しくは資料が無いが、1996年前後の作曲のようだ。


交響曲(1996?)

 全体として作者が思い描いたのは「命の流れ」であるということだが、まあ大げさなものではなく、日常的な生活の中にもそれは息づいている、と解釈したい。各楽章とも、形式は自由なものであるようだ。
 
 1楽章、不協和音も伴いつつ、上昇系の激しい旋律が、創生のテーマになっているとのこと。続いて静かな部分に入り、次第に「生命」のテーマが顔を出す。小さい動機が各楽器で増殖する様子は、微生物が分裂して行く様か。主部はアレグロで、なかなかカッコいい。コーダは無く、生命が「思いがけない災厄」で打ちのめされて唐突に終わる。

 現実世界を、写しだしている。
 
 2楽章、哀歌であり、緩徐楽章。打たれた小さな命の、しかし、強くしぶとく生き残る様子。大きくは自然破壊への警鐘でありつつ、小さくは、例えば我が家のペットのデメキンが、ぶつかって目玉が破れたにもかかわらず、自力で治ったこと。各種楽器のソロが見事な楽章。

 3楽章は生命讃歌。苦悩から歓喜へ。破壊から再生へ。ありきたりだがベートーヴェン以後の交響曲の王道中の王道を行く。アレグロで、ワルツも飛び出し、生命の謳歌する様が描かれる。

 ところが、作者も思いも寄らなかったようだが、ここでも、1楽章と同じく、悲劇を予感して、激しい不協和音と共に、唐突に終わってしまう。

 生物の絶滅速度、自然界の1000倍。
 
 すべからく、我々人間という「生物」の仕業です。



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