コミタス(1957- )
本サイト掲示板でchaos様よりご紹介いただいたアレキサンダー・コミタスはオランダの作曲家で、ペンネーム。本名は、エデュアルド・デブールという。
81年から90年までフリーのピアニストとして活躍していたが、その後、作曲に専念。オーケストラ、吹奏楽、室内楽、声楽などを書いている。交響曲が2017年執筆現在で3曲あり、YouTubeに1番「エティ・ヒレスムの日記から」と3番「コミタスへの捧げ物」の音源が作者によりアップされている。2番は歌付のようであるが、(2017年執筆現在)動画はないようだ。アルメニアン狂詩曲のシリーズが高名かと思われる。
第1交響曲「エティ・ヒレスムの日記から」(1989)
アウシュビッツ収容所で無くなったユダヤ人女性、エティ・ヒレスムの日記から引用されている標題交響曲。「エティの日記」は、日本語にも訳されて出版されている。3楽章制で、40分ほどにもなる規模の大きな交響曲。
1楽章「廃墟」
17分にも及ぶ厳しい緩徐楽章。冒頭から絃楽により陰鬱としたモノローグが続く。1つのテーマが楽器を移りながら延々と続く形式。低絃に引き継がれた暗黒のテーマは少しずつ展開され、民謡っぽい歌(トランペット)に紡がれて行く。ひたひたと盛り上がって音響を膨れ上がらせ、頂点の12分ほどより深刻なアレグロとなる。アレグロはショスタコーヴィチっぽい。彼はじっさい初期のオーケストラ作品に「ドミトリ・ショスタコーヴィチを称えて」というのがある。ショスタコの8番のエコーが如実に聴こえてくる。
アレグロはものの3分ほどで終わってしまい、また陰のある響きが戻ってくる。これはまるでコーダのようであり、再現部のようでもある。廃墟の音楽はそのまま、闇の中へ消え入る。
2楽章「組織」
スケルツォ楽章に相当する部分。10分少々。冒頭は、前楽章を引き継いで陰鬱なモノローグから。だがすぐに、じわじわと警鐘が鳴らされて、速度が上がる。トランペットの旋律が悲歌として現れるが、この部分ではテンポは落ちる。アレグロが戻り、ひそひそ系の囁き声めいた音調が続く。楽章のタイトルにもある通り、ユダヤ人を密告し、捕らえ、殺戮するあらぬるナチス・ドイツとナチス政権下にある組織への恐怖と、それへ怯えるユダヤ人の心情にも聴こえる。終盤部分の畳みかけは圧巻だ。コーダではゆがみきったトランペットの悲歌の断片が聴こえ、それが悪夢のようにして意識の彼方へ消える。
3楽章「エピローグ」
これも10分ほど。アタッカで続いているように聴こえる。1楽章にも似た陰湿な悲歌。収容所で殺された人の日記を材としているのだから、このような悲劇的なものになるのは当然だが、それにしても救いようがない雰囲気。最後には、完全に虚無としての死が訪れる。
第3交響曲「コミタスへの捧げ物」(2013)
この交響曲の作曲家アレクサンダー・コミタスはペンネームだが、アルメニア人作曲家にコミタス・ヴァルダペット(1869-1935)という人がいて、その人も本名はソゴモン・ソゴモニアンというのだが、孤児となった後にアルメニア正教会で庇護をうけ、音楽的才能を伸ばした際に、かつていたアルメニア正教の主教コミタス・アガイェツィにちなんでコミタス・ヴァルダペット(ヴァルダペットは「司祭」の意)と名付けられていた。
その作曲家・音楽指導者・比較音楽学者コミタス司祭に倣って、デブールはペンネームをコミタスにしていると思われる。アルメニアン狂詩曲も書いているだけあって、アルメニア音楽にインスピレーションを得ている作曲家だというのがわかる。
コミタス司祭は音楽家兼聖職者としてティフリスやコンスタンティノープルで活動していたが、第一次世界大戦のおり、1915年の4月、トルコ帝国により国内で活動するアルメニア人知識人の一斉検挙にあう。検挙されたアルメニア人知識人はチャンキリという土地で虐殺されたが、コミタス司祭は生き残った。しかし、精神に深刻なダメージを負ってしまった。
コンスタンティノープルの精神病院へ入院したが、治療は捗らず、パリへ転院。その際も、どこにも行きたくないというコミタス司祭を友人たちがよかれと
「パリ音楽協会が君を招聘している」 とウソをついて、パリへ連れて行く。司祭はウソに気づき、ますます人間不信に陥って病状が悪化、パリで死去した。
1時間もの大曲である。そして、吹奏楽編制。4楽章制。各楽章には副題がある。コミタス司祭がアルメニアで採集したアルメニア民謡を各所で引用しており、同じ吹奏楽としては、アメリカの作曲家リードが同じくコミタス司祭の採集した民謡を元に作曲した「アルメニアンダンス」を想起させる部分もある。
1楽章「回想」
20分ほどもある楽章。まずここからヴォリュームがすごい。冒頭はラルゴ。重苦しく、既にアルメニア民謡が隠れている。分厚いアンダンテになりながら、民謡「ヤマウズラの歌」の断片も。テンポが上がって、民族的音調のアレグロとなる。舞曲めいた主題がいくつか繰り返され、ここは狂詩曲っぽい展開となる。楽章の半分くらいから、激しいフーガとなる。再び「ヤマウズラの歌」の断片がエコーしつつ、また舞曲めいた展開部となる。開始15分ほどでテンポが遅くなって、ラルゴが戻るが、舞曲主題も戻る。再現部だろうか。舞曲の再現は一瞬で、またラルゴとなって悲歌を引き延ばしつつ、終結する。
2楽章「1915年4月」
10分ほど。激しい憤りのアレグロ。やはりというか、ちょっとショスタコっぽい。知ってる人は、13番あたりを想起するだろう。ちょっとヴェルディの怒りの日っぽいリズム処理もある。混乱と悲劇の主題が執拗に反復されて、打楽器も激しく辛辣なアレグロを奏で続ける。トルコ帝国政府によるアルメニア人の逮捕、連行、そして虐殺だ。阿鼻叫喚の中に聖歌めいた旋律が救いを求めるように響くのもまた切ない。カオスからコーダとなって、民謡主題による悲歌となって楽章は結ばれる。
3楽章「嘆き」
15分ほど。緩徐楽章。ここはアタッカで勧められている。アダージョによるレクィエム楽章。ひっそりとしたモノローグ。オーボエなどが、おそらく民謡主題による悲歌をしみじみと美しく歌い継ぐ。開始10分ほどよりアンダンテとなって、切々と賛美歌めいて祈りが歌われる様は胸を打つ。終結はアダージョへ戻って、暗闇の中に消え行く。クラリネットのモノローグとトロンボーンのコラールが印象深い。
4楽章「恒久的平和」
15分ほどの終楽章。ここもアタッカっぽい。アルメニア民謡「ヤマウズラの歌」がたくさん出てくるので、吹奏楽人はたいへん聴きやすい。タンバリンが祭りを暗示させ、一転して牧歌的で明るい主題が吹き鳴らされる。次に「ヤマウズラの歌」が象徴的にほとんどそのままで引用。これが、この楽章における平和の主題なのだろう。ゆったりと、民謡よりテンポは半分ほどになっている。楽章の後半はまたタンバリンが鳴って祝祭的雰囲気で再開される。民謡「ホイ、ナザン」にも似ているが、これは「ヤマウズラの歌」の変奏だろう。あるいは展開部か。盛り上がって、頂点ではまた高らかにそして壮大に「ヤマウズラの歌」が響きわたって、それをなんとも平和的な和声で引き取って、祈りの中で全体を終わる。
この曲は、ショスタコ+アルメニア民謡、といった風情。
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