チェザリーニ(1961− )


 本サイト掲示板でkaz様よりご紹介いただいたイタリアの現代作曲家フランコ・チェザリーニが、吹奏楽のための交響曲を発表している。

 チェザリーニはイタリアの音楽指導者、指揮者、フルート奏者、そして作曲家、編曲家である。作編曲家としては、2017年執筆現在ウィンドオーケストラがメインで、その他のものは室内楽(管楽合奏)があるが日本ではあまり高名ではないようだ。


第1交響曲「大天使たち」(2015)

 例によって日本のサイトやCD等では交響曲第1番「アークエンジェルズ」などとなっていて、マッキーの交響曲第1番「ワイン・ダーク・シー」と違ってこの場合はそれでも変ではないと思うが、個人的には邦訳のほうが重厚感があってかっこいいと思うのであえて訳した。

 各楽章にはガブリエル、ラファエル、ミカエル、ウリエルの4人の大天使がそれぞれ冠されているが、以下にキリスト教学における天使のヒエラルキ(位階)を参考までに記す。 

第1位 熾天使(してんし:セラフィム)
第2位 智天使(ちてんし:ケルビム)
第3位 座天使(ざてんし:スローンズ、オファニム、ガルガリン)
第4位 主天使(しゅてんし:ドミニオンズ、キュリオテテス)
第5位 力天使(りきてんし:デュナメイス、ヴァーチュース)
第6位 能天使(のうてんし:エクスシアイ、パワーズ)
聖霊 第7位 権天使(ごんてんし:アルヒャイ、プリンシパリティ)
第8位 大天使(だいてんし:アークエンジェルズ)
第9位 天使(てんし:エンジェルス)

 意外や、大天使は9位ある天使の内、下から2番目で、位としてはそんなに高くないというより、むしろ低い。聖書でもかなり活躍してフレスコ画や絵画でも圧倒的に大天使が描かれていると思うが、どうしてこんなに低いのかはよく分からない。

 それはさておき、この4楽章制で30分ほどの標題交響曲はチェザリーニが委嘱等ではなく自発的に作曲して温めていたものを、ある日突然サプライズで発表したような感じで、話題をさらったという。初演は2016年の2月スペインで、たちまちヨーロッパ中で再演され日本でも同年の6月に初演された。

 そもそも「ビザンティンのフレスコ画」(1993)という似たような題材の曲を作曲していたころより構想し、書いては棄て書いては棄てし、なんとか完成させた意欲作。とはいうものの、やはりイタリアの大先輩作曲家レスピーギの「教会のステンドグラス」っぽいニュアンス(主に書法で)は出てくる。共にグレゴリオ聖歌より引用している部分もあり、似た響きも当然出てくるが、それも含めてそれは偉大な先輩への敬愛の部分だろう。

 第1楽章「ガブリエル〜神の意志を伝える天使〜」

 ガブリエルは神の意志、神の言葉を伝える天使で、メッセンジャー。聖母マリアへイエスの誕生を告げる。従って西洋画では「受胎告知」の題材になっている。その名は「神の人」という意味で、神の審判のときはラッパを鳴らし、死者を蘇らせる。この天使のラッパというのはクラシックにおいても重要なファクターとなって、しばしばトランペットに登場する。聖書の正典に登場する二大天使の1人。

 ティンパニの連打よりマエストーソで堂々と天使の姿が浮かび上がる。この威容と幸福感は見事だ。冒頭の倍のテンポのティンパニソロよりアレグロ。堂々とガブリエルのテーマを展開してゆき、「教会のステンドグラス」へのオマージュ? という木管の動きも。第2主題はコーラングレで示されて、対旋律がユーフォニウムなどに現れる。その後は戦闘的な第1主題が戻って、ホルンもベルアップも壮大な終結部へと向かって行く。

 第2楽章「ラファエル〜魂を導く天使〜」
 
 ラファエルは癒しの天使であり、その名はヘブライ語で「神は癒される」という意味。守護天使を監督する天使でもある。ラファエルの名が出てくる「トビト記」は正典から外されたり加えられたりが激しく、ユダヤ教では外され、キリスト教では加えられていたが宗教改革によりルターが外した。従ってキリスト教でもカトリックと正教会の信仰が厚いという。天国へ魂を導く役割も担う。

 癒しのレント・エデヴォーテ(祈りをこめたレント)。緩徐楽章。木管を主体として、たっぷりとした旋律が紡がれる。この旋律がラファエル主題だろう。最初の盛り上がりの後、緊張感が出てくる。転調して悲しげな雰囲気も。グレゴリオ聖歌の旋律を順に奏しながらラファエルの主題もからんでくる。旋律は引き延ばされ、プツンと終結する。

 第3楽章「ミカエル〜神の御前のプリンス〜」

 天使の軍団長にして天使長であるため、熾天使として位置づけられる場合もある。その名前は直訳すると「神に似ているものは誰か」という意味だという。西洋画では甲冑を着て燃える剣を手にしており、竜や悪魔と戦うイメージが強い。カトリックにあっては、かのジャンヌ・ダルクに啓示を与えたのはこのミカエルである。聖書の正典に登場する二大天使の1人。

 天使軍の戦闘音楽でスケルツォ楽章に相当。重苦しい戦いの宣言。戦闘のラッパ。アレグロ・コンフォーコ(火のようなアレグロ)で戦闘が描写される。重苦しい伴奏にホルンが雄々しく燃えあがる。2回繰り返して、レント部へ。ここでまた聖歌旋律が奏される。冒頭の激しい部分が戻って、ホルンや木管やティンパニも大活躍し、終結部へ。

 第4楽章「ウリエル〜時を司る天使〜」

 エチオピア語で書かれた聖書外典「エノク書」「第四エズラ書」に登場するウリエルは「神の光」「神の炎」を意味し、伝承にあっては熾天使、智天使とされることもある。また、同じく聖書の外典「ペトロの黙示録」では、「懺悔の天使として現われ、神を冒涜する者を永久の業火で焼き、不敬者を舌で吊り上げて火であぶり、地獄の罪人たちを散々苦しめるという。最後の審判の時には、地獄の門のかんぬきを折り、地上に投げつけて黄泉の国の門を開き、すべての魂を審判の席に座らせる役割を担う」 とある。なかなか恐ろしい天使だ。カトリックと正教会では正式な天使ではないが、ユダヤ教においては重要な天使。

 厳かに進む終楽章。ウリエルのテーマがレントで登場し、それを様々な楽器が受け継いで盛り上がって行く形式。壮大なテーマは、まず3分ほどで1回目の伽藍を築く。少し静まってから、またすぐに大きく盛り上がって主題が展開される。アレグロとなって激しい調子となる部分は、ウリエルの厳しい一面を覗かせる。そこから高らかにテーマが吹奏され、短く引き継がれて、また静かになる。テーマは延々と歌い継がれ、元の音形から逸脱しない。カノン形式のようにも思える。そこから終結部へ向かい、光の洪水の中で天使の幻影を見る。

 テーマがあまり展開されない、すごく分かりやすい単純な鳴り物交響曲。日本も欧米も、2010年代はやはりこういうのが流行っていると感じる。




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