スメタナ(1824−1884)
 

 チェコの英雄的作曲家スメタナは、それこそ単純に「国民的音楽とは民謡を主題とすべきだ」というチェコ楽壇の保守派と戦いながら、独自の音楽を追求したけっこう孤高の人だ。音楽に「すべきだ」というのは、云うことはご立派でも、あまり良い結果を残さない。

 私は連作交響詩「わが祖国」が大好きで、これはとてつもなく良い音楽だと思う。ヴァルタヴァ(モルダウ)のみでもたいへんけっこうだが、やはり全曲を通して聴かなくては真価は分かりづらい。どの曲をとっても、たいへん味わい深い。高き城の情景、モルダウの流れ、ボヘミアの森と草原の描写、女傑シャールカの蛮勇(敵の男共を皆殺し!!)そしてターボルとブラニークに描かれる勇壮と悲劇と民族的愛国心。それらを俯瞰的に見通して、初めてこの音楽は生きる。そもそも「連作」なんだから基本的に通して演奏するべく構成されているのだと思う。その意味では、現代の作家だったらこれを交響曲「わが祖国」とやってもまったく問題はないのだろうが、わが祖国は、交響詩の連なったものであり、けして交響曲ではない。作家が交響曲ではないと言っているのだから。

 では、なぜにこの項にスメタナ先生がいらっしゃるのであろうか。なんと、交響曲が1曲だけ、ある! その名も、祝典交響曲!


祝典交響曲(1854)

 マニアックな曲なので、CDも当然少ない。私が所持し、聴いたかぎりではマルコポーロとチェコスプラフォンの2種類のみ。YouTubeにもちらほらと動画が上がっているようである。

 その内の1種の解説によると、当時チェコはオーストリア=ハンガリー帝国に帝国の一領土である「ボヘミア」として支配されていた。マーラーも、帝国時代のボヘミアで生まれている。その中で、皇帝フランツ=ヨーゼフ(在位1848−1916)が即位したとき、かれはボヘミアの自治独立を認めてくれると期待されていたようで、若いとき独立革命組織にも属してたスメタナは、彼を歓迎し、結婚式へ奉らんと、祝典交響曲を書いた。
 
 が、帝国政府はボヘミア人の作曲家の曲はいらないということで、献呈は却下されたという。 
 
 時代も状況もちがうが、大日本帝国における天皇もしくは皇太子の結婚の儀に、朝鮮人や台湾人が曲を捧げたということなのだろうか。日本帝国政府なら「皇民化がうまく進んでいる」と、ホイホイ受け取るところだろう。
 
 音楽は交響曲といっても上記の通り標題色がとても強く、ハイドン作曲の皇帝讃歌(現ドイツ国歌)からの引用もあり、かなりオベンチャラ。しかしそれもいまとなっては歴史の1ページか。スメタナの大マジメな媚びと希望の醸造を、まあためにし聴いてみてほしい。

 ちなみにフランツ=ヨーゼフ帝は帝都ウィーンを取り巻いていた城壁を取り除き、環状道路を整備して現代の都市の基盤を築いた。サラエボで暗殺されたオーストリア皇太子は彼の甥。第一次大戦の引き金をひき、大戦中に失意の内に死去。死後革命がおき、帝国は崩壊した。

 4楽章制で、演奏時間は約45分。

 1楽章 アレグロ・ヴィバーチェ いきなり祝典ふう。オスティナートの効いたテーマが延々と続き、導入部のようでもある。皇帝讃歌が鳴り響く。第1主題は、このようにスメタナらしくないドイツ風の響き。一転して第2主題は国民楽派となる。交響曲の第1楽章というより、祝典序曲のような趣で進み、展開部も明るくて爽やかだ。ただし、ロマン派の展開部の常で展開部自体は特筆するものはなく、長い経過部みたいなもので、ちょっとだれる。再現部では皇帝讃歌が再び鳴って、テンポを増して擬ロココ風コーダへ突入する。

 2楽章 ラルゴ・マエストーソ 指示通りの堂々とした典雅な音楽。宮廷音楽の趣。最も演奏時間が長い。導入部よりドイツ古典派を模した典雅な響きで、スメタナの真剣さが伝わってくる。確かに若きスメタナの作曲技術はたいしたものだと思う。平和的で幸福感にあふれる旋律が木管や弦楽で奏され、実に良い。何種類かの主題を繰り返しながら進行する。たっぷりとしたロンド形式にも聴こえるが、わからない。
 
 3楽章 スケルツォ(アレグロ・ヴィーボ〜トリオ:アレグロ・モデラート) ボヘミア風のけっこう長大なスケルツォ。ここら辺の田舎臭さが、役人に退けられた理由かもしれない。また逆に、チェコでの初演ではこの楽章だけ聴衆に気に入られ、あとは帝国へ媚びすぎているととられてか不評だったようだ。スケルツォ主題は舞曲めいて軽やかで、ボヘミア風だがあまり土俗的ではない。が、旋律が民謡っぽく、田舎臭いことには変わりないと感じる。トリオでは2拍子で気忙しい様子が描かれる。ふつう、トリオはゆったりとしているので珍しい。スケルツォへ戻って、後輩のドヴォルザークを抱負とさせる愉しい3拍子が続く。

 4楽章 フィナーレ(アレグロ・ノン・トロッポ・マ・エネルジーコ) 舞踏会めいた雰囲気の終楽章。ファンファーレ動機が高らかに響き、祝祭気分を盛り上げる。あとは自由な形式で素晴らしく、かつ穏やかにお祝いの音楽が展開する。そしてコーダでいきなり小太鼓とファンファーレが鳴り、皇帝夫妻が登場、延々と皇帝を讃える音楽が鳴ったのち、ついに壮大なるグランドフィナーレ! 入場行進曲が鳴り、かくも荘厳なるゴマスリ行進曲は植木等もビックリである。



 参考 私の我が祖国のページ



前のページ

表紙へ