ステーンハンマル(1871−1927)


 アルヴェーンと同世代の作曲家兼指揮者で、最初はピアニストとしてキャリアをスタートさせ、20代中頃より指揮者としてのキャリアをスタート。作曲活動と同時に指揮を長く行い、イェーテボリ交響楽団の首席指揮者も務めた。スウェーデン楽壇では長く高い地位にあり、ストックホルム王立歌劇場の音楽監督も歴任した。

 作風にあってはドイツ後期ロマン派の流れを組むが、ニールセンシベリウスとの交流の中でいわゆる「北欧風」の透明で叙情的な作風の確立に務め、民謡や教会音楽の旋法に従って作曲を進めた。その中にあっても、当初の指向であったドイツ後期ロマン派の研究が役に立ち、しっかりとしたポリフォニーが使用されているのが特徴であるという。


 (第2)交響曲(1915)

 ステーンハンマルの交響曲は1番が破棄、3番が未完成ということで、2番のみの1曲が高名である。ステーンハンマル自身は1番を破棄したため、この2番を2番とけして呼ばなかったというので、()書きとした。イェーテボリ交響楽団に献呈されている。

 4楽章制で45分ほどの規模を持つ大曲。4楽章が特に規模が大きい。ト短調となっているが、正確には「Gを開始音とするドリア調」だそうである。

 第1楽章アレグロ・エネルジーコ、堂々と弦楽で主要第1主題が鳴り響き、フルートの合いの手を挟んですぐさま第1主題小展開へ移る。ものの2分もしないうちにテンポを落として感傷的でゆったりとした第2主題を聴くことができる。第1主題が少し戻ってきて、オーボエのソロが侘しく無き、展開部へ突入する。まず、主に木管により第1主題が取り扱われる。しかしすぐに第2主題をメインにして展開部は続く。展開部を切なさの残る叙情的な締めで終えた後、再現部も第2主題を主とする。コーダでも堂々と主題が鳴り響き、輝かしい長調の和音で終結する。

 第2楽章アンダンテはドイツ的な色合いを残す緩徐楽章。弦楽によるコラールから木管などが入ってきて、祈りの音楽を紡いでゆく。この辺の響きは、教会音楽の研究の成果ではあるまいか。やがて行進調の、ゆったりとしているが力強い部分などを経て、主題は様々な姿に展開してゆく。波のうねりめいた音響の揺らぎなどもあり、緊張感を保つ。その緊張感も風のゆらぎや波の中へ融け、輝かしい光が帰ってくるが、それは「北欧的」に薄い。

 第3楽章はスケルツォ。アレグロ・マノントロッポ・プレストとあるので、速すぎてはいけない。一転して民族的な作風。舞曲主題のスケルツォは国民楽派的な粗野さとシベリウス的な洗練が折中する楽しいもの。中間部トリオは、スケルツォ楽章とは思えないほど牧歌的な木管による美しい悲歌。トリオにしてはやや長く、この作曲家の特徴がかいま見られる。スケルツォが戻り、トリオも再び入って来る。と、思いきや、トリオと思わせた木管はなんと終結で、そのままぷっつりと終わってしまう。

 4楽章は、ステーンハンマルが500ページを越える対位法の研究書を執筆した成果が如実に現れている。第1主題第2主題によるそれぞれの複数のフーガと変奏が連続して対位法的に用いられている、独特の形式。まるでマーラーめいた技法的複雑さを持つが、よくも悪くも聴いている分にはあまりそれを感じさせない。ソナタ形式ではないっぽい。

 まず、ソステヌートで弦楽の短い下降系の音形の後、ホルン、続いてフルートなどで主題が登場するが、これが既に第2主題の派生(変奏)であるというから、派生(変奏)が先に出てくるという。続いてアレグロ・ヴィバーチェで低弦から第1主題のフーガ。木管などにも推移し、打楽器やトランペット等も入って盛り上がる。小展開も兼ねているように聴こえる。続いてトランクィラメンテにより、クラリネットからゆったりと第2主題のフーガ。これは短く、木管のみで推移して分かりやすい。後半には対位法的に弦楽が入ってくる。次のアレグロから複雑になってくる。ピチカートから第2主題の変奏を初め、それがフーガとなる。そこへ対位法的にクラリネットなどが第1主題の変奏をぶっこんでくる。その後は、第1主題と第2主題の変奏が互いに旋律となり互いに伴奏となって絡み合いながらフーガとなる。続くパッショナートで、ヴァイオリンが第2主題の変奏を堂々と奏でて、それを様々な楽器が受け継ぐ。そしてヴィバーチェで木管がリズムに特徴のあるヒョコヒョコとした第2主題の新たな変奏を奏で、それをフーガで紡いでゆく。伴奏も第2主題の変奏なので、変奏で変奏を伴奏しフーガは続く。さらにティンパニが変奏のリズムを叩いて調子を整える。ヴァイオリンが切なく第1主題変奏をやりだすと、もうコーダだ。伴奏では第2主題が引き延ばされており、最後は金管が第1主題の変奏を高らかに演奏して、終結和音で結ばれる。




前のページ

表紙へ