ワーグナー(1813−1883)


 言わずと知れたワーグナー。オペラの概念を超越した楽劇というトンデモ作品で、クラシック史に燦然とその名を残している。また、私ごときが言うまでもなく音楽も超超超超超一流だ。

 そんなワーグナーに、なんと形式の権化、交響曲が1曲ある。未完成を含めると2曲(3曲?)だそうだが、完成したのは1曲のみ。しかも、若干19歳の時の作で、初演ののちに総譜が行方不明になっていたのだが、パート譜が残っていて、後年そこからスコアが復元されたとのこと。

 もちろん私もこの曲のことは知っており、この項の最初期のころから当作を加えるかどうか考えていたが、当時は当作のCDもほとんど無く、ガラケーでネットもISDNとかいう時代だったし、とうぜんYouTubeも無く、他の方のレビューサイトで 「ぜんぜんワーグナーらしくない若書きの習作」 というような評を見て、なんだ、そんなもんか、と思いこみ、それっきり聴かず嫌いでスルーしていた。

 このたびH様より掲載の御提案を頂き、ちょっと考えを改めて挑戦してみようと思った。ネットにも音源がたくさん上がっている。時代は変わる。


第1交響曲(1832)

 4楽章制、演奏時間が35〜40分にもなる。意外と大曲である。作曲時期を見てわかる通り、作風は完全にロマン派。(第九が1924年、幻想交響曲が1930年)

 若きワーグナーの挑戦心にあふれつつも、先輩作曲家の良いところをとり入れようと頑張った跡が如実に残るもの。ま、19歳でこれだけ書ければ、もう才能は保障されたようなものだろうが。

 なので、若書きとか個性が無いとかいう評は、あたりまえであって、あまり意味がないのではないか。と、考えるようになった。ワーグナー自身も後年まで改訂し、指揮をしたこともあるようで、愛着があった模様。実演に接したかのクララ・シューマンは、「ベトベンの7番っぽい」と評したという。

 第1楽章の冒頭から、いきなりベートヴェンの影響が顕著だ。どこかで聴いたことのある、叩きつけるような和音が幾度か鳴らされる。だが、音も全部違うし、数が多い。しかも、そのまま長い序奏に入る。1楽章はだいたい15分ほどの音楽だが、なんと序奏が4分ほどもある。これが、ワーグナー青年の挑戦、そしてオリジナルというわけだ。

 なんだ、そんな程度でオリジナルとは片腹痛い……と、思うのは、我々が後世の人間だからである。他に斬新な音楽を幾つも知っているからだ。当時これを考えついて実際に作曲してしまう才気が、まず素晴らしいではないか。

 序奏は和音連打ののち、木管と弦楽器の息の長い旋律が繰り返され、しばし推移する。旋律の再現は、速度が少し落ちる藝の細かさ。

 4分から4分半ほどで序奏が終わり、弦楽が鋭く刻みを入れると、主部アレグロに突入する。順当なソナタ形式。ホルンによるリズミカルで飛び跳ねるような第1主題が登場し、全楽器に派生してゆく。主に弦楽器による小展開・経過部を経て、第1主題が下降系に変化したような動機と共に現れるのが、流麗な第2主題。これは短く、すぐに第1主題が盛り返す。展開部でも、ピョンコピョンコした動きの第1主題がメインで推移する。当時の後期古典派というか、初期ロマン派では、展開部がチープな傾向にある(提示部がメイン)のだが、ここでは、まあまあ頑張っているように聴こえる。展開部こそが交響曲のメインオブメインになるのは、ブルックナーマーラーによる交響曲というジャンルの究極の完成を待たなくてはならない。第2主題もちょっとだけ扱われてから、豪快に再現部へ。再現部でも第1主題が主人公であり、終始、元気よく飛び跳ね、踊っているかのような音楽は、ちょっと憂いを帯びた経過部を経て大歓喜の中で幕を閉じる。

 第2楽章はアンダンテ。10数分ほど。緩徐楽章である。ABABAの、単純なロンド形式とのこと。木管の長い響きから、たっぷりとした憂愁の弦楽器がA部を形作ってゆく。チェロのモノローグがしばし語られ、盛り上がってゆくと、ティンパニと共に今度は金管がコラール風の響きを見せる。これがB部である。弦楽も加わり、壮大に広がってゆく。最後は緊張感と不安感のある音調となって推移。広がりを見せてB部は終わり、A部が戻る。チェロのモノローグはしかし現れず、わりとすぐB部となり、そこはさらに短く、すぐにAがまた現れ、ややしばらく推移したのち、木管の伸ばしと弦楽のトレモロの中に終わる。

 第3楽章、アレグロ。これも10分ほど。曲全体の構成を見れば、わりと規模の大きなスケルツォ楽章だと思う。主部、トリオ、主部、トリオ、主部、終結という感じ。なので、構成的には第2楽章と同じである。だから、思いのほか長いのだろう。景気良い和音連打の次に、明るく動き回る主部が現れる。和音動機も現れ、にぎやかに推移。それから現れる、ゆったりとした牧歌的な木管の旋律がトリオ。あとは、それを繰り返してゆくだけだ。最後は主部から一気に終結。

 第4楽章、アレグロ。フィナーレは6分ほど。短く、忙しいソナタ形式。短い導入部から、祝祭的で陽気な第1主題が動き回る。第2主題は木管のみでポリフォニックに動く。すぐに展開部に入り、第2主題→第1主題の順で展開。様々な楽器によりフーガのように扱われる第2主題から、第1主題へ。あまり長々せずに、一瞬の休符から再現部。順当に主題が現れて、華々しいコーダへ。第1楽章冒頭の和音連打も登場し、若々しく、そして華々しく、堂々と立派に終結する。

 いかにも自信たっぷりで、若書きというだけで聴かないのは惜しい気がする佳品。ワーグナーは交響曲を含む純音楽の分野では作品も少なく大成しなかったが、その自信に裏打ちされた超絶的な才能はオペラの世界で花開いたのは、みなさんも御存じの通り。その才能の萌芽を、もしこの曲に見ることができれば、それは聴いた価値があるというものだろう。




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