兼田 敏(1935−2002) 


 藝大時代の同期で盟友の保科洋と共に、作曲家、指導者として日本の吹奏楽会に様々な面で影響を与えた兼田。残念ながらいわゆる「吹奏楽界」でのみ高名ではあるが、その真面目な創作姿勢は、たとえ現代クラシック界の珍妙な作曲家連に比しても、けして見劣りするものではない。

 技術的に刷新的な作曲法は作曲コンクールには有利かもしれないが、なかなか愛好家を増やすのは難しい。逆もまた然りではあるが、創作の価値をどこに置くかで、変わってくる。

 吹奏楽の普及、発展という初期の大命題を達成するのに、まず音楽的にすばらしいものを、技術的な斬新さより子供たちが楽しめるものを、大人も喜べるものを、という姿勢は正しい。

 それでいて、コンクール偏重になり、オリジナル曲はなるべく8分以内にするとコンクールで再演されやすい、とか、なるべく標題音楽にすると素人にウケやすい、とかを危惧し、堂々と3楽章制の交響曲を作るあたりも度量の大きい部分である。


ウィンドオーケストラのための交響曲(1994)

 兼田も既に90年代にして、コンクール用の短い音楽しか最新の吹奏楽オリジナルに無い状況に危機感を感じ、本格的な、長い曲、吹奏楽のための交響曲を書こうと思い立ったようである。保科も、同じようにして近い時期に吹奏楽のための交響曲を書いている。保科の項にもあるが、アメリカなどでは意外に吹奏楽のための交響曲というジャンルの音楽はあるのだが、日本では少ない。やはり、色々と事情があるのだろうとは思う。委嘱されない。注文が無い。再演されないから書きたくない。精神的あるいは技術的に交響曲なんて書けない。

 その中で、3楽章制20分の堂々たる交響曲を、吹奏楽という楽器の種類がオーケストラより少ない合奏形態で書くというのは、こりゃ難しい仕事ですぞ。

 発表時には、「吹奏楽の為の交響曲・東海道」とされたそうである。別に標題交響曲という意味ではなく、東海道宿駅制度400年記念の委嘱だったから、のと、作曲がさしもの兼田をもってしても純音楽は難しく長い道のりだったのを旅にたとえて、という意味。だが、正直、そういう解説がなくばこのタイトルは聴衆に誤解を与える最たるものであると思うので、ない方が良いだろう。

 1楽章は序奏付ソナタ形式という古典ぶり。だが響きはけっこう前衛的。重々しい不協和音と複雑なリズム。管楽器の特性を活かした刻みと吹き流しが効果的。親しみやすい旋律は現れず、シリアスな抽象性が支配する。まさに純音楽といえる。吹奏楽のためのこういうシリアスな作品は伊藤康英もぐるりよざと同時期に書いた吹奏楽による交響曲で、12音技法を使用して書いている。第2主題はゆるやかなものだが、ウネウネと動いて行くそれに平安的な雰囲気は無い。展開部では両方の主題が短く複雑に扱われ、後半では再現部を兼ねる。古典的技法と現代的技術及び精神が融合された優れた楽章。複雑な部分でやや「もっさり」するのは、管ばかりが厚く重なるウィンドオーケストラの宿命ではあるが、効果の1つと捕えられなくもない。

 2楽章はアダージョで、フルートの独り語り的なソロが印象的。もちろん、メロメロで優美な旋律ではなく、シュプレッヒシュティンメ調の、本当に語り口のようなもの。控えめに響く伴奏の風鈴がまた無常で印象的。後半部ではそれはファゴットに引き継がれる。主題はフルートの逆行形。藝が細かい。

 終楽章はアレグロのロンドソナタ形式。ロンドでソナタなんだから、こりゃ難しい(笑) 跳躍的で無調的な主要主題が色々な楽器で取り扱われながら変形して行く。じわじわと盛り上がって行き、怒濤のコーダを迎える。

 兼田の中でも特にシリアスな部類に入るであろう事は難くないこの交響曲。こういうのを愛聴できるようになる人が増えれば、確かに吹奏楽の未来も少しはクラシックに近づいて音楽的にマシになってくるだろう。クラシックごと滅亡なんてことになったら洒落にならないので、吹奏楽らしさも失わないでほしいとは思うが。






前のページ

表紙へ