ヒンデミット(1895−1963)


 ドイツ現代音楽を代表する作曲家だが、作風は新古典主義的であり新即物主義、技巧的、職人的で、新ヴィーン学派とは一線を画す。じっさい、12音技法は否定していたという。

 また様々な分野に楽曲を提供し、オーケストラに出てくるほぼ全ての楽器にソナタを書き、貴重なレパートリーを現在の演奏家達にも与えている。

 個人的にはその即物主義が無味乾燥なモノに聴こえる面もあり(演奏が悪いのかもしれないが)、イマイチ馴染みが無い作曲家だが、何せ多作家なので協奏曲も交響曲も室内楽のソナタもたくさんある。

 交響曲は5曲あり、標題音楽も多い。ただしロマン的な交響誌ふうの音楽というより、ただ単に同名歌劇からの改作や、委嘱者の名前を冠しただけである。作風は古典的で硬質、複雑ながらピシッと筋の通った構成と緊張感に満ちている。


交響曲「画家マティス」(1934) 

 「画家マチス」とも書かれる代表作。同名の歌劇による音楽を使った改作で、兄弟作といえる。交響曲の方が先に初演され、フルトヴェングラーとナチスの間で問題になった「ヒンデミット事件」が起きる。

 自作歌劇からの改作交響曲には、有名どころではプロコーフィエフの第3交響曲(歌劇「炎の天使」からの改作)がある。

 3楽章制で、約30分といかにも古典的だが、内容は技巧的で複雑。各楽章に標題がついているが、マティスの高名な3部作の絵画の名前がついているだけで、標題音楽と勘違いすると意味不明となるだろう。正直、ややこしい標題はつけないでほしい。マーラー曰く「聴衆に余計な誤解を与える」のである。

 画家マティスとは、高名なアンリ・マティスではなく、日本人にはマイナーなドイツの画家、マティアス・グリューネヴァルトである。

 第1楽章「天使の合奏」

 歌劇の序曲からとられたもので、短い序奏の後、トロンボーンが第1主題、フルートとヴァイオリンが第2主題を奏でるソナタ形式。展開部は技巧的で、ハデな盛り上がりはなく、まさに質実剛健といった風情。フーガもあり、テクニックで聴かせて行く。主題が硬く変奏され、再現部は短い。終結も手堅い。8分ほどの、まさに序曲。

 第2楽章「埋葬」

 歌劇の最終場面への間奏曲からとられている。緩徐楽章に相当する。絃楽の悲痛な音色に、フルートやオーボエの悲歌が侘しく響く。やがて悲劇的に盛り上がるが、感情過多には、けしてならない。元は間奏曲らしく、5分ほどで最も短い楽章。

 第3楽章「聖アントニウスの誘惑」

 CDによっては、「聖アントニウスの試練」ともある。マティスが劇中で見る幻影の場面の音楽を自由に再構成し、改作している。そういう場面なので、けっこうドラマティック。重々しい序奏から、アレグロとなるも主題は深刻。頂点からアンダンテとなっても、悲劇的な、かつ幻想的な音楽は止まらない。後半はかなり自由な形式で、幻想曲にも思える。いかにも現代的な複雑な音響だが、旋律の1つ1つはクッキリしている。フーガも再び現れ、超絶的な対位法も。終結では、光が差して、荘厳なファンファーレが登場しする。

 手堅い交響的作品であり、作風としては渋く硬質な範疇に入るが、マーラーとかシュトラウスとかのドハデでゴタゴタしたものが苦手な人は、こういう知的パズルのような音楽は、面白いのではないか。私はちょっと……(^^;


交響曲 変ホ調(1940)

 交響曲「画家マティス」の初演をめぐるヒンデミット事件におけるナチスのヒンデミットの扱いをみても分かる通り、このままドイツにいると危険と判断したヒンデミットはスイスを経てアメリカへ亡命する。

 そのアメリカで、ヴァイオリン協奏曲(1939)に続いて書かれたのがこの純粋音楽としての「交響曲」である。番号は無く、後に書かれた同じく単なる「交響曲」と区別して、分かりやすく変ホ調がつく場合がある。後に書かれた「交響曲」には、変ロ調かつくが、そちらはなんといっても「吹奏楽のための交響曲」としての方が高名であろう。

 4楽章制で、やはり35分前後の新古典主義的な作風だが、自由なアメリカでの雰囲気が反映してか、明るい調をつかい、ファンファーレも輝かしい。

 1楽章は、ハリウッドっぽいファンファーレがまたなんともアメリカンwww その主題を使ったソナタ形式。5分ほどで、全体の序曲的性格を有する。第2主題か展開部かは分からないが、中間部はややエキゾチック。ラストもまさに映画(笑)
 
 緩徐楽章の2楽章は、吹奏楽器による重厚な主題が、後の吹奏楽のための交響曲も想起させる。それが絃楽に移って、対位法的に展開して行く。後半部の盛り上がりも良い。

 スケルツォというよりバルバロ的なヴィバーチェの3楽章は、激しく速く複雑な音響が聴きもの。同じ音形を執拗に繰り返して行くも、次々に仕掛けが現れてオスティナートの中にも変化が織り込まれて行く。トリオの妙な不思議ワールドも面白い。
 
 終楽章はまた複雑な響きである。ファンファーレにも通じると思われる動機が細かく細かく積み重ねられてゆき、盛り上がったり、鎮まったりを繰り返してゆっくりと壮大なフィナーレへと突き進んで行く。ヒンデミットのヒネクレてコチャコチャした展開は、なんとも云えない音楽的モジモジ感と狭窄感を与えてくれる。終結部は、こざっぱりとして粋である。


交響曲「世界の調和」(1951)

 バーゼル室内管絃楽団創立25周年記念の委嘱作。やはり、同盟の自作歌劇からの転用というか改作である。3楽章制で、35分ほどの作品。

 同じく、各楽章には標題がつくが、情景描写ではない。その場面に関連する音楽から作られたという指標ていどだろう。分かりやすいテーマを複雑に処理するヒンデミット節炸裂の、楽しい曲である。

 第1楽章「道具(楽器)の音楽」 

 スネアドラムの激しいトレモロからテーマが導かれ、コミカルに展開して行く。コミカルさの中にも、辛辣な部分がある。ヒンデミットフーガも登場する。彼らしく細かく複雑な展開は、聴く人によっては苦手なものだろう。演奏も、ここはあまりにクールに(真面目に)やると面白さに欠ける。終結部はポリリズム的複雑さの中にも、コミカルな音響を取り入れている。

 第2楽章「人間の音楽」

 歌謡的旋律の緩徐楽章。とはいえ、やはり辛辣な響きが容赦なく混じってくる。中間部の、フルートとトロンボーンの対位法的二重奏は、マーラーの9番1楽章のホルンとフルートの二重奏を思わせるが、あれほど情緒的ではない。なんかもっとドライ。そこが超即物主義のヒンデミット。息も絶え絶えになって、ティンパニのリズムが残る中、消える。

 第3楽章「世界(宇宙)の音楽」

 不可思議な終楽章。低絃からテーマが唸ってくる。主に木管による静謐な響きがそれを受け継ぎ、しばらくラルゴのような、祈りの音楽が続く。じわじわと打楽器、金管も加わって盛り上がるも、再び静寂の世界へ。終結で壮大なテーマが現れて、大きく膨らみ、チャイムやティンパニも鳴り渡って大団円。

 標題モノと見せかけて、演奏効果の高い、純粋音楽。だが終楽章は、いろいろな意味で難解かと(笑)


吹奏楽のための交響曲 変ロ調(1951)

 こちらも亡命中のアメリカで書かれた。ワシントンのアメリカ陸軍軍楽隊の委嘱により、ヨーロッパ式の金管バンドではなく、日本でもお馴染みのいわゆるウィンドアンサンブル(コンサートバンド)形式によって書かれており、吹奏楽のための交響曲の中でも、歴史的、また質的に古典的傑作の地位を保っている。クラシックの大家の書いた吹奏楽作品でも、ホルストの吹奏楽のための組曲と並んで、特に重要な作品である。

 3楽章形式で、ほぼ20分以内で演奏される。

 1楽章はモデラーテリィからファースト。なんか英語表記が混じっていて分かりづらいw なかなか劇的な幕開け。しかも、旋律は激しい半音進行で、何やら異様にシリアス。吹奏楽といっても、よく聴かれる「ブラスの響き」的なもっさりした田舎臭い和音ではなく、管楽器が独立してそれぞれ粒を際立たせた響きを続けるあたり、大家というか、クラシックの作曲家と感じる。管絃楽に通じた人でないと、こういう音はでない。不協和音もしつこくない。フーガも現代的で、甘くない。同一の主題を執拗に繰り返し、音色変化で勝負している。

 2楽章はアンダンティーノ・グラジオーソ、緩徐楽章。ヒンデミットらしい妙にアンニュイな主題がエキゾチックにサックスで奏でられ、トランペットが後を追う。やがて二重奏となる。後半部ではその主題によるスケルツォ。つまりここでは緩徐楽章とスケルツォが合体するという、フランク流のフランス伝統3楽章製交響曲に準拠している。三部形式で緩徐楽章が戻れば、そのままフランス式だろうが、ここでは、緩徐部→スケルツォとなって終わる。

 3楽章はフーガ。といっても、短い動機により、複雑で細かいフーガ。絃楽ではないための処置である。息の長い絃楽器と違い、管楽器でフーガや緩徐楽章をやるときは、ひと工夫必要だ。複雑にザクザクと絡み合い、エネルギッシュだがハデにならず、またしつこくなく、サッと終結する。


ピッツバーグ交響曲(1958)

 ヒンデミット晩年のこの標題交響曲は、ピッツバーグ市創立200記念の委嘱作。3楽章制、30分ほどの純粋作品で、情景音楽ではない。ただ、委嘱者の名を冠しているのみである。

 モルト・エネルジーコの第1楽章。辛辣で激しいアレグロが序奏も無しにいきなり始まる。不協和音と得体の知れぬ旋律がくんずほぐれつ。甘美も無ければ、陶酔も無い、実にヒンデミットらしい即物さ。その意味ではストラヴィンスキーの3楽章の交響曲にも似ているが、あちらの方がまだ旋律的だろう。打楽器が豪快に登場してから、さらに音楽は激しさを増し、強烈なリズムが支配する。絃楽器がラルゴで引き継ぎ、ようやく、渇ききってはいるがヴァイオリンでセレナーデ的な旋律が。そこから再びアレグロで盛り上がって、終結和音のみなぜか祝祭的。

 スロー・マーチという2楽章は、その名の通り、緩徐楽章ながらマーチ。そりゃ、葬送行進曲だ(笑) ホルンの長大なソロの後ろで、謎のポリリズム旋律が……。後半部は民謡風の曲調になる。「ヴェーバーの主題〜」のような、ティンパニの豪快なソロも飛び出す。テンポがスローに戻り、民謡風主題を展開しつつも、静謐な冒頭に戻る。最も長大な楽章。

 オスティナートの第3楽章。フィナーレとスケルツォを兼ねているような諧謔さ。甲高い金管による開始部から、ユーモラスかつグロテスクな主題と展開が続く。コミカルでもあり、シリアスでもあり。中間部では静かな展開となるも、低絃の動きが主題を引き継いでいる。また冒頭に戻る3部形式。ところがやおらまたも民謡風旋律が差し込まれてくる。良く分からないが、ピッツバーグ市の歌かなんかか?(笑) しかも、それがそのままいきなり終結。

 ちょっとアイヴズ風でもある、不思議な曲。








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