シェーンベルク(1874−1951)


 新ヴィーン楽派の親分であるシェーンベルクだが、その作品はうまい具合にヴァラエティーがあり、長命だったのもあるが時期によっては調性に回帰したり大規模な半音階だったりして聴きやすい。作品も小品から大曲まで様々だ。

 彼の重要な教え子の2人、ベルクとヴェーベルンのそれぞれ個性を際立たせている指導法も教育者として素晴らしい成果である。12音技法というとその作曲法も含めて画一的で単調な響きになりがちだが、才能と個性を伸ばすとベルクとヴェーベルンのようにまったく違う音楽となる。彼ら3人以降で、その既に「最初から完成された」響きを打破するのは容易ではなかったのはゲンダイオンガクの歴史が証明している。彼らに匹敵する個性を確立した12音の巨匠は誰がいるか。当初は彼らと断絶していたストラヴィーンスキィくらいではないか。残りは彼らの技法を基本としつつも、さらにまったく新しい語法を開発するか、リズムや楽器法(電子を含む)などに特化するしかなく、次第に袋小路に陥っていった。

 作品も多岐に渡るが、交響曲は2曲あって、どちらも室内交響曲になっている。もっとも1番は後に通常のオーケストラに拡大された。それはヴェーベルンの6つの小品が大オーケストラから縮小されたのと間逆である。


第1室内交響曲(1906/1935)

 15人の奏者のために書かれた。絃楽5部は1人の奏者で指定されており、15人の内10人が管楽器という当時としては斬新を通り越して異例・異様な器楽編成であった。1914年には作曲者によって通常のオーケストラに編曲されている。(1935年に改訂)

 その他にもベルクやヴェーベルンらの手による2台のピアノ版やさらなる室内楽版等、いろいろある。

 20分ほどの単一楽章の音楽。単一楽章だが、スケルツォと緩徐楽章に相当する部分を含む変形されたソナタ形式によるという。

 種々の楽器により様々なテーマがいきなり立ち上がり、めくるめく色彩が独立して炎として妖艶に立ち上っている。無調という事だが、彼の初期の作品の流れに乗っており、極端に半音階的で響きとしては調性っぽくもあり聴きやすい。ただし、厳格で繊細な対位法がとっつきづらさを演出するかもしれない。

 明確なメロディーは無いが細かな動機は次から次へと登場し、緊張感の中に新音楽としての魅力を放つ。時折、ふっと官能的な語り口がある。途中にパタリとテンポが落ちるが、そこが緩徐楽章相当部だろう。

 最後は再現部だが、正直、我輩レベルでは何を再現してるのかよく分かりませんが(笑) 全体としてたいへん色彩感にあふれた、独立した楽器群の綾を味わうような作品になっている。ラストのホルンの雄叫びは印象深い。

 マーラーが 「よく分かんないけど、きっと若いシェーンベルクのほうが正しいんだろう」 という理由で激賞した。


第2室内交響曲(1940)

 1906年、1番に続いてすぐに着手されたが諸々の事情により、完成したのは1940年であった。構成も紆余曲折し、けっきょく2楽章制に落ち着いた。やはり20分ほどの曲。
 
 第1楽章はアダージョとある。物憂げなフルートの旋律は何かを訴えている。旋律が次第に変奏されて行く様子は最初期の交響詩や室内交響曲第1番にも近い。12音技法を完成させた後の曲ではあるが、上記した通り筆をつけたのは1番からすぐ後なので初期である。濃厚な後期ロマン派風の作風が逆に面白い。これはシェーンベルクにとってけして「後退」ではなく、けっきょく調性だろうと無調だろうと12音だろうと、シェーンベルクにとってもただの「作曲技法」にすぎない。この点、そのうち子供でも定規とコンパスを持って図形で作曲すると本気で考えていたらしいヴェーベルンとは異なり現実的である。

 ゆらゆらするような音楽は唐突に終了する。

 第2楽章はコン・フォーコ(火のように)だが、どこかコミカルで、さらに調性音楽っぽい(調性なのだが)が、雰囲気は無調っぽくて面白い。形式は変則ソナタ形式のようでもあるが、厳格な決まりは無いと思われる。主題と変奏があり、再現部があるが、なかなか聴き分けは難しい。冒頭はコミカルにも思えたが、後半に行くほどシリアスとなり、また調子も無調に近くなる。だが厳格な12音ではない。最後も調性といいつつ、かなり重苦しく集結する。

 苦難の果てにアメリカへ亡命したシェーンベルク。二度と祖国へは帰らなかったが、彼の墓はオーストリアに在る。




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