ヴェーベルン(1883−1945)

 新ヴィーン楽派で最も辛辣で難解な音楽(?)を書いたヴェーベルンは、ナチスにその音楽と活動を制限されたにもかかわらず、娘婿が党員だったためもあってか親ナチだったようだ。残念ながら終戦後すぐに占領軍によって誤殺され悲劇的な最期を遂げるが、戦後にその音楽(?)は多大な影響を世界中の後輩たちに与え、一種の神としてゲンダイオンガク界に君臨する。

 寡作家で残された作品は名声の割に多くは無くしかも規模も小さいが、これがまた、奇天烈極まりない。無伴奏合唱曲など宇宙からの交信以外の何にも聴こえない。こんな斬新で鮮烈なモノがその元祖からあったのだから、後世のゲンダイオンガクが袋小路に入るのは宿命だったようにも感じる。

 彼の圧縮様式は音楽を完全に押しつぶして爆縮させたような強烈な印象を与える。しかもそれらは全て徹底的に精緻を極めて計算されつくされている。そのへん、どこか魅力的にカオスな印象を与える同輩のベルクとは一線を画す。天才の頭脳は余人の考える隙を与えない。

 師匠のシェーンベルクの書いた室内交響曲はさらに彼らの精神的な師のマーラーの究極に拡大された様式の裏返しだが、その2代目でいきなり究極に収斂され収縮した。
 
 すなわちヴェーベルンの「交響曲(1928)」である。


交響曲(1928)

 作品28で1928年に書かれたヴェーベルン中期の最終傑作。これをもってドイツ・オーストリア伝統の真の交響曲芸術は死んだとすら云える。クレンペラーフルトヴェングラーなどの大指揮者の手慰み的なものや、芸術としてヴェーベルンを超えられないものはあったろうが、事実上、この地域では交響曲は壊滅し、事実、誰もヴェーベルンを超えられず、交響曲は北欧や南米、ロシア、日本など第3国で発展していった。

 編成は変形された小オーケストラでクラリネット、バスクラリネット、ホルン2、ハープ、それに絃4部(コンラバス除く)というもので、当然絃の数も管楽器に合わせて小さいだろうし、絃もそれぞれ1人(ソロ)で行われる場合もあるという。

 圧縮様式に相応しく、2楽章制で演奏時間は合わせて10分ほど。

 遅れたが完全に調性を放棄した12音技法で作曲されている。 

 シェーンベルクと異なり調の他に形式も崩壊させたヴェーベルンにしては珍しく、1楽章はソナタ形式であり、2楽章は変奏曲で古典的な概観を有する。

 2種類の管楽器が曲者で、ヒヨヒヨ、キーキー、プカプカプーパプ、そんな音しか鳴らさない。これではまるで冗談音楽であり、しかもニューヨークで初演されたのだが、当時のアメリカの聴衆は音楽的には後進国で、プロコーフィエフやアイヴズが 「だめだこいつら……早くなんとかしないと……!」 というほどに落胆した状態であり、この斬新すぎる静寂の極みのような交響曲は爆笑の渦にかき消されて何も聴こえず、さもありなんという気もするが、ヴェーベルンは豪快に凹んだようです。

 1楽章 穏やかに歩くように

 2/2拍子のソナタ形式だが、分断されバラバラにされたDNAのような音形が空中に散らばっており、その形状はもはや「耳認」できない。ここまで来るとその対位法的な書法も一種のカリカチュアと化し、未来への提言となる。彼特有の音色旋律ではかなり面白い超断絶楽想の移り変わりを聴きとれる。はず。ただ、それが「何か音が鳴っている」以外にどのような認識を聴く者に与え得るかは、なんとも云いようが無い命題かもしれない。凡百の聴き手である自分は単純にその音色全体をぼんやりと鑑賞するのみである。7分ほどの楽章。

 2楽章 変奏曲

 主題と7つの変奏とコーダとなっている。それぞれが極めて短い。動機労作ははおろか、動機そのもの……いや動機の一部をただ羅列しているだけのようだ。ところが……短いなりにちゃんと変奏しているからオドロキ。1楽章に比べリズムも細かく変化して面白い。特にホルンは当時としては斬新極まる。こちらは3分ほど。




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