野田暉行(1940− )

 
 野田は日本おける伊福部門下と対抗するもう一つの池内友次郎門下の秀才ということだ。(この両方の先生に習っている者も多い)

 年代的にも、中堅作家の中でも実力派の一人であるが、まだその全貌が知らしめられているとは云えない。しかし、それでもCDを出す機会には恵まれているほうだろう。作品は充実した構成と旋律が魅力で、特に西欧的な構成力が認められるが、日本での学識と研究のみで習得したものだという。(つまりわざわざ留学しているわけではない)
 
 その姿勢と成功は、現代においては、現地へ行かずともその思念、理念、思想、そして感覚をリアルタイムで研究や創造できるということを立証している。
 
 そこは人それぞれであり、じっさいに行かずとも会得できる人もいれば、行って会得できる人もいるということ。例えば物を書くにしても、取材をしたほうがリアルに書ける人と、取材をしないほうがリアルに書ける人とがいるが、似ているのかもしれない。また日本人として、純粋に邦楽への深い共感を示し、作品も多い。そしてそういう作曲家もまた多い。良いことだと素直に思う。
    
 大規模な管弦楽作品は多く、交響曲に関しては3曲もある。音源となっているものは、1番と、コラール交響曲の2曲です。


第1交響曲(1966)
 
 野田26歳時の、初期の大作。強烈な音の印象を誇る重厚な作品で、若き日の猛りといえば良いか。作家曰く、構造と音化(楽想)の最高度の一致を追求したとのことであるが、きわめて学識的な試みではある。日本人として、日本的な情緒、日本におけるクラシックとはかくあるべしといったような主義から解き放たれるべく、作家はもがき苦しんだのだ。

 アレグロ−ラルゴ−プレストから成る典型的な3楽章制。
 
 1楽章は音列技法ではあるが、ピアノも加わり、異常なほどの色彩的な感覚と、リズムの概念、そして、躍動感が素晴らしい。この不定期なリズム処理は、私は松村禎三の流儀につながっていると感じた。日本人のアレグロって、こういうの多い。
 
 アタッカで、2楽章へと続く。ここは一種の変奏曲だそうで、なかなかシリアスな、まったく甘くない響きが逆に心地よい。
 
 これもまたすかさず続くプレスト楽章においても、1楽章で呈示された主題が「あたかも循環形式のように」(作曲者)登場し、統一性を図っている。それは正確には各楽章のクライマックスにおいてだそうだが、この3楽章はロンド形式でもあり、大きく観て1楽章の再現部(2楽章は展開部。)にもなっている。たいへんな変拍子が常に目まぐるしく変遷し、しかもそれがひとつの弛まぬ流れとなって楽章を支配している構築性は、すごいものだと思った。
 
 全体的な構成美を推したい。


コラール交響曲(1968)

 この1楽章制のナンバー無しシンフォニーは、1968年、東京100年祭記念祝典応募曲とやらに優秀賞として選ばれたとのことだ。が、ショスタコーヴィチの祝典序曲のような音楽を期待しては、いけない。2種類のテーマからなる二重変奏(変容)曲で、第2主題に相当する音楽が、いわゆるコラール主題であるが、ティンパニの大連打をバックに、金管群によるただの雄叫びにしか聴こえない(笑)
 
 いちおうこれも第1交響曲と同じく急緩急の構成で、しかも呈示・展開・再現となっているので、構造的にも縮小された交響曲と言うことができるだろう。響きとしては初期の武満や松村を彷彿とさせる、シリアスなもので、これが優秀賞だというのだから、よほど芸術性に富んだ応募だったのか、それとも、当時の流行りだったのか。こんなものが祝祭音楽というのは、現代の感覚では理解に苦しむ。
  
 音楽自体は、とてもいいものです。


 1983年の第2交響曲は、いまのところ録音は無い。

 あと、くわしい曲の事情が分からないが1992年の「三重讃歌」なる曲の英名が、Symphony"MIE ODE"であるからして、交響曲の一種なのかもしれない。




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