浜口史郎(1969− )
主にアニメのサントラをメインに活躍している浜口は、意外にも東京藝大作曲科の出身である。実力主義の世界にあって、だからなんだという話だが、構成など、技術的にやけにしっかりした作りをしてるなあと感じていたので、意外であると同時に、なるほどね……という思いだった。大ヒットしたアニメのサントラを再構築し、交響曲を作ったというので、これは注目せざるを得ない。
交響曲ガールズ&パンツァー(2019)
大ヒットしたアニメシリーズによる、サントラ交響曲である。同じく映画・アニメのサントラ交響曲としては、この交響曲紹介の企画ページの中では、古くはヴォーンウィリアムスの南極交響曲、すぎやまこういちの交響曲「イデオン」、羽田健太郎の交響曲「宇宙戦艦ヤマト」がある。
6楽章制で、40分少々。けっこう、規模が大きい。サントラ交響曲といっても、事実上の交響組曲である場合と、サントラ主題を展開して形式的な構造を持ち、より交響曲らしい姿となっている場合とある。当曲の場合は前者寄りの後者、といった作り。なにせ構成や構築などが技術的にうまいので、どちらかというとリヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲や家庭交響曲のような……それほど複雑ではないにせよ……そんな作りであるといえる。
第1楽章「戦車道行進曲」 出ましたガルパン・マーチ! 個人的には2020年執筆現在、21世紀産日本マーチで最高峰であるガルパン・マーチ。日本産サントラマーチでも、團伊玖磨のキスカ・マーチと双璧を成すと思っている。両方の特性は、戦争ものなのに明るい音調だということ。(ガルパンは戦争ものではないが、模擬戦争ものと定義できる。)
これは、作曲に際し浜口が色々な古い戦争映画を鑑賞して参考にした際、そういう特徴に気づいたのだそうだ。不思議と、古典戦争映画のマーチは、明るいのだという。
厳かなファンファーレから始まる重厚な序奏。続けざま、ガルパン・マーチ主題の牧歌的かつ壮大な変奏。もうたまらん。辛抱たまらん。それから満を持して登場するガルパン・マーチ! このマーチ主題は、今後様々なところで循環主題として登場する。じっさい、サントラも各種の変奏があり、効果的に使われていて、それをまた循環形式として交響曲へ効果的に使うあたりの「うまさ」が憎い。たっぷり2回繰り返して、1楽章を終える。
じっさいにスコアを確認したわけではないが、聴いた感じだと、劇場版のガルパンマーチを下地にしている気がする。
第2楽章「新しい生活と決意」 本項執筆のためにアニメを見返してまではいないので、うろ覚えの記憶で記す。大洗に引っ越してきた主人公・西住みほの新生活のテーマによるメヌエット。サントラ物とはいえ、元の曲がしっかりしているので、このように応用が効く。中間部の牧歌的なテーマも素晴らしい。学園生活の様々なシーンの曲だったかな……。後半はガルパン・マーチの変奏曲。一度は戦車道を捨てたみほが、いよいよ大洗で戦車道に巻きこまれてゆく。その葛藤と決意のテーマ。
第3楽章「戦車道全国高校生大会」 ついに、高校戦車道全国大会である。ファンファーレが、大会の開始を示唆する。くじ引きで、対戦校が次々にきまってゆく緊張感。大洗女子学園は戦車道として現在は弱小校で、いきなりの出場にみな戸惑うのである。そして、昨年まで強豪の黒森峰女学院にいたはずの西住みほがいるので、驚きがひろがる。その不安をあらわすテーマ。さらには、ガルパン・マーチがここでも循環主題として変奏、登場する。じっさい、劇中でもよく登場するので、違和感は無い。ついに、大洗女子学園の命運を賭けた大会が始まる。
第4楽章「数々のピンチの果てに」 物語として大洗女子学園は破竹の進撃を続けるが、ライバルは全て強豪校。次から次へとピンチが襲ってくる。急ごしらえチームの大洗女子学園は、天才的な西住みほの采配とチームワーク、なにより大洗魂でそれらを乗りこえてゆく。緊張感に満ちた、戦闘シーンの数々。そして、挫けそうになる切ない気持ちのテーマ。そこから復活し、勝利を掴む、友情と努力のテーマである。
第5楽章「それぞれの想い」 大洗の急ごしらえチームは、みなそれぞれバレー部復活、学園の継続(優勝しないと廃校)、戦車道との向き直り、単位のため、戦車友達がほしい、など、当初は実に個人的な動機で、いやいや戦車道をやっていたふしがあるが、試合が進むにつれ、みな心はひとつ、想いはひとつとなる。夕日を見ながら語り合う一時。少女たちの、青春のひとコマ。再び、ゆったりとしたガルパン・マーチが変奏され、みなの統一した心のテーマだとわかる。
第6楽章「最後の戦い〜フィナーレ」 決勝戦は、主人公・西住みほが昨年まで副隊長として所属していた超強豪、黒森峰女学院。しかも、実の姉・西住まほが隊長である。ガルパン・マーチ変奏から、戦いの……いや、苦戦の……そして勇壮な決勝戦のテーマへ。超高性能戦車と物量で押してくる黒森峰に対し、ありあわせでしかも圧倒的に少ない数の戦車で立ち向かう大洗。鬼気せまる心理戦、敵の裏をつく大胆な攻め、緊張感にあふれた息も止まる戦車戦。見どころはつきない。緊張感ある構成が、実にうまい。そして、みほの作戦により隊長同士……みほとまほの一対一の対決に物語は誘導される。まさに死力を尽くし、戦車の性能の限りを尽くして戦う西住姉妹。燃える!!! そして、ついに……ついにみほは尊敬し、敬愛する姉を倒し、大洗女子学園は、全国大会で優勝するのである!!! 喜びと感動のファンファーレ。ガルパン・マーチ主題が、優勝旗と共に高らかに鳴り響く。
ここでも、一部劇場版のスコアが使われている気がする。元々、劇場版はTVシリーズを下地にしているので、オーケストレーションを劇場版に合わせて通常オケ編制にしたというか。分かんないけど。
作者は、ガールズ&パンツァーの主題を使った交響曲の作成依頼にプレッシャーを感じ、綿密な音楽構造設計をしてから作・編曲に取り組んだという。その仕事の確かさが、確実に現れているサントラ交響曲の傑作である。純粋音楽と称した鳴り物交響曲の、構成力皆無の単なる交響的組曲や、大層なタイトルや外観とは裏腹に、中身が冗長で聴き触りの良いだけの旋律の惰性である作品とは根底から異なる聴き応えと、構成や構造の確かさがある。
オマケ
CDに、ボーナストラックで「ガールズ&パンツァーのための狂詩曲」という小曲が入っている。ライバル校テーマのメドレーによる、自由形式のカプリッチオである。まずは聖グロリアーナ女学院(ブリティッシュ・グレナディアーズ)からサンダース大学付属高校(アメリカ野砲隊マーチ)、知波単学園(雪の進軍)と来て、プラウダ高校(カチューシャ)、そしてサンダース大学付属高校(リパブリック讃歌)とアンツィオ高校(フニクリ・フニクラ)による変奏、最後に黒森峰女学園(パンツァー・リート)で締めくくられる。実に楽しい佳品。
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