小川俊克(1958− )


 アマチュア作家の方より、自作交響曲の紹介をいただいた。本サイトの日本人交響曲の項では、アマチュアであろうとも作者が交響曲と名付け発表しているものを鋭意とりあげている。ここのところ、自作の交響曲を音源化し、ネット上で発表する人が増えている気がする。以前は学生オーケストラやアマチュアオーケストラで実際に演奏する機会がないと、なかなか音にもできなかったが、現在はDTM等で演奏ソフトを使用して音源化でき、しかもコンピューター音もかなり実音に感触や音色が近くなってきている。さらに、それをネットを使って平易な方法で世に問えるのだから、時代は変わったものである。


第1交響曲「希望」(2020/21)

 第1楽章、演奏時間は12分ほど。形式的には新古典的で、純粋なソナタ形式をあえて狙っている。ただし、そこはアマチュアの限界もある。やはり、ソナタ形式というのは、システム的には単純な部分もあるのだが、それを 「使いこなす」 には、技術的な制約と豊かな発想の限界に誰しもが直面する。プロの作曲家でも、先達の作品が天にも届かんばかりの高い壁……いや、異次元にも迫らんばかりのけして超えられない壁となってそびえているので、もはやそれらとは文字通り別次元の存在として認識する方が精神的にも余裕ができて、作る方も聴く方も楽しめると思う。

 夜明けのような、悲愴を思わせる短い序奏。すぐに、激しく憤りを象徴するような動機。その動機が、しばし小展開する。いかにも劇的で、けっこうカッコイイ。第1主題展開はベートーヴェンの5番の手法に依っているのは明白だが、上手に進む。ブラームスっぽい第2主題の穏やかな動機が現れ、小展開する。第1主題の展開から、展開部だろうか。第1主題を主に扱った後、そのまま再現部へ突入しているように聴こえる。再現部では、第2主題も現れる。第2主題は、再現部内で小展開が続く。コーダは第1主題が引き延ばされ、マーラーの1番の最後のような呆気ない終結を迎える。主題は大仰だが展開部が控えめな点も、いかにも古典的な性格を有する。

 第2楽章は8分ほどの緩徐楽章。解説によると、作者が高校時代に作ったメロディーを使用しているという。長年、とても大切にしていたのだろうことが推察され、それだけで暖かい気持ちになる。冒頭より、朗らかながら芯のあるしっかりとした太い音色で、高らかに旋律が奏される。繰り返しながら主題を展開し、足どりも力強く、勇気をもらえる音調だ。中間でいったん落ちつき、主題はしっとりとした音調へ変わる。そこから高らかに盛り上がり、また風のようなハープに導かれる部分を経て、金管のコラール的な箇所へ到達する。そしてラストへ向けてじっくりと主題が料理されて行き、壮大な山を築く。トライアングルの連打も華々しく、全楽器で伽藍を見上げて、特徴的な音形で終結する。

 第3楽章は11分程度の複合3部形式によるスケルツォ。YouTubeリンク先の自作解説にもあるが、細かく複合主題が扱われているものの、主題そのものは特徴的で分かりやすく、主題労作もあまり無いので、非常に明快な構造を持っている。作者解説を引用すると、進行は次の通りである。AABBACCDCABA-コーダ このうち、スケルツォ相当部分が主題AとBで、トリオ部がCとDになる。序奏無しで、明朗なA主題がまず現れ、いかにも朗らかな雰囲気を作りだしながら進む。冒頭からA主題が繰り返され、まさに田園的、春的、牧歌的な情景を演出。続いてチャイコフスキーを彷彿とさせる、同じく朗らかだが性格の異なる、不思議な音調でピチカートを刻み、それへ乗って流れるようなB主題が登場する。B主題も繰り返され、A主題の主部が短く再現される。そして、トリオへ入る。トリオ部はまた雰囲気を変え、4拍子で異国情緒に富む。C主題は細かいリズムに乗って、雄大で乾燥した主題が草原の風のように移ろう。Cも繰り返されて、不思議な感じのD部分へ到る。風が止み、夜に広大な草原から満点の星を見上げているようだ。短いD部分を経過し、C主題主部に戻る。旅は続くのである。それから、やおら冒頭に戻ってA主題。冒頭の動機は分かりやすいので、容易に再現部が判別できるだろう。B主題へ移り、A主題から大きく盛り上がってゆき、ティンパニも豪快に轟くコーダへ到って、終結する。

 第4楽章。作者によると、おおまかなロンド形式、ABACA-コーダ。演奏時間は10分程。明るい調子に支配され、終楽章の歓喜を演出する。3楽章A主題の派生による、リズムの強調されたA主題。飛び跳ねる様が、喜びにスキップをしているようで楽しい。小展開をしつつ推移し、ハープの音色から静かなB主題に入ると思われる。まるで経過部のようにB主題は過ぎ去って、A主題が展開されながら戻る。小休止から、ピチカートでC主題となる。主題そのものはA主題の派生であり、展開部とも考えられる。穏やかで平和的な雰囲気を持ち、安らかな気分となる。A主題が戻って再現部。あくまで、当楽章の性格は喜びの炸裂、発露であり、古典的性格に終始する。打楽器も連打されて盛り上がりながら、第1・第2楽章の主題も顔を出し、華々しいコーダを迎えて終結する。

 暗から明へ、深刻から楽天へ、闘争から歓喜へと、非常に古典的性格を持ち、分かりやすく楽しい作りになっている。なにより、シンプルで聴きやすい。

 作者のYouTubeによる第1番第1楽章はこちら。

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 2020年12月をもって全曲が完成したわけだが、今後、作者は第1・第2楽章を大幅改訂するとのことである。
 
2021/03/28追記

 まず第1楽章を改訂した作者であったが、その後、その改訂した1楽章を含めて一気に全楽章を改訂したとのご報告を受けた。従って第1楽章は2回改訂したことになるが、ここでは最終版を紹介したい。

 作者によると、改訂といっても大がかりなものではなく、主題の繰り返しを削除したり、全体の音調を修正したりというもの。しかし中には新主題の挿入もあり、全体に粗削りさが無くなって聴きやすくなっていると感じる。

 第1楽章、まず序奏が大きく変わっている。長さが半分ほどとなり、素早く劇的で印象深くカッコイイ第1主題へ導く。主題は、大きくは変わっていない。独特の緊張感があり、かつドラマティックな第1主題と、古典的性格を有する、ブラームス調の第2主題。小展開・経過部を経て、第1主題から展開部と思われるのは変わらない。かなり大きく、たっぷりと第1主題を扱った後、再現部へ到る。短く第1主題の後、第2主題小展開。再現部後半からコーダはまったく様相を異にする。改訂前の、マーラー1番のラストのような紋切り型ではなく、堂々と引き延ばされて、終結する。

 第2楽章、これまでの冒頭に新主題が加えられている。長調の主要主題を引き立てるために、短調の主題を持って来たとのこと。かなり愁いを帯びた物哀しくも、鄙びた調子の民謡風(子守歌風)の主題が、なんとも味わい深い。序奏めいた短調主題の後、ワンクッション置いて、一転した花畑が展開される。その後の展開は、改訂前と変わらない。その後、終結部が大きく変化しており、パン・パパパパーン! とファンファーレめいて終わっていた部分は、主題を展開のまま静かに、穏やか終わっている。

 第3楽章では、これまでの短縮カット版といったところだが、カットした部分も第1主題(A主題の繰り返し)とコーダのみで、演奏時間が少し短くなっただけのようである。しかし、何度聴いても味のある面白い主題が次々に現れ、飽きさせない。
 
 第4楽章も、大きな改訂というより、主題リピートとコーダのカットが中心となっているとのこと。あと、響きが押さえられて地味というより、落ちついてシックになっている。確かに主題の繰り返しは、現代の古典派風作品といえども、あまり行われていない気がする。当時は録音がなかったので、主題リピートでたくさん聴いてもらおうとした……という説もあるそうだが、現代ではしつこいかもしれない。古典派ロマン派の交響曲の演奏でも、リピートをカットする場合も多い。繰り返すことにこそ意味がある(ただ繰り返しているのではない)というレクチャーも受けたことがあるか、何がどう意味があるのかまでは教えてもらわなかったのでよく分からない。話がずれたが、とにかく、小川は今改訂で自らしつこくて不要と感じた主題やコーダのリピートを、バッサリとカットしている。創作とは、生み出すことではなく捨てることだという真理を見た想いである。

 作者のYouTubeによる第1番第1楽章改訂版はこちら。

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第2交響曲「Sirius」(2022)

 作者より、第2番第1楽章完成の報告が来た。全体として緩急を並べた全5楽章制で、演奏時間は1時間を超えるという。ロマンティックな大作になること請け合いである。またタイトルも、吉松隆流の静謐なロマンと壮大さ、純真さを感じさせる。

 第1楽章は、ゆるいソナタ形式風。15分ほど。やはり、これまでの数ある超神作品群により完成され尽くされたソナタ形式をもって、それらに匹敵する代物をイチから創作するというのは、生半可なことではない。そこはあまりお固く考えずに、ソナタ風、擬似ソナタ風の形式というより様式で、より自由かつ気楽に主題を料理してゆくのが良と考える。ここでは、チャイコーフスキィめいた主題の並列、主題の羅列ともいえる提示と、平易かつ長大な展開が見られるように感じられた。

 冒頭、派手ながらも品のあるオープニングがシリウス讃歌の開始を告げる。すぐに半音進行の混じった、面白い主題が現れる。小展開と共に経過し、フルートのソロによる第2主題。神秘的な雰囲気は、第1主題と共通する。そこから長い展開部に入るが、自由に推移して、両主題の断片が入り交じった、しばし平穏な世界が流れる。それが、7分少し前ほどから緊張が現れ、不穏な進行となる。主題断片も時折顔を出しながらゆっくり、じっくりと展開は進み、次第に修練されていく。そして13分ころより、大きくコーダが盛り上がる。最後はシリウスを讃えて、明るく終結する。

 作者は主題作製に試作を重ね、手をかけて料理しているだけあって、全体にとても特徴ある独特の音調に支配された、印象深いものになっていると感じた。初めて聴いたときは輪郭がつかみにくい、ふわっとした、ややぼやけた聴感に感じたが、何度か聴くうちに、大きな世界の冒頭として、虚空に輝く天狼星の遠大さ、壮大さに包まれているような、面白い音調に思えた。

 続いて第2楽章。なんと12音技法の使用により、シリアスな音調の製作を試みている。純然たる和声学も計算が大変だが、12音技法はもっと大変だ。プロの作曲家ですら、作曲して演奏して発表してから、あとで楽譜を見直したら音列の計算が間違っていた、という事例があるほどだ。それは、12音技法のルールで、使ってはいけない箇所で使ってはいけない音を使っていた、というものだという。私は和声も12音も分からないので、計算が合っているのか間違っているのか判別がつかない。あくまで、そういう分析や解説ではなく、聴いた感じでの文藝的表現になる。

 なお、12音技法の難しいところは、作曲家レベルの知識がないと、合っているのか間違っているのか、聴衆にはまったく分からないところにある。つまり、作曲者の自己満足になってしまいがちだし、使用する意味があるのか無いのか分からなくなる恐れがある。

 従って、そういう学術的な検証とは別に、音楽表現として12音技法が活きているか否か、が聴き手としては問題となる。

 ABA'の三部形式あるいは、前奏と後奏をもつ12音技法の主部、といった形式。演奏時間は約8分半。虚空に輝くシリウスの孤独感を表すのに、無調は説得力がある。ゆっくりとした長い音による旋律が流れるが、無調なので輪郭が捉えづらい。とはいえ、調性感のある無調(音列)といった音調で推移する。次第に主題の音価が詰まって、テンポが速く聴こえる。5分ほどでアレグット〜アレグロとなり、緊張感を増す。打楽器も加わり、カオスを迎えようとする。大宇宙は、静寂に包まれているようで、激しく動いている。それがカオスは現れずに唐突に納まり、後奏となる。最後に、グロッケンシュピールの音が煌めいて、深遠なる宇宙の奥にシリウスは遠ざかってゆく。12音技法の神秘的な部分を、巧妙に効果へ変容させていると感じた。

 第3楽章は、10分ほどのワルツ。と、言ってもトリオを挟んだ単純なABA'形式でなさげ。作者によると、「大雑把なロンド形式」という。明るいファンフレーレ的な主題を持つ、たっぷりとしたワルツが始まる。シリウス讃歌の、優雅なワルツである。続けてワルツの展開、あるいは第2ワルツが始まり、やがてピチカートを主体とする不思議な音調の部分へ至る。そこから次第に次の主題が沸き起こってきて、5分半ほどから一気に緊張感が増し、新主題が登場。激しい低弦のアレグロしばし続き、その中に次第に明るい光が差し始める。ハープも鳴り、ついに作者の言う「花火」が、次々に打ち上げられる。それが終わり、冒頭のワルツが短く静かに戻って終結する。ABCDA'の怪奇なロンド形式と言えるだろうか。

 第4楽章は、作者曰く、「マーラーのアダージェットのフォーマットを借り」た、11分ほどの緩徐楽章。弦楽合奏とハープをメインに進む。構成はAA'bA''cA'とのことで、bとcは新たな主題というより、主要主題Aの繋ぎの役割を果たすという。自ら勉強のため、ということで、マーラー5番4楽章の本歌取りといったところだろう。響きそのものを拝借している箇所も多い。しかしながら、全体の音調としては、むしろイギリス音楽あたりの冷たさを伴う。それは、標題の「シリウス」の冷たさ、そして季節が過ぎ、冬の空からシリウスが消えた哀愁の象徴である。

 冒頭から、アダージェットの薫りが濃厚に漂う。耽美的な響きに酔い、かつ、本歌取りの妙(特に和声と、ハープの動きに注目されたい)を味わう。高弦から中低弦へ主題が移り、主題がじっくりと展開して行く。ハープの動きに変化が現れ、前に出てくる。ヴァイオリン(ヴィオラ?)の悲しげなソロが一節、現れ、経過する。bの部分だろうか。それを呼び水として、じわじわと弦楽器全体に主題が広がって行き、三度目の、展開部となる。またハープが動き、切ない動きが現れる。ここからcだろうか。そして、中低弦の主題をメインとして、滔々と流れ行き、宇宙の彼方へ消えて行くのである。

 フィナーレ第5楽章は、ゆるやかなロンド形式。作者によると、その構成は A(abaca)BACABAcode となる。Aパートに小ロンドが内在されており、入れ子状の構造をとっている。この小ロンドは動機単位にまで小さいものだが、細かく推移してゆく。鋭い和音の連打による主要動機aの合間に、静かな部分b、朗らかで快活な部分cが挟まっており分かりやすい。リズミックで明るいBからAの主要動機を挟んで静謐で冷たくやや長い緩徐部のCとなり、あとはABAと進んでゆく。ホモフォニックで魅力的な動機が並び、あまり複雑な展開は無い。ここでのAパートは小ロンドを内在しており、やや長い。最後のAから小展開し、A動機を名要したコーダに向かう。全体に一本調子な感もぬぐえないが、手堅い動機労作を行い、カッチリとした擬古典的な習作として、良作なのではないか。

 作者のYouTubeによる第2番第1楽章はこちら

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 独学による習作的な1番と2番に続き、3番からもっと本格的な創作に挑むというので、とても楽しみである。


第3交響曲「永遠」(2023)

 順調に創作を続けてきている小川より、第3番第1楽章完成の報が来たので紹介する。なお、今作は各楽章にもタイトルがあるようで、第1楽章は「情念」とのことである。全体では、3楽章制を想定しているという。

 また、作者より次の言葉を頂いているので、引用したい。リンク先の英語の訳文であり、本楽章の主題でもある。

 「日々の不安な生活の中で、ふと、永遠の真理とは何なのだろう?
  そんなものが存在するのだろうか。そんなことを考えてみた。
  情念渦巻くこの世界に、真実の光なんてあるのだろうか?
  巷で聞こえて来るのは知性のない獣の叫びや欲望などの情念だけ。
  でも耳を澄ますと、たまに良い響きが聞こえてくるが、次にはまた現実に戻される。
  しかし、慌ただしい日常の中で、たまたま狭い門をくぐり抜けた小さな光を見つけました。
  この扉を開けて永遠の真実に近づくことができるのだろうか?」

 まるで一遍の詩のような素敵な言葉であり、作者の人生にも関する内容であるという。音楽とどのように密接に結びついているものか、聴いてみることとしよう。

 第1楽章「情念」は、13分ほどのソナタ風の自由形式に聴こえるが、どうだろう。冒頭より激しい音調で、聴くものへ訴えてくる。その激しい第1主題の提示は、仮に「情念のテーマ」とでも名付けられるだろう。3分少し前より、第2主題が登場する。弱音で虚無的かつ無調のような主題がしばし提示されてから展開部へと至り、冒頭からの激しい第1主題が展開され、次いで第2主題が扱われる。それからややしばし、中間部というか、この無調風の主題が展開して、瞑想的、哲学的な音調が続く。そこから短い再現部風の小展開を経て、ハープを伴って安らぎの世界へと昇って行く。

 第2楽章にもタイトルが冠されており、「変容」となっている。10分ほどの緩徐楽章で、自由に展開する。リンク先に作者の言葉があるので、参照されたい。

 神秘的で荘厳、緊張感に満ちた音調で始まり、緊張が次第に高まってゆく。それが落ち着き、2分半ほどから新たな、少し明るい主題が登場する。その後は、ティンパニの轟きを伴って、始めの主題が静かに展開されてゆく。壮大なクレッシェンドで大きく伽藍を築いてゆく手法で、6分手前ほどで頂点を迎え、夜明けが訪れる。愛らしいハープが響く中、再び英雄的な音調となり、雄々しく光が満ちる。再び始めの音調に戻りつつ、緊張感と神秘さを保持したまま、終了する。


 作者のYouTubeによる第3番1楽章「情念」はこちら

 作者のYouTubeによる第3番2楽章「変容」はこちら






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