ビゼー(1838−1875)
ビゼーはカルメンとアルルの女でとにかくクラシック入門者にも高名なフランスの作曲家であるが、それ以外となると、とたんに通好みとなる。オペラや今でいう劇伴音楽が有名だが、純粋な管弦楽曲にも、傑作が多い。その中で、若き日のすばらしい音楽に、交響曲第1番がある。作曲者の生前には出版されず、草稿が死後見つかって、ビゼーが死んで60年たった1935年に出版されたとのことである。また、交響曲の草稿は3つあったと記録されているが、2番は破棄されたようで、3番はまだ見つかっていないので、事実上、1番しかない。
交響曲 ハ調(1855)
ビゼー17歳、パリ音楽院に在学中の作品であるが、その才気と完成度の高さには、ちょっと驚く。天才的な筆でしか、こういう音楽は書けない。努力型では、17歳からこんな音楽は書けないのだ。高名な人では、モーツァルト、シューベルト、メンデルスゾーン、ショスタコーヴィチ等がこういうタイプにあたるだろう。
ドイツ古典的な4楽章制で、初期の「フランス音楽」がいかにドイツ流を勉強していたかが如実に分かる。こういう下地があってこそ、サン=サーンスを経てフランク以降のフランス流交響曲が生まれたのだろうし、ドビュッシー、ラヴェルらの作品群も、構成力の点においては、こういう下地がちゃんとあるということだろう。しかし、ドイツの構築性の中にちゃんとフランスのエスプリがあるのがまたニクイ。
その特徴は、古典派からあるようで、メイユールとかが顕著なのではあるまいか。
1楽章アレグロ ヴィーヴォで、颯爽と主題が時間と空間を織りなし、まったく若者らしい、軽いがその分、さわやかな音楽。ブリテンのシンプルシンフォニーよりも、ずっと爽快感がある。メロディーラインが魅力で、この解放感はラテン系の特徴で、ドイツ流にはあまりみられない。
2楽章アダージョもまったく軽くて、軽薄という意味ではなく、軽やかといったほうが良いか。当初、オーボエが悲しげな旋律を吹き続けるが、伴奏のピチカートが良い意味で能天気であり、ここがラテン気質というか、フランス音楽だと思う。若書きのドイツ流儀でも、ちゃんとフランス音楽しているではないか。旋律を受け取った弦楽も、南フランスの草原をかけぬける一陣の風のよう。
3楽章は(表記の間ちがいかもしれないが)アレグロ ヴィバーチェ。スケルツォには聞こえないので、あっているのかもしれない。中間部にはトリオに相当するものがあり、古楽器を模した音楽が聴こえる。とても覇気のある楽章。
4楽章、アレグロ ヴィバーチェ。メロディーは、相変わらずの軽快さと美しさで、書法的には軽くて若書きだが、固定ファンがついてもまったく奇怪しくない堂々たるシンフォニーだ。ブラボー。
いま音楽をやる(作曲する)若い者はほぼ100%軽音楽であり、演奏家はいるだろうが、交響曲を作曲するやつなんか生きた化石だ。というか、絶滅しているだろう。むかしは10代でこんな交響曲を書く粋なやつがいたのだなあ、としみじみ思った。交響曲って楽しいなあ。
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