メンデルスゾーン(1809−1847)
この人のCDなどの名前の表記書きはフェリックス・メンデルスゾーン・バルソルディ(Felix
Mendelssohn Bartholdy)であるが、最後のバルソルディとはなんでしょうね?
関連サイトを調べましたところ、フェリックスの曾祖父が、メルデル・デッサウという人物で、その息子でフェリックスの祖父にあたる人が「メルデルの息子」を意味する Meldels sohn から、読みが良いようにLをNに変えて、Mendelssohn になって、それが苗字となった。じっさい、メンデルの法則であるとおりメンデルという人もいるので、メンデルの息子というわけ。ところで、彼はユダヤ人であり、子どものころは姉と共に石を投げられるなど迫害を受けた。そこで、私はキリスト教徒でありユダヤ人(ユダヤ教徒)ではないという意味をこめて、バルソルディという名前を名乗った。ということだそうです。ユダヤ人にもともと苗字が無く、みんな勝手に作って名乗っていたり、みんなから勝手にそう呼ばれているうちに苗字になってしまったという歴史的背景がにじんでくる。(アインシュタインとかローゼンシュトックとかアシュケナージとか。同じく改宗したマーラーという苗字も、たぶんそうなんでしょうね。)
フェリックス・バルソルディ、またはフェリックス・メンデルスゾーン・バルソルディと名乗っていたそうです。
でも、日本では、ただ単にメンデルスゾーンとして通っているでしょう。
彼は有名で実力家のわりに、作品はマイナーで、特に交響曲では、5曲もあるが、3番と4番以外に聴いたことがある人はよほどのメンデルスゾーンファンか、ドイツロマン派ファンか、私のような交響曲ファンではないだろうか。
メンデルスゾーンはモーツァルト型の天才タイプで、同じく夭逝している。38歳というから、モーツァルトやシューベルトよりは長生きしたようだが。
かつては、マーラー、マイヤベーアと共に、3Mとしてナチスから忌み嫌われた。これは特に音楽的なつながりがあるわけではなく、ただ単にユダヤ人の有名作曲家が3人とも頭文字がMだったというだけのようです。
もっとも、いまではマーラーとメンデルスゾーンは完全に名誉と信頼と地位を回復したが、マイヤベーアという人は、いまいち、忘れ去られたままだ。オペラで当時は人気をはくしたそうですが。
メンデルスゾーンの交響曲は5曲あるが、出版の順番と作曲(初演)の順番が一致していない。それらを正確に並び替えると、1番 5番 4番 2番 3番になるということなので、この項もそれへ従うこととしたい。
第1交響曲(1824)
メンデルスゾーンはモーツァルト型の天才ということだが、なんと、10代の前半でシンフォニアという形で弦楽合奏曲を17曲も作曲している。タマゲタ話である。
そして、堂々と管弦楽による「交響曲」を作曲した。
15歳ッッ!!!
これを天才少年と云わずして、なんというのだろうか。すばらしい。
しかも、ですね。その曲が、15歳が作るのに妥当な出来なら、なにもこのように後世には残らんのですよ。若々しさに加え、完璧なまでの技法、そしてインスピレーション。2流……いや、1流半からもしかしたら1流作家ですら、こんな交響曲は死ぬまで書けないだろう。まさにここには超1流だけがもつ、輝きがある。
もっとも、メンデルスゾーン自体は、前段にも書いたが、超1流の割には……イマイチ、いまは尊敬されていないのではないか。特にバイオリン協奏曲などは……完全に通俗名曲あつかいではないか。真夏の夜の夢は素敵な音楽だと思いますが。
1楽章の冒頭からいきなり青春の煩悶、海に向かって「バカヤロー!」的な、燃え燃えの素晴らしいテーマのアレグロで、古典派の影響もまだ見えながら、当時の最先端現代音楽ベートーヴェンの影も見える。苦悩を表しているらしい表現も、若さゆえの微笑ましさがつきまとう。しかし、それにしても、この展開はお見事。
2楽章はアンダンテで、木管による主題がなかなか良い。悲しげな祈りの雰囲気が若くてもロマン派か。
3楽章は一転して快活なメヌエットだが、主題はなかなか暗めで、低音部の動きとかが、とても重厚。トリオでは前楽章の雰囲気も蘇る。とても美しい部分です。転調して、再びメヌエット部へ戻るが、だんだん暗ーくなってゆく様は、なかなか胸を打つ。フェリックス少年は、なにを悩んでいたのでしょう。
アレグロ・コンフオーコの4楽章は、かなりいい感じのフィナーレ。モーツァルトを思わせる細かい動きの溌剌とした導入部が、良い。でも、響きとしては、ちょっと暗い。思春期青年独特のアンニュイな気分でも反映されているのか。コーダは、若いヤツらしい根拠のない唐突なハッピーな気分にあふれていて、それもまた善き哉。
正統的な4楽章制、30分ほどの立派な初期ロマン派交響曲です。
メンデルスゾーン、凄い人だと思います。コンチェルトの代わりに、プログラムの真ん中に置いても、充分に通用するでしょう。
第5交響曲「宗教改革」(1830)
番号は最後だが、それは死後20年もたって出版されたためで、作曲は、2番目にあたる。それがこの第5交響曲。ずっと前に、N響アワーで、私の持っているCDと同じくサヴァリッシュが振っていたのを観たことがある。なんだか堅苦しい儀式用の音楽みたいな印象があったが、正解。1830年の、ルターによる宗教改革300周年を記念する式典のために書かれた交響曲で、ある種荘厳な雰囲気が漂います。しかし、式典そのものは、カソリック派の反対に遭い取りやめになったそうです。
メンデルスゾーン21歳の作です。これでも、若書きに入るだろうが、1番とはまるで異なる、本物の大人の交響曲作品です。いや、やっぱり凄い。
さて、1楽章冒頭におごそかなコラール旋律が現れるが、これが「ドレスデンコラール」というものだそうで、後にヴァーグナーも楽劇「パルジファル」で使用したということです。この静謐な雰囲気、とても良い。
コラールに続き、アレグロで主題の登場。これはコラールからの派生なのだろうか? とても荘厳で、堂々として、ドイツロマン派の栄光ここにあり、といったようで、素晴らしい。1楽章は10分弱を数え、この交響曲の目玉だ。だいたい古典派のシンフォニーは、1楽章が大変充実していて、中間の二楽章(あるいは1楽章)はつなぎ、そして終楽章はあくまでフィナーレであって、解答だから、最も力をいれるべきなのが呈示の1楽章だったりする。そもそも交響曲が(ピアノソナタやバイオリンソナタという言い方に較べて)管弦楽ソナタなのを考えれば、ちゃんとしたソナタ形式で書かれている部分こそが、真の交響曲なのだろうと云えると思う。
このとっても立派な1楽章、私は好きだな。
2楽章ビバーチェが約6分、3楽章アンダンテはなんと4分という短さ。まあ古典ってこんなものなような気がします。ベートーヴェンは流石にその中では特別的に長いが、後期ロマン派のマーラーやブルックナーが、緩徐楽章に時間をかけすぎ。正直。
でも、さすがはメンデルスゾーン。短い音楽にも手を抜いてません。良い仕事してるわ。ホント。ビバーチェの躍動感、そしてアンダンテの神秘さ、敬虔さ。時間の長い短いじゃないのでしょうね。不思議と、物足りなくはないです。
フィナーレにはルターによるコラール「神はわがやぐら」が使用され、またも厳かな雰囲気。ユダヤ教から改宗した(こんな曲を作曲するくらいだから、新教にか?)ことへの宣言のよう。
リズムに乗った祝典的な主旋律が登場すると、一気に華やいだ気分に。
途中で弦のフーガに金管がコラールでからむ部分などは、なかなかかっこいい。
日本じゃ江戸時代のおそらく11第将軍家斉ぐらいの町人文化華やかなりし時代に、ヨーロッパで現代にも演奏され続ける音楽があったとは。もちろん、日本の古典音楽も、素敵ですけどね!
ちなみに1830年は天保元年です。おお、松平定信の天保の改革!!
祝祭的なコラール主題が回帰して、5番は終わります。
第4交響曲「イタリア」(1833)
メンデルスゾーンの交響曲は、おそらく3番と4番で充分というのが確かなところでしょう。どちらも素敵な音楽ですが、個人的には、4番のほうが好きかもしれない。注目すべきは、この両方が観光交響曲だということです。フィンガルの洞窟にもあるように、メンデルスゾーンの本領発揮は、情景描写なのではないか、と思ってしまう。
さてその4番。アマチュアの演奏会でもときどき取り上げられるが、弦や木管が非常に難しい。表現的にもさることながら、技術的に。パッセージが異様に速くて。
5番作曲の1830年イタリアに旅行したメンデルスゾーンはその風景や文化に感動した。1832年イギリスのフィルハーモニー協会よりの注文で作曲に着手。翌1833年に完成。
全体では30分ほどで、5番と同じ規模だが、内容的にはこちらのほうが濃いと思う。
1楽章冒頭よりたいへんに魅力的な主題がほとばしる。なかなかカッチョエエですぞ。第2主題もテンポが良いし、展開部も含めて、なにより音楽全体がとても明るい。イタリアのラテン的な雰囲気が満開だ。1楽章がやはり最も長く、充実している。やっぱり傑作だなあ。
2楽章アンダンテは夕刻の雰囲気。どこかもの悲しい寂寥感と、朗々たる歌がなんともいえない。3楽章もモデラートで、テンポは上がるが、いわゆるスケルツォ楽章にあたる速い舞曲が省略されている。両方で約6分6分の12分で、中間で気分を変えたひとつの大きな緩徐楽章といえるかもしれない。なかなか珍しい構成になっている。モデラートは、ワルツのような雰囲気なので、まあ舞曲といえなくもないけれども、速くはない。
その、省略された速い舞曲は、しかし、4楽章に登場する。ここは「サルタレロ」という昔イタリアで流行った舞曲の形式が使われている。プレスト楽章。
さあ〜、弦楽器の実力査定のようなこの音楽。がんばってギコギコ潰れないで弾ききりましょう。颯爽と軽ーくひょいひょいと風のように弾くくらいで、イタリアのおカルイ雰囲気が出るのではないか? しかし、元はおカタいドイツ音楽で、イタリアを描写するというのは、なかなか矛盾していて良いなあ。チャイコフスキーのイタリア綺想曲もそうなのだけれども、基本的に能天気なイタリア音楽を、くらーいロシアやドイツ流に料理するというのは、かなり興味深い。同じピッチカートでも、ブラームスとロッシーニじゃ、ぜんぜん奏法がちがいますので。(もちろん、楽譜にはそんなこと書いてありません。だから、譜面通りに弾くと云っても、どのように弾くかは、少なからず考えて、こうかな、こうかな、と変えて行かなくてはならない。)
終曲をかねていますが、しつこくなく、あっさり終わります。このアッサリも、ある意味イタリアらしい?
第2交響曲「讃歌」(1840)
メンデルスゾーンの交響曲中最も長く、そして最もマイナーな2番。これは私もじっさいに聴くまではぜんぜん知らなかったが、オラトリオ形式で、かつ、器楽の1楽章が全体の半分近くをしめ、あとは合唱付のカンタータ。メンデルスゾーンは尊敬するベートーヴェンのかの第九を意識したということで、グーテンベルクの印刷機発明400周年を祝う式典のために書かれたということです。作曲者本人は交響曲ではなく、交響カンタータと呼んでいたそうです。だから厳密には交響曲では無いのでしょう。
1楽章シンフォニアは、30分近い単一楽章で、マエストーソ〜アレグロ〜アレグロ〜アダージョと続く。冒頭は、ホルンの奏でる豊かな讃歌旋律とそれを反覆する管弦楽が神々しい。それが終わるとすぐにアレグロとなる。
勉強不足で、ソナタ形式かどうかは分からないが、作者が交響カンタータと云っているようだから、厳密には、形式にはこだわっていないようにも聴こえる。
祝典曲でもあるので、終始、明るい調子で曲は進められ、景気よく進むが、一転して舞曲ふうとなる。アレグロ・ウンポコアジタートの部分だ。それが終わると、アダージョで、静謐で豊かな気分となる。この後、讃歌の第2部へと続く。
まるでまったくマーラーの第8のような構成ではないか〜。
2部(もっとも、曲には、そもそも1部2部の差はない。)はソプラノ2・テノール1の3人の独唱と混成合唱による旧約聖書のドイツ語訳がテキストとして使われている。
あとは、まあ、ね〜。正直、苦手な音楽です。ドイツ語分からないし。カンタータとはいえ、バッハ的な構成にも聴こえます。ソプラノの二重唱なんか、マジでマーラーに似ている。かの「マタイ」を復活再演したメンデルスゾーン。バッハを研究すると、どうしてもこうなるのかな? 劇的に展開して、アリアやアダージョも奏でつつ、最後はヴィバーチェで盛り上がった後、ハレルヤが高らかに歌われて終わる。
元来、機会音楽なので、理屈抜きで純粋に楽しめれば、それで良いのではないだろうか?
第3交響曲「スコットランド」(1842)
完成がもっとも遅れたが、着手は意外と早く、宗教改革よりも早い1829年。完成はしかし、13年後の1842年だそうです。
イタリアと並ぶ観光交響曲だが、もっと情景描写的な、交響曲というよりも本当に音画。それがメンデルスゾーンの得意な分野なようで、どうも能天気な響きがする。
規模的にも2番に次ぎ、演奏時間は約40分。特に1楽章が長く、だいたい15分。全曲は、アタッカで続けて演奏される。
1楽章はアンダンテで始まり、北の暗い諸島の鬱とした幻想的な雰囲気を伝えてくれる。ここいらへんは、北海道に暮らす身としては、なかなか、親近感があって味わい深い。やがて音楽はテンポをあげて、アレグロとなるが、ほの暗い雰囲気は変わらず。荒々しい描写が、北の海の荒波を思わせて、良い。
序奏から発展した舞踊ふうの主題が展開されて、あくまで交響詩的な雰囲気がある。途中で天気も悪くなり、ヴァーグナーふうにもなる。こっちが先なのだろうけれども。
最後はまたアンダンテへ戻り、静かに2楽章へ。
2楽章はスケルツォ楽章でヴィバーチェ。一転して島のお祭り風景のような、とっても楽しい音楽です。みんな輪になって踊っているような雰囲気で、ウキウキしてくてくる。
3楽章はまた霧がむせび、ストーンサークルが静かに白い世界へ消えて行く風景か。それとも、ミステリーサークル!?
昔はあれは悪魔が麦畑へ悪戯をした後だと思われていたそうですが、いまでは暇人の物好きが夜中にせっせと足で踏んで作っているようです。
中には、とうてい足で踏むだけでは製作不能なものもあるようですが……。
メンデルスゾーンの中では最も大きな緩徐楽章で、10分前後にもなる。後期型アダージョのひな型とも云える堂々としたアダージョ。
4楽章はまたアレグロ。典型的なフィナーレ楽章。こういう予定調和が、交響曲ファンには安心感を与えてくれる。
しかし、開放的な雰囲気が訪れるのが常なのだが、ここでは、また1楽章に戻ったような、暗めの曲調に支配される。激しい音楽がしばし続くが、中間部より同じアレグロでもマエストーソとなって、ここで初めて曲調が変わる。つまり、フィナーレに相応しく、パアーッと明るくなる。うーん、うまい演出だ。厚い北の雲の合間より、太陽が顔を出したかのような喜び。いいねえ。実にいい。
そのまま、大団円でおしまい。
このように、メンデルスゾーンの交響曲は1番以外全て副題や標題がついていて、後のリストなどへも影響を与えたのではないかと推察される。この人は純粋音楽よりも、そういった標題性の中で、よりインスピレーションを得たように思われる。
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