演奏会報告


 実演での伊福部

 最初に実演で聴いたのは、1997年10月4日に札幌において行われた「伊福部昭音楽祭」です。

 テレビでも放送されて、ビデオに撮ってあります。残念ながら昼の部にもカメラが入っていたのですが、ごくごく一部を放映しただけでした。野坂恵子の箏でしたが、なんとも、北海道のお箏の先生方が和服きて(正装して。)たくさん聴きにきてましたが、なんといっても演奏が伊福部、あの戸惑った顔が忘れられない(笑)

 プログラム 
 
 昼の部
 
 野坂恵子 金石澄子
 
 二十絃箏 古代日本旋法による踏歌
 二十絃箏曲 物云舞
 二十五絃箏曲 胡哦
 二十五絃箏曲 箜篌歌
 二十五絃箏曲 日本組曲(二面の二十五絃箏のための)

 夜の部

 指揮 田中良和
 ピアノ 舘野泉
 演奏 札幌交響楽団
 合唱 さっぽろ旭山音楽祭合唱団 他市民参加

 交響譚詩
 ピアノと管弦楽のための協奏風交響曲
 (休憩)
 交響頌偈「釈迦」
 アンコール SF交響ファンタジー1番より抜粋

 夜の部はとても充実した、札響らしからぬ(笑)熱演で、とても素晴らしいものでした。が、交響譚詩が多少練習不足で、特に金管が音ミスしたりと、それはトランペットではしょうがない「事故」であるとのことだが、残念だった。
 
 協奏風交響曲はライヴでの貴重な演奏で、とても良かったです。特に、管弦楽の妙が、なんともいえず、素晴らしかった。オーケストレーションの醍醐味がリアルに味わえるのは、やはりライヴなのですね。

 とても貴重な体験でした。
 
 資料


 実演での伊福部2

 イフクベニストになった日

 2004年5月31日、伊福部昭卆寿記念バースデーコンサートが本名/日フィルで、東京サントリーホールで行われ、北海道から遠征してきました。

 はじめて行くサントリーホール。中島公園の端っこにあり、地下鉄の駅から公園内を歩いて5分くらいかかる札幌コンサートホールキタラのイメージがあったので、ビルの谷間のホールは入り口すら分からなかった。なんだこの狭い空間は、と思ったら、そこがアークカラヤン「広場」だった。ぜんぜん広くない。
 
 ロビーも激狭。キタラのロビー前待合室より狭かった。なにより天井が低い。ホール自体も、一階から見上げるとすごく狭く感じた。それは、キタラも同じだから、ああいうのは狭く見えるのかも。錯覚で。音響は恐ろしく良かった。
 
 プログラム 
 指揮 本名徹次
 演奏 日本フィルハーモニー交響楽団
 合唱 東京混声合唱団 卆寿祝賀合唱団
 
 フィリピンに贈る祝典序曲
 日本狂詩曲
 SF交響ファンタジー1番
 (休憩)
 交響頌偈「釈迦」
 アンコール タプカーラ交響曲より第3楽章

 演奏は特筆に値するすばらしさ。なにより、その空間に集まっていた人々、演奏者、指揮者、観客、みな伊福部を心より愛する者たち。共感と使命、愛着、すべてが渾然一体となり、奇跡のような音楽空間を造り上げていた。
 
 弟子の和田薫、指揮者の井上道義が自分の席のすぐ前の招待席に座っており、帰りのロビーでは池辺晋一郎もいた。
 
 なにより、和田薫に車椅子を押されて伊福部先生ご登場!! これは予期していなかっただけに会場騒然、昂奮、拍手喝采、さらに気分は高揚した。
 
 フィリピンではまだオケもエンジンが温まっておらず、曲も戦時統制下による陸軍委嘱文化庁令によって書かれたため、そう単純に盛り上がるものでもなく、秘曲を聴く喜びにひたるのみだったが、続く日本狂詩曲の物憂げな旋律、生演奏で味わうオーケストラ及び打楽器群の絶妙な音響効果、ビオラとバイオリンの見事なソロと続き、2楽章のインテンポで繰り広げられる悠然たる解釈の後、ラストの盛り上がりに観客は大喜び。そのままの気分でゴジラ登場!! 冒頭のゴジラ登場テーマはトロンボーン2本のところを倍の4本で! すさまじい迫力、すごいエネルギー、これぞ映画を超えた映画音楽の力!
 
 休憩前には伊福部先生90歳、ゴジラ50歳を祝い、指揮者挨拶、花束贈呈。

 本当は禁止なのだけれども、だれもかまっていられない、イフクベファン、フラッシュの嵐。
 
 釈迦はCDでは2種類ほどあるのだが、けっこう1楽章など長く感じるもの。札幌での実演でも、アンサンブルが甘かったせいか、ちょっと間のびした感があったが、今回は完璧だった。ひきしまった造形、深い心情、インドの情景。人間・釈迦の苦悩。悟り、降魔。悠久の時を告げる鐘の音。
 
 なにもかもが心の琴線をとらえてはなさず、合唱も気合充分、最後の仏法を讃えるコラールがホール内に燦然と輝き終わるや、人々の昂奮も頂点に達した。そこで伊福部先生が起立され、みなの祝福を受けられた。思わずわたしも立ち上がり、生まれてはじめてのスタンディングオベーション。あちらこちらで先生を讃える起立がおき、あらためて会場は拍手喝采!!

 我らみな等しく作曲者臨席の栄に浴し、音楽を共する時間を有し、偶然か、音楽の神様の思し召しか、わたしのすぐ側に招待席があったため、その丸まった背中をしみじみと眺めた瞬間、嗚呼! わたしはいま歴史の瞬間に立ち会っているのだ、このすばらしき音楽の創造主と共にかれの音楽を聴き、起立と拍手をもってかれと彼の音楽を讃えているのだ、これが、これこそがいまそこにあり己と共にある現代の音楽なのだと思った瞬間、何かが弾け、感涙滂沱! アンコールのタプカーラが鳴っている最中も、ハンケチで止まらぬ涙をぬぐいつつ、おおげさだが、生きてて良かったとさえ思った。
 
 スタンディングはアンコールの後もしばし続いた。惜しみない称賛は、ステージ上の演奏者の方々にもとうぜん、向けられた。
 
 かくも、音楽というのは人の魂を振るわせるものなのか。

 かくも、音楽の力というのは偉大なるものなのか。
 
 心のそこから痛感し、感激した。この演奏会は一生忘れない。忘れられない。わたしの人生の宝物となった。企画してくだすった関係者様、オケ・合唱各指揮者様、日フィル他演奏者のみなさま、本当に本当にありがとうございました。
 
 そして伊福部先生。
 
 先生の音楽に出会えたこと、先生と音楽を共有できたこと、先生の音楽の根源のひとつである北海道に生まれ育ったこと、心より嬉しく想い、誇りに想います。

 マーレリストに続いて、わたしは完璧なるイフクベニストになったのであった。

 資料2


実演での伊福部3

 
伊福部昭音楽祭in音更エエェーーーーッ!!!!(なんでも鑑定団ふう)

 作曲家伊福部昭氏を讃える「ゆかりの地レクチャーコンサート」
  
 2005年11月23日、北海道十勝管内音更町、すなわち伊福部先生が幼少期から青年期を送られた音更町において、作曲家伊福部昭氏を讃える「ゆかりの地レクチャーコンサート」と題して、特別演奏会が行われました。

 以下が演目です。

〈第1部〉レクチャー「音更に於ける伊福部昭」

 伊福部玲(陶芸家・伊福部昭氏長女)
 山口武敏(音更町長)
 小森政男(ホトトギス同人・音更小学校同級生)
 川上敦子(ピアニスト)
 小高一郎(郷土史研究家)

〈第2部〉札幌交響楽団コンサート

 指揮 高関健
 ピアノ 川上敦子
 演奏 札幌交響楽団
 合唱 混声合唱団ヴォイス・ブーケ

 音更町歌
 日本組曲
 ピアノと管弦楽のためのリトミカ・オスティナータ
 (休憩)
 シンフォニア・タプカーラ
 アンコール SF交響ファンタジーより「ゴジラのテーマ」と「ゴジラ対キングコングのテーマ」

 高速道路の整備により、私の実家より音更町まで4時間ほどで行けました。それでも日勝峠は時間がかかった。早く道央道と道東道をつないでほしい。使いもしねえ新東名とかちんたらやってんじゃねーぞ。

 音更は、正直ド田舎と思ったが、幹線道路沿いは実家より発展してた(笑) なにやら昨今は帯広のベッドタウン化し、人口の増加が著しいそうな。羨ましい。帯広駅から直線で15分ほどだし、たしかに便利。

 レクチャーは30分ほどでした。まあみんな好きなことをバラバラとしゃべる感じ。やはり最後の玲先生のおはなしが貴重だった。印象に残っているのは、次の2点。玲先生が子どものころ、家に初期のお弟子がたくさん来ていたとき、自分の家では子どもがうるさいから、作曲ができないと云った某お弟子に、大先生は 「子どもの声がうるさいから作曲できないのなら、作曲なんかするな」(たしか。) とおっしゃったのと、ご本人が云うのには玲先生はピアノとか一通り習ったけどぜんぜんダメで、けっきょく焼き物をするようになった時、ピアノで鍛えた指が土を捏ねるのにとても役に立ってると大先生に云ったら、「それが教育だ」 とおっしゃったとか。いつか自分の子どもにも云ってみたい言葉です。

 さて、引き続きの演奏ですが、初めにまず文句を云うと、お客はやはりというか……ダメすぎ。音更町民、演奏中にしゃべるなよ(笑)

 年寄りなあ……。どこも同じか。
 
 音更町町歌は音更町のホームページで聴くことができます。

 こんな重厚な町歌は、ちょっと無いですよね(笑)

 日本組曲は原曲のピアノ曲は難曲で知られますが、管弦楽版もやっぱり難曲です。札響はよく合わしてましたが、ちょっとアンサンブルに難あり。しかし、よくやりましたわ。しかも、会場が狭くて、山台が組めなかったので、管打楽器が平だったのが残念だった。実家の文化センターもそうだが、田舎の多目的ホールで現代曲をやると、よくある現象です。
 
 実演で聴けたのは、でも、とても楽しかったです。

 次のリトミカがねえ、最高の難曲で、CDで聴いてもすげえなコレ、と思っていましたが、実演だったら、とんでもない、あり得ないくらい難しい曲です。ようするに日本語の韻文に合わせて5+7とその変形の変拍子の嵐なんですが、他の現代曲のように、なにやってんだかわかんない曲のほうが、まちがってもお客も分かんないからラクなんですが、こういう、ちゃんと音楽の形をしている曲ってのは、間ちがったら分かっちまうもんだから、演奏者もプレッシャーが凄いです。

 まあ聴いてて、おっ、おおっ、うおっ、アブねえッ! という感じでした。

 演奏後の挨拶で、指揮の高関先生も、「正直、大変だった。でもなんとかなった」 と苦笑い。

 打楽器の真貝先生にも演奏後に挨拶をしたが、台が無くって打楽器が見えないのが残念でしたと云うと 「いやもう大変でした、見られなくて良かったです」 とこれも苦笑い(笑)

 さらにピアノの川上敦子さんも、CDを買った人にサインをくれるというのでもらって挨拶したら 「さいしょ譜面を見た時、えっ、なに、これ、どうやって数えるの!? 状態でした!!」 と眼をまん丸にしておっしゃってました(笑)

 すげえ曲だ。再演されないはずだわ。ボロがでちゃうから。オケもピアニストもおいそれと手を出せない。プロコフィエフ+バルトークというのは、云いえて妙です。まあとにかく、すげえ曲でした。みなさま、お疲れさまでした! 実演で聴けて本当に貴重な機会でした、有り難うございました!!

 そして、休憩後のタプカーラは、これは良かった!! 札響の悠揚たる響きが、まあキタラには及ぶべくもないが、音更町文化センターホールに響きわたり、ちょっとジーンときた。

 名曲だよなあ。高関センセはイヨッ! とリズムの端で爪先を上げて指揮するのがバーンスタインっぽくて面白かった。

 やっぱり3楽章の金管が、平なので、響きが足りなかったが、ノリノリで良かったです。(トロンボーンのグリッサンドがもっと聴こえたら良かったが、残念だった。)

 アンコールは、やっぱりこりわはずせねえ、ゴジラ! あと、映画ではアーシーアナロイアセケーサモアイの歌詞で高名な(?)ゴジラ対キングコングのテーマを、SF交響ファンタジーより抜粋してました。よーし、うむうむ、よーし。

 色々な人とお話もできて、非常に有意義な演奏会でした。総踏破距離は、帰りに札幌にも寄ったので、700kmくらいでした。

 資料3


 実演での伊福部4

 故伊福部昭を偲んで〜奥村智洋ヴァイオリンコンサート 札幌ルーテルホール 2006年6月17日

 故伊福部昭を偲び、札幌で、高名な奥村智洋のヴァイオリンにより、伊福部のヴァイオリンソナタ、他が演奏されましたので、道内なので駆けつけました。

 演奏に先立ち、主催者挨拶。曲目は下記の通り。

 ロカテルリ ヴァイオリンソナタ第7番「トンボー(墓)」 (イザイ編曲)
 南聡 「眼の格子」
 伊福部昭 ヴァイオリンソナタ
 (休憩)
 チャイコフスキー ピアノ三重奏曲「ある偉大な芸術家の想い出のために」

 ヴァイオリン/奥村智洋
 ピアノ/新垣隆
 チェロ/石川祐支(札響首席奏者)

 この演目の趣旨は、主催者によると下記の通り。

 北海道と非常に縁のある伊福部先生を偲び、ぜひ札幌で先生の作品を演奏したかった。札幌に在住の南さんと伊福部先生の作品を真ん中に、ロカテルリの「墓」を追悼とし、最後にチャイコフスキーの大曲「ある偉大な芸術家の想い出のために」を伊福部先生に捧げる。

 なんという素晴らしい大変に意義のあるプログラムだと感心した。

 私はふだんオケ聴きなので、正直、(かの高名なチャイコのトリオを含み)伊福部作品以外はすべて初めて聴くものばかり。しかしたまには耳の鍛練にいいだろう。特にチャイコは50分!! もの彼のシンフォニーに匹敵する長大な作品で、寝るか寝ないかが勝負の分かれ目か。

 ロカテルリはバロック時代の作品であるが、無伴奏Vnソナタで高名なイザイが現代的に編曲している。10分ほどの古典的なソナタだが、装飾的に強化され、奥村の熱演もあり、聴き応えが充分だった。

 奥村は既に国際的な評価を得ている奏者だそうで、音の厚みと軽やかな弓さばきが同居し、けして技巧だけに終わっていない内実ある音楽を出す人だと思った。
 
 南の曲は1991年のものだが、現代ではあるが、ギーコギーコしたような鋭い曲ではなく、武満流のワンバイワンのリズムにそった10分ほどの単一楽章作品。霧中のような茫洋としたイメージの響きが聴きもの。

 いよいよ前プロメインとして本日の私の目玉、伊福部。

 その前に、先生の晩年の弟子で釧路在住の作曲家、石丸基司氏のトークがあって、亡くなられる直前の貴重な様子を伺う。

 2003年頃より体調を崩され、入退院を繰り返していたが、基本的にはお元気で、高齢でもあるため、年相応の心配をしていた。しかし去年の暮れ、ノロウィルスにやられてダウン。入院し、検査の結果ガンが見つかり、さすがに親族・関係者がしんみりとなったらしい。

 手術は成功し、一時は持ち直したのだが、1月19日に腸閉塞にて再び入院。担当がきれいな女医で、ピアノを弾く老人として院内でもブイブイ云わせていたというから恐れ入る(笑)

 お元気そうな写真の添付されたメールがご長男の伊福部極氏より石丸氏の元へ届いていたというが、「今日は機嫌が悪い」 というメールが届いた2月8日の夜、「おやじが死んだ」 との一報。

 病院では1日2本、必ずお煙草を外で吸っていたが、死んだ日だけ3本だったというのも伊福部先生らしいエピソードだろう。

 石丸氏の提案により、「先生は湿っぽいことがお嫌いだったので、追悼演奏会というと最後は拍手ナシとかよくありますが、本日はぜひ盛大な拍手をいただきたい」 となる。

 さて長くなったが演奏である。

 本曲において、伊福部のソナタ形式自体が珍しく、人によってはぎこちない、伊福部にソナタは似合わない、音楽も何か異質な感じがして変だ、という意見もある。

 それはそれで誠に適格な指摘だが、この作品はあえてそのぎこちなさ、異質さも含めて面白いのだろう。伊福部の音楽はすなわち、何事においても異質さを味わうのだから。

 うなりを上げる第1主題、叙情に満ちた第2主題。遠慮がちな展開部、再現部からコーダへの一気呵成の面白さ。

 奥村は完璧にしかも熱意をもって弾きこなして行く!!(CD出して!!)

 2楽章の釈迦との共通の素材も瞑想的に、あくまでオーケストラが鳴っているような雄大さも忘れない。

 3楽章の第1テーマは(タイトルは出てこないが)映画音楽との共通のもので、中間部の緩徐的な静けさとの対比がたいへん際立っており、流石。第1テーマが再現されるとその超熱演に私も鼓動が高まり、興奮して目眩がした。終演後思わずヴラヴォー1発。

 (予断だが、ちょうどこの追悼の興奮のさなかに、苫小牧の大叔母が亡くなった。)

 もちろん、ピアノ伴奏の新垣氏も素晴らしい演奏だったのは云うまでもない。

 休憩後、本日はルビンシュテインではなく、伊福部昭に捧げられたチャイコフスキーも、これがまた素晴らしい演奏!! 寝ないどころか、1楽章における各主題の描きわけ、展開の見事さ、なによりヴァイオリン、チェロ、ピアノの絶妙な駆け引きがたまらない。2楽章の変奏も上手だったし、コーダも気合が入り、ラストの葬送行進曲はマーラーの9番もかくやという静寂と緊張と美。

 というかこの曲誰かオーケストラに編曲してくれないかなあ!(笑) シンフォニーでも立派に通用する名曲ですね!

 資料4


 実演での伊福部5

 札幌大谷学園 開校百周年記念音楽会より 2006年10月12日

 ぜんぜん知らなかったのですが、偶然、札響の演奏会予定を眺めていて発見。急遽、会社を早退して駆けつけました。翌日の仕事の関係で、前半プロで帰って来ました。

 末廣誠/札幌交響楽団/齋藤易子(たいこ)marimba
 
 オーケストラとマリムバのためのラウダ・コンチェルタータ

 他の演目もありましたが、割愛。

 ラウダの録音は4種類ほどあるのですが、1種類は吹奏楽編曲で、それは山口多嘉子がソロである。後の3種類はみな初演者の安倍圭子です。ソロの齋藤は大谷短期大学音楽コースのOGで、桐朋学園を初めてマリンバ専攻で卒業し、現在はベルリンを拠点に活動しているヴィブラフォーン奏者。マリンバでは、安倍の弟子でもある。

 1979年の、初演の3か月後に札幌で、安倍圭子のソロで再演されたそうです。その27年後にお弟子が、同じく札響で演奏されるというのも、感慨深いものがありました。

 安倍の演奏では山田一雄の指揮や、新星日響の演奏でやたらと豪快で熱いものであり、それに聴き慣れた耳では、札響の伊福部はなんとも物足りなく思うかもしれない。分厚い弦や、怒濤のマリンバというものは、札響と齋藤では聴こえて来ない。(実演とCD録音はそもそもちがうでしょうし。)

 しかし札響は、シベリウスや武満をも得意とするオーケストラである。伊福部の中にひそむそれらに通じた叙事性、叙情性、それに透明感に満ちあふれている。札響の伊福部はまぎれもなく札響にしか無い伊福部像を確立している。ここぞというときの迫力もあるし、後は、よりアンサンブルの精度を上げれば、さらによい伊福部となるだろう。

 齋藤のソロは師の安倍のような力強く陶酔するというものではなく、技巧派でスマートな理知的なもので、札響の響きに合っている。もしくは、ソロに合わせてそういう響きを末廣がさせたのかもしれない。カデンツァにはマレットの柄で叩いてみたり工夫もあった。

 難しいアレグロの三連符もよく合い、よいラウダでした!

 資料5 


 実演での伊福部6

 伊福部 昭の世界 −民族と大地に根ざした大作曲家を偲ぶ音楽の夕べ− 2006年10月23日

 札幌キタラ小ホールで行われた室内楽の夕べに行ってきました。伊福部先生が学生時代に愛し、生涯敬愛しつづけた作曲家と、伊福部先生の作品という有意義なプログラムです。

 ヴァイオリン:三原豊彦(札幌交響楽団第1ヴァイオリン奏者)
 ピアノ:土肥睦子
 協賛演奏:川越 守/北大オーケストラ

 ストラヴィンスキー:イタリア組曲
 チェレプニン:ピアノのための8つの小品より「瞑想」
 伊福部昭:ピアノ組曲より「七夕」「盆踊」
 シュールホフ:ヴァイオリン独奏のためのソナタ
 ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
 (前半アンコール)
 ストラヴィンスキー:火の鳥より「王女たちのロンド」

 伊福部昭:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ
 伊福部昭:土俗的三連画

 イタリア組曲はプルチネッラ組曲のさらに簡易室内楽版です。なんともバロックじみた様相が現代的なアレンジに変わっていて、伊福部の編曲魔は同じく自作の編曲魔だったストラヴィンスキーに端を発しているのではないかと考えさせられた。

 チェレプニンの小品は、はじめて聴いたが、スクリャービンとドビュッシーを髣髴とさせる、当時のモダン様式。それへ師事した伊福部は、やはりあえて定義すれば、ロシア神秘派・フランス楽派の流なのだと感じた。

 時間の関係でピアノ組曲は2曲のみだったが、演奏順は表記の通り「七夕」→「盆踊」だった。これが悪くない。ショートピースとしても充分に存在感を示している。演奏はストレートに楽譜を刻むもの。ミスタッチがあったような無かったような。盆踊のテンポは遅めで、じっくり弾いていたのが印象的だった。

 シュールホフは北大オーケストラ時代に伊福部が行った現代音楽祭でじっさいに伊福部昭独奏で演奏されたものだそうです。難曲なのだが、これを学生、しかも音大でもない、農学部の学生が弾いていたと、そうとうの腕前だったことが推察される結果となった。三原は弦を切ってしまうほどの熱演だった。

 ラヴェルでしっとりとした後、アンコールというでもないが、1曲。10年前の伊福部昭音楽祭(実演での伊服部の1)で放送されたドキュメンタリーで、伊福部先生と同輩がドラマの中で演奏した曲。それが王女たちのロンド(Vn、Pf)で、それをじっさいに演奏して録音したのが、今日の三原と土肥だったそうです。そんなわけで、関係者には懐かしさで涙ちょちょ切れの1曲でした。

 後半はヴァイオリンソナタ。6月に奥村智洋の超演奏を聴いたばかり。三原の演奏は鳴りやテクニックという点では奥村の足元にも及ばなかったが、その代わり、海霧(ガス)かかった道東の海原というか、ある種独特の、茫洋たる白昼夢に波の音とカモメの声と潮の流れがあるような、まさに札響でしか聴けぬヴェールを通したようなほの明るい、ほの暗い味わいがあって、それはそれで非常に情感深い演奏でした。どちらもそれぞれの良さが出たヴァイオリンソナタを2種類も聴けて、幸せでした。

 土俗的三連画は、ピアノだけ土肥が入って、あとは北大オーケストラで伊福部の凄い後輩にあたる現役生たちからの選りすぐりメンバー。結論から云うと、とてもではないが聴けたものではなかったが、曲自体が非常にソロイスティックかつアンサンブルの妙で難しいのと、音大ですらない、一般大学の大学オケであるというのを勘案すれば、非常によくやった、まさに熱演であったと感心した。ブラヴォーな頑張りであった。

 その後、懇親会に一般枠でもぐりこんだが、関係者の挨拶が長くて大変だった。偉い人がたくさん集まると、どうしてもああなる。

 資料6


実演での伊福部7

 川上敦子ピアノリサイタル 〜 伊福部昭を偲んで 〜 2006/11/28

 ピアノ:川上敦子

 ベートーヴェン:第8ピアノソナタ「悲愴」
 伊福部昭:ピアノ組曲
 伊福部昭:ピアノ独奏版「日本狂詩曲」

 音更よ再び!!

 まさか、また1年を経て行くとは思わなかったが、この1年の間に、伊福部先生の逝去というとてつもない大事があったことを考えると、なんともいえぬ感慨があった。

 音更町文化センターは去年行ったから、余裕で行けると過信していたら、案の定道に迷い、5分遅れで会場へ。しかし、我輩の到着を待っていたかのように!(笑) 開演が5分遅れで、間に合ったのだった!!

 会場は7〜8割ほど埋まっていた。なんとも懐かしい。ちょっとプログラム構成に難があり、各曲の間に15分の休憩があったが、それも致し方のないところであろう。ベートーヴェンと伊福部は続けては無理だし、ピアノ組曲と日本狂詩曲をぶっ続けで弾けとは、即死しろと云っているに等しい(笑)

 私は本来はオーケストラ聴きでピアノソナタもほとんど聴かないのですが、ベートーヴェンの悲愴くらいは知ってます。

 後期ソナタにある、深い精神性というよりむしろ、異様なほどに深化した純粋な旋律というより響きそのものを味わうような音楽ではなく、やはり若い時の作品なので、短調といえどもストレートな音楽としての旋律が聴こえてきます。川上のピアノはそれを純粋に鋭く削って行くタイプで、情感とかには乏しいですが、古風でいて現代的な、新古典的とも云える不思議な感覚がありました。面白かったです。

 ピアノ組曲も、もちろん同じ要領で、これをどうしてもオーケストラの日本組曲と同列に聴いてしまう人がいるようだが、やはりピアノのための珍しいレパートリーとして聴くと、原曲の味わいもひとしおかと思われる。

 もちろん日本組曲も情感より現代曲としてのドライな響きを重視した演奏があり、それも面白いと思う。川上のピアノ組曲は、非常に作曲家が気に入っていたものということで、しかも、ドライな部類に入ると思う。と、いうことは、伊福部はこのピアノのための作品を、自らが気に入っていた近代ロシア、フランス、スペインの諸作品になぞらえ、精神は民族的であるが書法は現代的という構想をしていたのではないか、と推察される。

 この和音が重なった部分ではミスタッチなのかどうかも分からない強烈な響きと、透明な和音進行が命の部分とが同居した、非常に現代的なピアノ作品は、意外と、モダンな演奏で真価を発揮するのかもしれません。

 日本狂詩曲のピアノ独奏版は、非常に難曲で、献呈者の川上も当初はどのように退けば良いか戸惑ったという。というわけで初演(CDがあります。)は迷いがあり、表現も管弦楽の核のみを取り出したようなスカスカ感で、人によってはこんなもの日本狂詩曲でもなんでもない、という評もあるが、それもまた乱暴なハナシで、ピアノとオーケストラを比べて云う発言ではない。

 それはそうと当夜の演奏においては、考え方や表現を試行錯誤し、研鑽して初演よりかなり変えてきた。つまり、オーケストラ版に非常に近づいた演奏で、初演と同じ曲とは思えぬほど鳴っていてビックリした。さすが伊福部昭、そういう表現も可能な編曲でもあったのだ!

 初演の解釈は解釈で嫌いではなかったが、やはり、こう来られると原曲のファンとしては素直に嬉しい部分もあった。アタマの中でオーケストラが鳴り響くほど聴き倒しているのだから、なかなかディープなファン(マニア)を相手にするのは難しいだろう。スタジオ録音が望まれる作品である。

 演奏会も盛況の内に終わり、その夜はモール温泉にてゆっくりと琥珀色の湯につかり、ビールで打ち上げをし、心地よい満足感と共に爆睡いたしました。

 翌日、既知とさせて頂いている伊福部玲先生にひっついて、音更町立図書館にて伊福部昭資料室を見学。いろいろ説明して頂く。また玲先生が非常に貴重なエピソードを次から次へとお話しされるものだから、いちいち驚き、感心し、記憶に止めようとして疲れる(笑)

 印象深かったのは、大先生の子ども時代のエピソード、音更空港から複葉機によく乗せてもらっただとか、始めてヴァイオリンを役場へ務める人にもらっただとか、玲先生のおばあさん、つまり大先生のお母さんがいちど音更川に落ちて流されたが、柳の木にしがみついて、助かったことがあるとか、でした。

 また伊福部先生のお父さんは音更町の村長でしたが、その前に音別町の村長もしていたらしいことが判明しました。

 そしてもっともケッサクだったのが(スミマセン)喜寿記念演奏会で伊福部先生が指揮をとり、日本の太鼓「ジャコモコ ジャンコ」を演奏し、いわゆる「古弟子」連がハッピを着て最後に太鼓を叩くというパフォーマンスをしたのですが(CDもあります。廃盤ですが中古市場にたまに出てきます。)そのさい、CDを聴いてもすぐ分かるのですが、古弟子連の太鼓がぜんぜん合ってなくて(笑) なぜか池野先生の奥様が 「なんであんなに合ってないの!」 と激怒されたらしくって(笑) 懐かしそうにおっしゃってました。

 その後、図書館で川上さんも合流され、旧村長公宅のあった役場へ行き、家の前にあって伊福部先生がよく遊んでいたという広場や池を見学。そしてそのとなりにある音更神社に行き、宮司さんに社殿を案内して頂いて、お話を聞き、それから私はお別れさせて頂き、音和の森へ。

 それから帰って来ました。

 「現実生活」に(笑)

 資料7


実演での伊福部8

 伊福部昭一回忌追悼演奏会 野坂恵子リサイタル 10年を経てキタラに二十五絃筝再び 〜2007/2/4〜

 キタラ小ホールにおいて、野坂恵子による意福部昭一回忌追悼演奏会が行われ、行ってきました。札幌の後、音更において2月8日の御命日ドンピシャに同じ内容で行われましたが、それは行けませんでした。

 思えば、ちょうど10年前の1997年、伊福部昭音楽祭昼の部において、初めてナマで伊福部というものを聴き、魂魄の底の底まで伊福部芸術に浸かっているのは、野坂先生の筝からであり、そう考えると非常に感慨深い。10年前は聴きはじめでまだよく内容も分からなかったが、今回は事前にCDで聴き込んだこともあり、非常に良かった。

 演目はこちら。今回はソロリサイタル。

 野坂恵子

 二十五絃箏曲「胡哦」
 二十五絃箏曲「幻哥」
 古代日本旋法による蹈歌(二十絃箏)
 二十絃筝曲「物云舞」
 二十五弦箏曲「琵琶行」〜白居易ノ興ニ效フ〜

 10年前は琵琶行がまだ作曲されてなかったですね。

 胡哦と幻哥は意外に聴きやすい旋律がこぼれるように出てきて、筝だというのを忘れさせてくれるが、その中でも、微妙なうわずり感や、響きの余韻が、邦楽器だと思わせた。元はギター曲やバロックリュート曲の場合が多いが、(蹈歌などはギターの譜面でそのまま弾けるらしい。)それをもってして、日本の楽器による表現が可能であり、かつ、邦楽ならではの味わいも出しているのは、野坂の演奏もさることながらやはり楽曲の底力だろうと感じた。

 しかし、演奏しながら琴柱の位置をバンバン変えて調弦(変調?)しているのだからスゴかった。

 物云舞は伊福部初のオリジナル筝曲で、この前に郢曲「鬢多々良」があり、それに関わった野坂があまりに卓越した技巧だった為、彼女に作曲したもの。片山の解説によると、室町ころまで存在した、言上(台詞)と歌と踊りとが合わさった芸能ではなかったか、ということで、その土俗的な雰囲気の再現を目指してある。踊りはおろか、「物を云ふ」 ところまで筝で表現するのだから大変だ。ティンパニに使う大きなT字のチューニングキーで演奏しながら調を変え変え(置く度にカタカタ音がしたので、タオルでも用意してあげれば良かったのに。)、すごい表現力と演奏技術を必要とする音楽であり、野坂の演奏はその指標だろう。

 (てか、筝にあんなチューニングキーで調絃する機構があるのに驚いた。二十絃、二十五絃ともなれば創作現代楽器だから、つけたのでしょうね。)

 白眉は何といっても琵琶行で、白居易の詩に拠る一種の標題音楽。そのまま管弦楽にすれば見事な交響詩になるだろうほどの内容で、同じほどの演奏時間ながら箜篌歌のような、ちょっと意味が伝わりにくい部分があるわけでもなく、素晴らしい1曲に仕上がっている。伊福部先生が83歳のときの作曲だそうだが、創作力の充実を否がおうにも感じる大曲である。

 冒頭、夜の川に船を浮かべ白居易が友人と酒を飲み左遷の憂き目を嘆く物悲しい部分、やおら聴こえてくるえも云われぬ琵琶の音色、都落ちした琵琶の名手の老年の女の独白、それを受けた、彼女の人生のような激しい琵琶の音、それへ自身の境遇を重ねて落涙する白居易の姿を、琵琶に成り代わり筝が、白居易に成り代わり伊福部昭が切々と、そして豪快に響く。

 ブラヴォーという他はない。

 資料8


実演での伊福部9

 桐朋学園芸術短期大学 日本音楽卒業コンサート 〜2007/3/3〜  

 伊福部昭音楽祭・前夜祭 桐朋学園ポロニアホール

 本来では、行く予定ではなかったのですが、急に情報を得まして、駆けつけました。小宮先生(野坂先生の娘さん)の編曲作品も演奏されたのですが、例年はこんなに人がいないという事でした。翌日の音楽祭に合わせてか、本当にお客さんがいたように感じました。野坂先生も来ておられて、挨拶させていただきました。

 上野雅亮:「涙滴」 低二十五絃箏、尺八、アルトフルート、チェロのための 
 伊福部昭:二十五絃箏甲乙合奏 「ヨカナーンの首級を得て、乱れるサロメ」−バレエ・サロメによる−
 中能島欣一:三弦協奏曲第一番
 野坂恵子:TUGARU(編曲:小宮瑞代)
 伊福部昭:郢曲「鬢多々良」
 アンデリーセン:Hoketus

 伊福部作品では、鬢多々良が貴重な体験だった! 本当にすばらしい音楽。実に刺激的な、しかも一切の無理の無い、作為も無い、大胆にして絶妙なる邦楽の組み合わせ。伊福部昭は、やはり天才だった。

 その他にも、サロメも、通常・低音各二十五絃筝ということは、要するに五十絃筝を2人で弾くということなので、すごい迫力。

 野坂先生のTUGARUという作品を娘さんの小宮さんが編曲したものは、個人的には、エレキベースが違和感があったのだが、曲想は面白い、伊福部流の単旋律と奇想曲的構成が、安心感を持って聴ける音楽だった。

 アンデリーセンの作品は、自由な編成でできるもののようで、邦楽器群、西洋楽器群、アコースティックギター、エレキに加え、演劇科1年生の有志による舞踊も加わり、見応えがありました。

 前夜祭として嬉しい、飛び入りの内容でした。

 資料9


実演での伊福部10

 伊福部昭音楽祭 サントリーホールに感慨の波が満る 〜2007/3/4〜 

 2004年の卆寿記念演奏会での感動……いや、今回はむしろ、様々な意味と想いで、深い感慨に満ち溢れた、素晴らしい空間と時間が、出現致しました。本当に素晴らしい企画でした。まず、各関係者様に深く御礼申し上げます。感謝の極みです。

 今回はただの演奏会ではない。音楽祭である。総合的な企画・演出により、伊福部の醍醐味を味わうべく用意された。2回もあった30分の休憩により閲覧した、ホールに用意されたご遺族提供の貴重なご遺品・原譜の数々には、感心しきり。いつもどこも黒山の人だかり。日本組曲の、ハルサイにも劣らぬ段数に、こんなすごい音楽はBPOで演奏されてもおかしくないと感じた。

 またタプカーラの初版譜では、冒頭の、現行譜との違いにも注目された。楽想もややちがう。これは、伊福部先生は不本意かもしれないが、初版も録音し、じっくりと比較する必要があるだろう。 

 野坂恵子 小宮瑞代 

 二十五絃箏曲甲乙合奏 交響譚詩

 藍川由美Sop 高田みどりTimp

 アイヌの叙事詩による対話体牧歌

 本名徹次/日本フィルハーモニー交響楽団

 ゲスト 富山省吾(映画プロデューサー) 高畑勲(アニメーション監督)

 SF交響ファンタジー第1番

 「銀嶺の果て」よりオープニングタイトル/スキーシーン
 「座頭市物語」よりオープニングタイトル
 「ビルマの竪琴」よりメインテーマ
 「わんぱく王子の大蛇退治」より“アメノウズメの舞”

 オーケストラのための特撮大行進

 日本組曲
 タプカーラ交響曲

 まず第1部では、室内楽の魅力を、演奏後の奏者のインタビューも含めて味わった。ちなみに司会は邦人クラシックCD解説でお馴染みの、評論家・片山杜秀先生。

 野坂先生と、娘さんの小宮さんの二十五絃筝親子競演による、甲乙合奏・交響譚詩は、さすがに曲想が筝では表現に限界があるといつも感じるのだが、もはや弾くこと自体が凄い! 筝を弾くカッコウじゃないんですよ。抱きかかえるようにして弾き鳴らす姿には、云い知れぬ感慨がありました。 

 弾いても弾いても難しい。野坂先生の探究心には脱帽であります。

 それから、藍川由美と高山みどりによる、アイヌの叙事詩による対話体牧歌ですが、アイヌ装束で登場し、気分も気合も満点、もう十八番中の十八番という、素晴らしい、円熟の極みの歌唱で大満足。高山さんのティンパニも、音楽的で、時に自分が主役となり、時にソプラノを盛りたて、良い表現でした。マラカスで叩く部分は、マラカスそのものではなく、マラカスマレットのようなものを特注して、使用したとの事です。(偶然、高山さんの近くに座っていた、札響打楽器の真貝先生が高山さんと元々知り合いなので声をかけ、聞いたそうです。)

 第2部では、映画音楽と、400インチの巨大スクリーンで、その場面を流すという、音楽と映像のコラボ企画。 

 これは、違和感があったとか、音楽に集中できず邪魔だったとかいう意見も当然あるとは思いますが、私は楽しかった。なにより、今回は、お祭りであります。普通の定期演奏会ではない。特別な音楽祭です。こういうのも、よろしいかと。

 SF交響ファンタジー1番での、ゴジラ映画等のオムニバス映像は、やや流れが悪い部分もあったが、やはり面白い。しかし、いま見ている映像のBGMが、昔の無声映画のように同時に鳴っているんだと気づかない人には、意味が分からなかった嫌いもあった。みながみな、ゴジラをチェックしているわけではないし、このテーマがキングコングで、サンダ対ガイラで、宇宙戦争で……とは、普通は分からない(笑)

 次が、銀嶺の果て〜座頭市物語〜ビルマの竪琴 を、演奏と映像で。映像は予告編もあったが、ビルマの竪琴・総集編 の予告編というのが、すごい珍しい映像らしく、片山先生も 「初めて見て、つい見入ってしまいました」 というほど。

 次が、わんぱく王子の大蛇退治から第3楽章アメノウズメノ命の踊りの場面。あれも面白かった。太鼓や横笛、踊りと音楽がシンクロしていた。不思議な感触だった。

 最後が、バンドのためのゴジラマーチをオケに再編曲したものと、それらマーチが使用された映像が連続で。これも面白かったなあ。懐かしいというか。この曲はそもそも大好きなので、オーケストラで聴けて本当に良かった。ただ、怪獣大戦争マーチの最初のみ、序奏があってもいいかなー。
 
 第3部では、管弦楽の魅力をたっぷりと。

 日フィルの演奏は、正直、うまいというよりか、こなれてる。本名の指揮もそうだが、大分、角が取れて、流れの良い演奏になっている。

 日本組曲では、盆踊と佞武多の最後が凄い速度で、日フィル(特に打楽器)が、ものすごいことになってた! ティンパニは3連符で4つの音を叩きまくる箇所では、さらに叩きながら2つを音変えしてさらに何小節かで戻すという離れ業があるそうなんですが、日フィルの人、つっかえちゃいました!w

 (前記の札響の打楽器の先生談)

 とにかく速過ぎで、終演直後は納得いきませんでした。フルトヴェングラーみたいw それとも朝比奈の大栗かww 

 それで、タプカーラもいやーな予感がしたですが、案の定、1楽章と3楽章の最後は鬼速(笑) 1楽章後には拍手も。

 ウケてましたけどね、いや、じっさい。私は首をひねり続けました。速過ぎると、伊福部特有の雄大さが失われて、楽想が歪んでしまうような気がして。

 とはいえ、物凄いエネルギーが突進してくるような迫力は流石。また七夕や、タプカーラ2楽章では、素晴らしいゆったりとした、北海道の夕焼けや、冬の銀世界が見えてくるような、透明で叙情あふれる世界が鳴り響き、それらとの対比としての、速度だったと思った。まあ、お祭りだし、けっこうなことでしょう。

 いまではそのように納得している。

 全体としては、とても楽しい、実に面白い内容の音楽祭であった。来年、第2回を行うようなので、期待したい。演奏だけではなく、いろいろな展示や、企画と一体化して、催しとしての音楽祭として、定着して行けたら良いと思う。

 資料10



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