橋本國彦(1904−1949)
ナクソスで最初の作品集(2002)が出るまで、まったく名前も知らなかった人は多いのではないだろうか。(わたしも。)
日本にはこのような未知の人が、いったいあとどれだけ存在するのか、想像もできない。
東京に生れ、東京音楽学校でヴァイオリンと指揮を学び、作曲は独学であったという。その後、ヴィーンへ国費留学の機会を得、シェーンベルクの弟子のヴェレスに師事。フルトヴェングラーやヴァルターの演奏を聴いて、帰国途上のアメリカではシェーンベルク本人にも習っている。
そんなわけで、意外に12音技法や微分音など、当時の最先端作曲技術を身につけているが、肝心の帰国した日本が戦争突入で、時代的作品を求められたというのが皮肉である。もっとも、その時代の要請に答えて、分かりやすい国威発揚曲もバンバン書いたのが凄いところだ。
戦後は公職追放のあおりを受けて東京音楽学校の教授職を辞任。罪滅ぼし的な、あるいは戦時下の抑圧から逃れるためか、和平的な新憲法記念の第2交響曲などを書いたが、ガンで夭逝した。もったいない。
東京音楽学校では、伊福部昭につく前の芥川也寸志や黛俊郎、矢代秋雄を教えていた。皮肉にも、橋本が去った後に招聘されたのが、無頼の伊福部だったのだ。
他にも團伊玖磨が作曲を習っている。
第1交響曲(1940)
皇紀2600年記念に純シンフォニーを作曲し、さらに沖縄民謡を模擬するあたり、只者ではない。それは南方進出への憧憬と重なるのだそうな。1楽章のアイヴズふうのゴタマゼっぽい(完全なゴタマゼではなく、あくまで羅列。)楽しさ、3楽章の見事な変奏。主題はなんとも「紀元節」というこだわり。オーケストレーションは見事で、実力を発揮している。
1940年という戦争前の作曲について、この時代背景を無視するわけにはゆかず、軍国調の部分を嫌う人もいるかもしれない。また表立って軍に利用されてしまった作曲者の境遇というものも無視できない。なにより、そのような後世の視点で、なにをどれだけ語りえるというのか。あれだけナチスと対立したフルトヴェングラーですら、ナチス協力の罪に問われているのだ。当時の状況というものは、我々が想像と記録で云々かんぬん言えるような、生易しいものではないはずだ。
この1番交響曲を体制当局への迎合ととるのはたやすい。しかし2楽章の生命の讃歌や、1楽章の社会動静の音化を聴いて、ただのごきげんとりと断言するのであれば、例えばその人はショスタコーヴィチを聴く耳をもっていないのではないか。
この交響曲は、戦中を働き盛りとして生きた日本知識人のもつ苦悩や、思考や、境遇から来る行動原理を、深く考えさせられるものである。
そういうのなしに、単純に聴いても、2楽章は愉しいと思う。
3楽章制で45分もの大曲。3楽章は変奏曲。
1楽章マエストーゾ、いかにも日本情緒だっぷりの序奏が、夜明けを彷彿とさせるラヴェル的な手法で幕開けし、木管やヴァイオリンによって主題が次々に現れる。ソナタ形式だが、展開は西洋のそれほど厳格ではない。ティンパニが調子をとって次第に盛り上がり、大きく展開する。雅楽っぽい調子もよく現れている。いったん鎮まって、アレグロに入るも、どこか寂しげな、孤高の音調は変わらない。突如として小太鼓がなり、軍隊行進曲となる。しかしどこかユーモラスで、微笑ましい。行進曲はカノンっぽい面白い展開をみせ、チェレスタのみを残して終息すると再現部。冒頭のジャポネスクな音調が現れて、第1主題を雄々しく再現(展開)し、次に第2主題を、そして再び冒頭に戻って、絵巻物は終わる。
2楽章はアレグレット−スケルツァンド−アレグレットの単純な3部形式スケルツォ楽章。沖縄音階による。いきなりイングリッシュ・ホルンで♪ぽえぽえーと沖縄主題。それを各木管、絃楽が次々にボレロ形式で模倣する。ティンパニの合いの手も穏やかに、南国の空気は進んで行く。一段落すると、スケルツァンドでテンポが上がり、バカ殿っぽい新しい主題が楽しげに登場。格調高いオーケストレーションがその阿呆な雰囲気をだらけ過ぎにさせない。ザッと盛り上がって、再び沖縄音階による。ここではラヴェルのボレロよろしくどんどん盛り上がって、日本太鼓も景気づけ。
3楽章は、主題と変奏とフーガ:モデラート。主題がチャーンと登場し、紀元節を奏でる。それから、8つの変奏を繰り広げる。
チェレスタとハープがたおやかに鳴り、ゆったりと主題が変奏される第1変奏。
ティンパニが鳴って力強く音楽が進む第2変奏。
ピチカートに乗って木管が歌う第3変奏。
テンポが上がって、クルクルと踊る第4変奏。
クラリネットがソロで渋く演じる第5変奏。
優雅なダンスの第6変奏。
次第に暗くなって、第7変奏はリリシズムたっぷり。
重厚壮麗、かつ繊細情緒な第8変奏。
そして最後の堂々たるフーガ。華々しい日本の夜明けを願う終結。技巧的なうまさで、長く感じない素晴らしい交響曲。
第2交響曲(1947)
戦後、GHQによる公職追放の煽りを受けて藝大を自主退職した橋本が、新憲法公布に伴う祝典イベントとのために特に委嘱された第2交響曲は、その後どういうわけか橋本の死により忘却の彼方に行ってしまい、長く幻の曲だった。このように音源となったというのは、かつてのコンテンポラリー全盛の時代からすると隔世の感がある。
なんにせよ、1番では国威発揚的印象を強く与えたが、2番ではそれを反省したかのような新憲法の祝典曲だが、構想自体は戦前からあったという。
2楽章制で30数分。第1楽章が20分ほどある。
厳格で大規模なソナタ形式による第1楽章は、序奏無しで、たおやかな、いかにも平安と安楽に満ちたテーマが穏やかに流れる。アレグロとなり、第1主題が推移する。フルートにより、ピョコピョコしたコケティッシュな第2主題が現れる。これは第1主題の反行形だそうである。ホルンのソロが登場し……これはリピートがあるのかしら?
楽章の半分くらいから始まる展開部も穏やかで、盛り上がりも激しさは感じられない。やや、緊張感のある場面も登場するが、響きに刺激は少なく、どこまでも穏やかさが印象的である。5分ほどで再現部になり、冒頭に回帰する。つまり、20分のうち10分がリピートありの提示部で、展開部5分、再現部とコーダで5分という、本当に斬新さを控えた、古典的・ロマン派的な構造に仕上がっている。連合国関係者も聴くためか、特に日本的情緒も(表面上は)感じられない。
おだやかーなまま、コーダでお上品に盛り上がって終わる。
第2楽章は10数分。主題と6つの変奏〜スケルツァンド〜マエストーソで推移する。
主題は舞曲風。1楽章主題と関連あり。
第1変奏はアレグロで木管主体。ピチカートが愛らしい。時々合いの手を入れるトランペットが新古典的。
第2変奏は絃楽のフーガっぽい調子から始まり、木管からクラリネットソロに引き継がれる。
第3変奏は3拍子に変化し、ゆったりとしたテンポで哀調に変わる。たいへん優美な部分。
第4変奏はアレグロに戻り、リズムに特徴ある異国情緒風。
第5変奏はファゴットからいきなり朴訥とした田舎調(笑) いや、国民楽派調と申せましょう。
第6変奏ではコミカルなホルンがテーマを提示し、それを各楽器が受け取ってリズム的に複雑な処理をしつつも、平易な聴感を失わない。さすが。
ゲネラルパウゼから、短いスケルツァンド部へ。ハープから徐々に盛り上がって1分ほどですぐにマエストーソへ。平和の鐘が遠くに鳴り響く中、白鳩が……飛びはしないが、後の團伊玖磨にも通じるノーブリーで堂々たる行進曲調から、一瞬の静寂。そしてゆったりとした新生日本の夜明けが訪れる。
敗戦で焼け野原となった日本は、これより不死鳥のように蘇る。
全体に上品で、ただでさえリリシズムにあふれた橋本の音楽がさらに貴族的なまでの佇まいを見せるも、やや上品すぎる、整いすぎる嫌いもある。あえて新国家に忠誠を誓うような……かつての1番が日本帝国のための国威発揚だったように、2番は「平和国家」のための国威発揚音楽。
無意識にせよもしそうならば、この平和的な朗らかさの中に、哀しみすら聴こえてくる。いや、委嘱作なのだから、無意識ではないだろう。作られた「平和国家」へ、橋本は精一杯、殉じたつもりだったのだろう。
そして、そのまま逝ってしまった。
橋本はとても真面目な人だったと思う。真面目さゆえに、戦前は真面目に国威発揚音楽を書いた。しかし、敗戦で国がぶっ倒れて、戦後は180度方針転換。真面目な愛国者だった橋本は軍国主義者として仕事をクビになった。理解できなかったのではないか。そして、戦後は真面目に新生日本のための平和的な曲を書いた。
2番はいろいろな意味で問題作に聴こえた。
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