芥川也寸志(1925−1989)


 文豪・芥川龍之介の3男にして、作曲家、指揮者、教育者、ジャスラックの理事長、N響アワーの司会と八面六臂の活躍をした芥川は、黛敏郎がいうところの、壮烈な文化への戦死を遂げ、惜しまれつつこの世を去った。そのアマチュア指導はときに自己満足にすぎないという批判もあろうが、音楽とはアマチュアこそ本道という言葉を聴くと、昨今の、テキトーにリハしてすぐほんばーんという、プロの悪しき面において、本当にそれで音楽やっているのか、音を上手に鳴らしているだけで本当に音楽になっているのか、技術はプロでも音楽の心は、楽曲の真なる把握はどうなったんだ、という部分において、アマチュアこそ心から音楽を楽しむ原典である、音楽に本来プロもアマもなく、ただ仕事でやってるのがプロにすぎないという執念にも似た理念を考えるにつけ、芥川の存在は、私の中で常々大きくなっている。その父・龍之介の文学と共に。

 「音楽はみんなのもの」(芥川)

 著作権がいまのように認知され、カラオケだろうが番組のBGMだろうが、1回1回の使用にちゃんとお金が入るようになっているのは、この人のお蔭といっても過言ではない。

 世の浮かれたミュージシャンどもは神と仰ぐがいい!! (しかし今のジャスラックの内実は……。)

 作品は必ずしも多くはなく、寡作の部類に入るだろうが、多岐に渡っている。ファンが多いのか、純音楽のCDはなかなか充実している。
 
 伊福部昭の弟子はみんな頑固なまでに自分の理念を貫き通している。芥川、黛、松村禎三……。師匠があのように執念的なまでに頑固だからにちがいない。


第1交響曲(1955)

 30歳のおり、それぞれ芸大の先輩・後輩にあたる團伊玖磨、そして黛らと結成した3人の会で発表した、意欲作。本人がいうには当時ハマったプロコーフィエフショスタコーヴィチの影響をモロにうけているとのことだが、特に1楽章にその影が濃い。ウッと唸る。しかし2楽章の小気味よいリズムや粋な節回しは、芥川の特徴をよく出している。芥川自身が、師筋の橋本国彦のリリシズムと伊福部のバイタリティという相反する素材を、どのように融合すべきかを模索していた時期に、簡易な旋律を強靱なアレグロでまとめあげてゆく社会主義リアリズムに答えを見いだしたのだから、その結果として云々すべきで、過程をそれほど白眼視する必要はないのではないか。

 3楽章の重々累々足るコラールも、良い。中間部の動きなどは、同じような楽想をよく吹奏楽の邦人オリジナル曲で耳にする。後世に与えた影響は大きいのではないか。ラストの重厚な盛り上がりは、おもいきりショスタコーヴィチです!

 しかしそれはそれで、充分にすばらしいじゃないか。

 4楽章の軽快でどこか焦燥感あるアレグロは、芥川節の旋律ではあるが、オーケストレーションや曲想が微妙にやはりプロコ。だから、傑作とはいいません。しかし、日本の交響曲史を俯瞰するに、方向性のひとつとして旧ソ連の影響を受けた楽派という意味で、重大な指標の音楽になっているため、無視はできない。

 第2交響曲は、けっきょく書かれませんでした。

 ちなみに芥川がそれなりに左翼思想に傾いていたことは、意外に知られていないように思う。ソビエトとその音楽に傾斜し、そもそも新響は労音を発祥とし、大江健三郎の台本で「ヒロシマのオルフェ」を作曲したりしているから、何となくはわかるのだが。「右傾化」していった黛との同盟関係がなかなか微妙で興味深い。というか、当時の音楽界は全体にリベラルで、音楽による反核運動とかしていた。その中で、黛の、盟友・三島にインスパイアされた民族文化的国粋主義が異端だったようである。正直、黛は楽壇から眼をつけられ、岩城の回想によると仕事を乾されたらしいです。(なんでもっと曲を書かないの、と、話として詰め寄った岩城に 「注文がありゃナンボでも書くわい!」 と云う意味のことを答えたとの事です。)


子供のための交響曲「双子の星」《交響管絃楽と児童合唱と語り手による》−宮澤賢治作・雙子の星より−(1957)

 古典的で社会主義リアリズム的な1番から、いきなり20楽章の標題的なエローラ交響曲には、あまりに技術的な飛躍があったが、その合間を埋めるのがこの双子の星と云われている。明確な楽章ではないが、15の部分に別れ(第9曲は削除で全14曲)、40分近くも小曲が連なっている。しかもそれは、純然たる音楽物語であるのに、芥川は交響曲とした。

 音楽物語とはナレーション付の物語形式の曲で、音楽は劇判の役割をにない、完全な標題音楽となる。例えば大栗裕はマンドリン・オーケストラのためにたくさんの音楽物語を書き、録音がないのでまったく知られていないが、吹奏楽に編曲された吹奏楽と語り手、ソプラノのための「ピカタカムイとオキクルミ」は聴く事ができる。やはり、嵐の部分とかではナレーションへ伴奏がかぶってきて、ナレーションが聴こえなくなるシーンもある。双子の星でも、緊迫する場面ではオーケストラが盛り上がって、ナレーションが聴こえない。このへん、ライヴとセッションとでは、やはりまた違うものがあると思う。

 童話のストーリーは他愛ないもので、シナリオもですます調で大人が聴くにはやや勿体があるが、宮澤らしい毒もあって、まあまあ面白い。芥川はライトモティーフを駆使し、宮澤作曲の「星めぐりの歌」も現れる。また解説によると、随所にエローラや交響三章のモティーフやリズムが現れる。子供向けとはいえ作曲はマジメそのもので、けして遊びやおふざけ、子供騙しはない。それが凄い。いい仕事である。

 とはいえ、いま、コンサートで大人が鑑賞するとなると、プログラムとしては、「芥川の珍しい曲」以外に価値があるかどうか。判断が分かれるだろう。

 大きく2部に分けられた、天の川から海の底にまで到る、チュンセ童子とポウセ童子の双子の星の冒険に、小気味良く、かつ時に辛辣な芥川の音楽がよく似合っている。童話はストーリー性より寓話性を重視する面もあり、時に理不尽な展開をする。彗星の野郎の悪い事といったらない。芥川の容赦ない粗暴性も素晴らしい。これは児童誘拐事件ではないか。しかも犯人の彗星はラストに王様(権力)によりバラバラにされ 「気ちがいのような凄い声をあげて」 海に落とされ、海鼠になる。悪は権力により裁かれるのだ。宮澤賢治め……やるじゃない。

 交響曲となっているが、純音楽かというとちょっと苦しい。そもそも、芥川はプロコのオーケストラとナレーションのための「ピーターと狼」なんかを参考にしたのではないか。元は文化放送の企画で作曲され、放送初演された。現在では、純然たるコンサートより、親子で楽しむオーケストラ等の企画向けであろう。


エローラ交響曲(1958)

 これは、純音楽ではあるが標題的なエローラ・シンフォニーとなっている。1958年、黛が涅槃を発表したとき、芥川もまた革新的な交響曲を生み出していた。涅槃ばかりが取り立たされ、エローラは今日までその正当な評価が成されているとは思えない。

 インドのエローラ石窟院カイラーサナータ寺院より感銘をうけ、白い五線譜にセコセコ音符を書き足していって無から有を生み出すのではなく、塊という巨大な有から無として少しずつ有を削っていって(彫刻)創造するという 「マイナス空間」 理論で作曲された。

 経緯はこうである。

 通常、建物というのは、ブロックなりレンガなりを積み上げていって「構築」されるプラスの概念の物体だ。西洋建築はまさにそう。クラシック音楽もそう。

 しかし、エローラ石窟は、巨大な岩山という塊より「削りあげて」構築されたマイナスの空間。それは東洋的な概念として、西洋的な建築概念とはまったく異質なのだ。音楽も、東洋的に発想すると、そうなるのではないか、というワケ。

 したがって、交響曲とはいえ、通常の主題が発展する概念が否定され、バラバラの楽想が無規則・有規則的にガタガタつながっている音楽となっている。トーンクラスターのような音符の塊から、いらない音を削っていって作曲したのかもしれない。スイッチを入れると全ての音が鳴り、鍵盤を押すとその音が消える特製のエレクトーンをこの曲の作曲のために制作した、という逸話も聞いたが、本当かどうかは分からない。

 大きく見て1楽章制で、当初はアンダンテにより、不気味で巨大な怪物的な何か、が表現されるが、マリンバの音からまるでジャングルへ迷い込んだような雰囲気になり、いよいよ次第に気分は盛り上がって、原住民登場!!

 そんな音楽に聴こえるのは、私だけだろうか(笑)
 
 2回、大きく楽想の繰り返しをして(細部は微妙に異なっている)そこが主題とその発展と云えなくもないが、本質的にアドリヴ色の強い画期的な交響曲となっている。

 もっとも、解説によると、これは実は全20楽章に別れている。ナクソスの解説によると後に16になり、最終的には15となった。
 
 それら「部分」を、指揮者が自由に繰り返したり、削除したりするのを許されているらしい。そこまでの解釈の演奏が現れていないのではあるが。(とりあえず全部分をまっとうに演奏してからの話だから?)

 また、エローラ石窟は男女神の合体を表しており、楽章(部分)はアレグロ部がオトコを、アダージョ部がオンナを表し、互いに入り乱れているというなかなかエッチな構成にもなっている。ちなみに、音楽そのものからは、私はとてもそのようなイメージは湧きませんが。

 曲は、黛の涅槃交響曲と同じく、早坂文雄に捧げられている。


オスティナータ・シンフォニカ(1967)

 1967年、渡邉暁雄による邦人作家への作品委嘱の日フィルシリーズ第18回作品として、誕生したのが、この単一楽章形式の作品で、交響曲というより、交響的オスティナートというべきものだが、いちおう、ご紹介する。

 音楽は形式的ではなく、しかし、一定の形式観にのっとっている不思議なもの。アンダンテとアレグロが交錯して、アンダンテの部分では、管弦楽の分厚い響きが圧倒的かつ強暴的にせまり、アレグロの部分ではコンガの乾いた打音が先導するオスティナートが、音楽を強引に引っ張る。

 それらが2回ずつ現れて、最後は意外とアッサリ、フォルテの中で終わる。

 芥川にしては、瀟洒とか、繊細とはあまり縁のない、豪快な作風が面白い。

 なお、この作品は後年、1986年に、サントリーホールこけら落としの記念演奏会のため、オルガンとオーケストラのための「響」という作品に改作されている。内容はほとんど変わらず、オーケストラのトゥッティによる激しい部分のほとんどが、オルガンに置き変わっているといった印象。あと、オーケストレーションが、スッキリ直されているか。個人的にはやはり「響」のほうが作品としてよくなっている。

 病気と激務のため、新作ではなく改作というのが、また、当時の芥川を印象づけていると思う。


オマケ

 芥川也寸志ディスコグラフィー

(ディスク別になっています。ライヴ録音は曲名の後ろに L がついてます。数字は録音年代です。 
  評価は★=死亡 ★★=ダメ ★★★=普通 ★★★★=スゴイ ★★★★★=超スゴイ ☆=気絶 です。
)

本名徹次/オーケストラ・ニッポニカ 赤穂浪士のテーマ L2003 ミッテンヴァルト MTWD99012 ★★★★
本名徹次/オーケストラ・ニッポニカ 子供のための交響曲「双子の星」《交響管絃楽と児童合唱と語り手による》−宮澤賢治作・雙子の星より− L2009 EXTON OVCL-00415 ★★★★半
映画音楽組曲「八つ墓村」(甲田潤編曲) L2009 ★★★★
映画音楽組曲「八甲田山」 L2009 ★★★★
沼尻竜介/東京都交響楽団 交響管絃楽のための音楽 ナクソス 8.555071 ★★★半
湯浅卓雄/ニュージーランド交響楽団 オーケストラのためのラプソディ ナクソス 8.555975J ★★★★
エローラ交響曲
交響三章 ★★★★★
若杉 弘/NHK交響楽団/小林英之org オルガンとオーケストラのための「響」 L1996 ソニー SRCR1777 ★★★★半
芥川也寸志/東京都交響楽団 交響組曲「東京」より第4楽章 ALLEGRO OSTINATO ソニー 32CD674 ★★★★
若杉 弘/読売日本交響楽団/岩崎洸Vc チェロとオーケストラのためのコンチェルト・オスティナート EMI/TOWER RECORDS QIAG-50031・32 ★★★★★
外山雄三/NHK交響楽団/堤剛Vc チェロとオーケストラのためのコンチェルト・オスティナート L1982 ソニー CSCR8375-7 ★★★★
芥川也寸志/新交響楽団 交響管絃楽のための音楽 L1986 フォンテック FOCD3208 ★★★★★
絃楽のための三楽章−トリプティーク L1986 ★★★★★
交響曲第一番 L1986 ★★★★★
エローラ交響曲 L1986 ★★★★★
芥川也寸志/新交響楽団/安田謙一郎Vc 交響三章−トリニタ・シンフォニカ L1979 フォンテック FOCD3243 ★★★★
チェロとオーケストラのためのコンチェルト・オスティナート L1981 ★★★★
アレグロ・オスティナート L1986 ★★★★★
武蔵坊弁慶 L1986 ★★★★
山田一男/新交響楽団 交響管絃楽のための前奏曲 L1990 フォンテック FOCD9140/1 ★★★★
飯守秦次郎/新交響楽団 交響三章−トリニタ・シンフォニカ L1999 ★★★★
交響管絃楽のための音楽 L1999 ★★★★★
絃楽のための三楽章−トリプティーク L1999 ★★★★★
交響曲第1番 L1999 ★★★★
エローラ交響曲 L1999 ★★★★
えり子とともに  L1999 ★★★半
煙突の見える場所  L1999 ★★★半
猫と庄造と二人のをんな  L1999 ★★★半
赤穂浪士  L1999 ★★★★
八甲田山  L1999 ★★★★★
渡邉暁雄/日本フィルハーモニー管弦楽団 オスティナータ・シンフォニカ L1967 楽団自作 JPFO-0024 ★★★★
本名徹次/日本フィルハーモニー交響楽団 舞踊組曲「蜘蛛の糸」 ファイアバード KICC246 ★★★★
交響管絃楽のための音楽 ★★★半
絃楽のための三楽章〈トリプティーク〉 ★★★★
赤穂浪士のテーマ ★★★半
本名徹次/オペラハウス管弦楽団 他 歌劇「ヒロシマのオルフェ」 L2001 カメラータトウキョウ CMCD28009 ★★★★★
森正/日本フィルハーモニー管弦楽団 他 テレビ放送オペラ「ヒロシマのオルフェ」(映像) 放送音源 DVD-R ★★★★★
古荘浩四郎/陸上自衛隊東部方面音楽隊 行進曲「風に向かって走ろう」 UNIVERSAL UCCS1058 ★★★★
野中図洋和/陸上自衛隊中央音楽隊 行進曲「栄光をめざして」 キングレコード KICW3012 ★★★★
詳細不明 映画音楽集
 煙突の見える場所 猫と庄造と二人のをんな 道産子 野火 ゼロの焦点 雪之丞変化 五瓣の椿 波影 影の車 地獄変 八甲田山 八つ墓村 鬼畜
ポリスター SLCS5085 ★★★★
詳細不明 市川雷蔵コレクションより 破戒 キングレコード KICA3030/1 ★★★★
詳細不明 映画「鬼畜」サウンドトラック 松竹 SLCS5078 ★★★★★
芥川也寸志/新室内楽協会/新日本フィルハーモニー交響楽団 映画「八つ墓村」サウンドトラック 松竹 SLCS5077 ★★★★★
芥川也寸志/東京交響楽団 他 映画「八甲田山」サウンドトラック ディスクユニオン/ワーナー FJCM-006(WQCQ-214) ★★★★★
荒 道子sp 車塵集 ビクター VICC60043 ★★★★
栗林義信br パプワ島土蛮の歌 ★★★★
八尋和美/東京混声合唱団 混声合唱曲 お天道様・ねこ・プラタナス・ぼく ビクター VZCC48 ★★★★★
佐藤功太郎/新星日本交響楽団 絃楽オーケストラのためのトリプティーク ビクター VICL2148 ★★★★
小松長生/新星日本交響楽団 交響管絃楽のための音楽 ★★★★★
コンセールレニエ 赤穂浪士(大河ドラマ主題曲集) NHKCD POCN1070 ★★★★★
芥川也寸志/東京交響楽団 交響曲第1番 東芝EMI TOCE9425 ★★★★★
交響三章「トゥリニタ・シンフォニカ」 ★★★★
森正/東京交響楽団 交響管絃楽のための音楽 東芝EMI TOCE9426 ★★★★
絃楽のための三楽章「トリプティーク」 ★★★★★
ストリックランド/インペリアルフィルハーモニー管弦楽団 エローラ交響曲 ★★★★
石井真木/新星日本交響楽団 ゴジラの主題によせるバラード L1988 東芝EMI LD32-5077 ★★★★★
石井真木/新星日本交響楽団 ゴジラの主題によせるバラード L1991 東芝EMI TYCY-5217-18 ★★★★★
松原勝也Vn/木村かをりPf ヴァイオリンとピアノのためのバラード 「日本の作曲家・二十一世紀への歩み」実行委員会 20-21CD005 ★★★★
ゲルギエフ/レニングラードフィルハーモニー管弦楽団 オーケストラのためのラプソディ L1988 col legno AU 31606-4 ★★★★★
本名徹次/東京シティフィルハーモニック管弦楽団 エローラ交響曲 L2006 THREE SHELLS 3SCD-0002 ★★★★
福田滋/リベラ・ウィンドシンフォニー 東京ユニバーシアードマーチ L2006 THREE SHELLS 3SCD-0003 ★★★★
交響曲第1番 より第4楽章(編曲:福田滋) L2006 ★★★
赤穂浪士のテーマ(編曲:福田滋) L2006 ★★★★
福田滋/リベラ・ウィンドシンフォニー 祝典組曲3 行進曲(Marcia in do)L2008 THREE SHELLS 3SCD-0008 ★★★★★
福田滋/リベラ・ウィンドシンフォニー JALマーチ L2010 THREE SHELLS 3SCD-0009 ★★★★
福田滋/リベラ・ウィンドシンフォニー みつばちマーチ(編曲:清道洋一) L2012 THREE SHELLS 3SCD-0011 ★★★★
八甲田山組曲(編曲:松本敏晃) L2012 ★★★
齊藤一郎/セントラル愛知交響楽団 「赤穂浪士」よりタイトル L2012 THREE SHELLS 3SCD-0013 ★★★★
岡田将Pf ラ・ダンス L2006  放送音源 放送音源 ★★★半
詳細不明 佛立開導日扇聖人奉讃歌「いのち」(補作:鈴木行一) CD-R CD-R ★★★★
下野竜也/読売日本交響楽団 エローラ交響曲 L2009 放送音源 CD-R ★★★★半
芥川也寸志/東京交響楽団/成城学園初等学校(合唱) ミュージカル「みつばちのマーヤ」 CD-R CD-R ★★★★★
大友直人/関西フィルハーモニー管弦楽団 交響管絃楽のための音楽 L2010 放送音源 CD-R ★★★★半
広上淳一/東京フィルハーモニー交響楽団 大河ドラマ“赤穂浪士”テーマ 放送音源 BD-R ★★★★半
交響三章 ★★★★半
絃楽のための三楽章 ★★★★半
交響管弦楽のための音楽 ★★★★半

オマケ2

 芥川氏は先祖をさかのぼれば源氏・平氏の両方に起源をもつ豪族であり、どちらも摂津国芥川に由来する。ひとつは清和源氏義家流小笠原氏族。ひとつは流派不詳だが、徳川幕府に仕えた芥川元孝が家伝に桓武平氏の一族としているという。後者はどうもウソくさいが、芥川也寸志の家は代々江戸っ子で、先祖は江戸城の茶坊主であったというから、後者だろう。また伊賀忍者の家にも芥川があると司馬遼太郎が記している。

 ちなみに芥川とは地名ではあるが、いまでいうドブ川なので、なんとも複雑な苗字である。


オマケ3

 出典不明のエピソード。

 芥川がソ連に行ったとき、入管で書類を書くとき、ミドルネームの父姓欄を空白にしたら職員に 「オヤジの名前は何だ」 と聞かれ、「龍之介だ」 と答えたら勝手に書かれて、ソ連内での名前が、

 ヤスーシ・リューノスケーヴィチ・アクタガワ 

 になったそうです(笑)






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