諸井 誠(1930−2013)

 
 音楽評論家、作曲家の諸井誠は、作曲家諸井三郎の息子さんである。

 諸井家は秩父セメント(現太平洋セメント)の創業者一族で、諸井の祖父が創業し、父の三郎は次男だったので音楽家となり、誠もまた音楽の道へ入った。兄の諸井虔(けん)が伯父の後を継ぎセメント会社を経営した。

 1953年に東京音楽学校本科(現東京藝大学)を卒業した。藝大では池内友次郎に師事。黛敏郎入野義朗柴田南雄等と20世紀音楽研究所を組織して、12音音楽、電子音楽、邦楽器とオーケストラの融合などを早くから取り入れた。

 第21回音楽コンクール入賞をほか、受賞歴も多く、国際的な評価も高い。音楽評論、音楽分析でも著書多数。

 作風的に古典的な交響曲は作曲してないだろうと思いきや、これが純粋な交響曲を1曲、邦楽器等との協奏交響曲が3曲ある。


交響曲(1968)

 1968年の明治100年記念芸術際参加作品として、N響の委嘱による。諸井唯一の純粋な交響曲である。2019年1月27日放送の片山杜秀による「クラシックの迷宮」▽よみがえる“諸井誠の交響曲”〜NHKのアーカイブスから〜 にて、1968年11月7日放送初演されたものが久しぶりに再放送された。

 2楽章制で、演奏時間は33分ほど。第1楽章が8分ほど。第2楽章が25分ほどの構成。明治100年記念だが日本的なものは一切なく、純粋な無調による音響構築もの。

 序奏的な第1楽章は「音の壁」、第2楽章は「音の塊」なのだという。

 第1楽章、大きく2種類に分けられる主題というか動機というか、まず弦楽器によるクラスター的なもの。管楽器は添え物的(装飾的)に扱われている。それから様々な楽器がポツンポツンといわゆる点描的な音形をキー、キー、ポッ、ポッと現代音楽によくあるパターンを開始する。まるでヴェーベルンである。

 その2種類の大きな動機群が、ロンド的にABA'B'A''で展開しながら繰り返される。動機群が繰り返されるので、ずっと同じような音形で進行して行くが、そこは少しずつ形態が変わっており、じっくり聴くと面白い。録音があるとこういうときにありがたい。演奏会で1回こっきりでは、なかなか難しいと思う。

 そこから、なんとサスペンダーシンバルのソロ。斬新である。木管のクラスターに続き、ドラやスネアドラムも鳴って打楽器アンサンブルとなるが、サスペンダーシンバルが主体というのはかなり珍しい。ここまでが第1楽章である。

 第2楽章は主題と変奏のような感じ。クラスターから金属打楽器の無機的なリズムを伴ってヴァイオリン独奏による叙情的無調による主題提示。なるほど、ここはベルクっぽい。

 次に弦楽合奏による複雑で激しい変奏。キーヨキーヨと、音調は急にドライになる。

 音量が下がりふと終わって、全休止。それからコラール風の金管合奏。これも無調(12音か?)による。高音から低音まで動機が動き回り、後半から音調が変わってコラールから不気味な行進調となる。ティンパニも微かに鳴る。短い終結。

 全休止から細かい動機の木管アンサンブル。すぐにミュート付で金管も入ってくる。コチャコチャと動く様が木管らしい面白さ。これはなんの喧騒か。ざわざわと音が細かく蠢く。

 急にテンポが変わり、オーケストラ全体でフィナーレを予感させるたっぷりとした咆哮。ここは短い。

 次に点描的な木管と長く横に動く弦楽器による部分。鍵盤打楽器も聴こえてくる。木管は鳥の音楽的な偶発音楽っぽい。確かにメシアン吉松隆を連想させる。

 一瞬の全休止から木管と金管による同じような偶発的音形によるアンサンブルから、弦のソロ。弦と木管、金管がからみ、非常に室内楽的な世界となる。ちょっとコミカルな表情も。

 全休止、そして再び金管コラール風のもの。前回のものに比べて叙情的で旋律感がある。

 フィナーレ序奏のような経過部。オーケストラ全体により点描、クラスター、コラールが入り交じる。今までの動機の提示は、全てここへの布石だったのだと分かる。

 そして全休止から、いよいよフィナーレとなる。じわじわとクラスターが盛り上がって、大音響の中にカオスが出現する。それがいったん収まって、コラールが聴こえてくる。天国への案内には聴こえないが……。コラールは木管にも受け継がれ、美しく響く。そのコラールがじっくりと頂点を迎え、音響の波が高いところから崩壊して行く。まさに北斎だ。カオスが再び訪れ、その中からコラールが重々しく出現する。まさに大魔神か怪獣の出現である。ティンパニが激しく轟きだし、魔神か怪獣が暴れ歩く。打楽器アンサンブルがクラスターに突き刺さって、頂点で一気に消える……。

 変奏がプロック構造になっており、解説されると分かりやすい。しかも、ご丁寧にブロックごとに一瞬の全休止がある。連続して無限旋律のようにずーっと続く音楽より、構造的にはむしろ明快だ。ただ、いわゆる旋律っぽい旋律が無く、旋律しか聴かない人には難解かと。

 これは、実演ではもっと面白い音響が聴けるだろうと確信できる、無調による交響曲の中でも相当の大名曲。無調現代ものなんだから、むしろ普通の日本人交響曲よりやりやすいはず。なんでどこもやらないのか。少なくともN響は定期でやるべき。

 ラジオ放送をYouTubeにアップしました。諸井誠:交響曲 


第1協奏交響曲「偶対」(1973) 

 作者によると、尺八の伝統的な古い曲に、偶対というものがあるそうで、偶然に(町中で?)出会った尺八奏者(虚無僧?)が、挨拶代わりに吹き鳴らすもの、だそうである。

 邦楽とオーケストラの協奏的作品であり、大規模な2群のオーケストラを左右に配し、中央に5人の邦楽奏者が並ぶ。邦楽器は尺八2、大鼓1、小鼓1、笙1である。その後ろに弦楽四重奏を配する特殊な配置をとる。邦楽器奏者も笙を中心に尺八と鼓が左右に分かれている。それらを取り囲むように、5人の打楽器奏者が最も外側に配置される。左右の対、邦楽器と西洋楽器の対、さらには、作曲の動機となった京都になぞらえて古都と大都会、貴方と私、過去と未来……などが、偶然に対する。

 また解説によるとシアターピースの様相も呈し、音のみの鑑賞では限界があるが、雰囲気は味わえよう。

 全2部、5楽章制で演奏時間は約30分。第1部が第1〜第3楽章、第2部が第4・5楽章である。タイトルにもなった、尺八の古典曲「偶対」の引用、諸井の自作「対話五題」からの引用、さらにはベートーヴェンの第九からの引用すらある。

 第1楽章は、鈴の音が微かに聴こえるところから始まる。古都の早朝、あるいは深夜か……静寂の中の幻聴のように、あるいは狐の嫁入りの時にどこからともなく聴こえてくるような、幻想的な鈴の音だ。そこに、打楽器ソリで偶発的な様々な音が……膜もの、木質、金属質の打楽器が現れる。続いて弦楽器が四重奏と、おそらく左右のオーケストラからステレオ効果で鳴り出し、打楽器がそれへ答えてゆく。ここは打楽器と弦楽器の対話。

 そこへ第1尺八が上手から、次いで第2尺八が下手から演奏しながら現れ、虚無僧よろしく吹きすさびながら歩いて、それぞれ席へ着く。マラカスと思われるカシャカシャ音と、鈴の音が無常観をいや増す。ここの尺八の対話……問答が行なわれ、ファゴットが第九4楽章のマーチ主題からの引用の和音を奏して(ただし、ボン、のみなので良く聴かないと分からない)、第2楽章へ。

 第2楽章は、引き続きボン、と出現するファゴットの共和音に対応するように木管たちの鋭い対話。木管楽器は、尺八のように自由に風を奏でる。それを重しのように、ファゴットの第九和音がボン、と引き止める。弦楽器も入ってきて、やがて鼓がまた上手下手より ヨオー! の掛け声と共に現れる。鼓達は両側から奏しながら近づき、やがて席へ着いて問答が始まる。ポコポコポコポコと小気味良い。

 第3楽章は、オーケストラが本格的に登場する。左右のオーケストラが偶発的なサウンドを鳴らしまくり、特に木管が自在に吹き鳴らす。その中に打楽器の鋭い音調や弦と金管のクラスターが突入してきて、全体にカオス的な音調となるも、厳格に管理されていると分かる。

 そこへ尺八が登場し、オーケストラと対を成す。梵鐘が鳴り始める。「東福寺の鐘」だそうである。尺八の短い対話は、古典曲「偶対」からの引用。

 第2部は第4楽章から。作者によると第4楽章は「3枚の銅鑼が奏する108音上に構成される煩悩の変奏曲」だそうで、ちょっと意味が分からないが、とにかく、作者がそう云うのならばそうなのだろう。第1楽章の打楽器による偶発的な響きを、管楽器で行なう様子から始まる。これは、オーケストラの各セクションによる偶然の出会いによる対話だ。

 そこに尺八、鼓が入ってきて、初めて笙が登場。銅鑼が無常に鳴り響くのをバックに、しばし対話。それへ弦楽四重奏がキリキリと加わる。尺八は諸井の自作「対話五題」から、「忌まわしき先祖との対話」の引用。対話五題を未聴なので、よく分からないが……。

 そこに、突如として調性っぽい響きが乱入してくる。ティンパニも入り、邦楽器が暴れ、オーケストラ全体がなにやら重々しく突進し始める。そしてヴァイオリン協奏曲めいた、ヴァイオリンのカデンツァ。そして銅鑼と締太鼓の乱打に、怪獣出現のようなオーケストラの分厚いトゥッティ!! だがそれは、とても短い。あっというまに、終楽章となる。

 第5楽章は、オーケストラの奏者達が演奏しながら退場。やがて舞台には、邦楽奏者のみが残るという仕掛けだそうである。そして気がつけば、鐘の音が諸行無常を演出する。


 YouTubeにアップしました。諸井誠:第1協奏交響曲「偶対」(この音源では、第5楽章の奏者退場はカットされている模様)


 公式サイトによると、ほかに第2協奏交響曲「交感(コスモポリデンツァ)」(1974) 第3協奏交響曲「神話の崩壊」 がある。




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