冨田 勲(1932−2016)


 サントラとシンセサイザー音楽の大御所、冨田勲が齢80にして10年来の構想を温めて作曲した交響曲がある。宮澤賢治へのインスパイアによるイーハトーヴ交響曲である。


イーハトーヴ交響曲(2012

 2012年11月23日の初演の模様を、タワーレコード渋谷店開局記念としてYouTubeでライヴ配信したのも話題であったが(10,000人程度の視聴者で、演奏のいい所で配信がブチブチ途切れたのはご愛嬌だが)なんといっても話題をさらったのは、元祖ボーカロイド「初音ミク」を生オーケストラに組み込んで、しかも指揮者に合わせてキーボードで生演奏し、3D映像をそれに合わせてコンサートホールで「生処理で」踊らせたことだろう。

 ボーカロイド自体が、そのキャラクターと相まってまだまだキワモノ、オタッキーと位置づけられている中にあって、これを純粋に数ある電子楽器のうちの1つとして認識し、容赦なくオーケストラに組み込んだ80歳というのは、それだけで素直に敬服する。吉松隆あたりが最初にやるのかなと思っていたからだ。いや、むしろ逆に、吉松ですら企画が通らないものを、冨田ならではのパワー押しでやっちまった感も強い。

 それはそれとして……。

 多楽章制とはいえ30分〜40分の交響曲といえば、ショスタコーヴィチの5番、ブラームスの諸曲に匹敵するスケールであるが、この薄っぺらさは善くも悪くもサントラ書きがでかいサントラを書きましたという印象が強い。音楽自体はとてもきれいだが、これはサントラ交響曲というか、鳴り物シンフォニーであり、ドラマや形式的音楽的構築性は無く、ただ音楽が推移するのを楽しむ。

 そういうのが悪いというのではない。そういう鳴り物シンフォニーは、西欧にも昔から沢山ある。

 ただ、壮大な交響絵巻、音楽物語のようなものを期待しすぎると、ちょっと期待外れに終わるかもしれない。

 だからってそれを交響曲じゃないと云う人がいたならば、それはこの時代にはもう、何を云っているのかまったく理解できない。交響曲などというものは、とっくのとうに「作者が交響曲と名づけた曲」なのは指摘するまでもないことなのだから、それを云うと、古典の高名な鳴り物交響曲を全て否定してしまうことになる。シュトラウスのアルプス交響曲や、リストのダンテ交響曲など。もっと新しければヴォーンウィリアムズの南極交響曲とか。作風の問題ではなく、交響曲の定義の問題であるのだが。

第1楽章 - 岩手山の大鷲〈種山ヶ原の牧歌〉

 マーラーの8番のように高いところにいる児童合唱のアカペラより始まる。トランペットソロにてダンディのフランスの山人の交響曲(セヴェンヌ交響曲)より引用。序奏のように短く終わる。このセヴェンヌ交響曲よりの引用は、この後もミクやオーケストラで到るところに現れ、主要な主題をそのまま演奏しているため、こっちの後にダンディを聴くと、ダンディの主題がミクの声に聴こえるというね。

第2楽章 - 剣舞/星めぐりの歌

 原体験舞連が混声で歌われる。独特のリズムが心地よい。賢治の星めぐりの歌も現れる。ここでもダンディの引用が目立つ。

第3楽章 - 注文の多い料理店

 注文の多い料理店、山猫軒の主題が不気味に現れ、いよいよコミカルにミク登場。しかし、どういうわけか歌詞は賢治の詩ではなく、オリジナル(笑) 自身の境遇をけなげに歌う。3D映像がネコミミに尻尾なので、こら山猫軒の店員コスプレらしい。音が異様に高かったり低かったりして、ましてコンサートホールの残響なので、正直、何を歌っているのかサッパリ分からない。突然の衝撃音で、ミクは消え、楽章は終わる。ここでもダンディの重要な引用がある。

第4楽章 - 風の又三郎

 どっどど どどうど……と、又三郎の一節が歌われる。そして謎のダンスと共にミクさん登場。今度はちゃんと又三郎を歌う。指揮者のテンポ通りに歌える(演奏できる)ように改良されたプログラムが素晴らしい。

第5楽章 - 銀河鉄道の夜

 チューブラーベルの導入部より、ミクがワルツに乗って銀河鉄道を歌う。ミクはカムパネルラの役割だそうである。ピアノとトランペットのかけあいが、なんとも久石譲の大先輩的風格。今交響曲で、最もサントラ的な箇所。中間部で星空の様子が描写され、また星めぐりの歌。児童合唱とミクの饗宴。ミクは楽器なのか、歌手なのか。声すら楽器の一部なのか。ラフマニノフからの引用あり。再現部でミク再登場。

第6楽章 - 雨ニモマケズ

 ホルンソリから、あの高名な雨ニモマケズ〜が男声〜混声のアカペラで歌われる。ここは、普通の無伴奏合唱曲のような趣。こうなると冨田はうまい。

第7楽章 - 岩手山の大鷲〈種山ヶ原の牧歌〉

 第1楽章からの循環形式で、星めぐり変奏から、ミクが合唱とコラボ。この楽章も、後奏に近い扱いであろう。

 楽章も多いし、音楽自体があまり凝った作りではないので、アッサリと聴ける他、終わってみると意外と短い曲に感じる。




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