パヌフニク(1914−1991)


 ポーランドで生まれ、ナチス〜ソヴィエト支配を体験し、共産ポーランドが彼の作品を演奏することを禁じた為、イギリスへ亡命し、ソ連の崩壊とともに世を去った激動の現代作曲家アンジェイ(アンドゥヂェイ) パヌフニク。戦前の作品はすべて戦火に失われているという。作風としては、あまり録音も多くはないのだが、新古典主義を経て、晩年にゆくほどいわゆる現代っぽい書法になるが、一貫してほの暗い、大戦前後の不安、虚無、悲痛、そして幽かな希望を表している。

 ピアニストで、指揮者でもある。また娘さんのロクサナ・パヌフニク(1968− )も作曲家。(CDもあります。

 若いとき、ヴィーンに学んだが、そのとき日本から留学していた尾高尚忠と親交を結び、その次男である指揮者の尾高忠明は使命感をもってよくパヌフニクを取り上げている。 

 ポーランドの現代作家の中では、やはりルトスワフスキ、ペンデレツキ、グレツキ等が高名だろうが、個人的にはこのパヌフニクの音がいちばんしっくりきた。理論におぼれず、乾いた作風の中にしっかりとした作者の感情がひそみ、大きくはないが深いジックリとした感動を生むからである。(もちろん曲にもよりますが。)

 さてここは交響曲の項であり、パヌフニクは10曲もの体系的な交響曲を書いているのも、私にとって魅力だった。しかしナンバーが無いものが多く、邦訳も確定していないので、調べていても非常に混乱をきたした。ここでその結果をまずまとめたい。( )内のナンバーは便宜上つけました。邦訳は代表的なものをまとめたり、自分で考えたりしました。

シンフォニア・ルスティカ(第1交響曲) Sinfonia Rustica 1948/1955 素朴な交響曲
シンフォニア・エレジァカ(第2交響曲) Sinfonia Elegiaca 1957/1966 悲歌的交響曲
シンフォニア・サクラ(第3交響曲) Sinfonia Sacra 1963 神聖な交響曲 祭典交響曲
シンフォニア・コンチェルタンテ(第4交響曲) Sinfonia Concertante 1973 協奏交響曲(フルート、ハープ、弦楽の為の)
シンフォニア・ディ・スフェーレ(第5交響曲) Sinfonia de Sfere 1974−1975 大気の交響曲 空間の交響曲 天空の交響曲
シンフォニア・ミスティカ(第6交響曲) Sinfonia Mistica 1977 神秘の交響曲
メタシンフォニア(第7交響曲) Metasinfonia 1978 メタシンフォニア(オルガン、ティンパニ、弦楽の為の)
シンフォニア・ヴォティーヴァ(第8交響曲) Sinfonia Votiva 1981/1984 誓願の交響曲 祈りの交響曲 平和の交響曲
第9交響曲 シンフォニア・デラ・スペランツァ  Symphony No.9
Sinfonia della Speranza
1986/1990 希望の交響曲
第10交響曲  Symphony No.10 1988−1990  

 この中でどうしても録音が見つからなかった 第7交響曲「メタシンフォニア」 以外を、紹介したい。

 ちなみに協奏曲では「ティンパニと打楽器と弦楽のための協奏曲」が気になるトコロw


素朴な交響曲(第1交響曲)(1948/1955)

 残っている作品の中では古参の部類に入る第1交響曲。素朴な交響曲とは、ニールセンにもあるのだが、どうも素直に受け取ってはならない指標のようにも思える(笑) ここでは新古典的な技法と精神が、いわゆる素朴だという意味なのでしょう。それは純真な4楽章制にも現れている。

 25分ほどの曲。

 1楽章 Con tenerezza (柔らかく)
 2楽章 Con grazia (優雅に) 
 3楽章 Con espressione (表情豊かに) 
 4楽章 Con vigore (活力的に) 

 それぞれ独特の表記になっている。1楽章は、最初は気ぜわしい音楽だが、全体的に確かに素朴なナマの旋律が聴きやすいバックの中に流れる。なかなか対旋律なんかも分かりやすくあったりして、面白い。

 2楽章では優雅さが求められいてるが、なぜかズムズムという不気味なベースから始まる(笑) トランペットが朗らかな単旋律をピチカートの上で奏でたのち、第2主題は木管による気ぜわしいもの。どれも薄いオーケストレーションで、シンプルに標題とおりシンプルに書かれている。旋律は民謡からとられたかのようで、不協和音とのせめぎ合いの中に、バルトーク風な味わいもある。

 安らかな田舎の雰囲気を思い出すドヴォルザーク的な和音にオーボエが染みいる旋律を奏でる楽章。それはフルートに引き継がれ、やがて弦楽の伴奏旋律が逆転して表となる。ホルンも出てきて、じわりと盛り上がった音楽は、鎮静化する。

 終楽章はアレグロ楽章で、フィナーレに相応しい。狭い音域でギコギコ動く面白い旋律が何度も登場し、オスティナートで盛り上がって、最後はプワッ!と潔く終わる。

 全体的には、この素朴さや朗らかさの中にあるほの暗さが、オネゲルっぽくもあると感じました。


悲歌的交響曲(第2交響曲)(1957/1966)

 パヌフニクの中で、どちらかというと新古典的な作りになっている交響曲は、2番まで。3番から、彼独自かつ、先鋭な現代的手法になってくる。

 1942年のワルシャワ蜂起の犠牲者の為に書かれた鎮魂交響曲でもあります。アレグロ アンダンテ アレグロの3楽章制。20数分。

 モルト(とても)アンダンテの第1楽章。物々しい幕開けにより、悲劇が象徴される。その後、木管を主軸に切々とテーマが奏される。やがて金管も登場し、単旋律による、戦場のらっばのような不気味な音形をつなげる。最後は弦楽とピアノにより、断片が示される。

 モルトアレグロ。第2楽章。アタッカで続けられる。やおら打楽器(スネア)が動員され、緊張感が増し、戦場の様相を呈す。なかなかカッコイイテーマが鳴り響き、第2テーマが悲壮感ただようも勇壮なものとなる。それらが入り交じり、中間部のホルンのテーマと、それをエコーする各楽器との絡みが、面白くもカッコイイ。演奏によっては一気にショスタコーヴィチへ近づく音楽。

 再びモルトアンダンテ。第3楽章。再現部のようでいて、コーダには救済のテーマが聴かれて、感動的。そのまま眠るように終わる。

 非常に聴きやすく、調性的。現代ポーランド作家だからとゲンダイオンガクを期待すると裏切られる。それは5番以降に、そういう曲風が現れるので心配はない(笑)


神聖な交響曲(第3交響曲)(1963)

 さてこの曲から、パヌフニクの交響曲は一気に現代曲っぽくなる。それでいてサクーラは現代技法と単旋律技法が絶妙にマッチした、とても聴きやく面白い、傑作だと思う。楽章編成が特殊だが、これまで通り20分程度で聴きやすい。恐らくパヌフニクの交響曲の中でもっとも録音が多い。(ショルティのものもある。)

 1.3つの映像
  映像 I (Maestoso)−
  映像 II (Larghetto)−
  映像 III (Allegro assai)
 2.賛歌(Andante sostenuto − Maestoso)

 全てアタッカで進められる。

 トランペットの単旋律が特徴的な主題をいきなり鳴らすのがまず珍しい。それはファンファーレとなって、鋭くエコーする。なんかヤナーチェクのシンフォニエッタの冒頭のさらに乾いたような響き。映像1の部分は、それで終わるが、呈示部のようなものか。

 ファンファーレが虚空に消えると、ラルゲットとなり静かに弦楽が入ってくる。これは純粋にレクィレムだろう。

 やおら和太鼓みたいな(!)ティンパニとタムタムとバスドラが打楽器アンサンブルをやり出すと、映像3となる。金属打楽器も入ってきて、金管と弦楽が鋭く戦闘の音楽のように響く。終始、太鼓が活躍する。(ので、我輩は非常に嬉しい楽章。)

 2楽章では、それらのテーマから派生した音楽なように聴こえるので、展開部なのかどうか。賛歌のみで、3つの映像と同等の時間をかける。

 映像2のような弦楽レクィレムから始まるが、すぐに梵鐘をイメージさせる(!)不思議な木管の音形が入ってくる。やがてたいへん柔らかな響きで金管も交じる。次第に安らかなのだがどこか神々しい、清浄な雰囲気で盛り上がり、やがて冒頭のファンファーレが戻ってくるが、テンポはゆっくりとなり、対旋律もついて、ティンパニのトレモロもつき、ついには壮大にして荘厳なる光の洪水となる。

 後味は、非常に清々しい。

 少なくともこの音楽は、みなさんに自信をもってお薦めできる、もっとメジャーになっても良い曲だと思う。

 なお実演では、4本のトランペットが舞台の4角に配置され、スタンディングで吹奏したり、6本のホルンが終楽章にベルアップしたりして、なかなか魅せてもいる。しかしマーラーやショスタコーヴィチに聴き慣れた耳には、やや、編成的に望ましい音響を得るには、オーケストラのパワーが求められると思った。


協奏交響曲(第4交響曲)〜ハープ、フルート、弦楽の為の(1973)

 こちらはその名の通り、協奏曲扱いの音楽で、ハープとフルートによる合奏協奏曲といえる。管打楽器を欠いている。全てアタッカで進められ、やはり20分程の音楽。

 1.Molto cantabile −
 2.Molto ritmico − Postscriptum
 
 ハープによる幻想的な調べへフルートが切々とカラムあたりはなんともドビュッシーっぽくもある。弦楽の細かな重層的な響きは、色彩感がある。1楽章は10分間、取り止めの無い浮遊感と水中から見上げる光彩が感じられる。

 全体的に半音進行メインでコネコネと進んでゆくのだが、2楽章の大部分では、低弦がパヌフニクらしい(ショスタコや芥川也寸志っぽい)アレグロを奏でる。そこへハープが絡んできて、フルートも入るが、前楽章とは両者とも趣が一変している。ハープはギターのようだし、フルートはテンポが速い。弦楽合奏がまた続き、独奏も入る。いったん集結へ向かった後、最後は冒頭の雰囲気に戻って、フルートの吐息とそれを支えるハープの水滴で閉められる。

 個人的には、なかなか聴ける。しかし音響的な変化に乏しい為、好き嫌いが分かれるかもしれません。あとは、実演ではフルートとハープの腕前によるのかなあ。


空間の交響曲(第5交響曲)(1975)

 細かくトラックが分かれてはいるのだが、どうも1楽章制のようである。30分ほどもある、規模の大きなもの。

 和声、テンポ、リズムなどの様々な音形が、空間的に融合されるよう設計されているらしいが、残念ながらCDで聴くにはそれは限界があろう。

 やはり音響の良いホールでなくば、作家の意図は伝わらないことになる。しかし、資料として、やはり録音は大事だと思う。なより、聴かれなくてはね。

 なんか不思議ワールドっぽい(?)感じで、トロンボーンの独白に鍵盤打楽器やピチカートが伴奏したり、ピアノが入ったりと、取り止めの無い抽象的な世界が繰り広げられる。この独特の味わいは、ファンになる人がいるかもしれない。(私はイマイチ……。)

 いちおう、冒頭のトロンボーンによる主題が色々と各楽器によって展開される形式のようであるが、全体的に幻想曲のような雰囲気が合って、交響曲としては聴けないかもしれないが、響きとしてはドロドロしてて面白く、悪くはない。

 後半は打楽器も容赦なく活躍し出して、迫力あるアレグロとなる。ラストはそのままの勢いで、カオスというほどでも無いが、けっこうドカンとやっておしまい。


神秘の交響曲(第6交響曲)(1977)

 これも、1楽章制っぽい。20分程の作品。

 数字の特性である、1+2+3=6、3×2=6、2+2+2=6、3+3=6、さらには、旋律線、倍音比率、小節数、すべてが6になるように構成されているという。(6番だから。)

 6楽章制という解説もあるが、唯一録音のCDでは4つの部分に分かれている。

 正直、スコアも見ないでただ聴く身には、こういうこだわりは本当にどうでもいい(笑)

 結果としてどういう音楽となっているのか。

 そこが大切だと思うのだが、現代作家は、意外とそういうこだわりが多い。いちおう作曲動機なのだろうが。まだ、自分の名前のスペルやテーマとしたモノの音(海=sea=Es E A とか。)を使用して作曲するほうが、分かりやすい。

 ここでいう神秘とは数学的、魔方陣的数字の神秘という意味なのだろう。

 アンダンテから始まるテーマは、フルートや超高音域の弦が、ピアニッシモで奏でる、乾いて短い、信号のようなもの。音列っぽくもあるが、旋律として聴けなくもない。それが弦楽全体として広がる中、すぐに第1のアレグロとなって、弦や管の変形されたフガートのようになる。

 いったん冒頭のように落ち着いた後、雰囲気の変わったアレグロに戻る。後はそれの繰り返し。ラストはなんかオルガンのバブー! 音みたいで〆(笑)

 こだわりは分かるが、ただ聴く分には、ちょっと聴き飽きるかもしれない。神秘的な雰囲気は、あまり無い。と思う。


誓願の交響曲(第8交響曲)(1981/1984)

 ボストン交響楽団創立100周年記念委嘱作品のひとつです。小澤征爾が初演。

 入手しやすい小澤の録音はその初演の時にスタジオ録音したもの(たぶん)なので、改訂前ということになる。(パヌフニク指揮の1983年の録音もあるようです。それもたぶん改訂前でしょう。)

 2楽章制で、

 1.Andante rubato, con devotione(敬虔に)
 2.Allegro assai, con passione(情熱的に)

 合わせて20数分なのは、これまでの交響曲に準拠している。

 龍笛のような甲高い音形から、東洋的な雰囲気も醸し出しつつ、ヴィブラフォーンがそれを縁取り、なかなかの味わい。いつの間にかひそひそとヴァイオリンソロに変わっていて、ピチカートが伴奏している。やがて金管が単旋律を切々と奏でて、ヴィブラフォーンが主役となり、静かに祈りの時は終わりを告げる。

 続く楽章では、鐘の一撃と共に短い音形が鋭く交差し、緊張感を煽る。弦楽のテーマが入ってきて、かなり激しく全楽器が鳴り響く。そのままカオス的な進行が繰り広げられ、鐘が鳴り出し、さらにヒートアップして鐘の余韻と共に静寂に戻り、そのまま余韻が消えると同時に終わる。

 解説によると図形楽譜のようなもので主要音が求められている……ような気もする。1楽章のほうが趣がある。


第9交響曲「希望の交響曲」(1986/1990)

 初めて正式にナンバーがふられた、らしい。パヌフニクのシンフォニー中最大規模の作品で、およそ40分ある。

 これほどの作品を書くことといい、タイトルといい、何かいわくありげだが、資料と情報不足でよく詳細が分からない。(分かる方がいたら教えてください。)

 40分の大作だが、単一楽章なのも特徴的。

 弦楽の緊張感あるオルゲンプンクトにより幕を開け、壮大な物語の序曲のごとき雰囲気がただよう。

 やがて木管が静かにテーマを吹奏する部分に到る。伴奏では、深刻な弦楽の名残がひそひそと鳴り響く。その部分が一段落つくや、霧中の中にテーマが静かに茫洋と鳴る部分が、10分近く続くだろうか。

 すると、やおら、アレグロと化し、鋭い不協和音やうめき声のようなフラッターを従えて、金管が、続いて弦楽が、行進調のテーマを響かせる。音楽は時に密やかに、しかし刺すように、アレグロを続ける。

 アレグロのままなのだろうが、ちょっとジャジーな雰囲気になりつつ、それから3部形式のようにフラッターが目立つ部分へ戻り、さらに、霧中のアンダンテへ戻る。フルートやビオラ(?)のソロが現れるところが、やや変形している。その中にアレグロの断片が交じりつつ、少しずつ盛り上がってゆき、またアーチ状に鎮まってゆく。

 この時点で30分を数えているから、あとはもうどのように集結するかに注目が集まるだろう。

 アダージョのまま、じわじわと自然に音圧と音程(旋律)が高まりゆく様子は、パヌフニクらしい。そのまま、祈りの声が頂点に達するかのごとく、高音域で息の長い旋律がオスティナートされた後、ついに、金管の衝撃とティンパニの連打を僕とし、音楽は何故か集結しないまま途切れて終わってしまう。

 うーん、大作であることには変わり無いのだが、形式観やテーマ性に薄く、緊張感も途中でとぎれる部分があって、40分間ややダラダラする嫌いがあり、個人的にはイマイチ感銘は薄いかな。これだけの長さにしては、終わり方もちょっと不思議。


第10交響曲(1990)

 死の前年までとりかかっていた、最後の交響曲。9番とは裏腹に、絞り込まれたその外観は示唆に富む。未完成なのか、完成品なのか、それは不勉強で分からない。とりあえず、これも1楽章制で、15分程。

 渋い。

 どうして人間は死に近づけば近づくほど「わび」の境地へ達するのだろうか。わびの境地に洋の東西は関係ないのだろうか。不思議だ。非常に不思議だ。

 もしかしたら、若き日の尾高との交流が、彼をひそかに日本の感性に近づけたのだろうか。表には出てこなくとも、深層意識の下で。

 これまで必ずあった、むしろ番号より標題メインだった、彼の作風が、一転しているのだから。(まあ、中身は大して変わらないにしても、創作の動機が根本から異なる。)

 神聖(3番)に似た、金管のファンファーレより始まるが、トロンボーンがメインであるため、独特の暗さがある。半音進行と、不協和音が、より厳しさを増している。続いて弦楽の戦(おのの)きが、不安感をさらに増している。その中に潜められている悲歌!

 悲歌は木管に引き継がれるが、伴奏の弦楽はずっと震えるような音楽をし、やがて打楽器も激しく動員される。速度がやや上がり、アレグロとなるが、悲痛な響きは踏襲される。少しずつ音形が変わってゆき、変奏曲っぽくもあるが、雰囲気は一貫している。

 突如として出現する打楽器と総奏とのリズミックな非常に厳しいかけあいを経て、どんどん速度が上がってゆく。

 頂点を迎え、静かな部分へ。弦楽のレクィレムが流れ、オルガンが夕暮れに響く戦場のセミナリオのごとし。

 あとは、ただ静寂の中、彼岸の彼方へ消えゆくのみ。
 
 曲調は似ているのだが、9番の反省のような、最高に引き締まった、究極の祈りの形式としてバヌフニクの作風が凝縮された、まさに最期の作品として相応しい音楽です。


 全体的には、やはり「神聖」(3番)が最も、ポピュラリティと現代性を併せ持った入門曲、代表作として認識して良いと思います。いや、サクラはホントに簡潔で効果的な、無駄の無い、いい曲だと思いますよ。




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