大澤壽人(1907−1953)


 「おおさわ」ではなく「おおわ」とのこと。

 CDの解説を読むまでもなく、昨今の邦人復興のすばらしい気風によって復活した日本を代表する作曲家の1人。特に、同時代人としてのバルトーク、プロコフィエフストラヴィンスキーヒンデミットをよくものにした才能として、稀有なものがある。日本近代楽派というのがあるとしたならば、かれはその最右翼であるだろう。

 日本でまず演奏家として活躍し、1930年にボストンへ留学。かのシェーンベルクやセッションズに教えを受ける。1935年にはパリへ渡り、ナディア・ブーランジェ、デュカに作曲を習った。さらには、イベールフローラン・シュミット、タンスマンらと交流があったという。

 貴志康一矢代秋雄と共に、早すぎる死が惜しまれる3大日本作曲家(?)といえるだろうか。

 交響曲は1932年の小交響曲を除くと番号付で3曲あるとのことで、それぞれが大曲であり、かなりのモダンさで、ヨーロッパではウケたが日本ではチンプンカンプン攻撃にさらされた。1937年、帰国後の第3番では、ショスタコーヴィチやプロコフィエフの両5番のように、前衛と新古典、そして平明さをすばらしく上手にミックスさせた、戦前を代表するシンフォニーとなっている。


小交響曲(1932)

 ボストン留学時代に書かれた習作。2つの管楽器と弦楽合奏による。2つの管楽器はフルートとホルン。だと思う。それしか聴こえないから。3楽章制で、その名の通り、軽交響曲。演奏時間は20分少々。

 全体的に云えることは、まずそのやりすぎなまでに露骨な東洋趣味。大澤はボストン交響楽団を初めて指揮した日本人だそうで、そのときにこの小交響曲を自作自演したという。そのモダニズムに裏打ちされた、小洒落た音楽は、日本的でありつつ、中国的でもある。特にフルートはマーラーの大地の歌を彷彿とさせる。

 それは、中国と日本の区別もついてないようなメリケン相手に、日本人としての民族性を打ち立てるというより、東洋人としての、今で云う凡亜細亜主義のようなものによっていると思われる。そして、きっとそれは、成功したのだろう。

 序奏なし、1楽章冒頭から、いきなりエキゾチック(笑) フルートの小鳥のような音楽が心地良いが、半音進行だったり、伴奏が不況和音だったり、ホルンがヘンテコリンな音鳴らしていたりと、モダンさも忘れていない。ここがミソじゃ。アレグロ・モデラートで、交響詩的な雰囲気。

 2楽章はアダージョだが、5分半ほどの縮小版。夢見心地の浮遊感がある。ホルンが特にそれを印象づける。ここでも物憂げな東洋主題は満開。

 3楽章はアレグロ・モルトで、1楽章と同様の時間がある。切迫した雰囲気が実に良い。少しずつ盛り上がってゆき、最初に戻って、華々しく不協和音で(笑)終結する。いかにもチャイナな雰囲気でありつつも、やはり日本的な情緒が隠れていて面白い。

 習作といえるものではあるが、それは大澤の基準であって、既にアメリカ留学時に超1級の技術と才能があったことを伺わせる、素晴らしい曲だと思う。その外人におもねった様な東洋趣味を、逆転の発想だと理解するのであれば。


第1交響曲(1934)

 前年より作曲され、この歳の4月にボストン留学の集大成として他のオーケストラ曲(ピアノ協奏曲第1番、3つの田園交響楽章、コントラバス協奏曲)と共に完成された。3楽章制で40分に到る。循環形式に3管編制、多数の打楽器と、この時代の日本人作曲の筆としては珠玉の大作であろう。

 ニューイングランド音楽院で学生オーケストラを使って初演も試みられたが、学生の手には負えず、見送られた。またパリへ渡ってからも初演を試みたが、経費の都合で先に2番を初演したという。

 2017年に、作曲から83年を経て、日本で世界初演された。そのときの様子がFM放送され、YouTubeにアップされているので紹介したい。

 第1楽章は規模の大きなアダージェット。弦楽による序奏付の大きなソナタ形式。ティンパニを伴って明るい調子の序奏主題が始まる。すぐに管楽器へ引き継がれ、発展する。しばらく序奏主題の展開があり、やがて転調し拍子も変わって第1主題が現れる。第2主題は(おそらく)5分ほど経ってからのハープよりの穏やかな部分だろう。それにしても、けっこう分かりづらい。近代的な密度の高い主題とその動きの細かさは、当曲のとっつきにくさにつながっている。むしろ第3番などのほうが平明に造ってある。ヴァイオリンのソロもあり、展開部は新しい主題と序奏主題で進む。全体にじわじわ系の進み方で、展開部もドカンと一発突破しないものの、万華鏡のごとく変化して行く絢爛豪華な大澤オーケストレーションは既に聴くことができる。コーダから室内楽的になって、ヴァイオリンソロとからんで静かに終わる。

 第2楽章はアンダンテ。2つの主題をもつ5つの変奏とコーダという形式。まずクラリネットによる主題と、すぐにオーボエがそれを追いかける第2主題による。両方の主題を変奏する第1、3、5変奏に、第1主題を変奏する第2変奏、第2主題を変奏する第4変奏がそれぞれ挟まれるという、凝った造り。弦楽器が主題をうけとって、ゆったりした第1変奏から短い休符で忙しない舞曲ふうの第2変奏へ。おどけた調子の中間部を経て冒頭へ戻る。それからたっぷりと絃楽器によるアダージョが始まり、牧歌的な第3変奏。チェロやヴァイオリンのソロも渋い。続いてやや緊迫感のあるアレグロの第4変奏。クラリネットとハープのソロから神秘的で東洋的な第5変奏。カスタネットもエキゾチックに鳴る。当時の最新現代曲、ラヴェルのボレロ的展開も見せる。テンポが上がってコーダかと思いきやまだボレロもどきが続いて、今度こそコーダであっさりと終結する。
 
 第3楽章はラルゲット・ノントロッポ。序奏付ロンドソナタ形式。主題展開はABACABA。Cが展開部。重々しく第1楽章の序奏主題が登場し、次第にマーチ調へ変わって行く。主題がパピッとせずに半音進行で良くも悪くもモヤモヤするのは、当時の聴衆にはきつかったことだろう。いや、いまでもか。細かく主題が変容し続けてゆき、ときおり東洋趣味も顔をのぞかせる。正直、細々と分かりづらい展開が続く。コーダもじわっと盛り上がって、明確にはならない終結部を持つ。最後までモダンな造りを見せる。


第2交響曲(1934)

 なんと1934年の4月に交響曲第1番を完成させた大澤が、10月にはこの2番を完成させている。なんという恐るべき楽才。

 そして満を持して、パリで発表された。意欲作である。ラヴェルや近代フランス楽派の影響を受けているとはいえ、ここまで書けたら、当のフランス人達が唸るのも理解できる。素晴らしい作品。

 3楽章制であるが、第2楽章に特徴があり、4つの小楽章〜 アリア、トッカータ、アリア II、トッカータ II から成り、ここの各種楽器のソロを多用した絶妙な変化の妙は今交響曲の白眉と云える。

 1楽章は分散和音のようなチェレスタの(箏のような)上昇を導入として、威勢よくはじまる。しかし旋律は半音的で、展開も複雑を極める。これを聴いてパリの人々は褒めたが日本人は理解できなかったといって、当時の日本人を攻めるわけにはゆかない。現代でも、いきなりこれを聴かされて、まあいわゆる無調無形式ではないが、この先進性や創造性を感嘆する人はあまりいないだろう。時々、「あっ、日本っぽい?」という響きが顔を出すが、長くは続かない。こういう知的な遊戯も、パリ楽派の気に入ったところだったのではないか。

 主題の展開がなかなか分かりづらいうえに、構成も分散的な味わいで、盛り上がろうとしてすぐ盛り下がったり、また騒がしくなったり、その移り変わりがとても激しい。不協和音も多用され、リズム処理は難解。これは当時としては最先端な音楽であるだろう。こんな音楽が戦前の日本にあったというのが、本当に驚愕する。最後は強音で一気に終わる。

 2楽章が面白い。バロック組曲風の新古典主義様式で、スケルツォと緩徐楽章を兼ねているが、ヴォリューム的に正統な交響曲を緩徐楽章では無い。それぞれ独奏楽器が指定されており、アリアではコーラングレ、トッカータではヴァイオリン、アリア II ではクラリネット、最後のトッカータ II では、フルート、ファゴット、ヴィオラ、チェロの合奏協奏曲形式。それぞれ3分半程度の音楽が休みなしで続く。

 ここでも旋律は日本的なようであるが、そうでないようにも聴こえる。大きく東洋風と云っても良いかもしれない。コーラングレのソロは、まさに中東あたりの民族楽器のように扱われ、伴奏のオーケストラは独特の響きでそれを導く。

 トッカータではヴァイリオンが激しく踊る。協奏曲というまででもないが、ストラヴィンスキーのヴァイオリン協奏曲のような、乾いた響きの中で無表情にギコギコと動き回る旋律の妙が楽しい。伴奏もそうだが、アクセントの木琴の扱いなども、乾燥した印象を与える工夫になっている。

 アリア II はクラリネットの二重奏がもの悲しくも、また妙にオリエンタリックな、渋い味を出している。ここは短く、すぐにトッカータ II へ移る。4楽器のソロが複雑に絡み合い、圧巻。この2楽章全体でテンポが実はあまり変わらず、シェーンベルクの影響か、無調的な響きも模している。とにかくこの2楽章は、非常に面白い。アリアとトッカータのテーマの呈示が見事に展開されており、良い。終わり方も呆気なくて洒落ている。

 3楽章はカプリッチオ・アラ・ロンド。トランペットの短いファンファーレよりはじまり、小気味よいアクセントのスネアドラムなどの扱いも感心する。気まぐれなロンドであるが、主題そのものが複雑なので、ロンドのようには聴こえない。入れ代わりに万華鏡のように様々なテーマが現れては刹那的に消えてゆき、再び現れるときには変化を伴っている。

 目まぐるしく変化しながら進んできた音楽は最後にやや旋律的な部分に到達し、1楽章冒頭のようなチェレスタの空気に溶けゆくような響きの中にポツンと途絶えるように呆気なく消えてしまう。

 この純粋なモダンさは、現代でも高く評価されて良い音楽だが、「日本人の曲だから」「最後がちゃんと終わらない」「旋律が分かりづらい」「ムズカヒイ」等々の寒中水泳でもしたくなるような寒い理由で、きっと日本の「クラシックファン」の方々にはあまりウケがよろしくないような気もする。同じ難解でも「前衛音楽」とやらは、サルのようにありがたがるのに。

 日本初演の1936年より70年以上たって、我々の耳はまったく進歩していない。


第3交響曲(1937)

 日本の聴衆の無理解に晒された大澤が、聴衆に合わせてレベルを落として(というか、作風を変えて)書いたもの。しかし、結果は同じだったようだ。それでも大澤はまたどうせすぐに海外に行くから、それならそれでしょうがないと思っていたようなのだが、戦争がはじまって彼の運命は大きく変わってしまった。

 これは冒頭からいきなり近代フランス風と云えばよいか。ドビュッシーではなく、オネゲルルーセルのほう。4楽章制の古典的な構成の中に、すばらしくモダンな感性がひそんでいる。これで当時の聴衆に合わせて書いたとは恐れ入る。同年代の諸井三郎にも通じる、あまりに純音楽的なアプローチに、当時のお客のなんじゃこりゃ顔が目に浮かぶ。第1・第2主題とも完璧なまでにヨーロッパ的で、展開も見事。非常に充実した楽章で、大澤の実力を遺憾なく発揮している。せわしなく、常に動き続ける楽想の妙は、2番にも通じているが、響きとしてかなり分かりやすくなっているのはさすが。ただし、そうは云っても、それこそショスタコの5番やプロコフィエフの7番のような「構成的な分かりやすさ」は無いと思う。この人の交響曲は、旋律や展開の複雑さが、息が短いために異様に細かくて密度が濃く、聴きとりにくいのではないか。しかも相変わらず集結が「大団円」ではないため、そもそも不思議がられたような気がする。

 2楽章のアダージョでちょっと雅楽ふうかな? などと確かに思いつつも、裏主題はまるでマーラー。アンニュイなクラリネットソロはアメリカ風で(旋律的には日本風)物憂げなオーボエはこれまたジャポネズム満開と、大澤の国際人ぶりを発揮している。このアダージョは、良い。ちなみに後半は中東風。ここらへんの模索感がなんとも、いま聴くと趣ぶかい。アダージョとはいえテンポ感があり、旋律が細かく、時間も短く、間奏曲の雰囲気がある。
 
 スケルツォ楽章の3楽章はモデラートで、ロンド形式による「幻想的メヌエット」であるとのこと。ABCABと主題が輪舞して、それぞれの主題がとても愉しい。その規模において、アダージョよりも演奏時間が長い。というか上記したがアダージョが短い。大澤は息の長い旋律が不得手だったのだろうか。

 4楽章は、なかなかクレイジーな導入に続き、マーチ然とした超わし好みのカッチョええ主部登場! けして全オーケストラが鳴り響く……というわけではないが、そのストラヴィンスキーのようなリズム処理が頼もしい。その後第2主題が登場するが、なんとも、不気味。音階自体は東洋風とのことだが、それで作られた旋律自体が、吐き捨てるようで、第1主題のマーチと相まって、戦いのテーマのよう。

 それが古典的ソナタ形式よろしく、ついには勝利のコラール(?)として帰結するところが、平明+モダンの平明な部分か。

 今でも、充分以上に通用する、戦前・日本交響曲!!

 こういう音楽を手軽に家で鑑賞できる時代に生まれた喜びを分かち合いましょう。

 皇紀2600年記念祝典曲のひとつ。しかも、自主的に書かれたというから、みなさん聴いてください! という気合が感じられる。





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